初日の挫折
「お、いいんじゃね。おれたちの実力ならランクひとつあげるぐらいがちょうどいいでしょ」
羽村がすぐに賛成する。
小橋も女子をまとめている所はあるしその依頼で決定だろう。
羽村が依頼票を受付に持って行き受注する。
「上のランクを受ける場合は慎重になってくださいね」
という受付の言葉も軽く聞き流しているようだ。
冒険者ギルドを出て武器屋で装備を整える。
所持金は一人1000エル。
小さいサイズのコインで銀貨が1000枚分だ。
屋台で売っているような串焼きが一本1エルや2エルで売っていたので、ざっくりと換算して1エルが100円くらいだろう。
鉄の剣が200エルから800エルの間で並んでいる。
『鑑定』を使った羽村によると200エルの物は攻撃力20前後、800エルの物は攻撃力80前後で値段と性能が釣り合っているとのことだった。
「『鑑定』を持っている奴が多いんだろうな、掘り出し物はないだろうぜ」
『鑑定』を取った羽村は不満げに言うが、だまされる可能性が減るのだから持っていないおれからしたらうらやましい限りだ。
羽村と谷口は500エルの片手剣を買った。
おれは防具も気になったので200エルの片手剣で済ませていると。
「ケチるなよ、火力減るだろうが」
羽村に見とがめられた。
「ごめんねー羽村君」
羽村はおれに行ったのだが、小橋達女子の3人も200エルの剣や杖を買っていたので羽村が小橋に謝られることになった。
「い、いや。いいけどよ」
あわてる羽村。
小橋は庇ってくれたのかな?
防具屋に移動。
ソフトレザーアーマーが一式で500エル。
ハードレザーアーマーは800エルもする。
羽村と谷口はソフトレザーアーマーを買うと金がなくなることもあって。
「やわらかい皮なんか服と変わりねーよな」
と言って鎧は買わないことにしていた。
金がなくなるのは困る。困るのだが。
「おれが前に出るよ、みんなは回り込むか遠巻きに攻撃してくれ」
そういっておれはハードレザーアーマーを選ぶ。
女子3人はソフトレザーアーマーを選び、小橋は小盾も買っていた。
盾か、盾も欲しかったな。
そう思っていると、小橋がおれに小盾を差し出した。
「前に出るならこれも使ってよ」
「悪い、助かる」
本当に助かった。
「ふん」
羽村は面白くなさそうに小盾を買っている。
谷口は中盾にしたようだ。
小盾は200エル。中盾は500エルだから谷口もこれですっからかんだ。
さすがに盾ぐらいないと怖いよな。
「遊佐、これ使えよ」
谷口がおれにスッと中盾を差し出す。
「いいのか?」
「お前が前に出るんだろ? おれたちは遊撃だ」
ありがたく中盾を借りておく。
行き場のなくなった小盾だが小橋に目で伺うと谷口に譲るような仕草をしたので交換に渡しておいた。
谷口が小橋に借りる形だな。
遊撃と言ってもターゲットにされないように側面や後方に回るだけで敵に隣接することには変わりない。
基本的に敵に近づかない小橋達より盾を有効に使えるだろう。
「これで大体揃ったな。時間もないしとっとと行くぞ」
今回行くゴブリンの住み着いた洞窟は、洞窟と言ってもダンジョンのような深いものではなく雨風を防げるだけの木のうろのようなものだ。
冒険者の七つ道具や盗賊の七つ道具、盗賊のスキルも『索敵』や『隠身』のスキルも不要と依頼票には書いてあった。
羽村の先導で洞窟へと向かい、直前で打ち合わせをする。
「男3人で突っ込んで、女子たちは後ろで援護。正面は遊佐お前だ」
羽村の言葉におれは頷き返す。
罠を張ったり、煙でいぶり出したり、万全を期するならいくらでもやれることはあるけど、今回は正面からぶつかって自分たちの戦闘能力をはかるということだった。
突入したおれたちが見たゴブリンはか細く頼りない。
体格も思った以上に小さく、立ち上がった犬くらいにしかならない。
頭の位置がおれたちの腰まで届くかどうかといったところだ。
武器も木の枝、それも棍棒のような先太りでもなく枝分かれして葉っぱが残っているような武器ともいえないものだ。
それなのにおれの足は震えてしまった。
敵は3体、羽村と谷口とおれで1体づつ受け持つ。
戦闘に入ったとたん、十分に見通せるはずの薄暗さがおれの目をふさぐ。
視界は狭く浅くなる。
50センチ幅で3メートル先までしか見えない、羽村と谷口も見失ってしまった。
地面はゴツゴツして足をとられるし、頬に当たる風も乾燥して不快だ。
ゴブリンが打ちかかってくる。
視界の外から木の枝が迫りおれは盾の陰に隠れる。
バサーッ、と風が吹き付ける、手に受けた衝撃は衝撃とは言えない程度の当たり。
「うわー」
よろけて腰をついてしまったおれは、剣と盾をみっともなく振り回す。
灯りと頭上に光が生まれる。
後衛の女子が放った魔法だ。
薄暗さが吹き飛ばされ明るくなる。
・・・明るすぎる!
おれは目を押さえて転がる。剣も手放してしまっている。
火弾
誰かの魔法で戦闘が終わったようで視界が戻ってくる。動揺も収まってきた。
「あーあ」とか「ええっ」なんて声が聞こえる。
おれの醜態にみんなが驚いているようだ。
自分でも信じられない。喧嘩とかしたことなかったが・・・ いやあるか。
子供同士で大人からしたらじゃれ合いのようなものだろうけど、今よりも小さいころに同じくらいの体格と殴り合ったこともあった。
それなのに、鎧を着て剣に盾までもってここまで動揺するのはどう考えてもおかしい。
「あー、遊佐は向こうに帰った方がいいかもな」
羽村からの戦力外通知。
「盾返せよな」
谷口はおれの使っていた盾を拾って、小盾を小橋に返している。
小声ではあるが女子たちからも「がっかり…」とか「失望した…」なんて言葉や笑い声が漏れ聞こえてくる。
恥ずかしい! 恥ずかしくて死にたい。
死ねば現実世界に戻ることもあって、本気で自殺を考える程に恥ずかしい。
「あっけねえな、とっとと戻ってもう一つ行こうぜ」
「次は5人でな」
羽村と谷口が次のことを話している。
もちろんおれ抜きでだ。
何も言えない、というよりそうして欲しい。
おれの本質がこんなにヘタレだったのかとどうしようもなく落ち込んでいたが、戦闘状態が終わりしばらく経つと落ち着いて考えられるようになった。
これは属性の大弱点がペナルティになっているんじゃないか?
薄暗い程度で視界が狭くなるのは闇属性の大弱点。
灯りの魔法でまぶしくて目がつぶれたのは光属性の大弱点。
その他にも、地面のデコボコや空気の乾燥もやけに気になった。
ゴブリンの木の枝で腰を抜かしたのも吹き付けられた風に吹き飛ばし効果とダメージが乗っていたのではないか?
わかった所で自業自得の話だ。
言い訳にもならないし、したところでおれが戦えないことは変わらない。
街に帰って冒険者ギルドで報告をする。
その後パーティーから除名された。
依頼の達成報告にお情けで入れてもらえたのがみじめでもあり、ありがたくもあった。
別れる時に小橋が一歩踏み出して何か言いたそうにしていたが、今のおれに何を言われても苦痛にしかならないので目をそらして首を振った。
宿屋を探し途中で防具屋に立ち寄る。
鎧を下取りに出すつもりだったが、今日買ったばかりで傷も汚れもなかったので返品扱いとなり800エルが丸々戻ってきた。
幸運に驚き何度も頭を下げるおれは生暖かい目で見られていただろう。
冒険者を目指して、一日で心が折れたものを見る目だ。
冒険者ギルドから遠い場所で安い宿を見つける。
冒険者向けというより季節労働者向けの週ぎめ、月ぎめの宿だ。
安いといってもセキュリティと精神衛生を考え個室に決め寝どこに横たわる。
ステータス画面を開いては設定ページの一番下にあるリタイアボタンを見に行っては何度も手を伸ばしかける。
一度はタップした指をスライドさせてタップをキャンセルしたりもした。
リタイアすることばかり考えている。
完全にスキルのビルドエラーだ。
鎧の返金で金が手元になかったら宿も取らずにリタイアしていたことだろう。
頭が痛く気持ちが悪い。
乾いたのどに水を流し込み横になって膝を抱えていた。