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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第一章 光を求めて
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プロローグ

 世界が、灼けていた。真っ赤な太陽のせいで、世界が赤に染まっていた。

 世界が、壊れていた。視界に広がる建物の全てが崩れて、焼けていた。

 人々は泣き叫ぶ。ある人はこの現実に絶望して、ある人はたった今受けた怪我に耐えきれず、ある人は誰かの死を嘆いて。

 そんな風に、僕の目の前に広がる光景は、正に地獄だった。


 終末だと、僕は知っていた。今、この世界に起きている崩壊が、文字通り、世界が終わる日だと僕は予め知っていた。だから、比較的冷静に、終わりゆくこの世界を観察することが出来た。

 ゆっくりと、僕は立ち上がる。終末を、頭では理解していても、行動せずにはいられなかった。この終わりをもたらしているのは、たった一人の人間なのだから。


 こちらに向かってまっすぐ歩いてきた一人の少女。彼女こそが、世界を終わらせている、張本人。十代そこそこの彼女は、およそ人とは思えないほどに、無感情な瞳で僕を見据えた。

 見据えてはいた、が、彼女が僕を認識しているかは分からない。彼女は自我を持って世界を終わらせている訳ではない。彼女の持つ、大きすぎる力に振り回されているだけなのだ。神と呼称するに相応しい、強大な力に。


 それでも、僕は彼女を止めるために、彼女に立ち向かった。

 立ち向かった、はずだったのに。いつの間にか、僕は地面に叩き伏せられていた。時空が、或いは空間を捻じ曲げられたかのように、なんの兆候もなく、行われた人知を超えた行為に恐れを抱きつつも、殺意は無いと判断して、まず僕は何度も立ち向かって、彼女の力を見極めようとした。


 しかし、二度目は、許されなかった。

 空が、光り輝いた。目を開けていられない程に、目が灼けて無くなりそうな程の強い光が押し寄せ、僕は必死に両目を手で覆った。


 光だけでは、なかった。体が溶けてしまいそうな程の熱と、凍ってしまいそうな程の寒さが同時に引き起こる。感覚が狂っているのか、それとも現実に引き起こされているのかの判断は出来ないが、周囲の声を聞く限り、それは全ての人間に引き起こっているかのように思えた。


 途轍もない熱と冷に耐える間もなく、遂には重力が消え失せた。最早誰の声も聞こえない。今自分がどうなっているのか想像もできないほどに壊れた世界で、僕は必死に考えて自我を世界に繋ぎ止める。


 しかし、それもここまでだった。いつの間にか、呼吸さえも上手く出来なくなった。薄れゆく意識の中で、僕は何も考えられなかった。


* 


 …ここは、どこだ?目を開いた僕は、まずそんな疑問を浮かべた。自宅ではないことは直ぐに分かった。何故なら、横たわっている僕の手のひらに伝わるザラザラした感触は恐らく、砂。それに、鼻腔を襲うこの香りは―


「海、か?」


 答えに思い至った僕はそう、口にした。この潮の香りは、間違いないだろう。

 起き上がって、周囲を確認すると、確かに目前には大海原が広がっていた。そして、僕がいるのは、その砂浜。


「一体、何が起こってるんだ?」


 信じられない状況に、僕は頭を抱えた。なんでこんな場所に?目が覚める前、確かに世界は終わっていた。なら、今、僕がいるここは。


「なんなんだよ、本当に」


 僕がいた世界じゃないことは、確かだった。



 昼間だというのに、どこか薄暗い景色に苛立ちながら、およそ現代日本とは思えないほどに荒れた道を、僕は進んでいく。信号機だの、コンクリートだの、看板だの、車だの、ガードレールだの、何もありゃしない。最も、現代日本どころか、まるで違う世界にいるのだから当然だろうが。


 実のところ、このまま当てもなく歩いていて良いのかという疑問はあるのだが、あのまま何も行動せず助けを待つ、なんて出来るほど僕は助けが来ることを期待してはいない。


(喉が、乾いたな)


 唾を飲み込むのさえ痛みを伴う、この乾きを早く癒したい。なんて、思いながら川の流れに目を向けるが、含まれる微生物の可能性を考えると、迂闊に飲むわけにもいかない。当たり前だが、コンビニなんてものもない。


 と、その中に異質な物があることに気づく。一匹の蛙、只の蛙じゃない。僕とほぼ同じ程度の背丈を持つ、巨大な蛙。普通、あり得ない物だが、前の世界もこういうのはいた。特段、驚くべきことではないが。

 

 ふと、ため息を吐く。こういうのが表に出てるってことは、社会の常識になっているか、社会全体が未発展かのどちらかだ。前者なら所謂、ファンタジー世界ってことで納得できるが、後者の場合現代人の僕にはかなり重い負担になるだろうな。後者にしてもかなり幅はあるから、少しでも発展していることを願う。

 それも人間という種が大手を振って歩いていることが前提であり、最悪の場合、この蛙がこの世界で最も強大な種という可能性もあるのだが、それは流石に恐ろしいから考えたくはない。


 その巨大な蛙をぼうっと見ながら考えていると、彼はつまらなそうに去っていった。去って行ってから、貴重な食料だったのにな。なんて思って、自嘲混じりに鼻で笑った。



 あー、しんどい。歩き疲れた。正確な時間は分からないけれど、かれこれ一時間くらいは川に沿って歩いているのに、全く人里の類は見えない。(蛙とかトカゲみたいなのは結構見た)


 とは言え、全くの収穫なしと言うわけでもなく、真っ赤なベリーのような果物を見つけた。野生の動物、魔物?が食していたから、恐らく問題はないと思う。

 片手に収まる程度の量の、驚くほど酸っぱいそれを食していると、喉の乾きは多少ながら落ち着いてきた。


 そのまま歩いていると、なにか、音が聞こえた。恫喝するような、怒鳴り声。


(人?)


 それはどうやら、何らかの意味を持つ言葉のように聞こえた。人、或いはそれに準ずる種族だと推測できる。最も、人語を介する化け物という説もあるが。

 影を潜めて、僕は、声が聞こえる方に向かうことにした。



 歩いた先にいたのは、二人の男。一人は僕と殆ど年頃の変わらない少年。もう一人は、筋骨隆々な男。

 どうやら、この筋肉男が、この少年を恫喝していたようだ。


「なあ、そろそろ吐いちまえよ?逃げ出そうとしたんだろ?なあ、言えよ」


 その男は傲慢な態度で少年の髪を掴み、木に押し付ける。思わず、止めに入りたくなったが、その衝動を押し止める。まだ、こいつの方が悪いと、確信できる要素はない。

 しかし、不可解だ。何故、僕はこいつの言葉が理解できる?そりゃフィクションの世界じゃ言わないお約束だろうけど、これは現実だ。神様に翻訳能力を貰った覚えもない。


「ちが、ち、ちが、ちがいます!僕はただ、魚を摂ろうとしただけで―」

「嘘は良くねえよ、なあ。お前の集落からどんだけ離れてると思ってやがる」


 男に指摘された少年は、元々無理があると思っていたのか、そのまま押し黙ってしまう。

 二人の様子、言葉から察するに、厳格な管理社会が形成されているらしい。僕はもう帰りたくなってきた。


「馬鹿な奴だよ、お前も。大人しくしときゃ、俺みたいに使徒に選ばれたかもしんねえのによ」


 呆れたように、嘲るように、男は少年を笑う。逆に、少年の方は男を睨みつけた。


「…ふざけんな、あんたみたいに神の下僕になるくらいなら死んだほうがマシだ」


 そのまま少年は啖呵を切った。神とやらが比喩なのか、実際に神なのかはしらないが、神と呼ばれるくらいだ。途轍もない力を持った存在なのは間違いないだろう。

 それなのに、彼は神への反抗心を隠さず言った。神どころか、それの使いだという男にすら敵わないと言うのに。


 彼は、僕と一緒だった。世界の終末に立ち向かった、彼らと同じだった。なら、また、彼とともに、今度こそ神への反抗を成功させてやりたいと思った。


「あ、そ」


 男は彼の言葉にまるで興味を示さず、その太い腕で彼を叩き潰そうとした。

 これ以上は、見過ごせなかった。最早、善悪などはどうでもいい。僕が好感を持った方の味方をすると、決めた。


「【落ちろ】」


 僕がそう言った瞬間、男は地面に叩き伏せられた。唐突に起こったその現象に、少年を襲うはずだった男は、そして男に襲われるはずだった少年も、何一つ理解できない。


「!?何が、起こってる!?」


 男は立ち上がって、キョロキョロと首を振るが、見つけられるわけがない。僕はまだ、【影】に潜んでいるままなのだから。

 だから、僕は姿を現した。自分を殺す人間の顔も知らずに死ぬのは、流石に哀れだ。人間に殺されると知って死ぬのとどっちがマシなのかは知らないが。


「何者だ、てめえ」

「今、あなたを落とした者だよ。短い間だけどよろしくね」


 驚愕と恐怖の入り混じった表情の男に、僕はにっこりと笑顔で答えて上げる。

 すると、彼は媚を売るように腰を低くして、僕に話しかけてきた。


「非礼な態度をお詫びします!私の無知をお許しください!」

「…何?何のつもり?」


 頭を地面にこすりつけ謝罪するその男の態度が不気味すぎて、思わず動揺してしまう。


「貴方様のことを知らず、無礼な言葉遣いであったことを、その神に相応しき寛大なお心にてお許しいただきたいのです!」


 …ああ、成る程。僕を神だと勘違いしているのか。なんで、勘違いしてるのかは知らないけど。しかしそれにしては、自分の保身ばっかり考えてて、ある意味傲慢な態度だなと思いつつも、僕は努めて穏やかな口調で、彼に言った。

 

「神なんて、軽々しく口に出すような言葉じゃないよ」

「成る程、創造神以外は神と呼ぶに相応しくないと。その信仰心に溢れた心持ち、尊敬に値します」


 カッコよく決めたつもりだったのに、また勘違いされた。創造神?知らない知識を求めるな、頼むから。


「そういう意味じゃない。僕は人間だ。あんたが言うところの神じゃないし、神格者でもない、只の人間だ。だから、遠慮なく、殺しにくると良いよ。それが君の役目だろ?」

「は、は、は。ご冗談を、人間にあのような事が出来るわけがない」


 僕が改めて言うと、それでも男はまだ信じていない様子で、作り笑いを見せた。

 だから僕は、ただ、彼を見据え続ける。数秒で彼の額に脂汗が流れる、十秒で息が荒くなり、更に数秒が経ったところで男は声を上げた。


「俺を、見逃すつもりはない、ってことかぁ!」


 どうやら彼はまだ、僕を神だと思っている様子だが、見逃すつもりがないのは当たっている。男は意を決して、僕に襲いかかってきた。

 まあ、予定とは違うが、特段問題はない。目覚めが悪い殺し方が嫌だっただけだ。奴が僕に襲いかかってくるなら、僕は問題なく、奴を殺せる。


「【呑み込め】」


 僕が言うと、彼の【影】が彼自身を包み込んだ。男は影から逃れようと、暴れ始める。


「ああ、言い忘れていたけど、影の中で暴れるのはご法度だよ」


 影の中でもがく男の姿を見て、僕はほくそ笑んだ。


「僕の影は痛みを反射する。君が影を殴った分の痛みが、そのまま君に返ってくる」


 膨張していく影を見ながら、僕は忠告した。それが、爆発寸前の爆弾だと知っているから。そして、彼が無謀にもその爆弾を爆発させようと、拳を振り抜いたから。

 彼の拳が、影に到達する。そして、影は、痛みを彼に返した。


「なんて、忠告が遅すぎたかな?」


 バフッ、と気体が抜ける音と共に、影が消え失せ、絶命した男だけが、その場に残っていた。


「大丈夫?」


 僕は額に浮かんだ汗を拭ってから、少年に声をかけた。

 少年は少し、戸惑った様子を見せながらも頭を下げた。


「…あの!助けてくれてありがとう!」

「気にしないで。僕も君に助けてもらいたいことがあってね」


 ある程度、好意的に受け取られたと解釈して、僕は自分の状況を彼に伝えた。とは言え、言えないことも多い。この世界の住民でないことは隠し、この辺りの状況に詳しくないことと食料と水がなくて困っていると、彼に言った。


「それなら僕の村に案内するよ。あんまり余裕はないけれど、僕の分くらいは融通できる」

「ありがたいけど、良いの?村から逃げてきたんじゃないの?」

「…ごめんそうだった」


 彼の境遇が心配になって尋ねると、彼は申し訳なさそうに言った。嫌まあ、そうだろうとは思ったけど、生憎僕にはそれしか頼りがない。彼に追手を放った奴をどうにかすれば、援助くらいは貰え、ればいいなあ。


「そう言えば、君の名前は?」

「僕?」


 僕が尋ねると、薄く笑って彼は答えた。


「ダンタリオン、君は?」

「ジョン、ジョン・ドゥ。よろしく、ダンタリオン」


 悩んだ結果、僕は名無しと名乗ることにした。元の世界を失った僕には、それくらいが相応しい。

 僕が手を差し出すと、ダンタリオンは優しく僕の手を握った。

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