リリアーヌ=アスタロッド
白。ピンク。黄色。薄紫。
色とりどりの花が雨のように降り注ぐ。
いや、雨よりももっと多い、まるで花びらの洪水だ。
魔法で創りだされた幻の花は、身体に触れる前にふっと消える。
甘い甘い香りの中で、黄金を溶かした髪に光を受けながら青年が跪いた。
アメジストの瞳は、ただ一人だけを見つめて逸らさない。
「……君を愛してるんだ。結婚してほしい。――リリィ」
その言葉を聞いて、リリィと呼ばれた青銀髪の少女は黄水晶の瞳を見開き呆然と呟いた。
「今、言うべき名前は、その名前じゃないでしょう……?」
◇ ◆ ◇
リリィ――リリアーヌ=アスタロッドには、生まれた時からこの世界の未来の記憶がある。
王族と貴族、それにドラゴンや精霊が存在する国の魔法学園で恋愛を楽しむ乙女ゲーム『ラビントス魔法学園物語』――通称ラビ学。
そのラビ学が、リリアーヌの生まれた世界だ。
王太子、騎士、学園一の秀才、あざと可愛い後輩、ミステリアスな隠しキャラ。
ヒロインは様々な魅力的な攻略対象たちとの愛を育みながら、魔法の才能と聖女としての力を開花させていく。
もちろん、攻略対象たちは乙女のハートをガッチリ掴むために全員スタイル抜群の美形揃い。
人気イラストレーターを起用した超絶美麗なスチルと、人気声優の美声による名台詞の数々は世の乙女を悶絶させ、萌え転がらせた。
爆発的なヒットを飛ばしたこのソフトの販売記録は、ずっとトップを走り続けているらしい。
そんな乙女たちを夢中にしたヒロインの恋愛と3年間の学園生活。その舞台となる全寮制の王立魔法学園。
先々代の王が創立した学園は『全ての才能を持つ者たちのために』という理念のもと、貴族庶民関係なく平等に入学の許可が与えられていた。
ある日。王都で小さな花屋を営む両親と暮らすヒロインは、微弱ながら浄化魔法を扱うことができために学園の入学許可証を受けとった。
プレイヤーの努力しだいで彼女はその浄化魔法の能力を飛躍的に伸ばし、攻略対象と共に世界の危機を救う聖女となるのだ。
『貴族でもなんでもない私が、まさか王太子様と同じ年に入学できるなんて夢みたい……!』
ヒロインの憧れの存在の王太子。
メインヒーローの彼のルートは一番攻略難度が高く、ライバルキャラの公爵令嬢も登場するが、キャラクター人気はダントツ1位だった。
『私、頑張る……!』
魔法学園所有の白い鷹の使い魔が運んできた封筒を胸に喜びに涙するヒロイン。彼女の瞳に映る青空は希望と共にキラキラと輝いて見えた。きっとこれからの学園生活は、大変なこともあるだろうけれど、それ以上に素敵なものになるだろう。
――というのがこのゲームのオープニングだが、リリアーヌはこのゲームのヒロインではない。
ちなみに、ライバルキャラの公爵令嬢でもない。
リリアーヌは、歴史が長いだけの貧乏伯爵家に生まれた、完全なモブだ。