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生徒会室

「あ、シア。明日の劇の衣装のことなのだけど――」


 後ろを振り返りつつ生徒会室のドアを開けると、何かがボフッとリリアーヌの頬に当たった。


 目に入る、丁寧に磨かれた革靴。オーバーチェックのグレーのスラックス。白いワイシャツに最上級生(3年生)を示す青色のネクタイ。魔法学園の生徒である証の、金の蔦模様の縁取りがされた黒いケープ。


 順に視線を上げていくと、リリアーヌを優しく見下ろす紫の瞳があった。完璧な輪郭を引き立たせる黄金の髪は今日も光を受け輝いている。

 両耳にブルーダイヤモンドを一つずつ、左耳にイエローダイヤモンド。青と黄色を組み合わせた3つのピアスは入学以来の()のトレードマークだ。


 ラウール=アーヴァンド。

 この国の王太子。そして幼い頃から共に過ごした幼なじみ。


 18歳になった彼は、女生徒の中で小さめのリリアーヌより頭ひとつ分以上、背が高い。おかげで目をあわせようとするとだいぶ首を曲げなければならない。


「ラウ! ごめんなさい、あなたもドアを開けようとしてたのね」


「ごめんねリリィ。鼻ぶつけてない? なかなか帰ってこないから、また誰かに話しかけられて動けなくなってるのかと、迎えに行くところだったんだよ」


 どうやら生徒会室から出ようとした彼と、入ろうとしたリリアーヌがぶつかってしまったらしい。


「あら。わたくしがいるのに、そんなことさせませんわ」


「その点は信頼しているよ」


 心外だと鼻を鳴らすシンシアにラウールが鷹揚に頷く。

 幼い頃はラウールに対してどこか緊張した態度で接していたシンシアだったが、学園に入学してからは同じ学生同士ということもあるのか、遠慮がなくなったように見える。


 『全ての才能を持つ者たちのために』という理念のもと、貴族庶民関係なく平等に入学の許可が与えられるラビントス学園ではそれが正しい姿だ。


「さ、これで全員揃ったから、明日の学園祭についての最終報告会を始めようか」


「えぇ」


「学園祭が生徒会メンバーとして最後の仕事かと思うと感慨深いですわね」


 生徒会室の中へ入り、副会長の定位置である生徒会長(ラウール)の隣へ着席する。


(まさか私が生徒会のメンバーなんて。未だに信じられない気分)


 3年生になった今でも、リリアーヌは微弱な水魔法しか使うことができなかった。なのに優秀な生徒が選ばれる生徒会のメンバーになれたのは、錬金術の才能のおかげだ。


 12年前、忘れられ廃れかけていた錬金術は、今や魔術と並びアーヴァンド王国が誇る国の宝となっている。


「リリアーヌ嬢、何か問題があったわけではなさそうで安心しました」


「遅くなってごめんなさいアウイン」

 

「いえいえ。リリアーヌ嬢には、ご本人にもそうですが、貴女が今までに開発した化粧品や装飾品にもファンが多いですからね。日用品だけでなく、薬や爆弾など、その商業的価値は計り知れない」


 と、眼鏡をかけた黒髪の青年――アウインが笑う。彼は微笑んでいても、レンズの奥の青い瞳に油断ならない色を秘めている。


「アスタロッドが開発した護衛石には、騎士団にいる俺の兄も世話になってるからな。もし困ったことが有ったら呼んでくれ」

 

 そう頼もしく胸を叩く、茶の短髪と赤い瞳の青年の名はロード。魔法学園の制服を着ていても、その身体が日々の鍛練で鍛えられていることがわかる。


 国一の商家の息子で秀才のアウイン。

 学園卒業後に騎士団への入団が決まっているロード。


 ――アウインもロードも生徒会のメンバーで、そして、ゲームの世界では攻略対象だった2人だ。


「実際、リリィの才能を利用しようとした奴らに、一度誘拐されかけているからね」


 長い足を組んだラウールが、心底煩わしそうにため息をつく。


「まぁその犯人は、ラウール様とカルブンクルス家でギッタンギッタンにしてやりましたけど」


 左頬に右手の甲を寄せた仕草のシンシアは、今にも高笑いをしそうだ。



「――と、雑談はここまでにして学園祭本番(明日)についての最終報告をしようか。ラビントス学園生徒会執行部、三年生は全員揃っているね? 見回りに行っている他の学年のメンバーには、後で報告の蝶を飛ばしておくよ」


 ラウールの言葉に、生徒会室に集まったメンバーが各々の報告を始める。

 全員が報告を終え、学園祭本番についての最終確認をした時には、オレンジ色だった空はすっかり夜の色に変わっていた。



「――そう言えば明日の3-A、ラウールとリリアーヌ嬢とシンシア嬢の劇は昼からですよね。見に行きますよ」


「ありがとうアウイン」


「いえいえ、実際の恋人同士が主役を演じるとだけあって前評判も高いんですよ。僕も楽しみです。人が集まる場所には商売のチャンスもありますから」


「……恋人同士って、誰と誰が?」


 不思議そうに聞き返すリリアーヌに、生徒会室の時間が一瞬止まる。


「…………誰って、ラウールとリリアーヌ嬢のことですけど……?」


「やだわアウイン。誰がそんなこと言ってるの? 私とラウは付き合ってなんか、いないわよ?」


「……えーと、一つ確認したいのですが、リリアーヌ嬢はラウールのピアスの色をなんだと思いますか?」


 震える人差し指と中指でズレた眼鏡を直しながらアウインが尋ねる。心なしか生徒会室にいる全員が緊張している気がする。


 ラウールのブルーダイヤモンドとイエローダイヤモンドのピアス。

 その色から連想するものは――



「…………シアの金髪と瞳の水色?」



 青銀の髪を揺らし首を傾げたリリアーヌは黄水晶の瞳を瞬かせた。


 瞬間、何故か部屋全体の空気が凍る音がする。リリアーヌの隣の席、ラウールの方から、凍てつく冷気が漂ってくる。

 いつもは甘く優しいラウールの声が、地を這う低さで呻く。



「…………鈍感なところも可愛いと思っていたけれど、まさか、こんなにも伝わってなかったなんて。卒業するまでは自制しようとしてたのが裏目になったのかな。リリィごめんね? これからは――遠慮せずにいくから覚悟して?」



 そう笑うラウールの顔は、誘拐犯たちを痛めつけていた時よりも凄みがあった。




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