毛生え薬
「ラウール殿下?!」
「うん。すごい熱心に見ているね。こんにちは」
見慣れない植物に気を取られて、彼の接近に気がついていなかったらしい。こんなに煌びやかな、しかも王太子の存在に気づかなかったなんて。自分はどれだけ集中して花壇を見ていたのだろう。
「これはご挨拶が遅れて失礼致しましたっ。今日も殿下にお目にかかれて光栄です」
慌てて片膝を曲げて挨拶の姿勢をとるリリアーヌにラウールは鷹揚に頷いた。
「前回、一緒に授業を受けた時から3日ぶりだね。あの時に言ってた 毛生え薬はもう完成した?」
「覚えてらっしゃったんですか」
「うん、だってすごく気になるし」
「それが材料が足りなくて……。でも別のアイテム……防犯に使えるアクセサリーはできたので、良かったら次回お会いする時にお見せしますね」
『ラウールの話し相手に』と王に言われた日から3週間。まだ6歳という年齢だからか、リリアーヌの調合するアイテムに興味を持っているからか。ラウールは王太子らしからぬ気さくさでリリアーヌに接する。
今もリリアーヌの話に興味深そうに耳を傾ける彼の表情は柔らかかった。
(王子の髪の毛、キラキラだなぁ。肌も白くてスベスベだし、瞳はアメジストだし。本当、宝石でできた動くお人形みたい)
謁見以来、週に2回ほどの頻度でリリアーヌは王宮に招かれているが、未だにラウールの顔面の良さに慣れない。
なにせラビ学は超人気イラストレーターを起用していて、スチルなど神々しいほど美麗だった。メインヒーローのラウールが幼少期から超絶美少年なのも納得だ。
「その毛生え薬を作るのに足りない材料ってなに?」
「えっと、ワカーメっていうヌメヌメしたコケみたいな植物です。岩の影とか洞窟の入り口付近とか薄暗い場所に生えているらしいのですが、さすがに『危険だから』ってお父さまが採取に行くのを許してくれなくて」
「薄暗い場所……」
何かを思案するように唇に手を当ててラウールが首を傾げる。その動きに合わせて金糸の髪がふわりと揺れた。
「それって、王宮の裏のマデュルの森でも見つかるかな?」
「あ、はい。マデュルの森はいろんな植物が生えていると本で読んだことがあります。森なら陽の当たらない場所もあるでしょうし、すぐに見つかるかと」
「じゃあさ、次に君が城に来る時は採取の仕方を見学させてよ。森に行く許可は取っておくから」
「いいんですか?!」
「君の毛生え薬完成を、今か今かと待ち望んでる人が城にいるんだよね」
そう言われて失礼ながら脳裏に浮かんだのは、城で何度かすれ違ったことのある宰相の顔(特に前髪の生え際)だった。
「その人に恩を売っておくのも面白いと思って。だから君の材料集めに協力するよ」
天使の容姿をした少年は、そう言って悪戯っぽく片目をつぶって見せた。