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2人だけのハッピーエンド

作者: セジウム

晩期熟成型なので、最初はつまらないかもしれないですが、後半で多少は面白くなるはずです。


散りばめられた伏線を、ぜひ見つけてみてください。

イラストも伏線回収してます!




「…」




物語の掴みの部分を無言で始めるなどと、プロの小説家からすれば「論外だ」と一蹴にされるかもしれない。


だがこの話は、そんな全く小説など書いたことのないただの凡人が紡ぐ、そんな残念な物語だ。



……………………………………………………



瞬間時が止まった。

同時に、止まっていた時が動き出した気がする。


周りの風景は、どんどん色を失って。


しかしながら、身体の中で、脳の中ではもうずっと前に止まったはずの時間が進み出し、不意にいろんなことを思い出す。


静と動の矛盾した同時スタートの直後、口の中に残酷な、人類の、自然と身体が拒否するような、絶望的な、酸っぱいような辛いような、漢方薬のような、それでもってとても苦い、あらゆる味覚という味覚が総動員したがごとき味が広がる。


この世界が、自然が生み出した最高の一品と呼べる甘美な味が、不思議と僕にとっては「幸せな味」が広がっていく。



「なるほどなぁ…この味、やっぱ僕は嫌いだ…」



やっとちゃんとしたセリフが生み出されたときに、物語は始まっていたと気づく


……………………………………………………



どれくらい遡るだろう。


ちょうど僕が大学受験に失敗した時、つまり18歳の時になる。


小中学校では可もなく不可もなく過ごし、高校は地方では1番いいとこへ進学。


しかしそこで燃え尽きて、調子に乗って高校生活を満喫した結果、まあ本当によくある話だが、見事に挫折。


少し高めの、黒と緑が印象的なエナジードリンクを愛用している、どこか残念な青年。


パートナーはマイナス3歳まで、なんて凝り固まった考えを持つ、そんなどこにでもいる、地方に住んでいる元高校生。


ちょうど浪人が確定したその月に、高校では禁止されていたバイトを、かすかな期待と不安をもって始めることにした。


普段は圧倒的に優柔不断なくせに無駄に変なところで発揮される決断力が功を成したといえよう。


不合格がわかったその次の日、求人サイトで締め切り時間まで残り数時間の、家から徒歩10分で行けるとあるバイトを見つけ、連絡をいれた。


人生初の履歴書を手に、その次の日に面接、そのまま採用、またまたそのまま出勤という流れになった。


「はじめまして!今日からお世話になります!…」


危なげながらに仕事をこなし、持ち前の生真面目さを活かしてなんとか初日の掴みは良かったと言えるのではないだろうか。


少ししてバイトにも慣れてきた頃。


「彼女」は、不意に、僕の世界から色を奪いながら目の前に現れた。


カッコつけてはいるがただの一目惚れのようなものだ。

流石にそのまま好きになる程僕も甘くはないが、インパクトはすごかった。

ただ、ただひたすらに、人形のように綺麗だった


(こんな綺麗な人がいるのか…)


本当にそれしか浮かばぬほどに、しかしそれは同時に高嶺の花だと悟らざるをえないような、そんな人だった。


ーーー彼女は、自分より2歳上だった。

ーーー彼女のタイプは年上の男性らしい。

ーーー彼女にとって僕は可愛い後輩なのだそうだ。

ーーー彼女の名前は、本当の「愛」を見つけられるよう両親がつけたのだと。

ーーー彼女には彼氏が(そりゃ当然だ)いるそうだ。


もちろん自分には高嶺の花だとわかっていたから、本気で好きになったりすることはなかった。


しかし話せば話すほど彼女は魅力的で、年頃の僕はただ綺麗な人と話せるだけでウキウキしていて浮かれていた。



……………………………………………………



そうしてしばらく働いた後、僕は予備校の関係で、大分離れた所へ引っ越し、1人暮らしを始めることになった。

幸いにも、そこの近くにも僕の働いていた店の別店舗があったため、紹介によってそこで働くことに。


そんな時彼女は僕らが務めるバイト先の別の男性の先輩と付き合いを始めた。


前の彼氏とは別れて。


その日僕はバイト先の男の先輩の家に呼ばれていたのだが、

サプライズと言って、バイトの先輩の家から一緒に出てきた彼女は、やはり美しかった。


でもなぜか胸に何かモヤモヤするものも感じた。


「ええっ!?一体いつからおつきあいを…!?」


「昨日だよ〜! 私の可愛い後輩ちゃんには早く教えたかったからねー!」


その日はただひたすらにその2人のいちゃつきを見せつけられた…

そのままカラオケへ。


「僕これいりますかね…?」


「いやいや!いてほしいよ!2人きりだとまだ恥ずかしくて…」


「はあはあ、わかりましたよー…適当に歌いますねー…んんっ…あー、こ〜なゆき〜♪」


「まじか」


自分で言うのもなんだが、部活で鍛えられた歌唱力で、カラオケではなんとなんと彼女は彼氏をほったらかして僕の歌を聴いてくれたのだった。

選曲はアレだったけれども。


部活やっててよかったぁ…


そうして僕は、彼女とどんどん仲良くなっていったのだった。


そんな中、その彼女は僕の気も知らずに、彼女の彼氏と一緒に言った。


「ねえねえ後輩くん。最近あの子と仲いいじゃないか〜」

「そうだな!お前、付き合ったらどうなんだ?」


「あー、まあ、考えときます〜」


確かに最近3歳下の子と仲は良かった。

「彼女」が高嶺の花だっただけに、恋愛感情を芽生えさせるだけ初めからおしまいなのはわかっていた。

それ故に、その諦めで抑えた分、その子に、頑張れば手が届くんじゃないかと思わせられるようなその子に、意識をしだすとそういった感情が芽生えるのは当たり前のことであったといえよう。


そうやって僕は流されやすいと言うかなんというか、その子と付き合うことになった。

微妙な遠距離なのだが。

告白は僕からしたんだが、口にしてみるとどんどん好きになっていって、少し満たされたのは内緒だ。



……………………………………………………



「別れた」


「え?…ちょっと待ってください何があったんですか!?」


事実は小説よりも奇なりとは言ったものだ。


僕から見ればずっと終わることなんてないだろうと思うほどに仲の良かった2人なのに、彼女は「重たい」そんな理由で振られてしまったそうだ。


僕は彼女が彼氏に尽くしていたのも知っていたし、なんなら相談に乗ってこうすればいいんじゃないかなどと話し合ったりもしていた分、そんな理由で彼女を傷つけた相手が許せなかった。


この時は彼女に恋愛的な感情は持ち合わせてはいなかったが、それでもやはり僕と、3歳下の後輩と2人でよく話を聞いていた分、納得いかないものがあった。


ただ大好きな先輩としての彼女が傷つけられて泣いているのは許せなかったのだ。


「ちょっと向こうに話聞いてきますね」


僕はすぐに3歳下の子ーー今の彼女に連絡をとり、すぐに「彼女」が好きな人に連絡を取った。


でも現実は残酷で、結局変わることはなかった。

なんなら現実はそれ以上に過酷だった。



……………………………………………………




「別れよう」



ちょうど僕が自分の彼女を本気で好きになってしまっていた頃、突然言われた。


気づけば無色透明な血が目から流れる。

胸が締め付けられた。


口の中に何とも言えない味が、2度と味わいたくないような、人間にとって生理的に受け入れられぬであろう、そんな味が広がる。


(まじかよ…これは無理なやつだ)


内心でそう思いながらも、やはり表には出しきれない情けない僕は


「そっか。理由だけでも聞かせてくれる?」


涙声でダサいながらもきくと、


「私、あの先輩が実は好きなんだ」


つまるところ、そういうことだ。

もうそれ以外何も言うことがない。

完膚なきまでの僕の負けだった。


まあ、この2人がひっつくとは僕自身思わえなかったが、


「そっか。頑張れよ、ちゃんと幸せにしてもらえな。

もしなんかされたらいつでも言ってな」


典型的な優柔不断男の定型分を残して別れを告げた。


僕はなんだか眠るのが嫌で、好きなエナジードリンクを一口、口に含んだ。


なんとも言えない、体に悪そうな味がして。

でもそれが、感傷的になっていた僕にはちょうど良かった。


口の中に爽やかな炭酸が広がるが、心が腫れることはなく、それはまさしく失恋の味だった。





そしてその日、新しいカップルが生まれた。


正直馬鹿みたいに凹んだし、僕とその子を引っ付けたあなたが、本当に少し前に「彼女」を傷つけて捨てたあなたがそうするのかと困惑すらもした。

まあぶっちゃけ一週間くらいは枕を濡らしたのは、今となってはいい思い出(?)だ。


しかし…ここで問題になってくるのは、これを「彼女」が知ればどうなるか、というところだ。


どうしたものだろうか…。




結果だけをいうと、彼女は大いに泣き喚いた。

凛とした人形のような美しさを捨て、電話越しでも伝わるほどに激しく、ただただ泣いた。

でも、僕には人間らしさというものを彼女から感じ、やっぱり美しいな、と感じてしまった。


今まで遠く離れた存在だと思っていた彼女をすぐそばで感じることができて、あの崖の上で咲いていたはずの花は、気づけば目の前に、儚げに咲いていた。


「ちょっとごめんね、私、ちょっと耐えられない」


「僕も同じですよ。僕らのそれぞれ好きな人が、なんでか自分じゃなくてほかの人の隣にいる。…誇張なしで、死ぬほど辛いですね、まったく」


「本当にね…私、何がいけなかったんだろう」


「少なくとも僕が見てた限りでは、何も悪くなかったんじゃないでしょうか」


事実、そうなのだ。

彼女の好きな人は、仕事が忙しく、機嫌が悪くて当たったときもたくさんあった。

にもかかわらず彼女は片道1時間かかるのに毎日会いに行っていた。仕事中もずっと休憩室で健気に待ちながら。

彼の仕事が終わったときに「お疲れ様」というただその言葉を送るためだけに…


「そっかぁ…やっぱそうだよね…私どうすればいいんだろう…それに、後輩ちゃん、君も絶対悪くなんてなかったよ?むしろ毎日よく尽くしてて、もし私が君の彼女だったら勿体無くて絶対に捨てることなんてできないな」


「はは、泣かさないでくださいよ…」


そういったっきり、僕らはただただ泣いた。

夜も更けて、時計の短針が「3」を指した頃、僕らは泣き疲れて、気づけば少し落ち着いていて。

お互いに、自分の身の上話をぽつぽつと始めていた。


ーーー彼女は昔いろんなことがあって、夏のある月が来ると、どうしようもないくらいに辛くなってしまうそうだ。

ーーー彼女には妹がいて、とても仲睦まじい両親がいて、溺愛されていて。

ーーー実は前に、正規で働いていたが職場でのいざこざで辞めたそうだ。

ーーー彼女の夢は、大好きな人と同じ墓に骨を埋めることだそうだ。


深いところまで彼女を知ることができた気がした僕は、心なしか嬉しかった。


突然に、お互いそれぞれ隣にいた人を失って。

2人とも世界には自分1人しかいないーー独りぼっちだと思っている中で。

確かにお互いの存在を、お互いに知覚した瞬間だった。


そんな中、目の前を照らす携帯電話の明かりは、何か雲行きの怪しい、不安という雲と雲の間から差し込む一筋の光明であった。




それから少しの時間を経て。

日々、電話をする回数が増えていって。

気づけば絶対にダメだと言い聞かせていた恋が、お互いに弱っていたのをいいことに、首をもたげたのだった。


こうしてきっと僕が一生忘れられないある日、新しい恋が、愛が生まれた。


少し、離れていたから電話越しに結ばれたその関係だった。


初めて彼女を見たとき。

恋愛感情なんて芽生えたら、そこに続きなんてないと信じて疑わなかった僕だったのに。


その日の夜、僕は好きなエナジードリンクを一本買った。

その記念すべき日の夜は、この前とは違った意味で眠りたくなかったからだ。


一口啜ると、やはり体に悪そうな味がしたが。

それでも口の中には爽やかな炭酸が駆け巡り、そのまま心まで広がっていって、それは始まりの味ーー幸せの味だった。


……………………………………………………



僕と彼女が恋仲になってから、数日後、

改めて初めて顔をあわせることとなった。


「それじゃ、今日から改めてよろしくお願いします。僕は君と一緒に、君の名前にある【本当の愛】を、願わくばこれからずっと探していけたらと思いま…」


「固いよ〜!まずは敬語禁止!私はもう君が好き。君と出会ってから少しの間かもしれないけど、でもそんな間でも君の溢れんばかりの優しさを感じ取れて、そんなとこが大好きなの。だからもっと気を抜いて、私をもっとただ好きになって」


「あぃ…」


本気だった僕の言葉だったけれど、彼女の顔を見れば冗談ではなかったことが伝わっていたに違いない。


付き合ってから初めて面を会わせてあった日。

それは彼女の家の近くの公園で。

僕は勇気を出して彼女と初めてキスをした。


今までの情けない僕だったら絶対出来なかったであろうその行為だったが、でも僕は彼女に喜んで欲しくて、勇気を出して、胸では世界の終わりを知らせるがごときアラームが鳴り響いていたが、唇を重ねた。


彼女の唇は、とても、とても、柔らかくて。

近くで見る彼女の真っ赤な顔は、やはり美しくて。


こうして僕と彼女は、付き合い始めたのだった。


やっぱり敬語が取れるには時間がかかったものの、二人の距離は加速度的に縮まっていった。

それにつれて、少し距離は離れていたけれど、それでも確かな幸せがどんどん僕の生活を形作っていった。

見えている風景の明るみは増して。

聴いていた歌もいつもより何倍も心に響く。

友人と話していても、あからさまに僕は幸せそうだったそうだ。


気づけば1日のほとんどを、いや、全てで彼女のことを考えるようになっていて、それはきっと向こうも同じでいてくれて。

それが伝わってきて僕は日々「本当の愛」が近づいてきている気がして、なんとも幸せだった。


1ヶ月記念日には僕の似顔絵と、2人の写真が4枚並んだ写真立てをくれた。

今までにもらったどんなものよりも、嬉しかった。

いつでも目に入るところに飾った。



そんな時、彼女は東京で仕事が決まった。

付き合って2ヶ月もたたない頃だったが、なんともあっけなく、早く。

それは決まった。


彼女が小さい頃から憧れた、ずっとずっとしてみたかった、彼女を幾度となく救ってくれた人と同じ、そんな仕事で。


お互いに、離れてもずっとそばにいることを約束して。

不安そうな彼女を優しく抱きしめ、キスをして。

これからもうお互いの熱を感じられないと悟った時。


僕らは初めてひとつになった。

思い出に残るカラオケボックスで、また僕の歌を聴きたいと言ってくれた彼女と一緒に入ったはずのその場所で。

気づけば彼女は僕の上にいた。


「ねえ、君は私と同じ墓に、死んでも一緒にいてくれるの?」


「ああ、絶対だ。なにがあろうとも、君と離れる気なんてないし、なんなら離さない。それが墓の中であろうとなかろうとね」


全身でお互いを感じて。

手も足も互いに絡みつき、まるで人間は初めから手足を持っていなかったのだと錯覚するほどに、お互いの体と一体となって。

心臓は2つに増えて。

気づけばお互いの口からは、街頭で流れるクリスマスソングのごとく愛の言葉が、心の中身が垂れ流しになって。

自分の中の二ヶ所から思考が産まれていると思うほど、内面も一体化していった。


こうして彼女が東京へ行くまでの間、幾度となく2人で会っては幸せな時間を過ごしたのだった。


「遠く離れても、僕は大丈夫。いつでも君を、ずっとずっと待ってるから。いつでも帰っておいで。向こうでも頑張って。心の底から愛してる…」


「私もだよ。本当に本当に離れたくないけど、またすぐに帰ってくるからね。

いっぱいデートしようね!」


お互いに言いたいことはまだまだあったし、何ならもっといっぱいいろんなことを言ったが。

時間は待ってはくれず、彼女は東京に行った。


毎日電話をして、お互いの愛を確かめ合って。


そうこうしているうちに数ヶ月経った、そんなある日。


「ねえ、今度そっちに久しぶりに帰ろうと思うんだけど、どうか…」


「いやお願いしますもう!!会おう!!!」


心臓が跳ねた。その言葉をどれだけ待っていただろう。


口の中にこの世の幸せという幸せを凝縮したかのような、甘美なスパイスが広がる。

初めてキスをした時のような、初めて1つになった時のような、それで持ってあの子に振られた時の苦い味さえも、感じた。


そうして僕たちは、久々に会うことになった。


朝から、いや強いていうならこれが決まったその時から浮かれまくっていたと思う。

前日はもちろん寝れなかったし、何ならその前の日も寝れなかった。


僕はその日の朝になると、ほとんど眠れなくてぼーっとする頭をスッキリさせるために、あの、黒と緑色が基調となった缶ジュースを飲んだ。


相変わらず、不健康な味がしたが、それでいて頭をスッキリさせるような、ついにこの日がやってきたんだと知らせる幸福の訪れを、その味には感じさせられた。


そうしてそわそわしながら空港のゲートの前で待っていると、


瞬間、また世界から色は奪い去られた。

久しぶりに見る彼女は、やっぱり美しくて。


「…君は一体何度僕から色を奪えば気がすむの…」


「え??なんか言った?」


「なんでもない〜」


思わず口に出て突っ込んでしまっていた。


それからはきっと一生忘れることができないとしか言いようのない、幸せな数日を彼女と過ごした。


気づけば彼女の嫌いな「夏」に入っていた。


僕らは沢山の物を見て、笑いながらこれ欲しい、だとかこれきっと似合うよ!だなんて、そこら中にいるカップルと同じで、でも僕らの中ではそうではない2人だけの、2人だけにとっての宝物のような時間を過ごした。


「ずっと一緒にいようね」


「おうよ、当たり前じゃないか、墓に入っても一緒って言ったろ?なんなら来世でも…」


「好き」

「んおぉぅ」

「好き」

「寿司」

「ふざけないでよ〜」

「ごめんって、おいで」

「ん」


そんなしょうもない会話も、記憶に残っている。

そんななにもない一瞬も僕にとっての大事な思い出になっていった。

夜は一緒に泊まって。

朝は目を開けるとすぐ前に彼女がいて。

それはまるで親の身体から生まれて初めて目を開け、新しい世界に出会った時の赤子の感動であって。

まだ寝ている彼女の唇にキスをして二度寝して。

次は彼女のキスで目を覚まして。

そんな誰もが幸せだと感じれるような2人の時間を過ごし、あっという間に時間は過ぎていった。


翌日もまたカラオケに行って歌を歌って、服屋さんでファッションショーをして、携帯電話を見ている彼女に見惚れもして、ゲームセンターではゲームの中で2人で主役になって、プリクラでは2人だけの世界を切り取って。

彼女が誕生日プレゼントでくれた財布に大事にそれをしまって、きっとずっと取っておくんだろう。

流行りの飲み物を飲みながらぶらぶらして、僕の好きなアニメとコラボしていた団子を食べながら話して、少し背伸びして黒のマスクをつけたりもして。

お揃いの時計と指輪も買って。


そうやって僕らは形に残るものから残らないものまで、いや、厳密には全部残っているんだろう、そんな思い出を片っ端から作っていった。


そうしてまた彼女が東京に帰る日が来た。

やって来てしまった。

ずっと笑顔で話していたし、ずっと笑顔で一緒にいた2人だったけれども。

飛行機の搭乗ゲートの列に並ぼうとする彼女は、その瞬間、この前に泣き崩れた時と全く同じように、その場で泣き崩れてしまった。


僕も思わず抑えていたものが溢れて来て、一緒に泣いた。


「どうして泣くんだい、大丈夫。また会える。絶対に次は僕が会いに行くから。また離れちゃうのは寂しいけれども、でも一生の別れじゃないんだ。また会おう、ね?またね。」


僕と彼女にだけわかる秘密の言葉に、「またね」というのがある。

さよなら、じゃあ寂しいしもう会えない気がするから、そういう時はまたね、という風に言うというものだ。


「やだ、これ最後になる気がするの、やだよぉ…」


「大丈夫だから…ね?」


「うぅ…んん…ま、またね?」


「うん。またね」


自分でもどれくらいいたかわからない程に僕はその場に立ち尽くした。

まわりの世界は、彼女がいなくなったにもかかわらず、色が奪われたままだった。

次に彼女を見る時は、いつもと違って、世界に色が、優しい暖色が帰ってくるのかぁ。

そんな変な感慨にふけりながら、僕は目の前の、自分の目に溜まった水滴を媒介にした、角度が変わると一変する万華鏡のような景色を、その奥に彼女を描きながら見つめ続けた。


帰りの電車で、僕はまだ手に残っている彼女の温もりを逃さないよう手を握りしめて、きっと彼女も同じ音を聞いているであろう、時計の針の音に、心の臓の音を重ねながら、ただただ泣きながら帰った。


興奮覚めぬまま、彼女とは電話を続けた。

僕の勉強が詰まった時、予定がある日や彼女の仕事がある時に度々電話できなかったことがあったが、それ以外は毎日欠かさず電話した。


僕は彼女を日に日に好きになっていった。

次会う日を今か今かと楽しみにして、きっと冬休みか何かに会いにいけるとわかった時はその日が早くくることを世界の誰よりも望んだだろう。


さらに彼女の誕生日は冬の、クリスマスの少し前にやってくることもあり、何をあげようか、いつ会いに行こうか、その2つを数ヶ月間ずっとウキウキして考えた。


そして悩み抜いた結果、僕は彼女にスヌードと手袋をプレゼントすることにした。

そしてその翌週に4日間、僕は彼女の家に泊まりに行くことを決意した。


スヌードと手袋にした理由は、気づけば彼女の嫌いだった夏は終わり、寒くなっていたこの頃、単純にあったかくしてほしいと言う理由の他に、抱きしめてあげられない僕の代わりとして彼女を抱きしめられるように、包み込んであげられるようにと選んだ。


手がふにゃふにゃして細かい作業が苦手な彼女を思って、マフラーではなくスヌードにしたのもポイントだ。


彼女は東京にいるので、宅配で送ることになるのだが、箱の中にプレゼントと手紙を入れたあの時の幸せな気持ちは永遠に忘れられそうにはない。


ちなみに手紙には我ながら良く描けたと思う彼女の似顔絵入りのものだ。


抜かりはないと確信して僕はプレゼントを送った。


この時期、彼女の仕事はすごく忙しいらしく、電話の時間が減っていた分、寂しがっていただろうから、それを取り戻す意味も込めての重要な役割を果たすプレゼントだった。



プレゼントを預けた郵便局から出ると、

気づけば周りは星々が散りばめられたかのような小さな光が点在していて、まるで僕の待ち望む日を祝福するが如く、妖しく点滅していた。


キリストの生まれた日がもうすぐそこにやってきていた。


僕がいろいろなことを想い、考えているうちに彼女の嫌いな夏が終わるどころか、少し寒かった秋も過ぎて、冬になっていた。



周りに広がる小さな宇宙と、それを纏う木々に目を奪われ、周りを歩く男女に目がいくと、そこに自分と彼女を気づけば重ねていて。



僕は隣に彼女が確かにいることを確認して、浮かれながら独り歩いた。



ありきたりなクリスマスソングが街を流れていたが、それは僕と彼女だけに向けられた唄のように感じて、それまでなら聴くこともなかったろうに、聴き入った。



「……ふふっ、あと少しでまた会えるんだなぁ。イルミネーションを一緒に見て、彼女との写真をいっぱい撮ろう。彼女の家でお泊まりでクリスマスを迎える…やばい、超幸せじゃないか…」



独りごちると、周囲の星々の点滅も、垂れ流しになっている唄も、キンと冷たい空気も、口から吐き出される白い息までもが僕を祝福してくれている気がした。



その日は僕は勉強をするために、お決まりの飲み物を買って、家に帰った。



相変わらず変な味がした。



……………………………………………………



彼女の誕生日の前日、彼女は突然電話で言った。あと数時間で、愛する人がこの世に生まれた、誰よりも僕が待っていた日になろうとしているその時に。


「ね、ごめんね。私、やっぱり君には会えない。お泊まりできそうにないや」


「どうしたの??仕事があるってのは聞いてたけど一日4時間でもいいから会いたいな」


「んーん、そうじゃないの。わかってほしいの。私が悪いことはわかってる。もうこのまま会うのはやめよう」


僕はこの時、ここ数ヶ月間わかっていたが意図して隠した、頭の中にあった、そんな不安が大きくなって行くのを感じた。


彼女は昔、それも夏に。

あの時の電話で話してくれたことなのだが、それは人に言えないようなことがあって、それが原因で男の人が物理的に側にいないとやっていけない、そういった子だった。


だから僕は彼女が仮に東京でほかの男性と、そういった過ちを犯してしまっても、君は汚くなんてない、綺麗なままだよ、帰っておいでね、と言うための心の準備はできていた。


やっぱり少し、胸にチクチクするものがあったが。


それでも、彼女が苦しんでいることくらいはわかるつもりだった。僕より苦しいのはわかっていたつもりだ。


だから僕は覚悟を、自分をも騙すと決めて言った。


「何があっても、君は綺麗なままだ。汚くなんてない。それで僕の隣に居ることがふさわしくないだなんて考えているのなら、それは違う。また優しく抱きしめてあげるし、おかえりって言ってキスもしよう。だから、会おう」


すると彼女は泣き崩れながら言った。まるであの時のように。当時の彼女の愛する人に別れを告げられた時のように。空港で別れる前に泣き崩れたように。


「…家に帰ったら、ただいまって言ってくれる人がいるの。その人は君のことを知った上で私といる」


瞬間、世界から色が、今までで1番絶望的な消え方をした。

それは命の灯火が消える瞬間がごとく、深海数千メートルの何も光が届かぬところに突然テレポートしたがごとく、ぷつりと人が人であるために必須な何かが切れる瞬間がごとく訪れた。


今まで僕がいた、というか世界そのものが偽りだったという、まるでじつは1+1が3というのが正解だったんだよって、今まで考えるまでもなく信じていたものが全部実はドッキリでした…と、しかも本当にそれが事実だったような。

そんな出来事が突然に、今までなによりも大切だと思っていたその日に、でも全く違った意味を持っていたその日に訪れれば、人間はどうなるかなんて想像はつく。


致命傷を与えられた僕は、血を流した。

ただただ吹き出て止まらない、その透明な血の先には、前とは違って彼女の姿を描くことはできなかった。僕の隣にいたはずの彼女を確認することも、叶わない。


それでも震える体に鞭打って、震える足を叱咤し、内臓の全てをぶちまける勢いでせり上がってくるモノのせいで、僕の口の中は最悪の状態だったが、なんとか言った。


「………その彼が、好きなんだね?」


「うん」




「僕よりも、好きになってしまったんだね?」


「本当にごめんなさい…」


「いや、いいんだ。君がそう思うのなら、そうすればいい。僕は引きとめない。きっと、たくさん悩んだ結果、こうやって答えを言ってくれたんだろうから、僕は下手なことは言えない。それでもただひたすらに僕は君を愛してる。だから…その人に、必ず幸せにしてもらえよ。この、君といた間に確かに思ったんだ、君の幸せが僕の幸せーー」


最後はもう本当に何を言っているかわからないが、なんとか口から、思ってもいない言葉を、勢いに任せて、止まれば僕の血の流れさえも止まってしまう気がして、垂れ流した。

想いのままを、僕の絶対に思っていないことも交えて、口から吐露した。


いつかに流した、優柔不断な言葉を、彼女にも垂れ流した。



「ほんとにね、君のことも好きなの。でも、彼の方が少し君を上回っちゃった。ただそれだけなの…ごめんね、やっぱりそばにいる人には勝てなかったの」


思わず僕は耐えられなくなって。


「そっかぁ…とにかく僕は用事があるからさ。一旦切るね」


「来世では、絶対に一緒になろう…ね…」


「絶対見つける」


そう言って、電話を…ー生切れることのないと思っていたーーー絶対に切りたくない関係さえも、切った。


世界から色は奪われたままで。

ーーでもそれは今までとは全然違う奪われ方をしていて。

きっと前のような優しい暖色が戻ることはないと悟り。




僕は吐いた




そこからはもうあまり覚えていない。

ちょうどその時僕がいた場所が、彼女と一緒に回ったところだったから、走ってその場から逃げた。

でも考えて見るとその周辺は全部周っていたのもあって、走れども走れども、彼女の「影」は僕の隣に、からかうように、相変わらず美しいままの姿で立っていた。


もともとその日に入っていた飲みの約束の場所に1時間ほど遅れて着き次第、ワインとハイボールを一気飲みしてーーートイレでまた吐いた。


口の中に絶望的な味が広がる。

この世のありとあらゆる汚物を詰め込んだかのような反吐のような味ーーいや、反吐なのだから当たり前なのだがーーしかしその時の僕には不思議としっくりとくる、そんな味だった。


そこから1週間以上何も食べられなかった。

そこから3日間一睡もできなかった。

手と足と、震えが止まらなかった。

目を瞑れば美しい彼女が僕の知らない男に愛を囁いていて、すぐに吐きそうになる。

かといって目を開けても、死んだほうがマシと思えるような現実が僕を待っていて、結局僕は目を背けて、瞼を閉じる。

そして目を瞑ればーー

この無限ループによって僕は壊れた。


狂ってしまった。


きつい、辛い、苦しい、まだ好きだ、吐きそう、気持ち悪い、だいたいなんなんだその男は、痛い、死にたい、それでもーーやっぱり愛してる、嫉妬させたかっただけなんだと言って、イタズラをした子供のように帰って来い、おかえりって言って抱きしめるのに、ああこれは夢だったのか、いやこれは夢じゃない、ここはそもそもどこだ、そもそもなんで僕は彼女の隣にいない、なんで彼女は僕の隣にいない、なんで東京にいない、なんで彼女の家に彼女と僕以外のダレカがいるんだ、ああこれはやっぱり現実だ、死んでも一緒じゃなかったのか、僕は一体なんなんだ、この半年はいったいなんだったんだ、このずっとワクワクしていた日々は、彼女に会うはずの日は、彼女にあと少しで届く誕生日プレゼントはいったい、あそこに入っている手紙は、あの子のことを一心に思って描いた似顔絵は、手袋とスヌードは、抱きしめる必要なんてないじゃないか、僕以外にいたのか、ああ、死にたい、はは、はははは、くはははははは、あはははははっーーーー




……………………………………………………




あの日から何度も僕は、あの時の幸せを思い出したくて、眠らないとダメだとわかっていながらカフェインが大量に入ったソレを飲んだ。


しかし、甘酸っぱいような辛いような、人間にとって悪影響しかなさそうな味がしただけで、幸せをついに見つけることはできなかった。



後から聞けば、彼女の新しく好きになった人は、彼女のまさに好みといった歳上の男性で、しかもほかに7年付き合った彼女もいるらしい。

絶対相手の1番じゃないとダメなはずの彼女だったはずなのに…



なんで負けたんだ僕……。



僕だったらずっと1番のままだったのは間違いなかっただろうに…。


確かに彼女の好みは歳上で、歳下と付き合ったのは僕が初めてで、結局そこに負けてしまったのかもしれない。



さらに聞くと。

彼女にとってあの夏はやっぱり前に話してくれた通りに耐えられなくて、気づいたら夏が終わっていたと感じた僕にはその変化に気づけていなくて。そんな中好きと言ってきたそいつを好きになってしまうのも、仕方ないのかもしれない。確かに、僕のミスだ。


あの、僕に会いにきてくれたときの携帯電話の相手もその男だったらしい。

いまだに信じられない。

僕と付き合って3ヶ月程度立った頃にはもういたんだと。

だからあの時の彼女だけには、もう会えないこともわかっていて、あれだけ泣いたらしい。


形に残っていないと思っていた彼女とのなんともなかった思い出も、別れた後にそこを通るたびに牙を向いて、ああ、なんだ、結局全部形に残っていたんだと、知りたくない形で知った。


写真を見るたびに泣いたし、やっぱり好きだったし、なんならあの美しい姿をいつだって自分の隣に描いてしまっていたし。



結局僕の思っていた通り、どんなに裏切られようとも、どんなに彼女が最低でも、そんなところまで愛しくて。


ダメだとわかっていても彼女のことを諦めきれなくて、好きで居続けてしまっていた。


だからあの後、ぐだぐだ電話をしてしまったときに彼女と約束をした。



ーー僕は、ずっと君を待ってるから。君はなんだかんだで弱いし、独りぼっちに耐えられないのも知ってる。だからもし、全てを失ってしまったと思ったら、僕を思い出して欲しい。その時まで僕は君の帰る場所を、隣を空けておくよ。もし、相対的にまた僕が1番好きになったら、帰っておいでね。死んでもまってるーー



お互いに泣きながら、約束をした。



やはり彼女のことは、諦められなかった。

だからこうして可能性にかけて、彼女を待つことにした。

そうでもしなければーー実際に立ち直ることまではできなかったがーー耐えることはできなかった。

事実、3日間眠れなかった後眠れたのも、彼女から電話があって声を聞いたからという情けなさすぎる理由があったからで。


やはり彼女なしは考えられなかった僕の、情けないが、そんな弱い僕らの、儚く切ない約束だった。





……………………………………………………







さて、こんなにも昔のことを思い出してしまうなんてどうかしてるとも思うが。

それは仕方のないことだった。


目の前に、変わらずに美しい彼女がいた。

いや、彼女を見つけてしまったのだ。


でも、世界から色は、少ししか奪われない。

そのことに少し胸に痛みを感じながら、儚く切ないあの約束が頭をよぎった時、彼女と目があった。

その目を見れば、彼女が同じことを考えていることくらいは、わかる。

何年ぶりかわからないが、それだけたっても分かった。

まるで彼女は、ただいま、と言っているようで。

そうして話は物語冒頭に戻る。





……………………………………………………






「…」




瞬間時が止まった。

僕のお腹には深々と、鈍い色をしたナニカが刺さっている。

同時に、止まっていた時が動き出した気がする。いや、実際に彼女を見た時からまた動き出したのだ。


周りの風景は、どんどん色を失って。

それもまた、今までに彼女が持ち前の美しさで奪っていったようではなく。お腹からこぼれ落ちる、今度はちゃんと色のついた涙が流れるにつれて。


しかしながら、身体の中で、脳の中ではもうずっと前に止まったはずの時間が進み出し、不意にいろんなことを思い出した。


静と動の矛盾した同時スタートの直後、口の中に残酷な、人類の、自然と身体が拒否するような、絶望的な、酸っぱいような辛いような、漢方薬のような、それでもってとても苦い、あらゆる味覚という味覚が総動員したがごとき味が広がる。


しかしそれは、僕と彼女にととってだけにわかる、2人だけのハッピーエンドへと続く味。

この世界が、自然が生み出した最高の一品と呼べる甘美な味が、不思議と僕にとっては、いや、僕らにとっての、僕が少し前に見つけてしまっていた「幸せな味」が広がっていく。



「なるほどなぁ…この味、やっぱ僕は嫌いだ…」


散々飲まされた透明な血液に似たその味。

でも本当は大好きなエナジードリンクに似たその味。


「私も嫌いだな。でも、幸せ」


見れば彼女のお腹にも同じものが刺さっていてーーーー


ーーああ、なるほど。一緒の墓にこれでやっと入れんのか…やっと、死んでも、2人だって……いう……願いが………そりゃあ、幸せの味だわ………でもーーー


























































……………………………………………………




僕らは生きていた。

幸いにも、僕の隣にいてくれた彼女がーー浜田モモという、最愛の人が、助けを呼んでくれたからだ。


あれから時間が経って。

薄情な話だが、あれだけ愛した彼女を引きずっていた日々は唐突に終わり、僕の世界に色を返してくれた人が、別に現れたのだ。


モモとは数え切れないほどの思い出を作った。

美しいあの彼女との思い出も忘れてはいないが、随分色あせていて。


気づけばモモとの思い出の方が増えていた。


出会いがそんなに劇的だったわけでもないし、なぜお互いがこの相手を選んでいるのかわからないくらいには、ただただ普通の2人。


ーーそれでも確かに愛し合っていた。

ずっとずっとそばにいて、幸せになるんだと約束もした。


しばらく前に交わした約束と矛盾することを承知の上でーーその切なくて儚すぎる僕と彼女の最後の繋がりを断ち切りながらーー


つまりは、そういうことだ。


ハッピーエンドを描こうとしたその時の相手は、もう変わっていた。



病院のベッドの上で、こっそり買った僕の好きなあの飲み物を一口飲んだ。


ちょうどその時モモが来てしまった。


「あぁぁぁぁーーーー!!あのねえ!!!そんな体でそんなもん飲んでると本当に死んじゃうよ!?本当にバカなの!?!?」


「んぁー…ごめん。やっぱこれがないとってなっちゃってなあ」


「あんたがそれ本当に好きなのは知ってるけれどもさ…少しは私のことも考えてよ本当に…」


「もうしません…ごめんなさい…」


怒るモモをよそにして。

とはいえモモの心配する気持ちはわかるので本当に悪いと思いながら、先程口に広がった味に思いを馳せる。


相変わらず体に悪そうな味がして、微妙な味と一緒に爽やかな炭酸が広がる。

そのままそれは、僕の心まで広がって、そこで確かに、あの時見失って以来見つけきれなかったソレとは違う色、形、質感をした幸せにまで届いた。




僕なりに僕は、いや僕らは僕らなりに前に進んでいたのだ。




誰でも当事者は、その瞬間は確かにこの人とハッピーエンドを作ろうと思い願うだろう。


しかしながら、人間というものは何があるかはわからないし、ちょっとした偶然なんかでもその当事者が変わってしまうかもしれない。



その時の相手と自分にとってのーー彼女と僕のハッピーエンドは、今の相手と自分ーーつまり僕とモモにとってのバットエンドだった。




逆もまた然りで。

今回は、僕とモモのハッピーエンドを迎えることになった。





だから、もし今落ち込んでいる君がいるのなら、きっと大丈夫。


今安心しきっている君も、そのままぜひその相手とハッピーエンドを迎えて欲しい。



悲しい別れで止まってしまった時間は、奪われ続けた世界の色は、何にもない日常に、不意に別の誰かの手によってでも動き出せるし、帰ってくるものなのだ。


同じ人であってもいいと思う。


あの素敵な彼女とは、相変わらず綺麗だったあの彼女とは、来世にでももっと違う場面設定で、もう一度僕から色を奪って欲しいものだ。


次は、互いにもっと悲しまないような優しい世界で。

もっと近くにいてあげられて、もっとたくさん優しく抱きしめてあげられるような、そんな出会いを。


だから今は「ちょっぴり」寂しいが、彼女とはさよならーーいや、またねの時間だ。



モモにそっとキスをしながら考える。


今はモモをーーもし離れてしまうなら「死ぬほど」寂しい最愛の「彼女」とハッピーエンドを迎えられるように頑張ろう。



だから、もしもう動くことのないと思っている時間や思い出を持つ人がいるのならば。

僕は、今は大いに落ち込めばいい、でも2度と動かないなんてことは、君はそう思えど、実はないんだよ、だから少しくらいは前向きになってもいいんじゃないかな、そう言いたい。






これは、誰というでもなく訪れる、2人だけのハッピーエンドの物語。






2人が誰なのかは当事者のみぞ知る






僕らだけでない、世界中の特定の2人に次々と生まれていく。







2人だけのハッピーエンド






僕はそっと、まだ残りの入ったその缶を捨てた。


挿絵(By みてみん)

彼女からは、数えきれないくらい沢山の物を貰いました……


……………………………………………………


読みにくいと思いますが、何かあれば気軽にお願いします!!

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