靄のち晴れ
懐かしいな、十年ぶりくらいか。
歩き難い程に小石で敷き詰められていた小道は、今ではすっかり平らになっていた。
これじゃあ、石蹴りしながら帰れないじゃないか。
見上げれば、枯葉の隙間から夕陽の雫がぼたぼた眼玉に垂れてくる━━━を期待していたのだが、垂れてきたのはビルから溢れんばかりに輝く、思わず手で視界を覆いたくなるような蛍光灯の閃光だった。
馬鹿野郎。これじゃあ、溝にはまった小石を探すのに苦労しないじゃないか。
本当に、素敵な日々だった。
生涯で、一番輝いていた。
もし、あの瞬間に戻るか?と問われたら、一拍、いや二拍程置いて、断るだろう。あの頃に戻っても、あの頃の自分からしたらなんて事ない、只の平凡な日常なのだ。
一度自明の理から外れてみない事には、あの頃の自分の目に映るあの頃の景色は、輝かないだろう。
過去とは、過ぎ去った時間故に過去である。
これを崩してしまっては、最早過去ではない。あの頃の美しい景色も、つまらない只の下校路に早変わりだ。
━━━思い出は、過ぎ去ってこそ、美しい。
そんな感傷に浸りながら、歩きやすい小道をゆっくりゆっくり、一歩ずつ踏みしめて歩いた。
振り返ると、靄がかかった空間の中に、馬鹿みたいに騒いでいる子供達が居た。
明らかに後ろ髪を引かれたような気がしたが。やっぱり前を向いて、やっぱりゆっくりゆっくり、一歩ずつ踏みしめて帰った。
前を向いていれば、いつかこの平らな地面にも、花が咲くだろう。
そう、信じて。
今日も見えない夕陽に向かって歩く。