決断
“呪われた黒狼”の弱点は雷属性の魔法。
もしくは聖女の浄化の力。
穢れの呪いから解放するためには、対象を浄化するか息の根を止めるしかない。
ラウールの火、水、風の攻撃魔法。
――そして、リリアーヌの電気石のネックレス。
電気石は衝撃を与えると電気を発する結晶だ。
(――もしこれに、大きな衝撃を与え続けたら?)
ラウールに渡した、大小様々な電気石を詰めたカゴ。幸いにもそれは自分達の足元にあった。
狼の牙を食い止めるケニスの表情からは、限界が近いことがわかる。
決断するなら、今だ。
「殿下! あの狼の全身を包む水球を作り出すことはできますか?」
「可能だがっ、窒息させるまで出し続けることは難しいと思う……!」
「ほんの少し狼をとどめておければ、大丈夫だと思います」
「……どう言うことだ?」
リリアーヌを背後に庇い魔法を放ち続けていたラウールが振り返る。
まだ6歳ゆえに一つ一つの攻撃魔法の威力は大きくないが、無詠唱で魔法を発動し続けているのに息ひとつ乱していない。それは、恐るべき才能だ。
「殿下があの狼を水で包み足止めしたら、私はこの電気石たちを全部ぶつけます。そうしたら火と風の魔法で衝撃を与え続けてください」
「そんなことをしたら、怒り狂った狼がリリアーヌに狙いを変えるかもしれない」
「ですが他に状況を打開する術を思いつきません。このままでは3人とも死んでしまうかもしれない……!」
「……わかった」
覚悟を決めたラウールが手のひらを天へ向けると、瞬時に巨大な水の球が空中に現れた。
これなら、狼の全身を包むことができる。
「行け……!」
上へ向けていた右手を狼の方へ。ラウールの動きに合わせて水球が狼へ向かって行く。
「ケニスさん! 離れて!」
リリアーヌの言葉に反応したケニスが咄嗟に後ろへ跳ぶと、間一髪、水球の檻が狼だけを閉じ込める。
それを確認して即座に足元のカゴを全身の力で投げつけた。
「お願い……っ!」
濃紺に金の光が散った結晶。電気石。
ぶつかった衝撃で、バチバチと音を立てて光を放つ。
だが、足りない。あれだけの威力では、まだ足りない。
「殿下! 今です! 追撃を!」
「任せろ!」
次々と繰り出されるラウールの風魔法と火球が狼を襲う。その衝撃に電気石が反応し、目を開けていられないほどの閃光になった。
「ギャウゥンッッ!!!!!!」
耳を引き裂く、断末魔の叫び。
そして地面に落ちた黒狼はピクリとも動かなくなり、塵となって消えた。
「良かった……」
へなへなと座り込みそうになるリリアーヌの身体をラウールが支える。
彼だって恐ろしかっただろうに、少年の手はリリアーヌの手を力強く握ってくれた。
「ラウール殿下! リリアーヌ様! ご無事ですかっ」
「俺は大丈夫だよケニス。……リリアーヌのおかげでね。リリアーヌも大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
「良かった。ケニス、俺は城へ応援の要請を送るから、お前は一応他に異変がないか見ておいて」
「はっ」
ラウールに命じられたケニスがしっかりとした足取りで走っていく。
服は少し汚れてしまっているが、彼にも怪我はないようだ。
「――お前たち、王と騎士団に、この森の異変を伝えておいで」
そう呟いたラウールが手のひらに優しく息を吹きかけると、金の光を振り撒く紫の蝶が現れた。
魔法で作り出された幻の蝶は、キスをするようにラウールの頬の近くを舞い、ふっと消える。
きっと王への伝言を届けに行ったのだろう。
「綺麗……! 殿下はもう、使役魔法を使えるんですね……!」
「今はまだ蝶しか出せないけれど、そのうちもっと他の動物も出せるようになるよ。そうしたらリリアーヌにも見せてあげるね……色は紫限定だけど」
「紫は王族の証の色ですものね。……殿下?」
その蝶と同じ紫の瞳が、じっとリリアーヌを見つめた。
先ほどまで笑顔だった表情が真剣なものに変わる。
整った彼の顔から笑顔が消えると、まるで人形のようだ。
「……君に怪我がなくて良かった」
「殿下が守ってくださいましたから」
そっと頬に触れられて、優しい手の温もりにほっとしたのか、今さら声が震える。
紫水晶の瞳に映る自分のへにょりとした笑顔は、彼に情けないと思われていないだろうか。
リリアーヌはなぜか、ラウールにどう思われているのかが今とても気になった。
「……ラウでいい」
「え?」
「ラウでいい。――いや、君にはラウって呼んで欲しいんだ。リリィ」
リリアーヌの頬に手を添えたまま、ラウールはハッキリとそう告げた。