2日目の採取
外に出て一般向けの服屋でフード付きの短いマントを買う。
こちらでは雨を防ぐために着るものだが、顔を隠すことにも使えるので正体を隠したり余計なトラブルを避けたい場合や日焼けを防ぎたい女性などが晴れの日もフードをかぶっている。
大きめのリュックを一緒に買っても100エル程度だ。
冒険者ギルドの方に足を向けかけて立ち止まる。
今はまだクラスメイトに会いたくない。
それに薬草や毒消し草の採取依頼は常時大量に受け付けているから、依頼を受けてから行かなくてもいいだろう。
回れ右して昨日とは別の門から街の外に出る。
こちらの門は冒険者ギルドから遠いこともあって冒険者はあまり使っていない。
居住区の門を出た後で畑や牧場が広がっていてさらにその先に魔物よけの柵がある。
そのこともこちらの出入り口が冒険者に人気のない理由だろう。
街から出てもしばらくは誰かの私有地で道端の草を摘むことも禁止されている。
草ぐらいはいいのかもしれないが、作物泥棒のように見えてしまうだろう。
実際にこの辺りでは畑で栽培されている薬草もある。
足早に通り抜けて街道に出る。
ここからは採取も自由だが魔物も出ることがある。
緊張感の増す中で街道を少し外れて森の中に入る。
『鑑定』を発動させると薬草の見分けがつくようになった。
「思っていたより多い」
雑草に見える草のいくつかがかすかに光って見える。
『鑑定』は接触が増えるほどに情報量が増える。
まず目で見てかすかに光れば鑑定できる物品だとわかる。
手で触ると名称がわかり、匂いを嗅いで効能。
口に入れて味わえば効果量までわかる。
魔法薬の店ではポーションの味見サービスまであるようだ。
『鑑定』のレベルが上がれば見ただけで効能までわかるようになるだろうし、そこまでいかないと人物や魔物の鑑定などには役に立たない。
街中で強そうな人を見かけたからと言って「ちょっと、舐めてもいいですか?」とはならないからな。
とはいっても音のしない薬草とは違って、魔物なんかは鳴き声や足音なんかを聞くことができれば名称ぐらいはわかるようになる。
光った草に触れることで薬草だとわかる、効能もHPの回復とあるので先端を齧って噛み砕くと数値も出てきた。
葉っぱ1枚分でHPを10回復とある。
序盤なら十分、加工してポーションにすれば効果も跳ね上がる。
外傷なら噛み砕いた葉っぱを患部に塗りたくって包帯で押さえつけるのが一番効果があるが、そのままのみこんでもいい。
戦闘中は処置をしている時間がないからのみこむだけか、患部に貼り付けても包帯まではしない。
薬草の他にも毒消し草や毒草もある。
毒草も買い取ってもらえるが薬草よりは安い。
『鑑定』を持っていない冒険者見習いは手当たり次第にちぎって納品するから毒草だとしてもありがたいのだろうが、買い取る側からは嫌がられる。
毒草ですらない雑草の割合があまりに多いと手数料が取られてほとんど収入にならない。
それでも人によっては採取の経験を積むことでしか成長ができない子供もいる。
ステータスを開いてスキルポイントを割り振れるのは成人した大人になってかららしい。
こちらでの成人は16歳になる歳の年初からだ。
その、経験が積めるということは頭の隅に残っていた。
採取依頼でも経験を積めるなら戦闘が出来なくても成長できるのではないか、と。
無心になって薬草を採取する。
触るまで名称は出ないが薬草と毒消し草、毒草はわずかに葉の形と色が違う。
光っている草の中から薬草だけを狙って、むしってはリュックに投げ込むことを続けた。
引っこ抜いて根っこまで必要としている依頼も中にはあるが、通常の依頼は葉っぱだけでいい。
根っこを残すことで再生成を早めるので採取場所が長持ちすることにもなる。
視覚を含めた5感に10%のペナルティがあるのでもうちょっとやり辛いかと思っていたが不便に感じることもなかった。
10%なんて極限の状態でもなければ差がつくほどでもないのだろう。
元の視力が1.0なら0.9になるくらいの違いか。
葉の形が判別しづらいなと思って顔を上げると、すでに日が落ちかけていた。
休憩はおろか昼めしすら食わずに丸一日採取していたことになる。
採取していた薬草を時々つまみ食いしていたが、それのおかげで疲労も空腹も感じずに済んだ。
こういう単純作業は向いているのかもしれないな。
異世界に来てまで何をしてるんだと思わなくもないが、生活できるならまだリタイアしなくていい。
急いで街に戻って冒険者ギルドの前まで行くが結構込み合っている。
クラスメイトに会うのも気まずいし、今日は報告するのはやめておこうか。
薬草もすぐには腐らないだろうし。
と道を引き返すと天秤のシンボルに商人ギルドと書かれた看板が目に入る。
「商人ギルドなら買い取りもやっているのかな?」
ダメもとで商人ギルドに入る、少量であれば相手にされないかもしれないが薬草ばかりをリュックに満載してるのだから門前払いもされないだろう。
「あのー」
「はい、どうなされました?」
受付に話しかけ、薬草の買取をしているか尋ねる。
「はい、条件はありますけど買取は行ってますよ。
冒険者の方ですか?」
冒険者ギルドに行かないわけを聞かれているような気がして「混んでたもので」とぼそぼそと答える。
「条件はある程度の量があること、雑草の仕分け手数料が高いことですね。
あと毒草は買い取っていません。
大丈夫ですか?
『鑑定』は持っています?」
自信なさげなおれに受け付けも心配そうだ。
リュックに入れている時点で『収納』は持っていないとわかるし『鑑定』がなければ雑草の仕分けで買い取りより手数料の方が多くなってしまうからだろう。
「『鑑定』しました。全部薬草です」
おれの答えにホッとする受付。
引き渡しと確認のため別室に通されてテーブルの上のトレーに薬草をぶちまける。
『鑑定』持ちの職員が薬草を一通りなでて感心する。
「間違いありませんね、すべて薬草です。
新鮮なようですし、大勢で集めたんですか?」
「いえ」
「少数精鋭ですかそれもいいですね」
少数ではなく一人だったが職員が一人では集めきれないと思うほどの量だった。
2万5千円相当の250エルが査定の金額で一日の稼ぎとしてはそれなりでも、大勢いたら少なく感じる金額だったので、多いといっても職員のお世辞も混じっていたのかもしれない。
商人ギルドのロビーに戻りさっきの受付に会釈して換金カウンターに向かう。
査定を証明した紙を提出するとカウンターに銀貨が25枚並べられる。
銀貨1枚当たり1000円=10エルということで、金貨に両替するには銀貨が100枚必要だ。
25枚くらいならいいが、鎧の返品で戻ってきた800エルは銀貨で80枚もあって、少し減りはしたものの結構重い。
小銭が減るように買い物するのも大事だし、冒険者に『収納』が必要だというのも納得だ。
換金カウンターで難しい顔をしていると。
「現金は今すぐ必要かな?」
と尋ねられた。
「いえ、手持ちは十分あります」
「それなら査定の証明書のままで持っていても構わないよ。
必要な時に換金してくれればいいし」
そんなシステムがあるのか、ツケの逆バージョンみたいな。
通常のツケもあるんだろうな、銅貨だけでも大荷物になるからな。
「そうします」
「ん」
そう言うと査定の紙を戻して、並べた銀貨を手元に戻した。
「冒険者ギルドでも換金できるし、大きな店なら現金の代わりにもなるからね」
「はい」
紙幣のような扱いなんだな、魔法で偽造対策なんかしてあるのだろう。
紙幣だと思って財布の別ポケットに入れる。
宿に戻って食事をしたら寝床に横たわる。
程よく疲れているのですぐに眠くなるだろうと思いながらステータス画面を開く。
『遊佐 蕗
レベル2
HP11
MP11
攻撃4
防御4
知性4
精神4
敏捷4
SP0
EXP529+250=779
NEXT1000
スキル(+)』
眠気が吹っ飛んだ。
期待しないように作業中はステータス画面を見ないようにしていたが、期待以上に稼げていた。
250ということなら125枚採取した薬草一つにつき2の経験値を得るわけだ。