プリメラ
「えっと、プリメラさん、お子さんがいらして……?」
「あ、そうなんです。プリメラ=コーラルは旧姓で。8年前に結婚して、今はプリメラ=ウィルツです。それでこの子はアーシュ。ほら、アーシュ、ご挨拶して」
「アーシュ=ウィルツです! 5歳です! 好きなたべものはタルトです!」
プリメラに促されてピンと背を伸ばしたアーシュが大きな声で自己紹介してくれるのが可愛くて、思わず笑みがこぼれる。ここに来るまでに緊張していた心がほどけていくようだ。
膝を折り、アーシュの目線にあわせてリリアーヌも自分の名を告げる。
「リリアーヌ=アスタロッド、18歳です。好きな食べ物は……甘いもの全般。だからタルトも好きよ。私たちお揃いね。よろしくね、アーシュ」
リリアーヌの言葉を聞いてプリメラが「やっぱり!」と喜びの声をあげた。小さく手を叩いて瞳を輝かせる様子が、記憶の中の立ち絵と重なる。ゲームより大人びていても、やはり彼女は彼女なのだと感慨深い。
「私、リリアーヌさんのファンなんです! 実家が花屋だから店を手伝うとどうしても手が荒れちゃって。けど、リリアーヌさんの作った軟膏のおかげであっという間に傷が治ったの……! それに、アーシュが赤ちゃんの頃に飲んでたミルクも、今お気に入りの動くスライム人形も、リリアーヌさんが開発したものなんですっ」
「え、あれリリアーヌおねーちゃんがつくったの?! オレ、あれ大好き!」
「好きって言ってくれてありがとうアーシュ。これからもいろいろ作るから、楽しみにしててね。……えっとプリメラさん、ご実家がお花屋さんって王都の……? 私、何度が寄ったことがあるのですが、お会いするのは初めてですよね……?」
「えっそうなんですか、嬉しい! それっていつ頃のことかしら? 私、12年前にラビントス学園に入学して、卒業後に就職した先にも寮があったし、それで結婚してしまったから、実家を手伝ってたのは15歳までなんです」
「あ、じゃあプリメラさんが入学してからです。……そうだったんですね」
28歳になったプリメラ=コーラル。
プレイヤーとして彼女の人生を生きていた時は、エンディング後はどうなるのだろうと、もっと彼女の人生を見てみたいと思っていたけれど。まさかこんな形で叶うとは。
……いや、目の前の女性は乙女ゲームの登場人物プリメラ=コーラルではない。
現実を生きる一人の女性。プリメラ=ウィルツだ。
「……私、魔法の才能があまりなくて。ここに通ってた時も試験のたびに落ち込んでたんです。けど、ある日、新聞にリリアーヌさんのことが載ってたの。『天才少女現れる! 失われた錬金術を再び!』って。幻影魔法で新聞の上に浮かびあがった映像を今でも覚えてる。シトリンの瞳を輝かせた女の子は『自分は魔法をほとんど使えないから、そのぶん錬金術を頑張るんだ』ってインタビューに答えてた」
プリメラの言葉に当時の記憶が蘇る。
10年以上前、まだアーヴァンド王国に広がり始めた穢れをどうにかしようと研究に奮闘していた頃のことだ。
自分の姿が全国に届けられるのは恥ずかしかったけれど、魔法の才能がなくても大丈夫だと、悩んでいる誰かに伝わったらと取材を受けた。
それが伝わっていたなんて。
それも、彼女に。
「それで私が好きなものってなんだろうって考えて。そうしたらやっぱり植物が好きだなって。私は魔法の中では浄化魔法が辛うじて得意だから、その力を植物のために使えないかなって思ったんです。それで卒業後は研究所に入って夫と出会ったの」
「そう、だったんですか」
「うん。だからね、リリアーヌさん。私、本当にリリアーヌさんに感謝してて、あなたのファンなんです。夫に出会えたのは、あの新聞記事のおかげ。これからも応援してます」
そうアーシュの頭を撫でるプリメラはとても幸せそうで。
何度も何度も、ハッピーエンドのスチルで見た心からの笑顔で。
「嬉しい、です。ありがとうございます……っ」
あなたが幸せでよかった。
胸の奥から込み上げてくる熱いものが瞳からこぼれてしまわないよう、リリアーヌもプリメラに笑顔で応える。
「……ねーねー。リリアーヌはあのおうじさまとケッコンするの?」
「アーシュ! ……でも私も気になってたんです。劇の最後のプロポーズって本当なんですか?」
「え、いえ、あれは――」
キラキラと期待を込めた眼差しをプリメラとアーシュに向けられてリリアーヌは言葉に迷った。
ハッキリと否定するのはなんだか悪い気がする。でも――
「――ご想像にお任せしますよ。でも、俺としては本当にしたいと思ってるんですけどね」
口ごもるリリアーヌに代わって答えた聞き覚えのある声。
振り向けばそこにいるのはもちろん――
「ラウ!」
「急に走り出すからびっくりしたよリリィ。――こちらお知り合い?」
心臓がドキリと跳ねる。
ラウールの瞳が、プリメラを映す。
もし、その瞳に恋の炎が宿ってしまったら。
もし、ゲームの強制力が働いてしまったら。
「まさかラウール殿下にもお目にかかれるなんて光栄です……! プリメラ=ウィルツと申します。私、リリアーヌさんのファンなんです! ほら、アーシュ、ラウール殿下だよ。王子様。ご挨拶して」
しかし、ラウールもプリメラもその態度が変わることはない。
「……良かったぁ」
ずっと、心に刺さっていた棘が、抜けたような気がした。