曾祖父の墓
新婚だった昨年、夫の曾祖母が白寿を迎えるというので、挨拶を兼ねて彼の実家のとある村に赴いた。
彼の家は代々の大地主で、立派な屋敷から出てきた和服姿の曾祖母は能面のように無表情で年齢を考えれば驚く程皺が少ない。
都会育ちの私は旧家の持つ独特の雰囲気に萎縮してしまい、滑稽なまでにくの字に体を折り曲げて深々と頭を下げた。そのような私を曾祖母は何の感情も込めずに労った。
その晩は親戚一同で曾祖母の白寿と私たちの結婚を祝う宴会を開き、翌日は彼女の夫が眠っている墓参りに行くことになった。
屋敷近くの寺にある、その前年に他界した曾祖父の墓は、大きさと豪華さで周囲の墓を圧倒していたが、それよりも目についたのは、曾祖父の墓の傍らに立つ小さな墓だ。
一見して数十年昔に建てられたと判る古いそれは墓碑銘が薄くなり判然とせず、至る所に雑草が生い茂っていたが、手入れの悪さというよりも、死者の居場所とは思えない生命力の迸りを感じさせた。
その墓から数十本のツタ科の雑草が長々と伸びて曾祖父の墓に絡み付いている。
それを見た親戚達は軽くどよめいた。
曾祖母は彼らにツタを取り払い、除草剤を撒くように命じると、線香もあげずに帰ってしまった。
すれ違いざまの彼女の眉間に、それまではなかった深い縦皺が刻み込まれていた。
この小さな墓に興味があったが、場の雰囲気で聞くに聞けず、その日夫と共に帰京した。
帰りの車中で夫に昼間の出来事について尋ねると、彼はいかにも本当は言いたくなさそうな口調で説明した。
「あれは曾祖父さんの愛人の墓だよ。曾祖母さんと曾祖父さんは政略結婚だったんだ。昔のことだから珍しくなかった。愛人さんはとっくの昔に亡くなったけど、曾祖父さんは自分の墓をその傍に作ったんだ。先祖代々の墓はあるのに、そこに入らずにそういうことをしたんだから、よほど彼女のことを愛していたんだねえ。でも、曾祖母さんはどういう気持ちだったか……」
義理の親戚とはいえ、人目をはばかる話だったので、私はそれ以上の詮索を止めた。それ以降はこの話題は避けている。
そして今年、夫の故郷で大きな地震が起こった。実家を心配する夫に付き添い再び村に行くと、思ったより被害は軽く、屋敷も人も全員無事だった。不意にあの墓のことを思い出した私は夫や親戚達に声をかけて寺に向かった。
多くの墓石は倒れており、一同は足元に注意しながら曾祖父の眠る区画に辿り着いた。
曾祖父の墓石は倒れていた。
そして例の小さな墓石も同様だった。
曾祖父の墓石は愛人の墓石の上に覆い被るようになっており、私には二つの石が抱擁しあっているように見えた。
背後から甲高い悲鳴が聞こえた。私たちの後をついてきた曾祖母のものだった。
曾祖母は二つの墓石に駆け寄ってヒステリックに叫び続けた。
「お前達はまた!よくもこんなことを!」
曾祖母の顔面には深いひび割れのような皺が無数に走っていた。
私は何となく、この人はまだ当分生き続けるのだろうな、と思った。