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図書館



 ラウールにラウと呼んで良いと言われて以来、なんだか彼の距離が近い気がする。



 マデュルの森で黒狼に襲われてから三週間。

 元々、彼は気さくな王太子ではあったけれど、リリアーヌを見る視線や声が、今までと比べ物にならないほど親しげな気がするのだ。


 以前は王宮で歴史学などの授業を一緒に受けていても、王太子としての勤めがある彼はリリアーヌ1人のためにずっと時間を割くことはなかったし、会話も錬金術のことがメインだった。


 しかし、今は次の予定ギリギリまでリリアーヌと過ごしたいと言うし、お互いの個人的な話も増えた。


(殿下……ラウが『スースーするから』って理由でハーブの歯みがき粉が苦手なのは意外だったな。確かにこの世界にはまだ辛い歯みがき粉しか存在しないから、今度フルーツ味の歯みがき粉を調合してあげよう)


 常に大人びて凛としている彼の、年相応なふてくされた表情を思い出し、思わず笑みがこぼれる。


 こんな風に、一気に距離が縮まったものだから、先日など『……あなた、ラウール様に対して馴れ馴れしいのではなくて? わたくしだって愛称で呼んだことなどないのに』とシンシアにジト目で睨まれてしまった。


(でも、ゲームでの陰険な彼女を知ってるからか、素直に拗ねるシンシアも微笑ましかったのよね。その後に3人で鬼ごっこをしたらすぐに機嫌を直していたし。きっと、6歳()のシンシアは感情がストレートに出るタイプなのね)


 飾らない言葉ゆえにシンシアの物言いはキツく聞こえることもあるが、真っ直ぐに感情をぶつけてくる彼女のことをリリアーヌは嫌いでなかった。


 ラウールに対するシンシアの気持ちも、現時点では恋ではなくただの憧れのようなので、このまま行けば彼女とも仲良くなれる気がする。


(そんな明るく平和な未来のためにも、『穢れ』を祓うアイテムと、自然に配慮した環境作りの研究を進めないとね……! 環境作りに関してはラウが王様に相談してくれてるから、私は私のできること……!)


 そう気を引き締め直し、手元にある分厚い本のページをめくる。

 ラウールが騎士団の稽古に参加している時はさすがに別行動なので、リリアーヌはその間に穢れや呪いに関する資料を集めていた。


 王宮の広大な土地の中、騎士団の訓練場近くに建てられたレンガ造りの図書館がある。

 重厚なドアを開けると目に入ってくる、夕焼けを描いた天井画と優美な螺旋階段。静寂と本の香りに包まれたこの場所が、最近のリリアーヌの主な居場所だ。


 マデュルの森に現れた黒狼は、精霊の怒りや人間の負の感情が具現化したものに触れて呪われていた。

 呪われたものを解放するには、浄化か息の根を止めるしかない。そうしなければ理性を失い、周囲の存在を襲い続けてしまう。


 だから自分は穢れを祓うための道具の研究をしたい。


 そう言ったリリアーヌのために、ラウールはすぐに王に掛け合ってくれた。

 おかげで、リリアーヌ1人でもこうして国一の蔵書数を誇る王宮の図書館へ自由に出入りができている。


「――ただいまリリィ。今度は何を読んでいるの? 『呪いと、それを封じた賢者エンデの話』?」


「お帰りなさいラウ。今日の騎士団の訓練は熱が入ってたみたいね。図書館(ここ)まで声が聞こえたわ。この本の呪いの部分が、何かヒントにならないかと思って読んでるの」


 呼び方と同時に改めるように言われた敬語も、今ではすっかり友人に対する話し方になった。


「でも『エンデの話』はおとぎ話じゃないの?」


「意外に、物語に出てくる不思議な道具が調合のヒントになったりするのよ」


「そうなのか。本当に興味深いな錬金術って」


「ラウもまた挑戦してみる?」


「リリィだって見ただろう、こないだの結果を。聖水を作るはずだったのに粘土になった」


 あの時の大騒ぎとラウールの呆然とした表情を思い出して、リリアーヌはくすくすと笑ってしまう。


 ゲームではいつも完璧な空気を纏っていた王太子。

 6歳の彼も、無詠唱で複数の魔法を同時に操れるほどの力を持っているのに。

 そんなラウールなのに錬金術はあまり向いていなかったらしく、聖水になるはずの液体が粘土となって瓶からあふれ、リリアーヌの工房の床いっぱいに広がってしまったのだ。


 ――そう、ラウールはマデュルの森の件があってから、頻繁にアスタロッド家にも顔を出している。

 前は王宮での授業の一環として週に2回ほど会うだけだったのに、今では彼の顔を見ない日がない。


「ラウ、王太子としてのお勉強や稽古があるのだから、毎日うちまで迎えに来てくれなくても大丈夫よ? 御者さんが親切にしてくれて、私1人でも馬車に乗れるもの。……そりゃ、王室の豪華な馬車は、汚したらどうしようって未だにちょっと緊張しちゃうけど」


「あの馬車はリリィ専用にするから汚れなんて気にしなくて良いよ。リリィを迎えに行くのも、勉強の合間の気分転換としてすごく助かってるんだ。それに、王都の様子を見るのにもリリィの家まで行くのは都合が良いんだよ」


「……ラウが無理してないならいいけど」


「リリィに会うのは無理なんかじゃなくてご褒美だよ」


 そう言って紫の瞳を細めたラウールの笑みは甘い。

 ステンドグラスの窓から降り注ぐ光を受けた黄金の髪が輝き、こちらを見ながら頬杖をつく姿は一枚の絵画……いや、スチルのようだ。


(これが、乙女ゲーム攻略対象(メインヒーロー)の美の力……!)


 少年(6歳)の時点でこれ(・・)なのだから、ゲームが開始する10年後にはもっと輝きを増すのかと思うと、末恐ろしい(ワクワクする)


(10年……そう、本当なら10年後にゲームのヒロインが解決する穢れの問題が、今の時点で起きたのだから、やっぱり気を引き締めておかないと)


 もしかしたらヒロインは既に聖女の力に目覚めているのではないか。

 だから、呪われた黒狼が現れたのではないか。


 そう考えたリリアーヌはゲームの記憶を頼りにヒロインの暮らしていた王都の花屋を探した。


 しかし、オープニングで見た外観そっくりの花屋自体は存在したものの、ヒロインらしき女の子の姿を確認することはできなかった。


 ゲーム通りに、魔法の才能がないリリアーヌ(自分)、輝かしいまでに魅力的なラウール(攻略対象)、現れた黒狼。

 ゲームとは違う、明るい瞳をしたシンシア(公爵令嬢)に不在のヒロイン。


 記憶にピッタリとはまる欠片とはまらない欠片。

 その食い違いに少しの不安を覚えながら。

 けれど忙しくも日々は過ぎていく。


 穢れを祓うための研究を進めつつ、ラウールとシンシアと過ごした時間は、リリアーヌにとってかけがえのない宝物だ。



『もし、もう一度生まれることができるなら、私、今度は思いっきり外を走ってみたい』



 その願いを、友と共に叶えることができたのだから。




 そして6年後。

 リリアーヌ、ラウール、シンシアが12歳になった年。



 シンシアの母親が穢れに触れて倒れた。





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