6日目の受注
10月分、5つ目
ニアがだいぶ落ち着いたのでキアに任せておれも自分のベッドに入った。
ニアをなだめることに集中していたが、改めてステータス画面を見ても経験値の増加が異常なレベルになっていることがわかる。
興奮して眠れない。
結局一睡もできずに朝を迎えて、ニアたちを連れて冒険者ギルドに行くことにした。
依頼票の並んだ掲示板の前で、
「ニアたちが二人だけだったらどのくらいのクエストを受けるつもりだった?」
ニアたちの今までの経験と達成可能な難易度を尋ねる。
戦力としてはおれが追加されているが、スキルが高くてレベルが低いといういびつな戦力なので、とりあえず戦力外として数えてもらう。
「この辺り、オークの50レベル前後を討伐するぐらいが安全な依頼でしょうね。
昨日はピンチでしたけど、MPや武器が揃っていればうちたちだけで余裕でしたよ」
ニアは昨日の動揺からの流れでキアと手をつないでいる。
髪の色が違うので姉妹には見えないが、年の離れた友達のような雰囲気だ。
「なるほどね」
逆に言えばそれ以上のレベル帯の敵は危険だということだ。
レベルが50を超えてしまうと一気にレベル上げが大変になってしまう原因だろう。
自分のレベル以下の敵を倒したときに取得経験値が減少するなら、自分よりレベルの高い敵を倒したときはどうなんだろう?
ニアたちを助けた時にオークを倒しているけれど、おれよりかなり高レベルだったはずなのに取得した経験値はそれほどでもなかった。
その時の経験値の詳細を見ておきたかったが、それどころではなかったので仕方ない。
そんな疑問も冒険者ギルドの受付で解消することになった。
「こちらのオーク討伐の受注ですね、承りました」
クエストの依頼票と提出したおれを見て手続きを始める受付の人。
「あら? フキさんは討伐経験が少ないようですけど大丈夫ですか?
こちらのオーク討伐は推奨レベルが40以上になっていますけど」
受付の人はそういって空中に指を滑らせる。
「パーティーメンバーの方が高レベルなんですね、でもフキさんがリーダー?
あ、いえ失礼しました」
滑らせた指先を見て、おれとおれの後ろにいるニアとキアを見る受付の人。
パーティー構成と後ろの2人が従魔なのも見透かされたようなのは、おれのステータスを覗けるということだろうか。
「オークの討伐の受注、完了しましたお気をつけて。
それとフキさんとニアさん、キアさんの間に横殴りペナルティーの保留経験値があるようです、どちらかが受け取れますけどどうします?」
横殴りペナルティー? 経験値の保留なんてあるんだ、たしかにニアたちを助けた形ではあったが倒しかけの魔物を横取りしたようにも見えるし、それでもめることもあるだろう。
もめて別れた場合は元々戦ってた冒険者が冒険者ギルドで受け取り、和解した時は経験値を分配するのかな?
「それはすべて主人に入れてください」
「それでいいゾ」
おれが答える前にニアがグイッと前に出てきて経験値の配分を決めてしまった。
「え? 均等でいいよ」
そう言いかけたおれの口はニアの指で塞がれてしまい。
「うちたちに入っても雀の涙です、全部受け取って下さい」
口をふさがれたままうんと頷く。
受付の人もそれを確認しおれに経験値が振り込まれる。
『獲得経験値4825
10レベルアップしレベル17になりました
獲得スキルポイント10』
「うおっ!」
レベルアップ音が鳴り響く幻聴が聞こえ、テキストを何行送ってもレベルアップが終わらない錯覚におそわれる。
膨大な経験値を振り込んだ受付の人は平然としている。
こういうことはよくあるのだろうか?
高レベルの冒険者が低レベルな冒険者と一緒に高レベルの魔物を倒すような、いわゆるパワーレベリングが。
用事が終わったので受付の前から立ち去ろうとしたが、去り際に。
「うちの主人がお世話になっております」
なんて事をニアが受付の人に言っていた。
今は主人呼びか、『ご』と『様』が取れたけどもうちょっと普通の呼び方はないものかな、と考えていたら後ろから「えっ!」と声が聞こえた。
振り向くとおれたちの後ろに小橋が並んでいた。
羽村たちとパーティーを組んだ時にパーティーメンバーだった女子だ。
まずい、なんかきれいな女性を従魔にしているとかクラスメイトには知られたくなかった。
言い訳しても泥沼にはまりそうなんで。
「そう言うことなんで」
とか言ってそそくさとその場を離れた。
びっくりしたー、向こうからしたら追放したパーティーメンバーだから少しは気にしていたかもしれないけど、おれが元気なことはわかっただろうしわざわざ声をかけに行くこともないよな。
それよりレベルだよ、すごい上ったし今なら詳細も見れるはず。
『遊佐 蕗
レベル 7+10=17
HP 21+20=41
MP 21+20=41
攻撃 9+10=19
防御 9+10=19
知性 9+10=19
精神 9+10=19
敏捷 9+10=19
SP 401+10=411
EXP 3365+4827=8192
NEXT 8500
スキル(+)』
本当に10レベル上がっている。
逃げ足の速いボーナスモンスターを数体一度に倒したようなでたらめな上がり方だけど、これがレベル差による獲得経験値の上昇なのだろう。
忘れないうちに貰った経験値である4827をタップする。
『取得経験値内訳
名称オーク L45
ゴブリン L25
ゴブリン L25
ゴブリン L25
基本経験値 574
対象人数 6/3
レベル係数 3/30
人数割り 1/3
初回撃破 1000』
基本経験値だけで1レベル上がりそうな上、対象人数は6対3で戦ったってことだな。
レベル係数では3レベルのおれが30レベルの敵を倒したってことだろう。
敵のレベルは平均値になるのか? 損した気分だな。
人数割りは3人に振り分けられたってことで、横殴りペナルティーをもらったおれ以外はその場で貰っていたのだろう。
ニアとキアに関してはレベル係数が逆転して半分程度しかもらえないから経験値は1レベル分にも満たない。
最後にオークの初回撃破をもらって4827ということだ。
「レベル係数は平均値になるんだな、パーティーを組んだらこれからはおれとニアとキアの平均が対象になるってことかな?」
冒険者ギルドから出て道端で立ち止まってステータスを確認していたおれはニアに話しかけた。
「そうなりますね、なのでレベルの高い冒険者が低いレベルの冒険者とパーティーを組むこともあります。
・・・うちもその打算がなかったとはいいません」
途中で自分の体を抱きしめてぶるぶる震え、今にも道端で土下座を始めそうなニアを腕を取って支え、一旦宿屋に帰った。
「申し訳ありませんでした!」
宿屋の部屋に戻り、ニアをベッドの上にのせて腕を話したら流れるように滑らかに土下座を始めた。
ちゃんと話し合って、おれが許すまでかたくなに土下座を崩そうとはしなさそうだったのでそのまま話をする。
今回はベッドの上で土下座をしているので床でするよりは悲壮感はない。
「パーティの事はニアに打算があったとしても、おれにもメリットがあるからやったことだろ?
怒ってないから頭を上げてよ」
「思い上っていました、うちたちが戦力になれば経験値の不足分は戦闘の回数で補えると思っていたんです。
まさか、あなた様がこれほどの方とは知らずに」
ニアがおれとパーティーを組んだのは『所有経験値増加』の効果が表れる前、その時にはスキルも見せてない。
始めは純粋におれのため、もしくはお互いのためだったのだろう。
パーティーを組む操作をするときにおれのステータスがちらっと見えて、レベルの低さをラッキーくらいには思ったかもしれないが、悪気があったとは全く思っていない。
そのことをちゃんとわかってるし許してる。
そもそも怒っていないことをニアの隣に座って頭をなでながらなだめる。
キアもニアの横に正座してニアの背中をなでながらおれに対して許してほしいという目で無言の懇願をしている。
なぜか2人とも自己肯定感が低すぎる。
初めて会った時はこんな感じじゃなかったのに。
「これか?」
一つ思いついてニアが付けていた首輪を外す、ついでにキアのも外した。
信じられないと目を見開く二人。
「街中で人目に触れているとき以外は首輪は外しておこう、2人ともちょっとおかしくなっている気がする」
「そうなんですか?」
首輪のはまっていた首をなでキアと目を見合わせるニア。
「これってマジックアイテムなのかな? 『隷属の首輪』とかそう言うの」
「いえ、そう言うものもありますがそれはちがいます」
あるんだ、でもこれは違うと。
もしかして以前に2人は心理的な刷り込みのようなことをされたことがあるのかもしれない。
それこそ、本物の『隷属の首輪』を使って首輪をはめた主人に逆らわないように、自分で首輪を外さないように。
その首輪が何の効果も持たない首輪だとしても。
その上で街中では首輪を強制する仕組みを作っている。
「なんてひどいことを」
人間たちにとって獣人は奴隷扱いか、奴隷ということは元々敵国の国民だったのだろう。
ステータスを見てもわかる通り獣人の方が強かったのだろうし、その時の恨みもあったのかもしれない。
おれはニアを引き寄せて横向きに押し倒して毛布をかぶせる。
キアもニアの横に寝かせて、毛布の上から2人をポンポンと叩く。
「2人に最後の命令だ。
これからは自分の心にしたがって生きるようにしろ」
元々正式に従魔契約したわけでもないから、命令する権利なんかないけれど、2人にしみこんだ奴隷根性は命令することでしか解除できないだろう。
毛布の中でぐすぐす泣いている声がして、毛布の上からなでているおれの手に逆らわないようにしているうちにニアの体からフッと力が抜けた。
昨日はほとんど眠っていないようだった。
それ以前も野営の緊張感で気持ちが休まる時間もなかったはずだ。
「キアも寝ていいよ」
キアに声をかけるが、すでに寝ているようだ。
2人を起こさないように自分のベッドに戻り横になる。
レベルも上がったばかりだし、本来ならスキルの振り分けでワクワクするはずだけど、すでに400ポイントを遊ばせている身としては、10ポイント前後は今さらというか使い道が思いつかない。
「『祝福』は取ってよかったな」
戦闘中の大弱点を回避できたような気がした。
だとしてもスキルポイントを使い切ってしまうのはまだ早い。
目標としてはまず100レベル。
絶対無理だと思っていたが、ニアたちのおかげで手の届くところまで近づいてきた。
おれもうとうとしていると、外からの日差しも弱まってきて、今日は一日中寝過ごしたことに気付く。
「おれも気を張っていたのかな」
夜に眠れないぞと思いつつ贅沢な1日を過ごせたことを悔やむことはなかった。