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前編 〜漆黒の狼〜

中世の時代、騎士たちは戦いを好み、刺激を求めて疑似戦争を行った。それが馬上槍試合の始まりだった。競技会は各地で開催され、大勢の騎士が参加した。

公爵クグロワ・ド・ブランピエールが主催する馬上槍試合には、すでに300人を超える騎士達が挑戦者として集結していた。

彼の居城グスターニュの周囲には無数の天幕が張られ、城下は最大の賑わいを見せている。

競技への参加費は高額だが、食事の提供や沐浴、床屋の用意など、手厚いもてなしが受けられるとあって、その人気は他に比べて圧倒的に高いのだった。


「こんなに大勢の人を見るのは初めてよ大伯父様。」

大伯父に招かれ、シャリナ・アンペリエールは初めてグスターニュ城を訪れていた。シャリナが育ったペリエ城はクグロワの領地内でも少し遠方で、湖水地方の静かな場所にある。

幼い頃、父が話してくれるこの城のことを『大伯父様の大きなお城』と呼んでシャリナは憧れていた。賑やかで華やかなその大きなお城に、シャリナはようやく来ることができたのだった。

「興行を催すのは城主の務めだ。出世の手掛かりを掴もうとする者の足掛かりでもあるからな。」

すっかり白くなった口髭を撫でながら、満足気にクグロワは言った。

「槍試合が出世の手掛かり?」

「そうとも。低い身分でも試合に勝てば知名度が上がり、それによって出世の道を開いた者もいる。」

「では、大伯父様はその後押しをなさっているのですね?」

「.うむ...そうとも言えるのう。」

「素敵です。大伯父様。」

瞳を輝かせているシャリナに視線を移してクグロワは目を眇めた。

愛すべき実姉、アンテローゼ・デ・アンペリエール。その孫であるシャリナは、嫡子の父親よりもアンテローゼによく似ていた。まるで写みのようだとクグロワは思う。声も仕草も、まるで彼女が生き変えったかのようだ...

不幸なことに、シャリナは半年前に父親と兄を一度に亡くしてしまった。母親もすでに他界しており、15歳にして孤独な身の上だ。姉の姓、アンペリエールの名も、継ぐ者はシャリナだけになった。

「存分に楽しみなさい。この賑わいで寂しさも紛れよう。」

クグロワは笑顔で言った。

「はい。槍試合、楽しみですね!」

「...まことにな。」


一方、城門には騎士達がエントリーのために続々と入場を果たしていた。

ユーリ・ド・バスティオンは、自分が周囲から値踏みされているのを知っていたが、お構いなしに城門をくぐった。確かに服はボロボロで体は垢まみれだが、そんな奴は大勢いるし、たいして珍しくもないだろう。

館も封土も持たない「はぐれ騎士」は、各地の槍試合を転戦しながら賞金を稼ぐ。すでにユーリの浪浪生活もニ十年に及び、かつて裕福な貴族であったことも遠い記憶の彼方だ。

評価は見た目じゃない。試合の勝敗で決まる。それが騎士というものだ。

それがユーリの誇りであり信念だった。

高額の参加費を払うと、ユーリはようやく自分の天幕に入った。

馬丁が馬に水と餌を与えてくれるのがありがたい。ここに至る道のりは長く、旅の疲れが溜まっていた。

「サー、お疲れでしょうが、晩餐の前に汗と汚れを落とされてはいかがでしょう?中庭広場に湯桶の用意がございます。床屋も居りますし。」

馬の世話をしながら馬丁が声をかけて来る。ユーリがあまりにも汚いので、放って置けないと思ったのだろう。

入浴などどうでもいいと思ったが、空腹の方は耐えがたかった。食事に有り付くには公爵の晩餐に参加しなければならず、その前に体を洗い髭を剃る必要がある。

ユーリは仕方なく着替えを持って天幕を後にした。着古した服だが、今のボロより幾らかマシだ。

城主クグロワの権力を示すように、グスターニュ城は高くそびえ立っていた。

この大舞台で得るものは大きい。

どんな猛者が来るか...楽しみだ。

程なく目前に視界が拡がった。臨時に設けられた沐浴場だ。この光景...俺でもめんくらうぞ。

ユーリは苦笑いした。


昼下がり、シャリナは城内を歩き回って人々の動きを観察していた。 

こじんまりしたペリエ城と違い、ここには大勢の召使い達が働いている。

「せめてお母様がいてくれたら...」

シャリナはため息をついた。

ペリエ城の召使い達は、城主がシャリナに変わって無気力になった。大伯父が優れた家令をよこしてくれたので、今は彼が全てを仕切っているが...

できることなら、召使い達に尊敬される立派な存在になりたい。

それがシャリナの希望だった。

あちこち歩き回っているうち、大勢の召使いが蟻の行列のように忙しく動いている場所に行き着いた。そこは通用門につながる通路で、よく見ると皆桶を手に持ち運んでいる。

「どこに運んでいるの?」

シャリナは小柄な少女を呼び止めて訊ねた。よく見るとまだ幼い。9、10歳くらいか...水桶がとても重そうだ。

「中庭広場へ」少女は答えた。

「いいわ。これは私が持って行くからあなたは戻って。」

少女は少し驚いた様子を見せたが、桶を床に置くと、踵を返して戻って行った。シャリナは少女の代わりに水桶を抱え、行列に混ざって歩きだした。少女の仕事が無くなる訳ではないが、一回分は楽ができるはずだ。

ほどなくして視界が開け、人の罵声や話し声が聞こえはじめた。それに水音も...何より足元が水浸しで...

「えっ⁉︎」シャリナは危うく悲鳴をあげそうになった。

そこには幾つもの湯桶が置かれ、大勢の騎士達が沐浴していた。従者に身体を洗わせている者、自分で垢を落としている者、全裸で体を乾かしている者...

シャリナが急に立ち止まったので、背後にいた召使い達がつっかえ、シャリナは前へと突き飛ばされた。転倒した拍子に桶がひっくり返って、思いっきり水を被ってしまった。

異変に気づいた騎士達が一斉に視線をこちらに向けた。全裸で涼んでいた男も何人か近寄って来る。

「これはこれは...ご婦人の覗きとは珍しい。」

シャリナの服装から召使いではないと察したのか、ひとりの騎士が言った。

「大胆な方だ。その勇気、賞賛に値する。」

シャリナは逃げようと試みたが腰が抜けて動けなかった。召使い達は手を休めず働くばかりで助けようともしない。

騎士達はさらに集まって周りを囲み、鍛え上げられた肉体を誇示するかのようにシャリナに迫った。ずぶ濡れなうえ、みっともなく座り込み、手で顔を覆うしかない自分が情けなかったが、それよりも城主クグロワの姪だと知られて彼に恥をかかせてしまうのが怖かった。

「からかうのはよせ。まだ子供だぞ。」

背後から声が聞こえたかと思うと、誰かに手を掴まれた。体がふわりと浮き、軽々と担ぎ上げられる。

騎士達が口笛を吹き揶揄を飛ばした。男はそれを無視して彼らを押しのけ、黙々と歩を進める。そして騎士達から遠く離れた場所までシャリナを運ぶと、少し乱暴に地面へと下ろした。

シャリナは逆さまにされていたせいで目が回っていた。彼はすでに背を向け立ち去るところだった。着古したシャツと黒のショーツ姿。逞しい体格でかなり上背がある。肩まで伸びた黒髪が風を受けてなびいていた。

「待って...」 

シャリナは声を上げた。お礼を言わなくてはいけない。それに名前も訊かないと...

「早く自分の居場所に帰れ。例え子供相手でも、はぐれ騎士に節操などない。そこらの茂みに隠れて、今も狙っているかもしれんぞ。」

そう言い放つと、振り返りもせず、彼はそのまま行ってしまった。バリトンの効いた男らしい声...容姿から見て彼も騎士に違いない。

シャリナは諦めて立ち上がった。

彼のおかげで大伯父に恥をかかせずに済んだ。濡れた服は冷たかったが、不思議に心は温かった。

「貴方のような方がいてくれてよかった。...ありがとう。」

もう人混みに紛れて姿を消してしまったが、シャリナは心から感謝した。


半月分の垢をしっかり洗い落とした後、床屋で髭剃りと散髪をして小綺麗になったところで、ユーリのもとに若い従者がやって来た。布らしき物を両手で持ち、爽やかな笑顔を浮かべている。

「サー・バスティオンでございますね。我が殿より、この衣装をあなた様へお渡しする様にと言い使って参りました。どうぞ、袖をお通し下さい...。」

差し出されたのは衣装だった。それも、黒く染められた上等なチュニックだ。すなわちそれは今夜の晩餐会にこれを着て出席せよということを意味している。

晩餐会はパトロン達の品定めの場でもある。『殿』とは主催者であるクグロワに間違いないが、贈られた服が黒と言うことは、公爵は自分の存在を知っているのだろう。

ユーリは黙って服を受け取った。招待を断る理由もない。公爵の目的は解らないが、それは早晩判ることだ。

「あの..よろしいでしょうか。」

少年の様な若い騎士がおずおずと言った。

「なんだ。」

「サーのお噂は聞き及んでおります。お会いできて光栄です。失礼でなければ、握手をしていただけないでしょうか。」

「それは構わんが...」

ユーリは右手を差し出して言った。

「お前の方が階級が上だろう。従者の真似とは笑えんぞ。」

少年の顔が真っ赤になった。

「それは..あの」

それでもユーリに手を握られ、少年は思わず涙踏んでいる。

「私たち若い騎士にとって貴方は憧れの存在です。明日からの試合、どうぞご武運を。」

最後にもう一度爽やかな笑みを浮かべると、少年は足早に去っていった。

「抱かねばならんのは憧れじゃなくて畏怖だろう...」

漆黒に染められたチュニックに袖を通しながらユーリは呟いた。

華美とも思える装飾が施された服には違和感を感じたが、それは仕方がない...

ベルトを腰に巻き、剣を携え、ユーリは再び天幕をあとにした。腹が鳴ってしょうがない。早く食事にありつこう、


シャリナは大広間の隅に座っていた。 

クグロワの言いつけによって晩餐会には出席できず、談笑の時間になってから大広間に行くことを許されたからだ。

どうやら騎士達の酒盛りは野外が中心らしく、外は大賑わいだった。ここに残っている人々は静かに談笑したり、食事を摂ったりしている。今夜は召使い達が忙しいので、シャリナも食事はここで食べ、その後は目立たない様に隅に座っていたのだった。

『あの方もどこかにいるのかしら...』

シャリナは視線を巡らした。

判っているのは黒い髪とバリトンの声だけ...この場にいる大勢の中から彼を探すのはとても無理だ。

その時、クグロワが現れ、隅にいるシャリナを見つけると微笑みながら近寄って来た。

「食事はしたか?」

「はい。大伯父様。」

「そうか。ほどなく演奏が始まるぞ。」

優しく言うと、すぐにクグロワは行ってしまった。シャリナはぼんやりとその姿を追い、彼が長いテーブルの端に一人で座っている騎士のもとへと近づいて行くのを見つめた。黒のチュニックを着た騎士はクグロワが間近に来るまで食事に専念していたが、その存在に気付いて立ち上がった。

公爵を前にしても、黒い騎士は堂々としている。冷淡な眼差しはオオカミのように鋭く、強靭な体躯は服の上からも隠し様がない。肩まで伸ばした髪も黒く....

急激に、シャリナの心臓が早鐘を打ちはじめた。周囲がぼやけ、視点は黒い騎士だけになった。

ーーあの方だ。

声を聞かなくても判る。彼の持つ独特な雰囲気....絶対に間違いない。

駆け寄りたい衝動をシャリナはぐっと堪えた。今はクグロワがいる。

「あの...あの方はどなた?公爵様とお親しい様ですが...」

シャリナは近くにいる夫人に尋ねた。

「.ああ、ユーリ・バスティオンね。槍試合では負け知らずの覇者で『漆黒の狼』と呼ばれている騎士よ。」

「漆黒の狼...?」

「そう。主人を持たず試合の報酬だけで生きているとか...そのせいで未だに独身。貧しい身の上よ。もっとも、彼は昔から人間に興味がないらしいの。男女問わずね。」

心が冷たい人よ。と、夫人は最後に付け加えた。

...でも、あの方は私を助けてくれた。本当に冷たい人だったら、きっと無視して放っておいたわ。

シャリナは心の中で呟いた。大伯父はまだ彼と話をしている。親しい仲なのかも知れない...

声をかけるタイミングを辛抱強く待っていたシャリナだったが、彼はクグロワに連れられて大広場を出て行ってしまった。

「すぐ側にいたのに...」

もっと早く気付いていたらと後悔したものの、公の場所で唐突に声をかけるのはあまりに無謀な事だった。

「試合は明日からだし、時間はまだまだあるもの。」

シャリナは自分に言い聞かせた。試合会場なら周囲を気にせず彼に接触できる。「その時に感謝を伝えよう。」

シャリナは呟き、密かに決意した。


夜更になり、ユーリは自分の天幕に戻って横になった。

久しぶりに腹が満たされて、今夜はよく眠れそうだ。明日に備えて飲酒はほどほどにした。清潔な下着と服のおかげで悪臭からも解放されて心地がいい。気前の良いクグロワに感謝すべきだろう...

「それにしても...」

ユーリは呟き眉をひそめた。

クグロワの言葉には本当に驚かされた。唐突に結婚話を持ちかけて来るとは...

しかも相手は公爵の身内だと言う。

「...解らん。何で俺に白羽の矢が立った?」

今さら結婚したいとは思わない。夫の務めうんぬんと女に責め立てられるのはうんざりだ。貧しくても戦いに身を投じていた方が気楽だし、よほど性に合っている。

しかしクグロワの申し出を無下にする訳にもいかなかった。彼は公爵であり、王に連なる人物なのだ。断るにしてもよほどの理由が必要になる。彼は試合の後で返事を聞きたいと言った。結婚相手が誰かの説明もせず、とにかく受諾しろというのだ。

相手は訳ありか、夫に先立たれた未亡人か...

「面倒なことになった。」

その時、何故か急に沐浴場にいた少女の事を思い出した。思えば異性に触れたのは久しぶりだ。咄嗟に担ぎあげてしまったが、高貴な身分の子女だったのかも知れない。子供と言ってもあの年頃ならもう結婚の適齢期と言っていい。ちょっと乱暴に扱い扱い過ぎたか...

「まあ、どうでも良い...」

瞼が重く、ユーリはそのまま眠りに落ちた。試合に勝てば大金が得られる。クグロワの申し出を上手く断り、さっさと行方をくらますまでだ...

 

翌朝シャリナはクグロワと二人きりで食事をしていた。

昨夜は少しも眠れずに夜明けを迎え、できれば槍試合の開始直前まで眠りたかったが、話があるからとクグロワに呼ばれたのだ。

「お前の今後について、これから私の考えを申すぞ。」

食事が済むと、唐突にクグロワは切り出した。

「近くお前は16歳になるな。」

「はい。」

「好いている者はおるか?」

「え?...いいえ。」

シャリナは驚いて大伯父を反目した。何故こんな質問をするのだろう...まさか、黒い騎士が何か言ったのだろうか?

「そうか。ならば問題はないな。」

「あの...大伯父様?」

「良いか、私はお前を心から愛している。お前の幸せを心から願い、そのための選択をしようと考えている。そのこと先に申しておくぞ。」

「は...はい。」

重大な話であることは、クグロワの目を観れば判る。いったい何の話だろう...

「私は自分の死後、全ての財産をお前に相続させると決めている。城も封土も何もかもだ。身内を無くしたばかりだと言うのに、こんな話をするなど心無いと思うだろうが...」

テーブルの杯に手を伸ばし、クグロワは残っていた果実酒を飲み干した。しわがれた手が小刻みに震えている。

「心配なさらないで...私は大丈夫。」

シャリナは彼の手に自分の手を乗せて言い、瞳を覗き込んだ。

「想いに至ったのだ。お前に負担の及ばぬ相続の方法を。保証と安全が得られ、あまつさえお前を縛らずに済む最良の道...それは結婚を偽装することだと。」

「偽装?」

「解りやすく言えば、仮の結婚をして信頼できる者を雇い、その者に地位と暮らしの保証を約束する代わりに、領地の管理や外敵からの侵害を防ぐ役目を担ってもらうと言うことだ。」

結婚をしろと大伯父は言っている。それは理解できた。でも...偽装ってなに?

「...でも、大伯父様、仮にも結婚をするのでしょう?その...雇われた方と私はどう向き合えば...」

シャリナは訴えた。

「理屈ではあり得ない関係だが、互いに納得し、契約を守れば、良き友人として生きていけるやも知れぬ。」

「そんな...」

シャリナは言葉を失った。宿命とは言え、契約者と結婚?

「お相手は...もうお決めに?」

「うむ。目星はつけておる。信頼に足る者がな。」

クグロワはうなづいた。

「案ずるな。私の封土を相続するのはまだまだ先のこと。先ずはペリエ領を治める事が先決だ。その者の度量は私がしかと見極める。見込み違いなら解雇すれば良い。少なくとも、お前の心身に影響を及ぼすような真似はさせぬ。」

クグロワはシャリナの手を強く握った。

「私の選んだ者と結婚しなさい。ペリエ城に帰るのはそのあとだ。」


お祭りを楽しめと仰ったのに...」

試合会場で居並ぶ騎士達を見つめながらシャリナは呟いた。

今思うと、クグロワは初めからそのつもりで自分を招いたのだろう。大貴族である大伯父からすれば、結婚とは形式に過ぎない。クグロワ自身がそうであった様に、出世のための手段でしかないのだ。

「お父様とお母様もそうだったの?」

記憶にあるのは仲睦まじい二人の姿...不在がちだった父が帰って来ると、母はとても嬉しそうだった。

私もお母様の様になれるかな...

シャリナは深くため息をついた。

その時、周囲で歓声が上がり、シャリナは我にかえった。

騎士達がいっせいに騎乗し、次々に疾走を始めたのだ。

彼らは皆、主催者であるクグロワ公爵に敬意を祓い、不正をしない事を誓ってお辞儀をした。さまざまな紋章の上衣を甲冑の上から身につけ、剣を高く突き上げる。

「ああ...」シャリナの心がときめいた。

ユーリがいる。それも、大会のシンボルである旗を掲げて...

「歴戦の覇者、ルボワド出身、漆黒の狼、サー・ユーリ・バスティオン!」

ユーリの名が口上されると、黒馬に跨り黒衣を纏ったユーリが拳を突き上げる。会場からはどよめく様な喝采が沸き起こった。貴婦人には不人気でも、やはりユーリは偉大な騎士なのだ。

偶然とは言え、自分を救ってくれた恩人がこれほどの騎士だったとは...シャリナの胸は熱くなった。

そうだ...勇気を出してあの方に会おう。そして感謝していますと伝えるの!

シャリナは決意した。ユーリに一番近い場所へ行こう。そこならきっと気づいてくれるはず。


正面に対峙している対戦相手を瞠目しながらユーリは思案していた。身につけている装備と派手な上衣...かなり階級の高い騎士だ。競技会での成績上位者は下位の者とは戦わない。下位の者は予選で勝利し、勝ち上がってこそ権利が与えられる。

「あまり見ない顔だが、まあ実力はあると言う事か...さてどう手加減すべきか...」

ヘルムの中でユーリは言った。

槍試合に於ける原則はランスを上手く相手の盾に当てる事だが、それは理論上の話だ。高名な騎士ならいざ知らず、大抵はうまく行かない。首を突かれれば即死、下手な落馬は大怪我につながる。防御しつつ正確にランスを的に当てるのは至難の業なのだ。

「頼むから上手に落ちてくれよ。裁判なんぞまっぴらだぞ。」

ユーリは呟き、構えの姿勢に入った。

旗が振り降ろされ、ユーリは馬を疾走させた。相手を見据え、盾を狙う。ヘルム越しの狭い視界に相手が迫って来るのが見える。ユーリはわずかに身をかわしながら、ランスを突くタイミングを図った。

刹那、ランスを通じて衝撃が走り、相手が仰反るのが見えた。

喝采を耳にしながら、ユーリはゴールでまで駆け抜けた。

振り返ると、彼はすでに起き上がるところだった。どうやら大きな怪我は無いようだ。

「勝利者、ユーリ・ド・バスティオン卿!」

歓声の中、馬を降りたユーリに賞金が手渡された。革の巾着袋に入った金貨が3枚。

先ずはランスの修繕費だ...

重いヘルムを脱ぎ、馬の手綱を引いて退場しようとした時だった。

「ユーリ・バスティオン!」

どこからか声が聞こえた。

聞き憶えのない女の声...誰だ?

ユーリは観客席を見上げた。


シャリナはユーリに向かって声を上げていた。周囲にどう思われても構わない。どうしても彼に称賛と感謝を伝えたかった。

「あの...あの時は助けてくださってありがとう。私...ずっとお礼を言いたかったの。貴方に親愛と敬意を表します。勝利のお祝いにこれを!」

シャリナはドレスの袖をちぎってユーリへと投げた。袖は宙を舞い、ユーリの手中に納められる。

「お前、あの時の...」

ユーリは呟き、シャリナを反目した。

少女の菫色の澄んだ瞳がまっすぐ自分を見ていた。あどけなさの残る顔がその若さを物語っている。

自分が何をしたのか解っているのか⁉︎

ユーリは周囲の視線が自分にではなく、少女のほうに指し向けられている事に舌打ちした。しかし、この状況ではどうにもならない。あの時の様に担いで連れ去こともできない。

「期待に添えるよう努める!」

ユーリは大声で言った。手に持っていた袖を右腕に結び、シャリナに向かって人差し指を立てて見せた。

ユーリのバリトンの効いた声に、皆が驚きの声をあげた。

『漆黒の狼』が初めて〈貴婦人の袖〉を受け入れた。そのことへの驚きだった。

少女は満面の笑みを浮かべていた。頬と耳を紅く染めながら。

その眩しさから逃れる様に、ユーリは馬を走らせ退場した。

「愚か者が!」

少女と自分、両方に腹が立った。


その夕刻、ランスの補修をしているユーリのもとに伴を連れたクグロワが訪れた。

ユーリは仕事の手を止めずに黙ったまま彼を見上げる。

「答えを貰いに来た。どうだ...引き受けてくれるか?」

前置きなく公爵は言った。

「返答は試合後で良いと言わなかったか?」

「それでは遅い。状況が変わった。」

「変わった?」

「それに、そなたは閉幕後すぐに発つつもりであろう?」

ユーリは手を止め、沈黙した。クグロワにはお見通しというわけだ。

「今度ばかりは諦める訳には行かぬ...大切な姪を託す相手なのでな。」

「姪..?」

「そうだ。我が姉の孫で、名はシャリナ・アンペリエール。ペリエ城の城主だ。」

「は...」

ユーリは思わず唸る。

「悪い冗談はよせ。」

「冗談など言わぬ。半年前に父親と兄が殉死して、一人残ったあの娘がペリエ城と財産を相続した。歳はまだ15だが...」

「15だと⁈」

ユーリは声を上げた。

「俺は37だぞ!」

「わかっておる。それが何だ。」

「俺は結婚に興味はないし、夫になる器じゃない。お断りだ。」

クグロワが何故か含み笑いを漏らした。

「ではなぜ袖を受け取った?あの場に居合わせた誰もが、我が姪の求愛をそなたが受けたものと思うたぞ。」

「あれは...」言おうとして、ユーリは愕然となった。「...まさか、あの娘が?」

「どこで知り合った?」

クグロワは尋ねた。

「シャリナは何も話さなかった...私にも...」

ユーリは立ち上がり、クグロワに向き合った。どうやらこの老人は自分と姪との関係を疑っているらしい。

馬鹿馬鹿しいにも程がある!

「俺が袖を受け取ったのは野次馬どもの関心を惹きつけるためだ。世間知らずのお姫様は自分が何をしでかしたのか解らんようだがな。それに、初めの接触も互いに見知った訳じゃない。ただの偶然だった。名前すら今知ったところだ。」

クグロワはじっとユーリを見つめた。

漆黒の狼...何と野性的な男だろう。備わっているのは肉体や精神の強靭さだけではなく、生き抜くための賢さと、揺るがない自信だ。これほどの騎士なら、とうに王の側近として支えていただろうに...

「そうとも。シャリナはまだ子供で世間知らずだ...さればこそ保護者のようにあの娘を守り、共に暮らす者が必要なのだ。」

「それは本当に保護者だな。」

ユーリは皮肉を言った。

「その役が俺にピッタリだと?」

「そのとおりだ。妻を持つのが嫌だと言うならそれで良い。この結婚はあくまで契約であり偽装だ。そなたには城主に相応しい階級と称号も与えよう。報酬はペリエ城主の地位と、アンペリエールの領地だ。」

ユーリは頭に血が上っていた。

何で公爵は試合前にこんな話をする。偽装でも契約でも結婚は結婚だ。あの娘は事実上の妻で、同じ城内で俺と暮らすことになるんだぞ!

「...とにかく今は試合に集中させてくれ。」ユーリは言った。

「俺は逃げも隠れもしない。約束する。」

重い沈黙が続いた。陽が沈み、互いの表情も見えなくなった。

「わかった...信じよう。」

夕闇の向こうでクグロワが応えた。

「そなたの誠意に期待しておるぞ。」


シャリナは噂の的になっていた。

クグロワの親族で、ペリエ城の城主、そして、漆黒の狼ユーリ・ド・バスティオンに求愛し、その愛を受け入れられた少女...と。

「求愛...」シャリナは呟いた。

「袖を投げることにそんな意味があるなんて...私はてっきり...」

貴婦人が騎士に向かって袖を投げるのは、「貴方を愛しています。」と言う意味であり、本来、騎士は「勝利を君に!」と応えるのだと言う。

「知らなかった...!」

シャリナは恥ずかしさでいっぱいだった。公の場所で、大胆にも愛の告白をしたことになっている。それも、あのユーリに...

「でも、ユーリは言葉を選んでくれたのね。私が子供だから...」

ユーリはそう言う人だ...とシャリナは思った。年齢は親子ほど離れているし、名の知れた孤高の騎士が自分を相手にする訳もない。それはそれで残念ではあるけれど...

やってしまった事は帳消しに出来ず、噂話はユーリの耳にも入るだろう。大伯父にも軽く嗜められ、シャリナは深く落ち込んでいた。

お祭りが終わってペリエ城に戻れば噂なんて消える...大伯父様が決めた相手と結婚するのだから。

ユーリには迷惑ばかりかけてしまうが、槍試合は最後まで見届けたかった。きっと今日も『漆黒の狼』は勝利する。明日もその次も...

心に宿るものが何であるかも解らず、シャリナは期待に胸を膨らませるのだった。


ユーリはスタート地点に立ち、馬上から観覧席を眺めていた。

今日も席の一番前にあの少女...シャリナが見つめている。 

「今日は大人しいな...」

ユーリはほくそ笑んだ。さすがにあの老公爵に叱られたのだろう。

仮初めでも、誓いを立てた相手の面前で敗北する訳にはいかない。

まして、あいつは....

「集中しろ!」

ユーリは自らを律した。相手はここまで勝ち上がって来た猛者だ。油断すれば負ける。

旗が振り下ろされた。

ユーリは飛び出し、狙いを定めた。視界に槍の先端が迫る。敵の狙いはやや上方...当たれば致命傷だ。相手が手段を選ばないなら仕方ない。全力で相手をしてやるまでだ!

敵の槍が首の脇、肩すれすれの場所に接触した時、ユーリの一撃が相手の体を宙につき上げた。勢い余って飛んだ騎士は地面に落ち、ゴロゴロと転がってそのまま失神した。

ユーリは振り返り、その様子を冷静に見据えた。

この先の戦いはもっと熾烈化する。奴の姿は明日の俺かも知れん...

奢りは禁物だ。


この数日間、シャリナは緊張してばかりだった。

貴婦人達の視線は突き刺さるようだったし、ひそひそと噂は囁かれるしで...

とりわけ、ユーリの闘いが段々と危険度を増していて、楽しむどころか毎回祈るような気持ちになっている。対戦相手が怪我を負うたび、不安でたまらなくなるのだ。

今朝は、真新しいドレスを身につけた。当然のように決戦まで勝ち進んだユーリの無事と勝利を信じて、彼に贈った袖の片方を手首に結んだ。

試合会場に着くと、もうすでに大勢の観客であふれていたが、シャリナは公爵の隣に立つことになっていて、従者が案内してくれた。

「いよいよだな。」

クグロワはシャリナに向かって言った。

「はい。」シャリナはうなづいた。

「挑戦者、フォルト・ド・パルティアーノ卿!」

ほどなく名前が口上され、ユーリの対戦相手が姿を現した。声援の中、灰馬の馬上で腕を高く掲げる。

驚くことに、彼の上衣の紋章は王家のものだった。ヘルムで顔は見えないが、立派な甲冑を装備している。

「強敵だぞ。」クグロワは言った。

「国王自慢の騎士だ。各地の試合で優勝しておる。挑戦者と呼ばれたのは、バスティオンのほうが優勝数で勝っているからだ。」

シャリナは動悸が止まらず。何も言うことができなかった。

早くユーリの姿が見たい...

「覇者、ユーリ・ド・バスティオン卿!」

名を呼ばれたユーリが愛馬を駆って現れた。『漆黒の狼』の名の通り、全てを黒で統一して。

声援と響めきに対して彼は応えず、まっすぐスタート位置に向かい、対戦相手と対峙する。

シャリナは胸に手を当て、袖を強く握りしめた。

ユーリの気迫が伝わって来る。...怖い。

旗が掲げられた。皆がいっせいに固唾を飲む。

...ああ、神様!

シャリナは祈った。

旗が振り下ろされた瞬間、ふたりの騎士が同時にスタートを切り、拍車をかけながら疾走を始めた。右手に持ったランスを構えるタイミングもほぼ同時...実力差は視えない。

凄まじい衝突音が会場全体に響き渡った。

先端が互いの盾を突き抜け胸当てにぶつかり、両者ともに激しく体制を崩したのだ。

ユーリはフォルトのランスを身体に受けたものの、その衝撃にかろうじて耐えた。代わりに突き出した槍は折れ、すでに大破している。

走路を駆けながら崩れた体制を戻し、ユーリはランスを脇へと捨てた。

「勝者!ユーリ・ド・バスティオン卿!」

声と同時に、会場が歓声に包まれた。

フォルト卿は落馬していた。それでもすぐに立ち上がり、ヘルムを外してユーリを瞠目している....

「さすがは国王自慢の騎士だ。少し危なかったぞ。」

視線を返しながら、ユーリはフォルトの検討を讃えた。

 

閉会式。

クグロワが騎士達への讃辞を述べる間も、シャリナはユーリから片時も目が離せなかった。

今、馬上のユーリは漆黒のマントを身につけている。なんて素敵なんだろう。

結局、シャリナはあの後一度もユーリと接触しなかった。彼を知れば知るほど、遠い存在に感じる。彼を観るのも今日で最後...よく目に焼き付けよう。

「とても楽しい日々だった」」

自分へと言い聞かせる様に、シャリナは小さく呟いた。今夜はいよいよ大伯父の決めた結婚相手に会う。不安はあっても期待はなかった。始めから偽装結婚を承諾しているのだから、きっとそれなりの男性なのだろう。

「貴方なら良かったのに...」

シャリナは慌てて口を手で塞いだ。思いがけず、声に出してしまっていた。 


祭典の閉幕後、城内へと招かれたユーリは客間に案内された。

クグロワの用が済むまで、この場に留まれと言うことだろう。

城の外ではそれぞれ帰途につく騎士や従者の列が連なっていた。

ユーリもその場にいる筈だったが、今や捕らわれの身で、そのうえ既婚者になろうとしている....

「あいつはどう思ってるんだ?」

ユーリは苛立った。気持ちの整理がつかない。これじゃ俺があいつを利用して出世することになるじゃないか。あいつからみれば最低の男だ!

自尊心が傷ついていた。最も蔑視していた方法を使う自分が許せない。    

「断る余地はある。俺はまだ承諾するとは言ってない。」

脳裏にシャリナの顔が浮かんだ。拒絶されればあいつは傷つくだろう。だがそれも仕方ないことだ。

「サー.バスティオン。公爵閣下がお見えです。」

歳若い騎士が現れ、入口の傍に立った。どこかで見覚えがある顔だ。やはり公爵付きの近衛だったか...  

「待たせたな。」

クグロワがゆっくり歩いて来る。その手には杖が握られていた。若い騎士が進み出て、詰め物の入った椅子を公爵へと差し出した。

「人間はいずれ年老いていく...如何なる屈強な戦士もだ。」

クグロワは少し疲れている様子だった。老人にこの七日間は激務だったのだろう。

続いて従者が杯を2つ盆に乗せてやってきた。

先にクグロワ、次にユーリへと杯を手渡すと引き返していく。

「勇猛な騎士、ユーリ・ド・バスティオンの勝利を祝って。」

「公爵の繁栄に。」

二人は互いに言って果実酒を口にした。

「まこと見事な戦いであった...久しく興奮したぞ。私は誇らしい。そなたのような騎士が我が一族になるのだからな。」

ユーリは唸った。クグロワはもう結論が出ているものと決めつけている。

「シャリナは善い娘だ。決してそなたを失望させぬ。」

公爵の言葉に、ユーリの緊張が一気に高まった。断るなら今しかない。あの娘が来る前に...

「...閣下、シャリナ様がお越しになりました。」

若い騎士が声をかけた。

帳が開き、シャリナが現れる。

身なりを整えたシャリナは美しかった。

身分の高さを物語るように、上質なドレスに身を包んでいる....

「え...?」

シャリナは声をあげて驚いた。ユーリがいる。すぐ目の前に。

「さあ、こちらにおいでシャリナ...」

公爵はシャリナを呼び、ユーリの前に押しやった。

「バスティオン、改めて紹介しよう。我が姪のシャリナだ。」

シャリナは慌てて会釈をしたが、動揺を隠すことが出来なかった。顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる...

「シャリナ・デ・アンペリエールです。」

震える声でシャリナは言った。

「ユーリ・バスティオンだ。」

ユーリは抑揚なく言った。騎士ならこう言う時、手を取って跪くのが礼儀かもしれないが...

「早速だが、私はそなた達を結婚させたいと思う。突然の話ゆえ戸惑いもあろうが....」

「もちろんだ。」

ユーリはすかさず言った。

「俺はまだ承諾していない。」

シャリナは驚いてユーリを見上げた。彼の表情は硬かった。微塵も喜んでいるようには見えなかった。

「貴方は納得しているのか?」

ユーリはシャリナに訊いた。

「この偽りの結婚を。」

その言葉に、シャリナは深く傷ついた。

ユーリにとって、自分との結婚は何の魅力もないのだと思い知らされる。出世や財産を条件にしても、彼が自分を選ぶ事はないのだと...

ユーリは、自分がどれほどシャリナを傷つけたか解っていた。目の前にいる少女の今にも泣きそうな表情がそれを表している。自己嫌悪で吐きそうだ。こんな真似をして...俺は最低だ。

「...私は、構わないわ。」

シャリナが言った。

「ペリエ城をお任せできる方は貴方しか居ません。たとえ結婚しても、貴方を束縛しないと約束します。ですから...私と契約して下さい。貴方を雇いたいの。」

ユーリは愕然とした。

シャリナの眼差しは真剣だった。たった15年しか生きていない少女が、自身の気持ちを抑えてでも城を守ろうとしている。自分に課せられた重い責任を果たそうとしているのだ...

ユーリは己を恥じた。子供なのはどっちだ!グダグダ悩んで逃げようとばかり考えていた。まったく情けない話だ...

「本当にそれで良いんだな?」

ユーリは改めて訊いた。

シャリナは黙って頷いた。たとえ愛を育めなくてもいい。憧れの騎士、漆黒の狼が傍にいてくれるのなら...

「そうか。では俺も腹を括ろう。」

ユーリは答えた。

「...おお!」クグロワは思わず叫んだ。

「二人ともよく決意してくれた。これで婚約は成立だ。」

公爵は満面の笑みを浮かべながら立ち上がった。あの少年騎士が慌てて彼を支える。

「私は早速、陛下に親書を書く。あとは二人でよく話し合いなさい。」

公爵が去った後、シャリナとユーリはしばらく黙ったままでいた。

シャリナは俯いたままユーリの顔さえ見られない。彼に雇うだなんて言ってしまった...なんて生意気なの。

「気にしなくていい。」

ユーリが言った。

「俺たちは互いに、公爵の願いに応えただけだ。お前が引け目を感じる必要はない。」

シャリナはユーリを見上げた。彼は優しい眼差しでこちらを見ていた。

「俺からひとつ要望がある。」

「要望?」

「引き受けたからには責務を果たすと約束しよう。...但し、お前に本当の恋人ができれば俺の役目は終わりだ。その時は離縁して城を出て行く。だから、その事実をちゃんと伝えてくれ。」

ユーリの口調は穏やかだった。これが彼の優しさなのだとシャリナは理解した。

でも、そんなことはあり得ない...と言いたかった。自分にもっと魅力があれば、ユーリはきっとこんな事を言わないのだろう...そのことを思うと、とても悲しかった。

「ええ、約束します。」

シャリナは答えた。差し出された右手をしっかりと握り、ユーリとの契約を正式に結んだ。

数日後、ユーリとシャリナはグスターニュ城内で結婚式を挙げた。立会人はクグロワ公爵と側近のみで、とても質素なものだった。


後編に続く



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