一章 三話
時刻は早朝5時半過ぎ、まだ街道にはほどんど人が出歩いていない。
規則正しく等間隔で並んだ街灯と、建物の窓にチラホラと灯る明かりが朝霧によって滲んで見える。まるで街自体が微睡んでいるかのような光景だ。
そんな微睡んだ街の中に1人、少女は立っている。
ニヤケ顔で。
ニヤケ顔の少女が立っているのは街道沿いに立ち並ぶ建物の中でも最も年季が入っているであろう一件である。壁一面が蔓性の植物に覆われている様が実にらしいといえよう。
そして唯一蔓の侵食が無いドアにはとんがり帽子を被った箒の絵と、絵の下に“ハウンドオブウィッチーズ”という言葉が綴られた一枚の看板が提げられている。
少女はその看板を見つめながら、ニヤケ顔で固まってしまった自分の顔をほぐす為にわざと怒り顔や泣き顔など色々な表情を作り、最後に頬をセルフ揉みング。
表情が戻ったところで、今自分がそこそこ奇怪な行動をしていたことに気づき早朝で殆どないに等しい周りの目を気にしたのか少女は後ろを振り帰った。
「んー…?ま、いっか!」
そう呟くと、少女は視線をドアの方に戻した。そしてそのままの流れで、全くの躊躇なくドアに手を掛け建物の中に入っていく。
「おっはよぉーございます!」
「おや、楓ちゃんじゃないか。おはよう」
楓が自分の挨拶に対する反応が返ってきた方に視線を向けると、カウンターの向こうで何やら作業を行なっている人影が見える。
白髪混じりの緩くウェーブのかかった髪をバンドでまとめている初老の女性が、ミルを使ってコーヒー豆を挽いているところだった。
店の中に入った楓は女性の正面に位置するカウンター席に座り、作業風景を眺める。
「もう豆を挽いてるんですか?」
楓の質問に対して、女性は苦笑いをしながら答えを寄越す。
「ウチの店に来る客は、別に特別美味いコーヒーを飲みに来るわけじゃあないからねぇ。こうして今のうちにまとめて豆を挽いとかないと注文数に対してサーブが追っつかないのさ」
「へぇ、大変なんですね」
「と、言う事で。楓ちゃんもよろしく」
え?と楓が疑問を口にした瞬間、カウンターにもう一台のミルが置かれる。
「いや、私お客なんですけど…」
「残念だったねぇ、今はまだ営業時間外だよ。それに、楓ちゃんに話しかけられると会話に集中しちゃって作業が遅れちまうのさ」
「うっ…痛い所を…アイシャさん酷いです」
アイシャと呼ばれた初老の女性は、不敵な笑みを浮かべながら豆の入った袋ををカウンターに置く。
「良いのかなぁー?そんなこと言ってぇ」
置かれた袋からコーヒー豆を一粒だけ取り出し、まじまじと見つめていた楓が再びえ?っと反応するのを待って、アイシャは続きを口にする。
「仕込みの準備をしてくれたら、お礼に今日の楓ちゃんのお昼の為にお弁当を作ってあげようと思ってたのになァ?要らn「ハイ!喜んで手伝いますっ!」
アイシャが最後まで言い切る前に被せ気味に返事を寄越してきた楓は、大きく振り上げた手を勢いよく袋に突っ込む。
掴んだ豆をミルに投入し、楓はハンドルを回し始めた。
二人揃ってゴリゴリと豆を砕いて行く。
しばらく無言で挽き続けたのち、ふと楓が顔を上げると、窓から朝日が差し込み始めていた。
「ありゃ、もう7時じゃないの。楓ちゃん、手伝いありがとうね」
そういうとアイシャは、一度店の外に出て行った。おそらく営業中の看板を出しに行ったのだろう。
手持ち無沙汰になってしまった楓は、最後の1挽きだ!とミルに豆を追加した。
ゴリゴリ。




