1.転移
痛い。痛い。痛い。痛い。腰が痛い。
固い。固い。ベッドが固い。いやベッドじゃない。床だ。ベッドから落ちた。ベッドから転げ落ちるのは何年ぶりだろう。否、落ちたことなんてこの21年一度もない寝相はいいほうだ。
大学に入学して3年、レールの上にちゃんと乗っかり、自分のやりたいことと違うことでも脱線はせずギリギリでとどまって何とか形になってきた矢先、ベッドから落ちた。ベッドで落ちたことによる痛みはない。ただ固い。そして腰が痛い。石の上で寝ているようなそんなような。感覚。
その辺にあるはずのスマホを目を開けないまま探す。スマホを探すが、ない。めんどくせぇと腰を労わりながら体を起こし目が開かないままスマホを探す。
前々から気づいていたことだが、触った感覚床がフローリングのそれではなく固く、砂っぽかった。そして規則的にくぼみがある。
恐る恐る目を開けてみる。
最初に目にはいったのは石畳。
驚き目線を上げ、まわりを見渡すが、見えたのは風景ではなく自分を囲む人だかりだった。
なんだ、これ、、みんな、、鼻が高い、、外国人がこちらを見ている。
仲間になりたそうな目ではない。動物園で大人が柵の中にいる動物を見ているような目で見ている。
なんだ、これどんな状況?ベッドから落ちたのではなく、俺は何から落ちたんだ?なんで外国人がこんなに?もしや日本ではないのか?
昨日酔ってどーしたっけ?いつもなら知らないうちに家のベッドの上でゲロを枕にぶちまけながら寝ているはずでは、、、?
少し怖くなりこの人だかりから逃げようと考えた。
こちらによって来る優しそうなおじさんに声をかけられる前に混乱している頭を無理矢理真っ白にして立ち上がり人だかりの隙間をめがけて全力で走った。
目論見は成功しその隙間を抜け何も考えずに全力走る。
西洋風な建物が見切れていく。
トラウマから逃げるように全速力で走る。
何かを考えようと思ったが、振り切って走る。走って、走って、西洋風の建物からだんだんと建物が簡素化していき地面の感触が石から砂状に変わっていくと同時に体が動かなくなっていく。
最近、全然運動をしていなかったのか膝が地面についた瞬間吐き気を催すほどに息が上がる。
精一杯、血を肺に回し呼吸を整える。
考えようとしたことを思い出す。
今起きている状況を整理する。
起きると石畳の上にいて人に囲まれていた。そして走っているときに見切れていた西洋風の中世的な建物。そして今膝をついているスラム街的な場所。
走っているときに気づいたが、俺は袖が長いワンピースを着ている。シンプルなデザインで青色を基調とした服。
なぜだ。なぜ女の子が着るワンピースなんか着ているんだ。こんな服着たことない。というか家にない。
コスプレなんて一回もしたことないし。自分がこんな服を着るということを考えるだけで吐き気がするが、着てしまっているのだから仕方ないね。脱ぐわけにはいけないしね。
で、だ。俺は気づいたら鼻の高い外国人に囲まれ、西洋風の建物に驚き、着ている服は袖の長いワンピース、それを着ている男というわけだ。
なんか人だかりは当然のように思えてきた。
これはあれか異世界転生ってやつか。いやもともといた世界で死んでいないから転生ではなく転移か。召喚だともっとそれっぽい人が俺の傍にいてもおかしくもないが、周りにいたのはどう見ても村人って感じだったしな。っていうか道のど真ん中に召喚させる召喚者がいるか?馬車に轢かれて召喚と同時に死んだらどうするつもりなんだ。
呼吸を整えるために使っていた血がやっと脳に十分にいきわたる。そして今まで混乱の中なんとか回転していた脳がやっと冷静に回転しだし危機のイメージを体全体に警告を発信しこの状況を否定する。
いや、待って異世界転移?
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやい
やいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやい
やいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
現実味がなさすぎる。俺はトラックにもはねられてないし、引きこもりでもないしプログラマーでも社会人でもない。大学生だ。一般的な大学生だ。友達が普通にいて楽しいことをやって適当なところに就職するはずなんだ。それが何だ、これは。異世界転移?ふざけるな。異世界転生というジャンルを知ったのだって最近だ。俺はもともといた世界に絶望なんてしてないし、希望すら持っていた。これからもっと面白くなると思っていた。
それが途中で打ち切れられわけがわからない世界に転移?
俺はどうしたらいい?
見たところ自分に起きたのは服と世界が変わっているだけで魔法が使えたり劇的に身体能力が上がったりはしてないようだった。
どうしたらいいかわからないけど、一度立ってどうやって生きるか考えないと。何もわからないまま死ぬなんてごめんだ。
足と腕に力を入れて立ち上がる。周りにはあの西洋風の建物とは違い明らかに手入れされていない建物というか廃屋が乱雑に建っている
死んだ魚のような目をしてボロボロの服を着ているおじさんやらおばさんがちょこちょこいる。そして怖そうなお兄さんたちがたむろっている。
目を合わせまいと二人組お兄さんたちを気にしながら横を通る。
怖い怖い怖い!なんだこいつらマジで怖い。しかもでかい!異世界の住人ってこんなにでかいの?!
違う!俺が今考えるべきはどうやって生きるかだ。こんなところいたって謎が解けないのは当然だが、下手に動いて死ぬ可能性もある。死に戻りできるかどうかなんてわからないし、死んだとしても元の世界に戻れる確証もない。だからこの世界で金を稼ぎ、生きるしかない。
少し右手に力を入れてみた。しかし、なにも起こらなかった。
あきらめきれなかったので魔法の件も試してみたが、やはり何も起こらなかった。自分はこの世界では最強じゃあなかった。
異世界転生にはいろいろ特典がつくという話をよく聞くが、何もなかった。
全属性の魔法が使えたり、レベル上げには絶好のモンスターが目の前にいたり、体が軟体になったり、女神がついてきたり、何百もの部下がついてきたり、魔法の潜在能力があったり、電子機器やスナック菓子がついてくると聞いたことある。
しかし、ついてきたものといえばこのワンピースだ。このワンピースが高額で取引されているなら話は別だが、周囲を確認したときの女性の服を思いだしてみても自分が着ている服と変わらなかったし、その線は低いからあてにしないでおこう。
と考えながら寂しげに歩いていると
「おい」
とドスの利いた声で話しかけられた。
気にしすぎた?いや、そんなことはない。多分絶対。コンビニの横でたむろってる怖い系のお兄さんたちを横目で見るぐらいだったはず。
固まる自分の体、思考。心音だけが聞こえてくる。肩をつかまれ、予想外に大きな手にビビる。
「おい。待て。無視すんじゃねぇよ」
これ以上無視はできないので固まった体を無理やり反転させると目の前には髪が黒く長い男がニヤついて立ち、後ろにはベージュ色で短髪のゴツイ男が無表情で立っていた。
さっきの横切った男二人組ではなかった。
少し安堵したが、結局どちらにも話しかけられても同じだと気付くのは少し後だった。
恐怖が体中を駆け巡る。恐怖が駆け巡ったついでに固まっていた思考も動き出す。
逃げるか?無理だろ。相手は俺よりも背が高く怖い。もう一人はごつくて勝てる気がしない。死ぬのか?ここでこんなところで?なにもわからないまま?転移初日で?いや、大丈夫だ。こういうやつらは人を殺せない。見た目だけだ。話しかけて金品を奪ってどこかえ消えてくだけだ。
町の娘だと思ったら大間違いだこっちは20すぎた成人の男!しかも、一銭ももってねぇ!残念だったな!人を見た目で判断するんじゃない!人は内面で判断しろ!俺のからじゃあお前たちの欲望も満たすこともできねぇ!
心の中では渾身のゲス顔でぶちまけたが、現実では
「は、はい!なんでしょう、、、、!?」
と聞いたことのない高音で間抜けに答えてしまった。
緊張しすぎた。やばい、これどーすんだ。打開案なんて思いつかない。そのまえに今の俺に打開案なんてあるのか?ないな。しょうがない。死ななければ何とかなるし、死なないように立ち回んないと。
するといきなり髪の長い男が腕をつかみ
「こい!」
と無理矢理引きずられる。
「ちょっ!待って、、、ください!どーゆ―ことですか?!俺今、金も持ってないですし、なにもってないですよ!金になるものと言ったらこの服ぐらいですよ!」
と必死に抗議するが引きずる力は弱くならず抵抗してみても全然きかなかった。
「あ?関係ねぇよ。金になるのはお前だ。」
「な?!」
驚きのあまり声が漏れる。
まさかこれは人身売買か?!売るのか俺を?臓器を売って金にするのか?いや、待て。臓器が必要になるほどこの世界は科学進歩しているのか?街並みは中世並みだし服だって石油でできていないだろ!ではなんだ?
引きずられながら頭をフル回転する。そして一つの解を導き出す。
そうか!ここはおそらく魔法の世界そしてその闇に潜むのは黒魔法!黒魔法ってなんか闇っぽいし危ないこともしてそうだからおそらく人間を使って実験をしている。そしてその人間がどこからくるのかすれは人体の取引である。人体の相場は知らないがおそらく結構稼げるのであろう。ならば男であっても取引されるのは必然である。人身売買って女ってイメージあるけどそういうことだ!
と気持ちよくなっているが、自分の危機的状況は変わっていなかった。そこで
「俺が金になるって俺をどこかに売るってことですか?!俺をどこに売るつもりなんですか?」
と質問してみる。
「そんなん知らねぇよ。あーでもお前なら豪族のとこにでも売られんじゃあないのか?ま、俺がしったことじゃあねぇけどな!」
笑いながら話してくれた。
え?俺が豪族のところ?貴族じゃなくて?豪族?黒魔導士のところでもなくて?豪族って金持ちの一族ってことでしょ?豪族って全員ホモなの?それなら仕方ないけど。
「豪族のところって俺男ですけど!?その辺の相場って女じゃあないんですか!?全員ホモなんですか?」
「は?何言ってんだ。確かにお前の口調は男だが、どう見たって女だろ?」
「は?」