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君を愛してる

(昨日のラウ、なんだか変だったな)


 閉じた瞼をなぞる筆の柔らかさを感じながら、リリアーヌは昨日の生徒会室での出来事を振り返る。


 あの後。何故かラウールが壮絶な笑みを浮かべ、謎の台詞を吐いた後。報告会は慌ただしく解散になった。

 シンシアに理由を聞こうと思ったが「わたくしの口からは言えませんわ。……恐ろしくて」と教えてもらえなかった。


(もしかして疲れが溜まっているのかしら。連日の生徒会の仕事の上に、今日は劇の主役だものね。王太子の公務で人前に出ることは慣れているはずだけど、緊張もしているのかも? あとで栄養剤を調合して持って行ってあげよう)


 よし。と気合いを入れてこぶしを握ったら「アスタロッドさん動かないで!」と筆を持った同級生に注意されてしまった。


 今は3-Aの発表する演劇の準備の真っ最中。

 女子の控え室として用意された教室は、本番を控え殺気だっている。準備を終えた出演者から舞台そでまで転移魔法で移動するのだが、主役の一人であるリリアーヌは念入りにメイクを施されているため、まだ支度が終わっていない。


「――よし。完璧。やっぱりさすがアスタロッドさんが開発したアイシャドウとリップは発色がいいね」


 メイク係の女生徒がリリアーヌの仕上がりを見て満足そうに微笑む。


 顔周りを残し編み込まれた青銀の髪。光の粒が散りばめられた白のドレス。

 今日のリリアーヌの役は、継母と義姉に虐げられるが清らかな心を失わず、隣国の王子に見初められ幸せを掴むプリンセスの役だ。

 日本で言うシンデレラのようなストーリーはアーヴァンド王国でも人気があった。


(最終学年の学園祭イベントは、ゲームの世界でも各攻略対象にスチルが用意されてて盛り上がったのよね)


 などと役決めの日に考えていたら、いつの間にかラウールと共に主役に抜擢されていた。

 ちなみに『わたくし、一度ヒロインをいじめる悪役をやってみたかったんですの!』と義姉役に立候補したシンシアは生き生きと練習に参加していた。


「ありがとう。台詞間違えないように頑張ってくるね」


 水魔法しか使えないリリアーヌは、代わりに自分で調合した魔法具を使って舞台そでまで転移した。







 近い。とんでもなく近い。

 ラウールの、距離が近い。



 問題なく進んだ舞台の最終幕。

 舞踏会でのダンスシーン。

 練習では軽く手を触れあわせ踊るだけだったはずのそれが、何故か、とんでもなく距離が近い。


 リリアーヌの右手はラウールの大きな手にガッチリと掴まれ、腰は大胆に抱き込まれている。


(こんな近距離、王宮のダンスの授業でもなかったわよ……?!)


 身長差があるのでラウールが屈まない限り吐息がかかるようなことはないが、彼に密着した頬に、鍛えられた肉体を感じて胸が騒いでしまう。


 出会った時の彼は自分と同じくらいの目線だったのに。

 手だって、こんなに大きく骨ばっていなかった。

 以前、リリアーヌが調合してラウールにプレゼントした石鹸の香りを感じる。


 ずっと側で一緒に成長してきた幼なじみ。

 彼は、いつの間にこんなに大人の男性になっていたのだろう?


(ただでさえ、いつもと違う衣装のラウにドキドキなのに、これじゃ台詞忘れちゃうじゃない……っ)


 全寮制の学園生活で見慣れていたラウールの制服姿。

 それが舞台の衣装とは言え、久しぶりに見た王子の正装姿は新鮮だった。


 軍服を模した黒のジャケットに黒のマント。

 本来の彼の正装は白と濃紺がメインの色彩だから、そのギャップもまたリリアーヌの胸を騒がせる。


(いつものラウは正統派王子様って感じだけど、今のラウは魔界の王子様みたいな魅力がある……! そして生の迫力すごいっ。スチルも美しかったけど、リアル美形の破壊力すごい……っっ!)


 ゲーム画面越しにはなかったラウールの体温に、頭が沸騰しそうだ。それでも、もつれそうな舌を動かし、なんとか台詞を紡ぐ。



『――わたくし、もう行かないと。お別れの時間ですわ王子様』


『行かないでくれ美しい人。君を失いたくないんだ』



 マイクや拡声の魔法がなくとも、ラウールの声は講堂の全体にまでハッキリと届いた。狼狽えるリリアーヌとは対照的にとても堂々としている。

 昨日のラウールの様子に緊張しているのかと思ったが、やはり王太子である彼は大勢の観客の前に立つことに慣れているのだろう。


『ごめんなさい……!』


 台本通りにラウールの元から去ろうとし、離れた距離にホッとする。

 この後、ラウール演じる王子がリリアーヌ演じるヒロインにプロポーズして舞台はハッピーエンドを迎える。きっとここからは練習と同じはずだから台詞も大丈夫だ。


 ――と、そう思っていたリリアーヌの視界に突然、無数の花弁が現れた。


 白。ピンク。黄色。薄紫。

 色とりどりの花が雨のようにリリアーヌとラウールの周りに降り注ぐ。


 いや、雨よりももっと多い、まるで花びらの洪水だ。


(ラウの、幻視の魔法……?!)


 本物かと思うほどの花は甘い香りまで漂わせ、しかし身体に触れる前にふっと消えた。


(いつの間に演出まで変わったの……っ?)



「……君を愛してるんだ。俺と、結婚してほしい。――リリィ」



 その言葉を聞いて、リリアーヌは黄水晶の瞳を見開く。



「役名を間違えてるわよラウ……!」



 しかし、講堂にいた観客たちはそのハプニングに大喜びで喝采を送り、リリアーヌの声はかき消される。



 割れるような拍手はいつまでも鳴りやむことはなかった。



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