ラウール=アーヴァンド
「……それでな、アスタロッド」
「ひゃぃっ!」
ガマガエルのしゃっくりみたいな音が父の喉から漏れる。チラリと様子を伺うと、顔中からダラダラと汗を吹き出していた。こんなに汗をかいたら脱水症状にならないだろうか。
(ふだん、国王様とのご縁なんてほとんどないものね……。帰ったらお父さまに滋養回復の薬湯を調合してあげなきゃ)
父の様子を他人事のように心配していたリリアーヌは続く王の言葉に思わず声をあげそうになる。
「リリアーヌをラウールの話し相手として城に呼びたいと考えているのだ。奇遇にもラウールとリリアーヌは年齢が同じ。このように才能の溢れるものと友になれたら、ラウールにも良い刺激になると思ってな」
「ありがたいお言葉です陛下……!」
ラウール。
ラウール=アーヴァンド。
アーヴァンド王国の王太子。
そして――――
(ゲームのメインヒーローの名前よね……っ?!)
10年後、リリアーヌが16歳になる年に入学する予定の王立魔法学園。
ゲームの中では確かに、攻略対象のラウールと、そしてゲームの主人公はリリアーヌと同学年だが、リリアーヌは入学まで彼らと接点などないはずだった。
いや、脇キャラであるリリアーヌはゲームでも王太子と話せる立場ですらなかった。
学園の中では貴族庶民関係なく平等という規律だったが、それでも王太子相手には憧れも相まって、生徒たちはおいそれと話しかけることはできなかった。
ヒロインですら彼を攻略できるようになるのは他の攻略対象を全員攻略した後だ。
(しかもステータス管理とフラグ管理がすごいシビアで何度エンディングを失敗したことか……!)
それくらいメインヒーロー攻略ルートはハードルが高かった。
(そのメインヒーローと私がなんで今日、出会うの――?!)
メインヒーローとモブ女生徒が幼少期に出会っていた設定など、ゲーム本編でも資料集でも公式のSNSでも見たことがない。
「――お呼びですか、父上」
国王を父と呼ぶ涼やかな声。
思わず振り返ればそこには天使と見間違うばかりの少年が立っていた。
黄金の髪。紫の瞳。王家の色彩。
軍服を模した白いジャケットに、金の飾りのついた濃紺の肩帯とマント。
(16歳でも綺麗な顔をしてたけど、生の迫力すごいっ! まだ6歳なのにもう美が完成されてる……!)
10年後に出会うはずだったメインヒーロー、ラウール=アーヴァンド。
彼はアメジストの瞳を細めて握手の形でリリアーヌへ手を差し出した。
「会いたかったよリリアーヌ。これから週に何度か、王宮で一緒に学び、話をしよう」