一章 六話
「おっはよぉー!かえでー!!」
校門を通り過ぎたあたりで、楓は背中に悪寒が走った。
「今日もか…」
何やら覚悟を決めたような顔つきになった楓が後ろを振り返ると、そこには背を低く屈めながら顔の前で腕をクロスさせ猛烈な勢いで走って来る少女の姿が見えた。眼前と言っていい距離に、だ。
しかし、目の前の光景を前にしても尚、楓は冷静さを失ってはいなかった。何故なら、これは毎日の“挨拶”だからだ。
瞬時の判断で左足を後ろへと下げ、踏ん張りのきく体勢を整えた楓は、突貫して来ている少女がクロスしている両腕を掴み、押し返す動きをもってブレーキとした。
ザァッと音を立てて50cm程後ろへとスライドした時点で突貫の威力を完全に殺し、ホッとひと息をついた楓は掴んでいた突貫少女の腕を離し、少し乱れてしまった制服を直しながら突貫少女へと挨拶を返す。
「おはよう、詩乃。昔からずっと思ってるんだけど、普通に挨拶をする気はないの?」
「ない!だって楓のことがダイスキだもん!」
楓に“詩乃”と呼ばれた少女は屈託のない笑顔100%でそう答えた。
(なんて支離滅裂な思考と発言…!)
そう思いながら諦めの溜息を一つついた楓は、それで区切りとして気持ちをきりかえ、詩乃と並んで教室へと向かうことにした。
詩乃は同郷の幼馴染で、小学校にあがる前からの親友だ。楓と同い年なのだが背が低く、童顔なせいでよく小学生と間違われている。しかしその見た目からは想像もつかないほど身体能力が高い。特に脚力が特出しており、高等部の1年でありながら既に陸上部の短距離でエース扱いされているらしい。
「おーい、楓ー?」
「へっ?何?」
「やっぱり話聞いてなかったかー、ぷぅー」
(…しまった、詩乃のプロフィールをモノログってたせいで怒らせてしまったか)
「ごめんごめん、何の話だった?」
「フーン、どうせまた他ごと考えて聞き逃すだろうからもういいませーん」
(子供か!…子供かぁ)ちょっと納得してしまった。
「本当にごめんって、どうしたらまた話してくれる?」
詩乃は唇に人差し指を当て、少しの間ウーン…と唸った後、ハッと何かを思い付いた様な顔をしたかと思ったら満面の笑みを浮かべながらこちらの方に両腕をバッと広げて要望を口にした。
「ギューってしてナデナデしてくれたら話す!」
(こ…子供かぁ〜)感嘆。




