プロローグ
とても広い講堂の様な部屋がある。壁際に沿って床に延びている埋め込み式の照明と、中央に敷かれているカーペットに沿う形で、天井に等間隔で設置されている部屋の広さに対して明らかに数の足りていない吊り下げ式のライトが照らすのみの、薄暗い部屋だ。
中央には長方形のテーブルがただ一つのみ置いてあり、上座側には椅子に腰掛けている3人。下座側には2人が立っており、3人が話をしているのを2人が聞き入っているという形だ。
「急な呼び出しで済まない。」
「今回はちと特殊な案件でな。あまり公には出来ん上に危険度が高過ぎると判断した為、依頼を担当してもらう其方ら3人を同時に呼び出したのだが…」
「奴はまだ来ないか、一刻を争う故に今すぐにでも依頼の説明に入りたいのじゃが…」
そのまま流れる様にその場にいないもう1人への陰口へと発展していく3人の老人を見ながら、2人の男女はお互いを一瞥した後、女性の方が老人達に向けて口を開く。
「あの。フォローするわけではないのですが、彼女は血圧が低いせいで超が付く程朝に弱いのでこの様な早朝に…しかも急な呼び出しとなると…」
「そうは言いますがねオルネラ、協会に属している以上せめて緊急案件の呼び出しくらいには素直に応じて貰わないと」
「そうですよ!“彼女”を待っていたせいで迅速に事を運べず取り返しのつかない事態に陥ってしまったらどうするのです!責任を取るのは私達なんですよ!?」
オルネラ、と呼ばれた女性は自分のフォローも焼け石に水といった様子の3人に対して困った様な笑顔で再び口を挟む。
「御三方の言い分はごもっともなのですが、彼女がいつ到着するか分からない以上は静かに待っていた方が賢明だと思いますよ?もし、今の会話が彼女の耳に入っていたら…」
「安心しろ、オルネラ。もう全て私の耳に入っている」
オルネラの言葉を遮る様に部屋の入り口の方から声が響き、ヒートアップしていた老人3人は仲良く一緒に顔を青ざめさせている。そうして出来た一瞬の静寂の後、彼女は、カツカツと音を立てながらこちらへと向かって来る。
「既に本題に入っているかと思って傍聴の魔法を使いながらこちらに向かっていたのだが…」
冷静な語り口調でため息混じりにそう呟きながらこちらへと歩みを進めている彼女だが、内心は沸々と煮え滾る噴火直前の火山状態である事をオルネラは知っている。既に大噴火は始まっているのだ。
「耳に入ってくるのはどーっでも良い愚痴ばかり!本当に緊急案件だと言うのなら私を待たずしてさっさと要件を説明しんかこのクソジジイ供!」
そう怒鳴りながらこちらに到着した彼女は3人を睨み続け、さっきまでの威勢など露と消えてしまった老人たちは互いに身を寄せ合いながら小刻みにふるえている。
(…なんなのよ、この状況は)
このままでは一向に状況が進展しないと悟ったオルネラは“パンッ”と一度手を叩き、全員の視線を集めて口を開いた。
「さあ、これで全員揃いました。緊急案件との事なのでさっさと本題に入って下さいな」
オルネラの言葉で正気を取り戻したであろう3人は各々の咳払いなどで体制を取り繕い、「それでは今回の依頼の説明だが…」と語り始めた。
やっと状況が進み始めてホッと一息ついたオルネラは、ふと気になって彼女に視線を向ける。
何故かオルネラを睨んでいた。
(何でよ…)