プロローグ
ここは裏世界第一魔法学校のとある教室。
魔法というメルヘンチックな世界に憧れるのは血に飢えた厨二男子だけでなく、清らかな少女達もその対象の外ではない。
かの有名な、魔法使いの力を借りて舞踏会にて王子を籠絡したシンデレラも、ある意味では魔法に見初められた少女である。
夢見る少女は魔法少女なのだ。
新学期に寄せる期待と不安が入り混じったこの一年生の教室では、男女問わず早くも友人関係の構築が画策され始め、一挙一動に気を配り、互いの距離感を掴み合う緊張感が教室を満たしている。
そんな初々しい情景の中で一つ。禍々しく、そして嫌悪の入り混じった吐息を吐き捨てる可憐なる魔法少女達がいた。
「ねぇ、新学期早々に男子と話してる女子は全員ヤ○マン説が私の中でトレンド急上昇中なんだけど誰かリツイートしない?」
「これ見て、もう『#裏一』のタグがある」
「仲睦まじい姿を自撮りしてticktockに上げてる馬鹿もいますね」
この世界における電子端末のアプリは、裏世界の中で完結しているため表側の情報は入ってこない。
しかし、同じ人間という種族上、趣味嗜好そして流行りは被ってしまうことが多い。裏世界にまでそのサービスを提供している表世界の企業は少なくない。
ただ、おそらくほとんどの社員は、自分の仕事が異世界に影響を与えていることなど知らない。
そして光がある所に闇があるのは表も裏も同じ。
リア充の陰には必ず非リアが潜んでいる。
手のひらに乗る頬肉を目が塞がるほど上げながら少女は言う。
「あーあ。もうあーやって連絡先とか交換しちゃってさ。自分の個人情報をあんなに簡単に他人に教えるとか、ネットリテラシーガバガバ過ぎて心配になってくるよね。ほんとガバマンだよね」
口達者は卑屈な証拠。
リボンで結われたサイドテールを空いた手で武器のように振り回しながら、甲斐我 明日菜は、男子二人女子二人の計四人で談笑するグループを見て、眉を寄せる。
他の二人も明日菜が毒付いたグループを見て、それぞれの見解を述べる。
「一人の女を奪い合って二人の男は争う……独り蚊帳の外で嫉妬した女は狂気に走る、に一票」
「方向性の違いによる空中分解…、からの既に形成されたグループへの参加権を失った四人は仲良くぼっちの道へと堕ちていく、に一票です」
他人の不幸は蜜の味。
赤色の枝毛を抜きながら九条 白雪はリア充達を鼻で笑う。
開幕呪怨は清楚の塊。
小柄な体躯の小さな手を懸命に挙げて堂々と狛江 香夜は言い放つ。
彼女らは決して昔馴染みの友人などではない。むしろそれぞれがコミュニケーション能力に一定の不利を感じている少女達だ。
そんな彼女達を巡り会わせたのは、魔法学校に来るまでの送迎列車に置かれた自販機。
偶然にも同じタイミングで居合わせた彼女達は、全員ががぶ飲みソーダフロートを購入したことをキッカケに意気投合した。
異性はおろか自ら同性に話しかけることすら苦手と感じる彼女たちは、その時直感したのだ__お洒落な女子は午後ティーを買う。がぶ飲みを買う女なんて底が知れているではないか__と。
そうしてお互いがマウントを取り合った結果、友好の裏に見下しが見え隠れする奇妙な関係性が生まれてしまった。
ちなみに三人はまだ連絡先を交換していない。
ぎこぎこと文字通り歯をすり減らす歯軋りを隠そうともしない明日菜に白雪は訊く。
「つーか、明日菜さっきまでのテンションどこ行ったの。『ディカプリオ様と一緒のクラスだぁ!!ヤァァァアバァァァイ!!』ってヘドバンしてたじゃん」
「明日ちゃん、入学式で祝宴の舞踏をガン無視で男の子見てましたもんね。この子馬鹿なんじゃないのか、って私思っちゃいました」
「だってぇ、だってだってぇ…」
二人の追求の眼から逃れるように、明日菜は自らがディカプリオと名付けた一目惚れの相手を見やる。
揺れるベージュのカーテンの下。窓際の先に座るその男子生徒は異様なほど目立っている。
机に顔を伏せて微動だにしないその姿は、ある意味異質だった。
「あれだよお…」
裏世界には独自の文化が根付いていると同時に、表の影響を色濃く受けている部分もある。携帯電話というのがその第一の証拠であるのだが、風邪を予防するマスク__というアイテムもこの世界には存在している。
そう、ディカプリオは入学式で明日菜にロックオンされた時からこの教室に来るまでマスクを着けていたのだ。
しかし、そのマスクも顔を伏せて寝るフリをする時には邪魔でしかない。片時も目を離さなかった明日菜は、その瞬間を見逃すはずがなかった。
春ばにマスクを付けている時点で、白雪も香夜も疑念を抱いていた。だからこそ、一人盛り上がる明日菜に冷たい視線を送っていた。
恋は盲目。
外見を恋の材料にするならば、ピンク色の思考に視覚を任せてはいけない。
「鼻が豚とか聞いてないよぉ……っ!!ディカプリオじゃなくてあれじゃあブタプリオじゃぁぁぁん!!」
ピンク色を脱色した頭を抱えうな垂れる明日菜。
それを見た二人は、勝手に期待され勝手に失望された男子生徒に同情の視線を送る。
男子生徒のフォローついでに、白雪は処理に困った抜き終わりの枝毛を、こっそりと明日菜の髪に乗せる。
「豚は流石に直球過ぎない…? そうだな…。せめてオブラートに包んでプレデターくらいにしといてあげなよ」
「それオブラート、プラズマ・キャスターで木っ端微塵にされてない…⁉︎」
「顔なんて皮剥いたら頭蓋骨にしちゃえば一緒だって」
「お前がプレデターじゃん!!」
「あのー、そもそもプレデターには鼻が無かったと思いますけど…」
プレデターは置いておきながらも、マスクについての話題はまだ終わっていなかったようで、指摘ついでに香夜が話題を切り出す。
「マスク付けてることがお洒落だと思ってる系女子ってなんか鼻に付きませんか…」
「「わかる」」
三人の中に眠る暗い炎が一斉に着火した。
「うちの中学でも居たわ、年がら年中マスク付けてる奴。それで可愛いって言われてる奴。マスク付けてても男子に褒められてニヤニヤしてるのわかって、くそムカついたの覚えてるもん」
その日から白雪はその女子生徒の素顔を見たことがない。だから、名前も覚えていない。
覚えていたのは、名前と顔が一致しない程度の関係性だったが、男子からの評価を代償に学校ではマスクを外せなくなったその女子生徒を皮肉に思っていたことだけだった。
「マスク美人って全く褒め言葉じゃないし。順番入れ替えて美人マスクにしたら、キン◯マンのキャラにいそうだし」
「明日ちゃんの話はよくわかりませんが、人間の想像力に自分の美貌を補われるとか羞恥の極みだと思います」
「でもさ、化粧めんどい時とかマスクが便利だから一概には言えないよね」
白雪の発言に明日菜と香夜の顔が曇る。
「「化粧……?」」
突然向けられた敵意に白雪は慌てて手を振る。
「え、何。どしたの二人とも。私なんか変なこと言った?」
「「ちっ」」
「なんで舌打ち⁉︎」
まるで、姑が窓の淵の汚れを新妻に問いただしているかのようなトーンで明日菜は顔を近づけ言う。
獲物を見つけ、にじり寄る蜘蛛のような動きを明日菜に見た白雪は、逃げるように背筋を伸ばす。
「白雪さぁん? まさか貴方、中学生時代に化粧処女を卒業しているわけじゃあござぁせんよねぇ?」
「え、と、従姉妹のお姉ちゃんに一回だけしてもらったことが__」
「__♪%6|〒5$+6☆4:〆|¥56%♪5¥5○♪7:=÷!!」
白雪の言葉を遮り言葉にならない言葉で発狂した香夜。
第三者から見れば思わず二度見してしまうような奇行も、小柄な体躯から出る矮小な声はクラスに羽音ほどの振動しかもたらさなかったために、周囲に悟れることはない。
この教室の中でドン引きしているのは白雪だけだ。
「ちょっと白雪!香夜が怒りのあまり壊れちゃったじゃない!!香夜は中身も含め全身がデリケートゾーンなんだから、刺激を与え過ぎちゃダメでしょ!!」
「いや、言い方。もー、なにこれ。めんどくさーい」
腰に手を当てて、ぷんぷんと言いながら怒る明日菜。
意味のわからない単語を発しながら前後に揺れる友人と、慣れないぶりっ子のせいでただの痛い人になっている友人の板挟みに、白雪は肩を狭くする。
「ちょっとぉー、白雪さぁーん。突然、巨乳アピールするとか、もしかして私にも喧嘩売ってるんですかー?」
大人しくしていてもこれだ。
白雪は絶壁から生えるサイドテールを毟り取りたい欲求に駆られるが、それでも理性が勝ったのは、馬鹿を相手にしているという心の余裕からだった。
どうどう、と背中を撫でられ宥めらた香夜が落ち着気を取り戻すには、五分の時間が必要だった。
やっとのことで正気に戻ったその眼から、血の涙が滴り始めたことに気づいた白雪は、溜め息をこぼした。
「この……裏切り者ぉぉお!!!」
香夜、吠える。
「白雪なんて白々しい名前で呼ばれるのは今日までと思いなさい? 今夜、眠りについた時、貴方の身体は鮮血に塗れるのよ!」
「二人とも急にどうしたの…?それに赤いのは髪だけで良いんだけど…」
「私は雪ちゃんが墜ちていたことが哀しいんです……」
指を絡ませ、祈るように天を見上げながらゆっくりと閉じられた瞼は、ぽつりと慈愛の言葉を落とす。
いつまで続くんだこのノリは。
白雪は手で欠伸を隠す。
「お化粧とは本来大人になってからするべきもの。むしろ大人になって社会に出た際、すっぴんは礼儀がないと言われてしまいます。そんなお化粧を学ぶのはお洒落に敏感で、そして多感なこの時期であり、この時期にやるしかないということは私も重々承知しています。けれど、けれどね⁉︎ 中学生は早過ぎると思うんですっ!!」
「香夜、うちのお父さんみたいなこと言ってる…。つーか、なんで明日菜も泣いてんの?」
「全面同意からの圧倒的共感から来る感涙」
「今の話のどこに感涙ポイントあったんだよ…」
香夜のどばどばとした慈愛の言葉は続く。
「小耳に挟んだ話では、近頃のSNS界隈では化粧をして自撮りを投稿する小学生が現れているらしいのです。これは少子高齢化の裏に潜む問題__多子化粧化なのです」
「……(ぱちぱちぱちぱち)」
意味わからない発言に無言で拍手するな__なんてわざわざつっこむのも面倒くさい。
もう、白雪が欠伸を隠すことはない。
「次第に若年化していく化粧行為。中学生、小学生、保育園や幼稚園と遡っていき、このまま行くとこの世に産声を上げたその時から化粧をすることになり兼ねない! 遠い未来、赤ちゃんの気道を確保するより前に化粧を試みる世界が広がっているかもしれないんですよ?そんな世界で……それでいいんですか⁉︎ 」
「良くないと思いまーす!」
楽しそうだなあこいつら。
欠伸を隠すために使われていた白雪の手は、現在スマホのタップに利用されている。
ちなみに、白雪の特技は無音でのリズムゲームクリアである。
「我々は歯止めをかける段階に来ているのです。お化粧にもモラルが求められる時が来たのです。そう、私は言いたい……っ!!」
「……(ごくり)」
「かっこごくりかっこ閉じ、って言うな。…あ、最悪。ツッコミ入れたせいでミスった。明日菜ウザッ。後で昼奢れよ」
シリアスの皮を被った弛緩した空気の中、ついに開かれた眼がこの世の真実を告げる。
「色が濃過ぎるリップのせいで唇めちゃくちゃ赤い女子高生、まじで全員キングボンビー説」
「「わかるー」」
この世の真理を見抜いたことに歓喜した三人は、乙女にあるまじき汚い笑いをあげながら手を叩く。
気分が良くなった三人は、昼食の相談を始めた。
「私お腹空いてきたんですけど、二人はどうですか?そろそろお昼食べに行きませんか?」
「行こう」
「行くー」
香夜の音頭に白雪と明日菜は同意しながら席を立ち、食堂に向かう意思を示す。
「私、ハムサンドー」
「「出た。小食アピール」」
「アピールじゃないもん!アピール相手の男子がいないんだからこれはアピールじゃないもん!あれ、待てよ。じゃあわたしが小食アピールする必要はないのでは?
「明日菜ってきっと頭のネジ数本しか残ってないよね。私はラーメンガンギマリ。明日菜、ちゃんと奢れよな」
「私も雪ちゃんと同じにしますー。私にも奢ってくださーい」
意気揚々と教室を出る三人。
女子の友情は生まれたての湯葉より破れやすい。
しかし、時間をかけ成熟されれば、それは破れることのない強固なものとなるだろう。
彼女たちが持つ秘密、過去、葛藤。
互いが互いを知ったとき、真に隣を歩けるその他人をこそ友人と呼べる。
彼女たちにはまだ、友人がない。
***
教室から出て行く三人をちらりと見てから、黒髪の男子生徒は声のトーンを大きくする。
「なぁ、この世界にもラーメンがあるのか」
男子生徒の問いに、一束に結われた目が眩むほどの金色の髪が揺れる。
「ラー……メン?なにそれ」
問いの連鎖をまとめて受け取る男子生徒は、無意識に眼鏡を押し上げた。
「あるけど…、この世界では富裕層しか食べれない高級食だよ。麺をスープに入れて戴く食べ物…?って説明くらいしか俺にも出来ないや」
「ここの食堂にあるって今出て行った女子たちが言ってたぞ」
「ラーメン、食べてみたい。私腹減った」
言いながらお腹を触る金髪の女子を眼鏡の男子も肯定する。
「午後の授業の前に何かしらは入れときたいね」
「じゃあ、行こうぜ。入学式の時のお詫びに俺が二人の分も奢るからさ」
二人に比べ特徴のない男子が立ち上がる。
金髪の女子と眼鏡の男子もそれに続く。
「あんたと喧嘩しといて良かった」
「だろ? よく同じことを言われる」
「それってどうなの……。ふふっ。あの時の圭介、今思い出すとめちゃめちゃ痛かったよね」
「あはははは、それなー。アキトにも教えてあげよっか?こいつ私に__」
「__ちょ……、黙れよルイーザ!!お前らやめろよ!それ気にしてんだよ俺も!!異世界転生にテンション上がっちゃってたんだよ!!まじで恥ずいからやめてくれ!!」
三人の少女たちに吊られるように、黒髪、眼鏡、金髪ポニテも食堂に向い歩いて行く。
渡り廊下に差す陽光が彼らを照らす。
意地悪な笑みも。朗らかな笑みも。羞恥に染まる表情まで。
太陽が眩しく温かいものであることは、表も裏でも変わらない事実だった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
主人公がモブ扱いのプロローグでした。前座を任せるには少しばかりテキトー過ぎる子たちでしたが、いかがだったでしょうか。
相変わらずの不定期更新に加え、あらすじが下手というネック付きですが、お付き合いいただければと思います。
それでは。




