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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第一章 光を求めて
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餓狼たちの巣窟、或いは動く災害 Ⅲ

「おら、おらぁ!雑魚が、さっさと死ねやぁ!」

「…ッ!」


 ダンタリオンに向けて放たれた、使徒による、荒々しい乱打。それはある種猛獣のような獰猛さを持ちながら、それと同時に狙いを定めずに打つことで防御の的を絞らせない狡猾さを持ち合わせていた。【皆殺し】の使徒の名に相応しい、優れた戦闘技術を有していると言える。

 

(こいつ…!?)


 しかし、ダンタリオンは更にその上手をいった。その乱打を全て、その槍一本で防ぎ切ったのだ。所詮、ただの人間。そう相手を舐め切っていた使徒は思わず、舌を巻く。

 そして、ダメージはむしろ、使徒の方が大きかった。デッド・コード謹製の炎の槍、穂先が焼けるように熱く、強く振れば炎さえ纏うその槍で、使徒の攻撃の幾つかを意図的に穂先で受け流していた。無論、使徒の拳は焼け付き、爛れる。


「ああ、あああああ!うっぜえ!」


 故に、使徒の怒りは爆発する。元より、直情的かつ直線的だった戦法がより鋭角になり、乱打の凄まじさはより強みを増して、ダンタリオンに向けられた。

 しかし、その乱打は未然に防がれる。


「あ…?」


 一際凄味を増した使徒の勢いを意にも介さず、ダンタリオンは攻勢に出たのだ。使徒の肩を貫く、ダンタリオンの槍。彼が槍を引き抜くと同時に、傷口は焼けただれ、平常の出血よりも深い痛みを使徒に与えた。


「て、めぇ!」


 再度、使徒は乱打を決行しようとしたが、上がらない左肩では無論、勢いは雲泥の差。ダンタリオンの体に、届くはずもない。そんな、精彩を欠いた使徒を、ダンタリオンは突き飛ばした。そして、槍を右上段に構える。


「【火炎】―」


 右上段に構えた槍をそのまま、胴目掛けて薙ぎ払った。その勢いは、穂先だけに灯るはずの炎を、穂全体に宿しながら、使徒に届かせた。


「【掃天】」


 一閃、薙いだ槍の一撃は、火の粉を舞いながらダンタリオンの下へと戻り、使徒を絶命へと至らせた。

 彼は一息を吐きながら、たった今殺した、使徒へ思いを馳せる。


(この人も、やっぱり使徒になってから、変わってしまった、のかな)


 そして、かつて同じ村で共に育ちながらも、使徒になり変わってしまった、旧友のことを。

 使徒になったものの多くは、神による指導と使徒化によって得られる高い身体能力によって、人が変わったかのように粗雑になる、と言うのは常識だが、ダンタリオンが実際にそれを見たのはあの時が初めてだった。

 あの村の支配者だったデンジャラスライオンは殆ど使徒を持たなかった。梅雨払い程度なら自らの神性で事足りるし、何より村の人間は彼にとって大事な商品だ。彼は村人を他の神に受け渡すことで、外敵との争いを他の神に担わせていた。竜程ではなくとも、人狼のような人類種の対抗勢力や彼が操る魔獣と呼ばれる獣も、強力な種が幾つも存在している。そういったものの戦いから逃れるために、彼は幾人もの神々に人間を送っていたから、ダンタリオンは使徒というものを殆ど目にすることはなかったのだ。

 彼は言わば、見せしめ。彼の他の幾人かは、徒党を組んでデンジャラスライオンに反旗を翻そうとした。最も、その目論見は事前に露見し、彼は使徒に変えられたのだ。そして、当然のように人が変わった。人間であった頃の記憶も薄れてしまったかのように。


(…あれから、だったな。訓練に身が入るようになったのも)


 ダンタリオンが神への敵愾心を自覚したのは、この事件があってからだった。今まで当然とさえ思ってきた神の支配がおぞましいものだったと、彼はそこで初めて理解した。彼は、立ち上がる覚悟を持った。

 だが、最早、村人たちの牙は抜かれていた。初め、彼と志を共にした者たちの多くは他の神へと送られ、一人残った青年は他の村人から監視され、積極的な動きができずにいた。 

 だから、彼は村を飛び出た。神と戦う者たちに合流するために。他の誰かと共に、神と戦うために。その動きは露呈し、使徒に追われた訳だが。

 

(あの時、ジョンに出会えて、本当によかった)


 そう、最後にダンタリオンは結論付ける。彼がいなければ死んでいた、と。

 最も、それは正確ではない。使徒に命じられたのはあくまで捕獲、知性を有し、戦闘技術で目を見張る実力を持っているダンタリオンは、高く売れる素体だった。本来、使徒にも勝てる逸材だったとは、戦闘経験に乏しい彼は思ってもいなかったが。

 

「んだよ、楽勝じゃねえか」


 そんな風に物思いに耽っていた彼を小突く、デッド。彼もまた、戦闘を終えていた。


「見事な槍捌きだったね」


 同じく、戦闘を終えたライドウも、彼らの下へ集った。

 元より、神とすら戦える両名は、当たり前のように目立った傷も負わずに、そこに腰を落ち着かせた。


「特にあの炎を纏った槍、あれは自己流?」

「そんなに大したものじゃないよ。デッドから貰った槍で思いついた、ただのアドリブ」


 ダンタリオンの返答を聞いて、ライドウは顔を綻ばせた。


「むしろ、そっちの方が驚きだよ」


 そう言って、ライドウは彼に手を差し出した。ダンタリオンは笑って、その手を握る。


「改めて、私の名はライドウ。よろしく」

「うん、よろしく、ライドウ」


 手を握り合う二人を見て、デッドは思わず、苦笑する。


(ダンタリオンの実力にも驚かされたが、それ以上にライドウにここまで気に入られるとはな)


 ライドウの口調が彼でも聞いたことがない程に柔らかな物になっていること、そもそも彼女が他者を素直に称賛していること、そのどれもが珍しいことであり、それを知っている彼は驚きと共に、それがダンタリオンの資質なのだろうと納得した。


 それから、神と戦っている二人と合流しようと、彼が口にしようとした、その瞬間だった。


「…なんだ?」


 ライドウが思わず、そう口にした。それは彼女も経験したことのない何かが、起こっていることを示していた。


 前方で、大きな音が鳴った。みし、みし、と音を立てて、木々が崩れる音。そして、何か巨体が動いているかのような、地が揺れる感覚。

 何かが、人でもない、神でもない何かが、そこに現れたのは最早、明確だった。



「きしゃ、きしゃしゃしゃしゃしゃ!やるね、人狼の頭領。初めてだよ、ここまで強い人類は」

「お前もな、【皆殺し】」


 今の今まで互角の戦いを繰り広げていた二人は、一旦距離を置き、互いを称賛しあった。そうするのも納得の戦いぶりだったと、傍観者の僕は思う。

 【皆殺し】、スカージだったか、彼の実力はデンジャラスライオンは無論、ファルカスも歯牙にかけないレベルだと確信をもって言えたし、そんな彼と対等に渡り合うルゥ・ガルーの実力を途轍もないと表現するに相応しい。


(それでも、この先がどうなるかは、分からないけど)


 まだ、両者ともに、神性や異能と言った切り札を見せていない。能力次第では、この均衡も簡単に崩れうる。今の僕に出来るのは、陰に潜み、神性の発動に備えることだけだ。


「…寂しいな、だからこそ。ここで死ぬんだ、お前は。俺の神性によって、なすすべもなく死ぬんだ」

「は、言っとけ。残念だが、俺はその程度じゃ死なねえよ」

「そんな威勢のいいことを言って、これ以上悲しませないでくれ、俺を」


 敵意を滲ませる口調とは裏腹に、互いに笑みを浮かべながら言い合う、二人の猛者。そこにはある種の友情にも似た何かが培われているように見えたのは、僕の気のせいではないだろう。

 だが、それでも彼らの殺意が消えることはない。だからこそ、彼らのような類は戦闘狂と呼ばれるのだ。


「【傷だらけの―(スカー・)】」


 スカージはそう言って、右腕を大きく振りかぶった。と同時に、その右腕から凄まじい程のエネルギーを感じる。何らかの、必殺級の大技が放たれることは目に見えて分かった。僕は陰に潜みつつ、いつでもルゥ・ガルーを助けられるように備える。


(どやされそうだけど、安全策を取るに越したことはないよね)


 だが、そこで彼の言葉は止まった。発動されるはずだった神性も放たれることはなく、ただそこには無音が響く。

 いつまで待っても、彼から続く言葉は放たれることはなかった。出てくるはずもない。だって、彼は今。


「くしゅる、くしゅるるるるるる」


 踏みつぶされて死んだのだから。

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