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背信の出会い

 こんな美女とは話したこともなければ見たこともない。僕ことロビン14歳は記憶の引き出しをひっくり返していた。




 苦労の末に掴んだ騎士団への入団。しかし初任務でまさかの大事件が起こった。

 任務の内容は以下のとおり。町の外れにある廃教会に魔物の陰があり、確認したならばこれを討伐せよ。とのことだった。

 実際教会の扉を開けるとこちらに背を向けて女性が座っていた。

 窓からはいる夕日の光と、カラスの鳴き声が新米騎士ロビンのうなじをちりつかせた。

 敵を確認した小隊は各々剣を引き抜く。金属の擦れ合う鈍い音が建物内に響くが、彼女は一向に動く気配がない。ロビンは、耳が聞こえない人ではないのかと思った。

 思っている間に隣の騎士に小突かれる。自分だけ抜刀するのを忘れていた。

 前職が僧侶のロビンからすれば彼女は保護する対象であり、決して刃を向けるべき相手ではない、そう思っていた。

 小隊は一人を先頭にして彼女の背後に近づいていく。歩を進めるたびに痛んだ床が悲鳴をあげた。


「ガデシュカの者か?」


 先頭の騎士が低い声で尋問したが、彼女は俯いたままだ。


「答えろ! どこの出身だ!!」


 怒気を含んだ声とともに、彼女の首に切っ先が突きつけられた。

 これが最終警告だ、このまま答えがなければ彼女は不審者として捕まってしまう。

 ようやく彼女は顔を上げると、先頭の騎士を見る。

 新米騎士ロビンは最後尾に居たが、何とか彼女の顔を見ようとした。少し動いて隙間を見つけると、彼女の横顔が見える。

 首までの短めの金髪から、伏し目がちな濃い緑の瞳が覗いている。鼻筋や顎のラインは綺麗に整っているが、あまりに完璧な形に小隊全員が違和感を感じていた。

 ふと彼女がロビンの方へ振り向く。

 まじまじ見ていたのがバレたのか、申し訳ない気持ちになりながら目をそらす。

 彼女の顔を正面から見るのは難しかった。目尻は上がっているが眉尻は下がっていて心細く感じられ、助けを乞う者への保護欲求が掻き立てられる。

 兜の上からでもわかるような赤面をしながら、ロビンは頭を振った。


「答えられないのか? なら……」


 言い終わる前に彼女が先頭の騎士に投げキスをした。彼女の瞳はすでに真紅に変わっている。

 彼女の近くにいたもう一人が声を張り上げ剣を一閃させるが、彼女はもういなかった。

 魅了された騎士は茫然自失のまま剣をその場に落とす。


「クスクス」


 剣が転がる音と共に女の笑い声が教会内に響き渡る。


「円陣! 円陣!」


 すぐに小隊長が命令を下し、ロビンとチャームされた騎士を中心に円を作る。

 ロビンも円陣に加わろうとしたが、先輩騎士に中心へと押し込められた。

 悔しかったが手足が震えていて、まともに剣は使えないだろうと自分で思う。

 実戦という魔物はロビンの背中に冷たく覆い被さってきていた。


「クスッ」


 含み笑いが聞こえた方に全員が向き直ると、修道女の服を着た彼女がそこに立っていた。

 瞳は夕陽よりも深い紅みを帯び、頭髪は青白く透き通っている。

 突然スカートを膝上まで託し上げると、細長く紅潮した生足が姿を現す。

 きめ細かな肌に余分な脂肪の付いていない健康的なライン、触れれば滑らかな感触に心奪われてしまうだろう。


「フフッ」


 誰を笑ったのか、彼女が託し上げていたスカートを翻す。修道服が彼女を一瞬隠し、ゆるりと床に着地した。

 紫のショートパンツに、同じ生地の帯でクロスして胸を隠した姿。どちらも身に着けるには生地の面積が少なすぎる。

 背中とこめかみには黒いコウモリのような羽に、腰辺りから槍のような尖った尻尾がゆらゆらと動いている。


「サキュバス……」


 一部始終しっかりと見届けた口が勝手に呟いていた。

 腹から出した絶叫と共に二名が駆け出し、一人が剣を振り下ろす。しかし、サキュバスは一歩動いてその一人に足を引っかけた。

 走った勢いと踏み込みによって放たれた強烈な斬撃は外され、その威力は騎士を椅子へと突っ込ませる。

 もう一人が動揺することなく横薙にするも、軽い跳躍で避わされ頭に跨られる。

 何が起こったかわからず、頭を動かしたり膝に触れていると、そのまま押し倒されて床と激突した。


「諦めてもらえないかしら?」


 倒した騎士の頭から立ち上がると、冷めた表情と共に訪ねてきた。

 先程の修道服に身を包んだ時とは違い、切れ長の瞳が残った者を釘づける。

 騒ぎを聞きつけた外の見張り二名が駆けつけ、こちらは五名向こうは一名。「お前に襲われ、正気が戻らない者が居る」


「私にそういう趣味は無いのだけれど?」


「ではなぜ被害者が居る? おまえ以外に居るまい!」


 それを合図に三名が先行、小隊長が続き慌ててロビンがついて行く。

 状況に取り残され、なんとかついて行こうとするロビンを、さらに突き放す情景が目の前で起こった。

 チャームされていた騎士が小隊長に殴りかかり、兜と籠手のぶつかる音が鳴り響く。

 先行した三名は振り返り、ロビンは床で荒そう二人に戸惑うばかり。  間に入ってでも止めるべきだが、入る機会を間違えると小隊長が昏倒する様な隙を与えるかもしれない。

 ロビンは何かしようと思うあまり、気が競って何もできなくなっていた。


「あなた達の負けよ」


 サキュバスの声が聞こえた。見れば三人共がチャームされている。


「お前ら…!? ロビン! 本部に走れ!」


「ダメよ」


 未練がましく駆け出すロビンの両足にサキュバスのしっぽが巻き付いた。

 その拍子に転倒し、床に開いた穴へと剣が落ちていった。

 立ち上がろうとするが足の自由は完全に奪われた。


「あ……ああぁ」


 小隊長は四人に押さえ込まれ全く抵抗できなくなっていた。そこへサキュバスが馬乗りになり、紅い瞳を鈍く光らせた。

 あえて効果を遅らせているらしく、呻き声や身動きする様子がわかる。

 程なくしてロビンの番となり、尻尾に引きずられていく。

 逃れようと床や椅子に掴まるも、長時間の緊張で握力は無くなっていた。


「母さん……神よ、弱き私を助けお導き下さい。」


 胸からタリスマンを出すと握りしめ、神への祈りを込める。

 ここまで移動してくる間、みんな笑顔で緊張をほぐしてくれたが、やさしいその者達も今では敵の手中。

 ロビンは震える声と体で祈りながら、縮こまっていた。


「…うーん」


 サキュバスが額に手を当てながら考える。

 ロビンは濡れた目でそれを見上げる。サキュバスも兜から覗く瞳を見て、まだあどけないのがわかっていた。


「君は若すぎる……このまま仲間を連れて帰りなさい。いいわね?」


「……はぃ」


 足を拘束していた尻尾がほどかれる。

 ところが手を離したタリスマンを見てサキュバスの表情が張り付いた。

 騎士の証と信仰のシンボル、そして黒紫の石。黒紫の石は幼い日に貰った石だ。

 それを見つめるサキュバスの瞳は、疑惑と確信の中間点で激しく動揺している。


「あなたもしかして……?」


 兜が脱がされ長い金髪が流れ落ち、蒼い瞳と紅い瞳が交差する。サキュバスの瞳から先程の優しさが消し飛ぶ。

 胸に抱き締められると押し倒され、訳も分からないまま鎧が剥がされた。




 理解は全くできてない、僕の貞操の危機だけはわかる。

 このまま行けば良くて廃人、最悪ミイラになる。


「分からない? 私は――」


「あらぁ? やっとその気になったのルー?」


「姉さん! いや、これはその…… 何時から?」


「今さっきからよ」


 胸を後ろから鷲掴みした様なシルエットのブラ、四本の紐と申し訳程度の生地で隠された下半身。

 隠す気など全くない、むしろ覗いて見てほしいと言っている、超刺激的な姿のサキュバスが窓に立っている。


「随分と若い、いや幼いかしら? あなた少年好きなのね」


「そうじゃなくて」


 姉の方が踊り子のような腰つきで歩み寄ってきて、僕の前にしゃがんだ。

 サキュバスというのは男性を誘うために色々すると聞いていたが、股を開いてしゃがむのはやめてほしい。

 僕は真っ赤になりながら俯いた。


「かわいいわねぇ、照れちゃって。もっと私を見て?」


 耳に息を吹きかけられると、花を煮詰めたような甘い香りが漂う。


「姉さんこの子ロビンよ」


「……誰だったかしら?」


 妹が姉に説明していくのを聞いて、僕の中の記憶も繋がっていった。

 小さい頃、家族で別荘へ行った時のことだ。

 近くの村の五歳くらい年上の女の子達と遊んだのを覚えている。両親に平民とは関わるなと言われていたが、抜け出して遊んだ。

 二人ともとても可愛く、姉は活発で妹は引っ込み思案だった。

 僕は二人に夢中だった。別れの時はもう会えないだろうと、互いのタリスマンを交換ていた。


「覚えてる、ラシェリーお姉ちゃんとルーメリアお姉ちゃん。二人とも変わりすぎだよ」


「……思い出したわ。あの時の子が貴方なの?」


 ラシェリーが信じられないといった感じで尋ねる。僕は無言で頷いた。

 三人を沈黙が包んだ。奇跡的確率での再会と悲劇の対立関係である騎士と魔族。

 その沈黙を開かすためか、気絶していた騎士の一人が起き上がる。

 三人は騎士を見ると目が合ってしまった。

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