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7件目 私達、夢みていたの

 目覚めると、そこは眠る前と同じ水の中だった。

 違う事と言えば、目の前に人魚の顔がない事。

 そして何より――歌が聞こえない。

 顔を横に向けてみる。

 腕を抑えていたらしい人魚が倒れていた。

 頭を床に横たえ、長い髪を水流に任せ漂わせている。

 その頭の近くには、何故かオレンジ色のBB弾が転がっていた。

 バンシーの腕の上にはその人魚の手が乗っていたが、そこに力は全く入っていない。

 反対側も同じように倒れた人魚とBB弾があり、バンシーの上に居た人魚も赤い髪をなびかせ倒れていた。

 再び前を向く。

 赤い瞳に水の青だけを映しながら、バンシーはしばらく混乱に身を任せていた。

 何故、という言葉だけが頭を反覆する。

 それに対する答えはなかったが、代わりに喧騒がやってきた。

「ここ、は……?」「どこだよここ! 今まで学校に居たはずだろ!」「どうなっている」「あれ? お母さんは?」

 困惑したいくつもの声が聞こえてきて、ひとまずバンシーは上体を起こし、上半身だけを水から出した。

 停止したままの船が目に入ったが、無視して声のした方を向く。

 人工的に作られた川と人魚のいない陸地、そして川の中に居る人々を見た。

 若い男女、中年の男性、そして女の子が一人。

 ジェットコースターに居た人々と同じ黒い影の人間が、全員ひざ下辺りまでを水につけ立っていた。

 声からして、その中に先程バンシーの名を呼んだ者はいないようだった。

「元の裏野ドリームランド、ですよね。どうして? 出られたはずなのに」「ここアクアツアーだな。人魚いねーけど」「私は家に居て、その前は仕事を……あれ、仕事内容が思い出せない? そんな馬鹿な」「おかあさーん、どこー」

 彼らは皆一様に困惑し、状況を整理しようとしたり、そこにはいない誰かを探したりしていた。

 バンシーは立ち上がり、全身から水を滴らせながら彼らに近づく。

 歩くたびに水をかき分ける大きな音がして、影達は一斉にバンシーを見た。

「あの、えっと……どちら様、でしょうか?」

 若い女性が、戸惑いがちに尋ねた。

「私は、バンシー。ただの人形よ」

「人形? ということは、あいつら……ウラビッツの仲間なのか!?」

 若い男性が皆を庇うように一歩前に出て、叫んだ。

 バンシーは首を横に振って、ただ興味本位で遊びに来た客よ、と嘘を吐いた。

「随分と酔狂な奴だな」

 中年の男性が、飽きれた様子でそう言った。

「そうね。でも、私は貴方達の知りたい情報を知っているわ」

 そう前置きしてから、(みお)の資料に書かれていたアクアツアーの情報を伝えた。

 そして自身の見た夢を思い出し、最後にこう付け加える。

「恐らく……あの歌は、聞いた人間を眠らせて、望んだ夢を見せるものなのでしょうね」

 四人の影達も覚えがあるのか、それぞれに顔を見合わせた。

「そんな。それじゃあ、アクアツアーが出口に繋がっているっていう噂は、嘘だったんですか?」

 女性は瞳と声を震わせながら、バンシーにすがるように尋ねた。

 話が理解できないバンシーに、若い男性が説明する。

「アクアツアーに乗った連中が誰一人戻ってこなかったから、ここが出口に通じているっていう噂が流れたんだ。

 俺達四人はそれにすがって、同じ船に乗った。

 それで、気が付いたら家に居て――帰れたと思った。

 けど、それが全部夢だってのかよ! くそっ!」

 若い男性が悪態を吐いたが、その苛立ちをぶつけるべき相手はもう居ない。

「あ、でも、それじゃあ……皆眠っていたのに、どうやって目覚めたんでしょうか」

 まだ諦めきれていない女性が、当然の疑問をバンシーにぶつける。

 そこに、脱出の活路を見出そうとしているようだった。

「誰かが、もしくは何かが、人魚を倒して私達を救ってくれたんだと思う」

 女性はその何かを探すように辺りを軽く見回したが、当然ながら見つけることはできなかった。

 女性は明らかに落胆した様子を見せ、再びすがる様な視線をバンシーに向ける。

「その誰かはどこに行ったんでしょうか。私達を、助けに来てくれたんでしょう?

 それなら、ここから出してくれたっていいじゃないですか!」

 恐らくその何かはバンシー達を人魚から助け出すことができても、この異界から出すことはできなかったのだろう。

 バンシーはそう考えていたが、それを女性に言うのははばかられた。

 それでも、その沈黙は女性に残酷な真実を悟らせる。 

「…………私達は、この遊園地に閉じ込められたままなの? 出られ、ないの?」

 バンシーは、その為に私はここに居る、そう言いかけて止めた。

 先程の興味本位で遊びに来たという言葉と矛盾してしまうし、どうやって救うつもりかと問われたら答えられない。

 バンシーが黙っていると、どうしようもないのね、と女性は悲しそうに俯いた。

 俯いたまま、女性はおぼつかない足取りで陸地に向かった。

 何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回して、やがて人魚が居たであろう貝殻に横になった。

「をい」

 若い男性が怪訝そうに呼ぶと、だってしょうがないじゃない、と女性は横になったまま答えた。

「私達は帰れないんでしょう? それなら、私は起きていたくない。

 まだあの夢の中に居たい。それが叶わなくても――この遊園地から出られない現実を直視するよりは、ずっとマシよ」

 それだけ言って、女性は黙ってしまった。

 しばらく若い男性は辛そうにその姿を見ていたが、やがて中年の男性と女の子、そしてバンシーの方を見た。

「…………あんたらは、どうすんだ」

「私は、他に脱出方法がないか探してみる。することもないしな」

「あたしも!」

 中年の男性と女の子が答え、バンシーもそれに続く。

「私は、このアトラクションを最後まで乗っていくわ。その為に来たのだから」

 それぞれの答えを聞いた男性は、そうか、とどこか安心した様子で言って女性を一瞥した。

「俺も……おっさん達を手伝うかな。

 彼女と同じように逃げたいけど、それはまだ早い気がする」

 若い男性はそう言って、少女と中年の男性と共にアクアツアーの出口へと歩いていく。

 バンシーはそんな三人の背中を見送り、それから身動き一つしない若い女性を一瞥する。

 ここから出られる――そう一言言う事ができていれば、何かが変わったのだろうか。

 今からでも言おうかどうか迷った時、『同情するなよ』という澪の言葉を思い出した。

 もしここで言ってしまえば、その方法を教えてと乞われるだろう。

 そして、最悪スタンプカードを奪われる。

「…………」

 バンシーはもう一度横たわる女性を見て、諦めたように軽く息を吐いた。

 ウェストバッグを開き、中を確認する。

 おふだは先程の件でほとんど流されてしまっており、一枚だけが残されていた。

 携帯電話とバンシー人形は、変わらずそこにある。

 お札が一枚しかないのは心もとなかったが、ここまで来て立ち止まるわけにはいかない。

 バンシーは再び船に乗り込む。

 緑のボタンを押すと、何事もなかったかのように船は動き出した。

 しばらくの間、また襲われるかもと両耳を塞ぎ辺りを警戒していたが、それは杞憂に終わった。

 他の人魚も動かなくなっていたからだ。

 ある者は水に沈み、ある者は魚達の進路を妨げる形で横たわり、ある者は大きな貝殻の上に横たわっていた。

 恐らくバンシーを助けた何かの仕業だろう。

 襲われる心配がなさそうなのを認めると、バンシーは座っていた三人掛けのベンチに横になった。

 硬くて寝心地は良くないが、特に気に留めなかった。

 七色の空をぼんやりと眺めながら、人魚の夢から覚めて以降襲ってくる衝動に顔を歪ませた。

 皆を救う事を諦めて、スタンプカードでバンシー自身の願いを叶えてしまいたい。

 けれどそれは、人の想いを捻じ曲げる行為だ。

 バンシーの願いは自分を好きになってもらう事、受け入れてもらう事なのだから。

 そうして得られた好意など、嘘でしかない。

 そう考えることで一度は諦め忘れていた願いを、あの夢は思い出させていた。

 同時に、夢でも、嘘でもいいとバンシーに思わせてしまった。

「どうして、今になって……」

 震える声で呟く。

 他人を犠牲にしてまで、個人的な願いを叶えていいはずがない。

 そう思うことで揺らぎそうになる心を必死に静めようとするが、上手くいかない。

 七色の空を見上げながら、バンシーは自我が生まれた日の事を思い出していた。

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