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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第一章 光を求めて
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なれば因縁尽きぬ世界の話

「乾杯!」


 【皆殺し】スカージとその使徒たちを撃退した、と言っていいのかは甚だしく微妙なところではあるが、まあ何はともあれ脅威を排除したことに違いはない。それを祝って、集落では大規模な宴が供されていた。


「よう!楽しんでるかい?」


 人狼の2トップであるルゥとライドウさんが中心ではあるが、無論デッドやダンタリオン、それに僕に紫龍も、撃退の立役者として名を連ねることとなった。少々気恥しいものはあるが、悪い気はしない。


「ええ、楽しませてもらってますよ」

「そりゃ良かった。勇敢な戦士を退屈させちまうのは恥だぜ。しかし、せめて俺も一人くらいやりたかったもんだ」


 この声を掛けてきてくれた人は、分隊長の一人で、人狼の中でもルゥ、ライドウさんに次ぐ立場に当たる人らしく、神との戦いに参加できなかったことを愚痴っていた。やはりというかなんというか、好戦的な人が多いんだろうなと思う。


「つっても、頭領の奴はよくやってるぜ。先代が生きてた頃からあいつとライドウはクソ強くてなあ」


 そんな彼は、少し酔いが回っているらしく、やけに饒舌だった。そのお陰で色々と、彼らの過去について知ることができた。


「なんか飲むか?取ってくるぜ」

 

 そこで、僕のカップが空だったことに気付いたらしい彼が僕に尋ねた。


「酒はダメなんでオレンジジュースを」

「悪いね、果物は殆ど酒作るのに使っちまっててな」


 僕の発言には、当たり前だが特に突っ込まれることもなく、まじめに返される。少し恥ずかしい。

 結局僕は大人しくお茶を頂いた。しかし、皆が酒飲んでいる中で一人素面なのもつらいものがあるな。 

 

 そこで彼は別の所へと移動していった。改めて、僕は食事を楽しむことにした。現代的な食事とは到底言えないが、存外悪くはない。


「ジョンは飲まないの?」


 手持無沙汰気味に食事をしていると、ダンタリオンが声を掛けてくれた。


「酒は体が受け付けなくてね」

「なら、僕と同じだ」


 彼はそう言うと、柔らかな笑みを浮かべて、僕の隣に座った。


「聞いたよ、ダンタリオン。使徒戦じゃ大活躍だったらしいじゃん」


 僕が言うと、彼は曖昧にほほ笑んだ。


「…そんなことはないよ。二人が傍で戦ってくれたから、僕は戦うことが出来た。それだけ」


 彼はそんな風に、少しだけ陰鬱な表情を見せた。

 ダンタリオンがそういう表情を見せる理由は、それなりに予想出来る。

 彼にとって、使徒化させられる人間というものは、かなり身近なものだった。そして、そうなった人間がどうなったのかを知っている。


「ダンタリオンの地力があったから出来たことだよ、謙遜はいらない」

 

 だから僕は、彼の過去には触れないまま、ただ称賛するにとどめた。

 確かに、使徒になれば様々な要因の末に人格が歪むというのは正しいことなんだろう。使徒になった元人間に罪があるのか、と思い悩む気持ちは分かる。

 ただ、それでも、彼らは既に人ではない。人類の敵に身をやつした、脅威でしかないのだ。


「なーんの、話してるんですか?」

「紫龍」


 少し、重い空気になりかけたところに、陽気な口調で入り込んできた者が一人。

 紫龍、なし崩し的に誘ってしまった彼女だったが、もう既にこの場に打ち解けているようで、僅かに酒の臭いが香った。


「ここ座っていいですか?」

「勿論」

 

 そう聞いた紫龍に、迷うことなく僕は頷いた。

 何にせよ丁度いい、この子には聞きたいことがある。


「あ、これ貰っていいですか?」

「どうぞどうぞ、いっぱい食べてね」

「やた、ありがとうございます。えと、名前教えてもらっていいですか?」


 …シリアスな僕の気分などお構いなしで、ほんわかなやり取りを交わす二人に苦笑しつつも、タイミングを見て僕は彼女に切り出した。


「紫龍、ちょっと良いかな?」

「ええ。聞きたいこともあるでしょう?」


 流石に僕の逸る気持ちなどお見通しだったのか、彼女はすぐに僕の意図を察して微笑みかけてきた。


「まず、最初の質問だ。君の、親ってのは誰なんだ?」

「ラララカーンです」

「ラララカーン?」


 彼女の口から出た名は、生憎、知らない名前だった。【集会】か【銀蝶】っぽい響きではあるが、そのどちらでも聞いたことはない。


「…もしかして、凍竜のこと?」

「ええ、その凍竜のことです」


 意外にも、その名に反応したのはダンタリオンの方だった。彼女の母親は、僕と同じ世界の生まれじゃなかったのか?

 嫌、別におかしくはないの、か?彼女の母親というのだから、少なくとも僕よりは早いタイミングでこの世界にやってきているのは分かる。それは、ここに流れ着いた幾多もの現代世界からの漂流物を見れば、おかしい話じゃない。


「えっとね、凍竜っていうのは、多分、この世でたった一人の、人間種贔屓の竜のこと」

「…へえ」


 僕がその名に疑問符を浮かべていると、ダンタリオンがざっくりとではあるが、その凍竜とやらについて説明してくれた。

 人間種びいき、ね。まるでどこかで聞いたことのある話、そしてその聞き覚えのある名前は出てこない。ここに、存在しているであろう、始祖(アルケー)の名は、既に人の敵へと成り果てているのか。


「…私が竜の娘と聞いても、驚かないんですね?」

「まあ、いたからね、そういうのも」


 相槌だけで済ませていると、紫龍がそんな風に尋ねてきた。

 珍しいことは確かだが、前例がない訳でもない。むしろ、影縫いを力技のみで破ったことを考えれば、そっちの方が自然だ。ただの人間という方が余程驚く。


「ふぇへへ」

「え、なに…」


 急にとろけたように笑い始めた紫龍に、びっくりした。もうちょっと前振りが欲しい。


「やっぱり私、あなたのこと好きです、ジョン・ドゥ」

「そりゃどうも」


 見ようによっては妖しげとも取れる瞳で僕を見つめた彼女に対して、素っ気なく返した。

 気に入ってくれるのは悪いことではないんだけどね、どうにも彼女のようなタイプに好意を持たれるっていうのは、大きなしっぺ返しが待っているような予感がしてならない。そもそも、あの目つきは良く言って値踏みで、悪く言えば捕食対象を見てる目だ。

 

「いつか、また、本気のあなたとやりあいたいものですね」


 ほら見ろ、そういう類だと思った。すぐさましっぺ返しを食らった僕は、とびきりに渋い顔をして反感を表明してみる。

 が、特段効果はなく、紫龍は満面の笑みのまま食事に戻っていた。今日の所は察してアピールは無駄ということを学びとしよう。


 さて、もう少し聞きたいことはあったが、どうにも聞く気分じゃなくなってしまった。このまま二人と話しても良いが、他の誰かとも話をしたくもあるな。


「ダンタリオン、こんな所にいたのか」

「ライドウさん」


 なんて、思案していると、ライドウさんがダンタリオンを探しにやってきた。


「ダンタリオン、さんは無用だよ」

「あ、うん、分かったよライドウ」


 どうにも、ダンタリオンは彼女にいたく気に入られたようで、そんな風に親しげに話しかけられていた。


「勿論、君もな、ジョン」

「心読まれてる?」


 なんて、他人事面していた僕にも、釘を刺すように言って、彼女は微笑んだ。


「さて、君たちに少し用があってね。今、いいかい?」


 続けて、そんな風に彼女は僕たちに尋ねた。僕らは顔を見合わせてから、頷いた。


「良かった。デッドから聞いたよ。君たちはこれから、竜峰山に行くんだろう?」

「うん、最も、いつになるかはまだ分かってないけどね」


 ライドウの質問に、ダンタリオンが答えた。

 そう、それが、ミスターと交わした約束。彼が僕らに取り付けた協力関係の契約。低級竜の巣窟であり、頂上に住む竜の生産者を討つための、計画。


 事前に、ミスターと彼の親友とやらである程度の準備をすると言っていたから、それを始めるには幾ばくかの猶予はあるはずだ。僕らの方も、連戦連戦では流石に辛いものがあるから、ありがたい。


「そうか、なら単刀直入に言おう。私も、その作戦に参加させてくれないか?」


 それは、正直願ってもない申し出だ。竜峰山というのは、相当に危険な場所だと聞いている。竜の強さは勿論、それ以上にその数が。殆ど無数とさえ思えるほどの竜が、入口から襲ってくるのだとか。

 故に、ミスターたちは戦力を欲していたし、それに対抗できる武器、特にデッドの制作品を欲していたというわけだ。

 

 だから、彼女の申し出は、本当にありがたい。ありがたい、のだけれど。


「良いのかい、君がいなくなったらここの戦力は大きく下がるだろ?」

「かは、心配はいらねえよ、ジョン」


 僕が尋ねると、彼女ではなく、後ろから現れたルゥが答えた。


「平時の防衛なら分隊長の面子が揃ってりゃ十分すぎるくらいだし、あいつらも何だかんだ使徒程度なら一方的にボコれるくらいの実力ではあるからな」


 自慢するように、彼は言った。それなら、良いんだけれど。


「…それは私が言いたかったのだがな」


 不満そうにぼやいたライドウさんを見て、更に彼は愉快そうに笑った。


「むしろ、お前らの方が心配だぜ。お前ら三人にデッド、それに神二人だっけか?噂でしか知らねえが、あの山はそれでも戦力が足りんだろ」

「―心配はいりませんよ」


 笑みを止めて、真剣に尋ねたルゥに対して、答える者がいた。


「私も行きますから」


 紫龍は自信満々で、そう言った。


「…は、なら心配はいらねえな。あんたは、正に一騎当千って奴だろうしな」


 少しだけ苦々しそうな表情を見せてから、納得したように彼は頷く。


「ルゥは?来ない?」

「行ってやりてえのは山々だがな、生憎ライドウ出して俺まで、とはいかねえよ。ま、次デカい話がある時ゃ呼んでくれ」


 僕の問いに、からからと笑ってから、彼はまた宴の中へ戻っていった。

 流石にルゥは逃したとはいえ、二人も新たな戦力が増えたと思えば上出来か。それに二人とも尋常じゃない手練れだ、ミスターも首は横に振らないだろう。


「ねえねえ、ジョン」

「どうしたの、ダンタリオン」


 僕が達成感に浸っていると、そんな風にダンタリオンが声を掛けてきた。

 聞き返すと、彼は驚愕すべきひとことを僕に告げた。


「戦力、もう一人心当たりがあるんだけど、どうかな?」

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