マデュルの森
「電気石?」
「はい。電気……雷の力のようなものを固めた結晶で、衝撃を与えると静電気みたいにパチパチするんです。大きさによって、威力が変わります。なのでコインくらいのサイズのものをアクセサリーに加工すれば防犯アイテムになりますし、もっと大きいものは害獣対策の柵とかに使えるかなって。今日はひとまず小さな石をネックレスにしてみました」
「……すごいな。俺はまだ火と水と風の精霊としか契約していないから、雷の魔法は操れない。国は錬金術の可能性をもっと見直すべきだな」
リリアーヌのかざした濃紺に金の光が散った結晶を見て、感心したようにラウールが息をつく。
(でも、殿下はゲームが開始する16歳の時には全部の精霊と契約していて、全属性の魔法を操れるのよね。しかも無詠唱で)
火、水、風、木、雷、光、闇。
魔法を使うためにはそれぞれの属性の精霊と契約し、呪文を唱えることによって精霊に力を貸してもらう必要があった。幻視や転移などの高位魔法は複数の属性を組み合わせないと発動できない。
しかし、ラウールは精霊たちに愛されているため詠唱なしでも力を貸してもらえるのだ。これはこの世界でも稀有なことだ。
ちなみに、リリアーヌは水の精霊としか契約できていないし、その魔力も微々たるものである。
「殿下のおかげでワカーメを採取できたので、頑張って毛生え薬を作りますね! あ、それと、いろんなサイズの電気石を持ってきているので殿下に差し上げます」
公爵家のお茶会でリリアーヌの材料集めに協力すると言ったラウールは、すぐにその約束を実行してくれた。
王宮の裏に広がる植物豊かなマデュルの森。
欲しかったワカーメだけでなく、珍しいキノコや花も採取できてリリアーヌはホクホクだ。
大きなカゴいっぱいに採ってしまったが「好きなだけ採っていい」とラウールが許してくれたし、彼の護衛兵――ケニスと名乗った青年がカゴを持ってくれている。
ラウールの護衛である彼に荷物を持たせるのは申し訳ないと最初は断ったが「マデュルの森にはウサギやリスくらいしか出なくてすることが無いので」と押しきられてしまった。
「今日がお天気で良かった……」
木漏れ日は美しく、濃厚な草の匂いのする風は気持ちいい。どこからか聞こえる小鳥の声も心を和ませてくれる。
ふと隣に座るラウールを見れば、彼もこの時間を楽しんでいるように見えた。
「リリアーヌといると今まで知らなかったことを知れて、世界が広がっていく気分だ」
不思議だ。
ゲームの中のリリアーヌは、王太子とはただ同じ学園に通う生徒というだけで接点はなかったはずなのに。その彼と今、こんな風に穏やかな時間を共有しているなんて。
ゲームでは描かれなかった6歳の彼は優しく、時に悪戯っ子で魅力的な少年だった。
「じゃあこの電気石の入ったカゴは俺が貰っていくね。すごい、こっちも山盛りだ」
「たくさん作り過ぎちゃったので。国のために役立てていただけたら嬉しいです」
――と、ふいに小鳥たちの声が止み、数拍おいて一斉に羽ばたいた。
その数は森の鳥が全部飛び去ったのかと思うほどでバサバサと大きな音がして枝が揺れる。
「え?」
いつの間にか太陽も雲に隠れて薄暗くジットリとした空気が足に絡み付く。
「……リリアーヌ、念のため俺の側にいて」
ラウールも森の異様な空気を警戒して表情を硬くした。