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サバとカレー  作者: 菅沼九民
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サバとカレー

 箸でお椀を探る。サバらしきものを見つけて口に運んだ。サバをカレーにぶちこむなんて、冒涜にもほどがある。サバはシメるか、塩焼きか、味噌煮と決まってる。それをカレーにするなんてありえない。そもそもカレーにあうとも思えない。


「……サバをカレーにいれるなんて。そんなのパサパサするカレー味のなにかじゃん。……ってあれ? これ……」


 サバを口にいれる。まずは無粋なカレー味。味わいも何もあったものではない。しかし、サバを噛んでいるとなにか違った味がしてくる。


「ふふ、気づいた?」

「サバの味噌煮?」


 ただの切り身ではない。サバの味噌煮だ。


 カレー味の中に味噌の甘みがしっかりとある。サバに染み込んだ味噌が触媒となってカレーとサバを結びつけている。サバの旨味が死んでいない。


 カレーの具など、ただ食べる者の歯を楽しませるためだけに存在するのだと思っていた。具はカレーを食べるためのもので、カレーの付属物にすぎないのだと。


 しかし、このサバは違う。サバの旨味とカレーが相互に干渉し、高めあっている。サバがなければこのカレーはないし、カレーがなければこのサバの味わいは生まれない。


 まずい。いや、うまいといってしまいそうだ。それはまずい。カレーがうまいと認めてしまったら、私を私たらしめているなにかが、崩れ去る気がする。


「素直になりなよ」


 魔女がささやく。


「う……ぐ……」

「ほらチナミちゃん、言って? おいしいって、カレーが好きだって言って?」


 素直になれ、欲望に忠実になれ。 


「まだたくさんあるよ」


 お椀にカレーがそそがれる。私の手の上で、サバが泳いでいる。


 手が震えて、箸が落ちる。


「か……」

「言って? 私はカレーが好き」


 カレーなんて、カレーなんて。


「か……」

「カレーが好き。あと九重マリのことも好き」


 首筋がぞわぞわする。


 顔が首が背中がお腹が。


「か……」

「……か?」

「か…ゆ」

「……ゆ?」

「……かゆい!!」


 私は床をのたうち回りながら体を掻きむしった。顔を首を背中をお腹を。


 ヒスタミン中毒である。


 青魚には気をつけよう。


* * *


 昼休み。


 私はいつものように本を読んでいた。

 

 私は昼ごはんを食べない。朝晩の二食が基本だ。そもそも一日三食の文化は発明王エジソンがトースターを売るために広めたという。エジソンは偉い人かもしれないが、私は屈しない。


 一人でごはんを食べていたらぼっち飯と笑われるかもしれないが、一人で読書をしていてぼっち読書と馬鹿にされることはない。読書は一人でするものだからだ。


「チナミちゃん、なに読んでるの?」


 忌々しいにおいをさせて、九重マリが空いていた前の席に座った。


「家庭の医学」

「あ〜、いいよね〜……家に一冊あると安心……ご、ごめんね〜」


 年末に食べさせられたサバトカレーのせいで私はヒスタミン中毒に陥りもがき苦しんだ。


「ちょ〜っと、古かったみたい。あのサバ……」

「ねえ、あの話ほんとなの? 魔女がどうとか」

「え、や、やだなあ。じょーくじょーく! ただ私はチナミちゃんと仲良くなりたかっただけだよ〜」


 手をばたばたさせる魔女っ子。ひとしきり喚くと私の耳元に口を近づけて囁いた。


「……おねがい! あの日のことは言わないで! なんでもするから!」


 カレーのにおいがする。


「ふーん……じゃあ」


 言われなくてもあの日のことなんて他言しない。バカバカしすぎて人に話せるもんではなかった。

 

 しかし不安そうな九重マリを見ていたらちょっといじわるをしたいと思った。ちょっとした嫌がらせ。


「じゃあさ、そのカレーパンちょうだい?」


 あくまで嫌がらせだよ?


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