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9件目 私、今隠れ鬼しているの

 アクアツアーの船を降りたバンシーは、木の穴に入れていた荷物を回収し、桟橋の近くにある小屋でスタンプを押していた。

 足元にはトリトンをモチーフにしたスタッフが倒れていて、その傍にはオレンジ色のBB弾が転がっている。

 間違いなく、バンシー達を救った何かの手によるものだろう。

 バンシーは、スタンプカードをウェストバッグの中にしまい込んだ。

 バッグがまだ湿っていたので、人形のバンシーにカードが濡れないよう抱えさせる。

 多少湿るかもしれないが、問題ないだろう。

 さて次のアトラクションに向かおうと、バンシーがゲートの方を向いた時だった。

 遠くにピンク色の物体が見えた。

 ウラビッツ。

 幸いウラビッツは横を向いていて、バンシーにはまだ気が付いていない。

「…………」

 三歩後ろは、川。

 アクアツアーは高い壁に覆われていて、ゲート以外からは出ることができない。

 だからといってゲートから出れば、見つかってしまうのは避けられない。

 だが、このままでも見つかる。

 隠れるしかない。

 そう判断したバンシーは川に飛び込み、素早く桟橋の下にもぐりこんだ。

 仰向けに横たわり、膝を曲げて無理やり体をねじ込む。

 顔は水にすっかりつかり、膝は桟橋に押し付けられ、つま先が微かに船に触れる。

 ウェストバッグを濡れないよう持ち上げ、じっと耳を澄ませてあたりの様子を伺う。

 視界は限られていて、自分の手とウェストバッグ以外には水しか見えず、耳だけが頼りだった。

 じっと耳を澄ましていたバンシーは、ある重大なことに気が付いた。

 ウラビッツは足音がしない。

 ジェットコースターで会った時、着ぐるみの足がクッションになっていたのを思い出す。

 おまけにこの場所は身動きがとりづらく、万一の時咄嗟に逃げることができない。

 しかし今更移動することもできず、バンシーは仕方なくその場でじっとしている事にした。

 しばらく待っていると、ウラビッツの悲鳴のような声が聞こえてきた。

「トリトン! ねぇ、トリトンしっかりしてよ!」

 トリトンというのは、小屋で倒れているあのスタッフの事だろう。

 ウラビッツは何度も彼の名を呼んだが、当然反応はなかった。

「いったい誰が……」

 ウラビッツが震える声で呟き、やがて一つの答えにたどり着く。

「まさか、あのお客様が?」

 あの客、というのは自分の事だろうなとバンシーは思った。

 人魚が倒れた時バンシーが眠っていたことなど、ウラビッツは知る由もない。

 そんな彼からしてみれば、新参者であるバンシーが怪しいというのも当然の結論だった。

 これはマズイかもしれない、とバンシーは思った。

 今までウラビッツは、バンシーを外に出したくない、という理由から追ってきている様子だった。

 だがトリトンや他の人魚の仇となれば、その目的が復讐に変わってもおかしくはない。

「そうだ、他の皆は……!」

 ウラビッツが叫ぶ。

 目の前で桟橋が音を立てて軋み、つま先で船が大きく揺れるのを感じた。

 ウラビッツが船に乗ったのだろう。

 すぐにでも逃げ出したい衝動を抑え、バンシーはじっと息を殺し、その場所を動くタイミングを慎重に図る。

 桟橋の下は待機列や船からは死角だったが、川からは遮るものがなくよく見えてしまうのだ。

 動かなければ、見つかる。

 船が音もなく動き出す。

 バンシーは軽く顔を傾け、水中から船がゆっくり進んでいくのを見送った。

 つま先が船の感触を感じなくなると、バンシーは仰向けに倒れたまま横に移動していく。

 桟橋の下から出ると上体を起こし、少しだけ顔を覗かせ船の様子を伺った。

 船は止まっていた。

 ウラビッツは辛そうな様子で倒れた人魚たちを見つめており、まだバンシーに気づいていない。

 バンシーはウェストバッグを小屋の方へと放り投げると、バッグが地面に落ちる前に人間のバンシーを消した。

 消える直前、ウラビッツと目が合った。


 人間のバンシーは小屋の前に出現すると、ウェストバッグを拾い走り出した。

 その背後から、ウラビッツが呼ぶ声と水をかき分ける大きな音が聞こえてくる。

 バンシーは振り返ることなくゲートを潜り、左に曲がる。

 走りながら素早く視線を動かし、左にアクアツアーの壁、右に勝手口が開け放たれた平屋の建物があるのを見た。

 バンシーは建物に向かいながらアクアツアーの方を確認する。

 ウラビッツの姿はまだない。

 バンシーは勝手口から建物に滑り込んだ。

 建物の中は、キッチンになっていた。

 そこそこ広く、ステンレスのキッチンカウンターがいくつも点在している。

 キッチンの向こうにはカウンターがあり、そこに三角頭巾とエプロンを身に着けた年配の女性二人が楽しそうにお喋りしていた。

 影達と違って二人には肌色の肌と黒い髪があり、普通の生きている人間のように見える。

 しかしこの世界で生きた人間が居る可能性は低く、居てもあんな風に雑談している余裕などないはずだ。

 つまり、二人はスタッフだった。

 キッチンの向こうには客席があり、そこでは椅子や机の上に何人もの影達が横たわって眠っている。

 バンシーは屈んでキッチンカウンターに身を隠し、少しだけ顔を覗かせて隠れられる場所を探す。

 ここではウラビッツが入ってきた場合確実に見つかるし、スタッフが助けてくれる確証がない以上彼女達に見つかるのも避けたい。

 何度か首を動かして、バンシーはある場所に狙いを定める。

 それは、銀色の巨大なドアだった。

 天井まで届く両開きの重厚なドアは、おそらく冷凍室に通じるものだろう。

 スタッフが前を向いていることを確認してから冷凍室に近づき、ジェットコースターの音が聞こえたタイミングで中に入った。

 慎重にドアを閉める。

 それでも音はしたが、バンシーの狙い通りジェットコースターの音がそれをかき消した。

「…………」

 中は暗かった。

 照明のスイッチが壁にあったが、バンシーはそれを無視してウェストバッグから懐中電灯を取り出す。

 灯りを付けた途端、バンシーは危うく叫びそうになった。

 慌てて空いた左手で口を押えつけ、吐息が漏れるだけにとどめる。

 床を見つめながら数度深呼吸をし、気持ちが落ち着いたのを見計らって、ゆっくりと冷凍室を照らした。

 そこには、凍った死体の山があった。

 いくつもの棚が並び、肉や魚の代わりに人の死体が綺麗に陳列されていたのだ。

 何かに押しつぶされたもの、首と胴体が分かれたもの、皮膚と骨を取り除き解体されたもの、程度は様々だったがどれも損傷している。

 外から死体だけが運ばれたとは考えにくく、これらはこの遊園地の犠牲者達で間違いないだろう。

 バンシーはしばらくの間それらを見つめ、湧き上がってくる感情を抑え込んでいた。

 それは哀れみや悲しみ、怒りや憎しみがごちゃ混ぜになったようなものでだったが、一言で言うなら同情だったのかもしれない。

「あ、ねぇ! 二人とも!」

 外からのウラビッツの声に、ハッと我に返る。

 バンシーは慌てて灯りを消した懐中電灯をしまい、目の前の赤いコートを着た死体の下に人形が入ったウェストバッグを隠した。

 外から見えないことを確認し、人間のバンシーは姿を消す。

 人形のバンシーは死体の重さを感じながら、暗闇の中でただジッと耳を澄ませていた。

 外でウラビッツと女性スタッフの会話が聞こえてきた。

「ねぇ、ここに女の子来なかった?」

「女の子? どんな?」

「黒いドレスを着た銀髪の女の子」

 数秒の間の後、二人の女性スタッフは「いいえ」と答えた。

「その子がどうかしたの?」

 女性の一人が、不思議そうに尋ねる。

「アクアツアーの皆を……壊してしまったんだ」

 そう告げるウラビッツの声は、微かに怒りで震えていた。

「それに、その子スタンプカードを持ってて、このままだと逃げられちゃうかもしれない」

 そんな、とスタッフ達が息を飲む。

「大丈夫! あたし達も探してあげる。

 他の皆にも伝えるわ。全員で探せば、きっと見つかるわよ」

 一人の女性が励ますように明るい声を出し、ウラビッツにそう約束した。

「うん、ありがとう。じゃあ、僕は女の子探さないと。またね」

 女性の励ましに嬉しそうに答えたのを最後に、ウラビッツの声は聞こえなくなった。

 死体の下で隠れていたバンシーは、女性スタッフがこちらに来る様子がないのを確認して、人間のバンシーを冷凍室に出現させた。

 冷凍室の薄暗い照明が、棚の前に立った黒い魔法少女を照らし出す。

 照明。

 先ほどまで真っ暗だった冷凍室を思い出し、バンシーは背中に冷たいものが走るのを感じた。

「よぉ。また会ったな」

 いつから居たのか、ロングコートの男が扉の前に立っていた。

 彼はジェットコースターでバンシーにここに来た目的を訪ね、興味本位と答えるとそれを否定し、最終的に何かを察して『無駄な努力するね』と嘲笑った男だった。

 男を警戒して睨みつけるバンシーに、男は女性スタッフ達に気づかれないよう小声で語り掛ける。

「安心しろ。あんた達を助けに来たんだよ――メリーさん」

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