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5件目 私、今メリーゴーラウンドに乗っているの

 着地の衝撃はほとんどなかった。

 バンシーは気が付けば柔らかく冷たい何かに包み込まれており、予想より随分と穏やかな最期だなと彼女は思った。

 遊園地に残された人達や麻衣まいの事を考えようとしたところで、響き渡った轟音がそれ以上の思考を遮る。

 その音はあっという間に通り過ぎて、少ししてバンシーはそれがジェットコースターの音だと気が付いた。

「危ない所だったわね。大丈夫?」

 優しい声がして、バンシーは目を開けた。

 長い金髪に青い瞳、煌びやかなピンクのドレス、宝石が彩られたティアラ、柔らかい微笑み。

 絵本のお姫様のような女性の顔とその後ろにジェットコースターのレール、さらにその向こうには七色の空が見える。

 顔を少し横に向けると、自身が横たわるお姫様の手のひらがあった。

 指の隙間から、遠くにミラーハウスや広場、遊園地の入り口などが見える。

 バンシーは数秒かけて、彼女に受け止められたという事を理解した。

「ありがとう。助かったわ」

 そう礼を言ったのは、人間のバンシーだった。

 その体はもうどこも壊れてなどなく、両目でしっかりとお姫様を見つめ、アスファルトの道の上に立っている。

 バンシーは地面に落ちていたウェストバッグを拾うと、お姫様から受け取った人形を入れて腰に巻いた。

「ふふ。どういたしまして。

 レールを小さい子が走ってたから、危ないと思って追いかけてきたのよ。

 無事で良かったわ」

 お姫様は、育ちの良さそうな品のある笑顔を見せた。

「でも、なんであんな所に?」

 お姫様が当然の疑問をぶつける。

 バンシーは、お姫様の青い瞳をじっと見つめた。

 そこにウラビッツの様な敵意はなかったが、真実を語るのは躊躇われた。

 彼女もウラビッツと同じ思いを持っていないとは言い切れない。

「……別に。レールが動いていたから、どういう仕組みか気になって登ってみてたの」

 お姫様は驚いたように数度瞬きすると、声を出して可笑しそうに笑った。

「嘘が下手ね。まぁ、詮索はしないけど」

「ありがとう」

 バンシーは気まずさから視線を逸らしながらも、お姫様の気遣いに心から感謝した。

「それはそれとして、良かったらメリーゴーラウンド乗っていかない?

 私メリーゴーラウンドを担当しているんだけど、お客様がいなくて暇なのよ。

 良かったら、感想も聞かせてもらえると嬉しいな」

 客が余程嬉しいのか、お姫様は明らかにはしゃいでいて自然と声が高くなっていた。

「元々、そのつもりよ」

「やった! じゃあ、行きましょう」

 お姫様はバンシーの手を引いて、背後にあったメリーゴーラウンドへ走りだした。

 二分ほど走り、目的地に辿り着く。

都市伝説としでんせつNo.21876 勝手かってうごくメリーゴーランド

 メリーゴーラウンドがだれっていないのにうごいているうわさ

 異界いかいうごいているのが観測かんそくされたことによりまれたうわさである。

 観測かんそくしてみたが、だれっている様子ようすがない。

 無人むじんなのにうごかされているてんのぞけば、ただのメリーゴーラウンドにえる。

 こことアクアツアー以外いがいのアトラクションにはひとるので、このメリーゴーラウンドにはだれりたがらない理由りゆうがあるのかもしれない』

 バンシーはみおの資料を思い出しながら、目の前のメリーゴーラウンドを観察した。

 ピンクを基調とし、その屋根や柱には舞踏会の風景が描かれ、ゴンドラと馬の乗り物がある普通のメリーゴーラウンド。

 絵の中にはピンクのドレスを身に纏った金髪碧眼の女性がおり、バンシーを救ったお姫様によく似ていた。

 彼女と彼女と踊る王子らしき人物だけ顔が描かれていることから、この二人がメインなのだろう。

 ただ、お姫様が描かれているというよりは、この絵を基にお姫様が生まれたという方が正しいような気がした。

 無人なのに何故か稼働しているという点以外、おかしなところは見当たらない。

「誰も乗っていないのに、動いているのね」

 バンシーがその疑問を見つけると、お姫様はあっさりとその理由を答えてくれた。

「私メリーゴーラウンドが動いているのが好きで、ずっと動かしているのよ」

 お姫様は嬉しそうにそう言いながら、操作盤のある小屋に入りメリーゴーラウンドを止めた。

「ねぇ、これはどういうアトラクションなの」

 恐る恐る尋ねると、秘密、とお姫様は答えた。

「乗ってからのお楽しみ。

 大丈夫、怪我とかはしないから」

 お姫様はそう言って楽しげな笑みを浮かべると、バンシーに乗るよう促した。

 何が起こるか分からないのは不安だったが、バンシーは万一の時は馬よりゴンドラの方が動きやすいだろうと判断して、近くのゴンドラに乗り込んだ。

 ウェストバッグをゴンドラの入口に置き、いつでも人形が動けるようチャックを少し開ける。

「では、出発いたします」

 お姫様がバンシーが座ったことを確認し、楽しそうに言う。

 ゆっくりと、メリーゴーラウンドが動きだした。


 気がつくと、バンシーが乗るゴンドラは本物の馬車になっていた。

 硬かったゴンドラの椅子は、柔らかいクッションがしかれたものに変わっている。

 四方を壁に囲まれていて、左手の大きな窓から暖かな日差しが差し込む。

 右手のドアの前には、人形のバンシーが入ったウェストバッグが置かれていた。

 窓から外を覗く。

 走っているのは崖のようで、道幅は狭い。

 眼下には森が広がり、鳥や虫、獣の声が聞こえてくる。

 その声に混じって、唸り声のようなものが聞こえてきた。

 その声は大きく、近い。

 気になって声のする方、進行方向にある小さな窓を覗く。

 窓の向こうには古びた茶色いスーツを着た十代半ばの御者がいて、首をゆっくりと上下に揺らしていた。

 先程の声は、御者から聞こえる。

 瞬間、バンシーは全てを理解した。

 唸り声だと思っていたそれが、イビキであることに。

 前を見る。

 道が大きく右へ曲がっていた。

「ちょっと、起きて!」

 バンシーの悲鳴にも似た叫び声に反応し、御者はほんの少しだけ目を開ける。

 しかしそれも一瞬で、御者は再び首を静かに揺らすのだった。

「お願い、起きて!」

 窓を叩きながら、再び叫ぶ。

 しかし、今度は反応すらしなかった。

 カーブに差し掛かる。

 馬車は止まることなく、道なりに歩を進める。

 バンシーは叫びながらも、祈るように道を曲がる馬を見つめた。

 馬は慣れた様子で、危なげなくカーブを曲がりきった。

 ほっとして、いつの間にか止まっていた息を吐いた時、馬車が大きく傾く。

「え?」

 それに引きずられ、馬が足を踏み外した。

 バンシーも馬も、馬の胴体と車体の幅が違う事を忘れていたのだ。

 バンシーは馬車のあちこちに体を打ち付けながら、バッグが車内を跳ね回るのを見た。

 崖の高さがどれほどかは分からないが、死は免れないだろう。

 不思議な事に、それに対して何の感慨もわかなかった。

 生きたいとすら願わなかった。

 その理由に気づいて、バンシーは苦笑した。

 単純な話だ。

 ただ単に、生きる理由が失われているだけのことなのだから。 

 やがて馬車は木々をへし折り、地上にいた動物達の悲鳴を轟き渡らせる。

 最後は地面に打ちつけられて、ようやく馬車はその動きを止めた。


 気が付くと、バンシーはメリーゴーラウンドのゴンドラに座っていた。

 呼吸が荒かったが、どこも壊れておらず、傷一つなかった。

「お疲れ様。どうだった?」

 お姫様がゴンドラの中を覗き、期待に満ちたまなざしを向ける。

 バンシーはかなり悩んだ後、

「崖から落ちたわ」

 感想ではなく、事実だけを答えた。

「うん、そういう乗り物だもの。

 メリーゴーラウンドって乗馬をシミュレートする乗り物でしょ。

 ゴンドラの場合は馬車だけど本物とは全然違うじゃない?

 だからちょっとリアルにしようと思って馬や馬車に乗る夢を見るようにしてみたの。

 生前と同じように痛みもちゃんと感じるように調整してあるのよ」

 気分の高揚からか、お姫様は早口になっていた。

 バンシーは少し思い返して、そう言えば座った時や窓を叩いた時の感覚が、やたらとリアルだったのを思い出した。

「でも、私は痛くなかったけど」

 少し不思議に思い尋ねた。

 落ちた時の衝撃を感じはしたが、それは普通の人間が感じるものに比べれば明らかに弱い。

「だってあなた、元々そういう体質でしょう?

 痛みを感じない存在が痛みを感じるのは、リアルじゃないもの。

 それぐらいはちゃんと調節しているわ」

 お姫様は得意げに笑った。

 そんな設定をしているということは、人ならざる物がここを利用する事を想定しているのだろう。

 恐らくそれは、ウラビッツや他のスタッフなのだろうとバンシーは思った。

「でもただリアリティあるだけだとつまらないから夢の内容をランダムにしたの。

 それとロシアンルーレットの要素もあると面白いなと思って偶に死んだりするようにしたのよ。

 お姫様になって王子様と幸せになるっていうパターンもあるのよ」

 嬉々として語る彼女に悪意はなく、故にバンシーは文句ひとつ言う事ができなかった。

「でも皆、乗ってくれないのよね」

 残念そうにお姫様は呟いた。

 その理由は考えるまでもない。

 誰だって死にたくないのだ、痛みを伴うなら尚更。

 そう思ったが、バンシーはその言葉を飲み込んだ。

「えっと、リアリティは凄かったわ」

 お姫様を傷つけてくない一心で出た言葉は、またしてもただの事実だった。

「でしょう。もう一回乗る?」

 目を輝かせて進めるお姫様に、バンシーは静かに首を横に振った。

「その。私、他も回らなきゃいけないから」

「優しいのね。本当は乗りたくないだけでしょう」

 バンシーの想いを見ぬいて、メリーは楽しそうに笑った。

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