危ないんです
マズい。
非常にマズい。
『リリアーヌ嬢には価値がある』
『リリィの才能を利用しようとした奴らに一度、誘拐されかけているからね』
生徒会室で聞いたアウインとラウールの言葉が頭の中をグルグルと回る。
「いやぁ、本当に私は幸運でした。シンシア嬢にかけた暗示がこんなにも上手く行くとは。彼女、貴女に私の店に行くよう提案したのでしょう? あわよくば……程度のつもりだったのですが、なんでも策を講じておくものですね」
『ヨカッタ! ヨカッタ! ウマクイッテ、ヨカッタ!』
痺れた体をよじりながら、リリアーヌはティーテーブルに置かれたカップの中身をどうにか分析できないかと凝視する。
飲む者の魔力によって色を変えるというお茶。
試飲だとヤンに差し出されたお茶に痺れ薬が入っていただなんて、自分はなんて迂闊だったのだろう。
「本当に今回の依頼主は『アーヴァンド王国一の錬金術師を自分のコレクションにしたい』だなんて無茶を仰って。まぁ依頼があればどんなものでもご用意するのが私の信条ですからね。代金も弾んでいただきましたし」
リリアーヌの誘拐。
それがヤンの目的で、今こうしてリリアーヌが動けなくなっている原因だ。
『――聞け。従え。我が言葉はお前の心。我が言葉がお前の体』
暗示をかけるためであろう呪文を唱えながら、重心を感じさせない動きでヤンがリリアーヌへと近づいてくる。
いけない。
これ以上、彼に近づかれてはいけない。
ヤンの接近をなんとしてでも止めなければと、リリアーヌは必死に叫ぶ。
「お願いだから近寄らないでください……っ!」
「おやおや、そんなに怯えた顔をなさって。大丈夫ですよ。貴女を欲している方は少々横暴ではありますが、コレクションを大事にする方です。きっと、そこまで酷い目にはあいませんよ。……きっとね」
「そうじゃなくて、危ないんです!」
「いえいえ、危ないことなどなく、安全に依頼主のところまでお届けしますからご安心ください」
リリアーヌの言葉をにこやかに受け流し、手を伸ばせば触れられる位置にまでヤンは近づいて来てしまった。
それでもなんとかヤンを思い止まらせようとしたリリアーヌの言葉は――間に合わない。
「本当に、近寄ると危ないんですっ! ――あなたの方が!」
「……はい?」
一瞬。室内に雷が落ちたのかと思うほどの閃光。
視界を真っ白に染めるその光が、凄まじい威力でヤンに流れる。
濃紺に金の光が散った結晶。電気石。
その電気石を使ったネックレス。
6歳の時に開発したそれは改良を重ね、今では悪意を持った者がリリアーヌに触れようとするだけで効果を発揮するようになっていた。
「あぁぁぁぁ! ヤンさんごめんなさいっ! でも大丈夫っ! 私、傷薬持ってますから! ……あぁっ体が痺れてて動かないんだった……! ヤンさん! 解毒剤、解毒剤ください! そうしたら私、あなたに傷薬を――ヤンさん?! 起きて?! え、やだ、どうしよう。電気石、そんなに威力出ちゃったの?!」
『ヤン?! ヤン?! オキテ、ヤン!』
ネックレスの電撃を受け、床に倒れたヤンはピクリとも動かない。
「いやぁぁ! 私、ヤンさんを殺しちゃった――?!」
――いや、よく見れば微かに息がある。
しかし、このまま治療しなければ死んでしまうかもしれない。
あぁ、だけど、自分の体にはまだ痺れ薬の影響が残っている。
このまま電気石のショックの後遺症が体に残ってしまう可能性と、これから迎えに来るであろう彼の怒り。
どちらがヤンにとってマシだろうか。
「……ごめんなさいヤンさん。ヤンさんがなるべく痛くされないように、私も一緒に謝りますから……っ」
穏便に済ませたかったけれど仕方ない。
そう諦めたリリアーヌは言葉を紡ぎ始める。
幸い、自分は痺れ薬を飲まされたくらいで誘拐までされていないし、今ならまだ、彼の怒りもそこまで大きくならないかもしれない。そう考えるのは甘いだろうか。
「せめて短い時間で済むと良いんだけど……。……聞いて、紫の蝶々たち。伝えて。私の居場所。――リリアーヌ・アーヴァンド」
些細な水魔法しか使えないはずのリリアーヌ。
しかし、彼女の詠唱――正確には『リリアーヌ・アーヴァンド』の言葉に反応した小指の指輪が光を放つ。
指輪にはめられた魔法石が内側から輝き、無数の紫の蝶が現れる。蝶たちはキスをするようにリリアーヌの頬の近くを舞い、消えた。
主にリリアーヌの願いを届けに行ったのだろう。
お守りとしてラウールに贈られた指輪。
金のリングにはまる、ラウールの魔力を込められた紫の魔法石。
その込められた魔力を発動させる約束の言葉は、リリアーヌの名前と彼の姓を組み合わせたものだ。
蝶が消えて数拍後。
リリアーヌたちのいるヤンの店がドン! と地震の様に激しく揺れた。




