第1話・吉法師の誕生
天文18年1549年12月10日、尾張国を治める尾張の虎こと織田信秀の嫡男である織田三郎信長と隣国の美濃国を治める美濃の蝮こと斎藤道三の娘帰蝶との間に子が生まれた。信秀にとっては初孫である。
「ようやく産まれたか‼︎でかしたぞ帰蝶!」
初めて我が子を抱いた信長は余程嬉しかったのだろう、大きな声で赤子を見る。
「貴方、そんなに大きな声で騒いだらこの子が驚いて泣き出しますよ?」
興奮している信長を半ば諦めたように嗜める妻の帰蝶。しかし赤子は信長の大きな声を聞いてもスヤスヤと寝ている。
「す…すまない。しかし良くやった帰蝶。これで織田家も安泰。帰蝶、美濃の蝮に文は必ず書いておけよ」
「当たり前です。書かぬとなると攻めて来るやも知れませんからね」
信長は思い出したかのように帰蝶の父である道三に手紙を書いておけと指示をだす。それを帰蝶はクスクスと笑いながら冗談を言う。
「しかし、赤子は軽いな。しかも奇妙な顔までしている」
「当たり前です。まだ産まれたばかりです。これから凛々しくなっていきますよ」
「そう言うものか…」
「そう言うものです」
信長は赤子を落とさぬように慎重に帰蝶が寝ている横に寝かせ、自らはその側にあぐらをかいて座る。
「それで貴方、そろそろこの子の名前を決めないと…」
帰蝶は赤子の頭を優しく撫でながら信長に問いかける。
「そうだな…。顔が奇妙な顔をしておるから奇妙…」
「あ・な・た?」
普段より低い声でしかも冷たい冷徹な目でいかにも人をそれだけで殺せるような目線で信長を見る。
「う…。そ、それは無しとして、俺の幼名だったき…吉法師なんてどうだ?」
「それでよろしいかと」
信長は額には汗が滲み出て、背中は凍るようだったと後日家臣に愚痴っていたとかいないとか、それまた別のお話である。
信長が帰蝶からの圧力が消えて暫く吉法師と名付けられた赤子を見ながら話していると誰かが段々と近づく音がしてきた。
「三郎!我が孫を早う見せてくれんか!」
部屋に急いでいたのであろう、息を切らしながら部屋に入ってきたのは信長の父であり尾張の虎と称される織田信秀であった。
「親父!吉法師が起きるだろうがぁ!」
「おぉ‼︎なんと凛々しい面構えじゃ!可愛いのぅ可愛いのぅ」
普段は周りの者に対しては厳格で凛々しい当主も孫の前では虎と称されていても猫のようになっていた。父のにやけた顔をみて信長はドン引きをしている。
「なんだ、そのだらしない顔は!親父らしくない」
「なんじゃ?孫が可愛くて堪らなくて仕方がないからな」
「重臣たちがみたら驚くぞ、その代わり用に」
「あ・な・た?それとお・義・父・さ・ま?」
帰蝶は再び低い声で信長と義父である信秀を呼ぶ。二人の顔は瞬時に血の気が引いた。
「貴方、先程言いましたよね?吉法師が起きてしまうから静かにと。それとお義父さま?お義父さまはご当主なのですか、少し自重ください。家中の目もあるのですから」
「「はい、すいません」」
二人はガクガクと身体が震えながら帰蝶に向かって土下座で謝る。
「もう一度、騒がしくしたらどうなるか分かりますね?」
「「はい…」」
帰蝶の余りの怖さに涙を流しながら謝る二人なのであった。
はてさて、尾張国で津島、熱田を抑える織田弾正忠家に新たなる家族が増えたのであった。