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友切

作者: 市田春陽郎

高校二年の夏。西野は恋心を抱いていた幼馴染に告白する決意をする。しかし、その直前、親友と幼馴染が付き合うことに。失恋し落ち込むが何とか立ち直り次の恋へ一歩を踏み出すことになる。やっとのことで初めての彼女ができるのだが…

蝉が鳴いていた。

遠くではない、手を伸ばせば届きそうな距離だ。

今までその存在に気付かないことに、おかしくなるとともに、

あの時もそうだった、と懐かしい気分になる。

いや、昔のことを思い出すのはこの樹に触れているからなのだけど…


昭和島総合病院前の公園は草木が綺麗に手入れされており多くの人の憩いの場となっている。シンボルになっている大きな桜はちょっとした観光スポットであるが、シーズン外れに訪れるのは私と蝉ぐらいのものだろう。ただ、手を翳しているのはその隣の桜である。


草木には関心がない。誘われれば花見もするし、花をプレゼントすることだってある。キレイだと言われればキレイだと思うし、まんざらでもない部分もあるのだが、好んで花見をしようとは思わない。何より人混みが嫌いなのである。


よく見るとこの樹に停まっているのはこの一匹だけのようだ。

お前もそうか、と勝手な親近感から触れていた手を伸ばすが蝉は動かない。

捕まっても良いと思っているのか、ギリギリで逃げるつもりなのか

そもそも気づいていないのかすらも分からない。


しかし、もう少しというところで指が届かなかった。

答えは"届かないことを分かっていた"ように思えてちょっとムキになった。


だが、ジャンプするのは面白くない。

それに蝉が傷つくことも本意ではない。

ポケットに入れていた右手を出し本気で手を伸ばすが、やはり届かない。


もう少しと体を伸ばすが、革靴は背伸びするのにいかにも不向きだった。柔軟性がなくバランスが取り難く思った方向に体を傾けることが難しかった。

不安定だが幹から土に伸びる少し隆起した根本部分に脚をかけ、体を預けるように樹にへばりついた。あたかも指先の蝉のように。


そう思うとあまりにも滑稽でバカバカしくなった。

いつの間にか額には汗が浮き出している。

なんだか疲れてそのまま木陰に腰を下ろした。


ミーーーーン


一際大きな鳴き声がして見上げると、今度は木漏れ日が瞳を掠めた。

そういえば、あの夏は暑かった。いや、あの夏より暑い夏は二度と来ないだろう…

白薄みゆく視界の中で西野翔は思った。



「今年の夏は暑いらしいぞ!」

昨日TVで有名な気象予報士が言っていたんだと手柄を獲ったかのようなドヤ顔で城戸隆文は叫んだ。だが、そのキメ顔もどことなく今日は緩んでいる。それもそのはず、今日は一学期の終業式で、隆文のいう『夏』とは、夏休みのことだった。


「なんか、毎年聞きそうなフレーズだな!って隆文、去年の夏知らねーだろ!」

隆文は今年の四月に引っ越してきた転校生である。しかしクラス替えと同じタイミングだったのでそれほど違和感なく受け容れられた。それどころか今ではクラスの中心人物だ。

背が高くて男前、バスケ部ではレギュラーで次期主将候補らしい。それでいて性格は陽気で誰にでも優しい。勉強はよく分からないが自分よりもできると、慣れないノリ突っ込みしながら西野翔は思った。


二人は家が近いこともあり、片道20分かかる自転車通学を退屈しないように一緒に登校するようにしていた。話題は昨日のテレビの話とか、先生の悪口とか、まあよくある他愛のない話ばかりだが妙に盛り上がるから不思議だ。

不思議と言えばもう一つ。


「おはよう!カケル!、城戸君もおはよー」

学校に着くと後ろから声を掛けられた。しかし振り返るまでもなく誰が話しかけているか分かるのはトーンの所為だけではない。西野の名前はショウであり、『カケル』と呼ぶのは本名を知らない人間を除いて鹿野芽衣しかいない。

振り向くと悪そうな顔して笑っている顔が憎たらしいほどにカワイイ。そんな学校でも人気の高い彼女が冴えない自分と仲良くしていることは校内の七不思議の一つだと聞いたことがある。残りの六つは聞いたことがないので知らないのだが。


あぁ、と軽く流すと、しっかり挨拶を返した隆文に向き直り軽く会話して去って行った。彼女は幼馴染というか、小学校が一緒でいつの間にかよく話す仲になった。中学校になったときには妙に意識するようになり、中学の卒業式の後で冗談半分で告白したら、断られた。ホントは本気100%だったのだが…。

それで友達関係も終わるかと思ったが、次の日にはウチに来て強引に映画に連れていかれた。それから再び話したり、遊んだりするのが当たり前の日々が続いている。


高校入ってから最初の一週間くらいは関係を怪しまれたものだが、一ヶ月も経つと誰も疑う人はいなくなった。逆に紹介してとか、やたらと情報を求める奴らが大勢現れるほどだった。

面倒くさがって断っていたが、本心ではお前なんかに!と思っていた。お陰で羨ましがられ、妬まれもした。そんなこともあり、なんとなく深い友人関係を築けなかった。1年生を終わるときには少し浮いた存在で高校生活はこんなものかと思っていたが、そんなとき隆文と出会った。

隆文も転校生ということで友達を求めている部分もあったと思うが、家が近いこともあり仲良くなるのに左程時間は必要としなかった。そして自然な流れで芽衣と3人でよく話すようになっていた。


午前の授業の後、終業式が始まった。

誰も聞いていないであろう校長の挨拶が終わるといよいよ夏休みだ。


教室に戻り、成績表そっちのけで夏の予定を組むクラスメート達を担任が窘めるが、全く効果はないだろう。

高校2年生の夏以上に青春という言葉が当てはまる時期があるだろうか?

そして、それは自分にとっても一緒だと西野翔は思っていた。


鹿野芽衣に再告白する


帰り際、いつも通り隆文がバスケ部へ向かい、二人になった時がその時と決めていた。

朝は何ともなかったが、今思い出すと朝の挨拶もぎこちなかった様な気もする。

しかし、式の途中からジワジワ膨れ上がっている焦燥感は中学時代の比ではない。

冷静を気取っていたがもう限界だった。

担任の話はそれからほとんど聞こえてこない。ただ何度もシュチエーションを繰り返すばかりだ。


話が終わり、放課後になったのも、芽衣と隆文が帰ろうと誘ってきたのも判っている。

しかし、心ここにあらずといった感じで時間経過すら分からなかった。

自分がどういう反応しているのかも分からない。

明らかに緊張が限界を越し、異常を起こしていた。


二人が先導するように、その少し後ろを唾を飲み込みながら歩いた。

あの角を曲がって、あの階段を下りて・・・

イメージが先行し、その後に現実の世界が流れる。もう少し。


「カケルも変だけど、なんかあったの?」

いきなり芽衣が目の前に現れた。

どうやら、時々話を振ってくれていたらしいが

進路にばかり気を取られ、何度も振り返っているのに気づかなかったようだ。


「あ、ちょっと考えごとしてた」

動揺はしていたが、本当の事だったから自分でも意外なほどナチュラルな返しが出来た。

それでも訝しむような目で、ならいいけどと言い再び前を向いた。


もうすぐ体育館への道との分岐だ。

覚悟は決めている。声は震えるかもしれないが言う事は一つしかない。

だが、心は落ち着かない。心臓の鼓動で視界がブレるほどだ。


先頭の隆文が立ち止まった。

いよいよ、その時が来たのだ。ここで隆文が分かれの挨拶をして去る。

それから芽衣の隣に行ったときが勝負だ!


周りには奇跡的に誰も居ない。

絶好のシチュエーションだ。

やはり、夏の主人公は自分なのだと確信した。


しかし、イメージと現実との差はどんどん乖離していく。

隆文が去って行かないのだ。

ここにきて時間経過の帳尻合わせが来たのか?などとありもしない理由を考えていた時-



鹿野さん、俺と付き合ってください。



自分が告白しているのか?しかし、芽衣のことを鹿野さんと呼んだことはない。

そして平常心を失っていた頭は完全に混乱し、機能を停止した。

ただ目の前の隆文と芽衣の物語を眺めるだけだった。


主人公ではなく大勢の観客の一人だったか、と意味のないことを考えていた。


ふと、芽衣がこっちを気にしているような気配があった。

隆文も見ている

翔、お前にも俺の覚悟を聞いてほしかったんだ!と言っているように感じた。


そういえば、前に冗談で二人が付き合ったらいいのに的な発言をしたことを思い出した。

もちろん本心ではない。脈絡は覚えていないが、悪ノリで二人の反応が見たかったんだろう。

そして今度は自分の反応を見せる番だと理解した。


逡巡の末、大きく頷いてから声を発した。


じゃ、ちょっと急ぐから帰るわ。


それが精一杯の強がりだった。

態度で肯定を表したが、いたたまれなくなってその場を立ち去った。

勿論、本心なのではない。本心ではないが一度フラれている身だ。

他の男と付き合うなら隆文と付き合えば良いと思っていたのは事実だった。


しかし、現実は思ったよりも非情だ。

背中から聞こえた、いいよ。と言う芽衣の声は世の中には何の影響ももたらさなかったが、

西野の世界では破滅の言葉並ではないにしろ景色の色彩を奪うには十分の効果があった。


中学の時フラれたのとは違う、

灰色の世界。もちろん色味は判る。分かるがそれは全てキラキラとしていなかった。

造花のように命のない花のように、希望がない世界が広がっていた。


体は初めて重力を感じたように重く、動くことが億劫だった。

これが本当の失恋なんだと分かった刹那、それだけ芽衣を好きだったことが再認識され

気持ちは光の届かない水の中をどこまでも沈んで行った。


無気力に覆われたまま、ただ自転車を漕いだ。

いつもの習慣か気づくと家まで帰ってきていた。

そのまま自分の部屋に入るとその場に座り込み色んなことを思い出していた。


携帯が光っていた。着信とラインが芽衣から入っていた。気付いたが返信する気力も

何を言っていいのか分からず、ただ憂鬱な気分になった。

誰にも干渉されたくなかったし、食欲もなかったので母に夕飯が要らないことを丁寧に伝えて

再び部屋に引きこもった。


どれくらい時間経っただろう。隆文から着信があった。

出たくなかったが、こんな時に出ない方が不自然だと思い通話ボタンを押した。


会話は覚えていない。

ただ、良かったなとか、びっくりしたことなどを話したと思う。

また今度と、いつもなら遊ぶ日時を決めて電話を切るのだがあやふやなまま電話を切った。

隆文も優先すべきは存在ができたし、自分も気を遣った体で自然な流れだったろう。


そして、これから死んでしまうのではないだろうか?と思っていたが、

夜には眠くなったし、朝食は我慢できたが、昼食には腹が減って限界だった。

所詮、人間なんてそんなもんなのかもしれない。


心の傷は全く治ってなかったが芽衣にラインを返信した。すると14時に昭和島病院の公園に集合と

指令が届いた。時刻は13時だったから慌てて準備した。


既に2人は公園で待っていた。

芽衣の顔はまともに見ることができず、専ら隆文と話していたがやはり居心地は良くなかった。

それは失恋の所為だけではなかった。

芽衣も隆文も友達としてというより彼氏彼女として初めて接したぎこちなさがあった。

そこにラインが来たから渡りに船的な発想で西野を呼んだのだった。

しかし、当の自分も余裕などあるわけもなく、芽衣のことを鹿野と呼ぶ始末だった。

ただ、隆文は西野と話すことで次第に調子を取り戻したようで、西野もそれは同じだった。

結果、最も普通でなかったのは芽衣だったように思えた。


そして、確実にその日から一緒に遊ぶ日は減った。


自分から誘うことはなかったし、

夏のメインイベントである祭りと花火に誘わてた時は風邪気味だからと、あからさまに断った。


しかし次の日芽衣が家に来た。そして泣かれた。

なぜ避けるのかと。


3人の関係を崩したくなかったので、2人の邪魔はしたくなかった。

そして、そうすることが当たり前だと思っていたと素直に話した。


それが嫉妬から意固地になっていた部分と

2人を見ていたくないという側面から来ているという部分は隠していたが。


しかし、それは即ち3人の関係を崩すものだった。

散々怒られ、泣かれた。そして笑いあった。

やはり、芽衣は関係修復の天才だった。


それからは気軽に誘いに乗ることができたし、電話もラインもなんの躊躇もなくできた。

いつしか失恋の痛みも薄れて行った。


祭りには同行したが花火は遠慮した。

本当はかなりの花火好きで賑やかなのも大好きなのだが、恋人のイメージが強く抵抗があった。


そして2学期が始まった。

花火で2人を目撃していた者が複数いて美男美女のカップルが誕生していたことが発覚していた。学年は勿論、学校内でもちょっとした噂になっていた。

未だ残る2人への対応のぎこちなさもカップルに対する対応としては寧ろ自然で自分の失恋に気付く存在はいなかった。


そして人の噂も75日どころか10日もしない内に校内は平常を取り戻した。もちろん自分のように失恋した奴は別だろうが、表面的には1学期と何も変わったところはなかった。


ただ、通学中の会話は変わった。

ネタが一つ増えていて、その異性の話が中心になった。


ほとんどが芽衣の事で憂鬱な気分になることも少なくなかったが相変わらず話してくるとこを見るに、気持ちを演じることは出来ているようだった。

そもそも、隆文は自分の気持ちを知っていないはずだから当然と言えば当然なのだが。。。


ただ、芽衣と同じように隆文のことも大好きで、二人の幸せはうれしくもあった。

特に自分は一度フラれていたのだ。そもそも嫉妬や淡い期待を抱いた方がおかしかったのだ。

それでもひょっとしたら好意を持ってくれているのかとも思っていた。

告白されて意識することはまんざらない話でもないのだし。

しかし、それは全て幻想だった。実際、芽衣は隆文と付き合っている。

複雑だが、そう思うと少し楽になるのだった。


そして、最も憂鬱なのは好きな女の子の話を聞かれることだった。

秘密ということにしていてはぐらかしていたが、その度に少なからず隆文に対する嫉妬が生まれた。

適当な女子を好きなことにして話をしたこともあったが、親友につく嘘は思った以上に気持ちの悪いものだった。


さらにその話を芽衣にするかもしれないと思うと口数は減る一方だった。

結局、聞くこと一辺倒になり、日に日に恋ネタの話はしないようになって行った。


同時に、3人で遊ぶことも少なくなっていった。

隆文がバスケ部の主将になって忙しくなったことが原因だったと思う。

休みの日は2人でデートして、時々誘われるような感じだった。


芽衣とは話すことはあったが、二人で遊ぶことはやはり気が引けたので誘うことはなかったし、

誘われることもほとんどなくなっていた。


そんなとき、久しぶりに芽衣から誘われた。

やはりうれしくなる自分が居たのだが、目的は隆文の誕生日プレゼントを一緒に選んでほしいとのことだった。それでもさりげなくオシャレに決めてショッピングに出かけた。


ショッピングには興味はないし、隆文とは色々話すがどんな趣味かなんて分からなかったので役に立つこともなく、面白い要素は何もないのだが、大義名分を以て2人で時間を共有することのなんと素晴らしいことか。


3時間悩んだ後お茶して、それから2時間かけてプレゼントを選んだのだが結局何を買ったかは教えてくれなかった。その辺も芽衣らしかったし、何の役に立たなかったと話すと、色んなリアクションを見て決めたんだと笑って答えた。

なるほど、それで色々話を振ってきたり、ふざけていたりしたのかと思うと隆文が羨ましくなった。そして芽衣が本当に隆文のことを好きなのが理解できた。


その時、心を覆っていた何かが溶けたような気がした。

相変わらず芽衣と話していて楽しいし、見ているとカワイイと思う。だが、何かが違った。

2人でいる事の罪悪感がなくなると同時にこれまで意識していた周りの反応もどーでも良くなった。

気が楽になった分、自然体でいられるような気がした。

それはつまり失恋からようやく解放されたのだとなんとなく理解した。

嬉しいデートはちょっと寂しい気分の残るものになった。


翌週、プレゼントに浮かれている隆文を見ても、惚気話を聞いてもちょっと羨ましく思った程度だった。それも芽衣との関係ではなく、そういう存在が居ることについてだったと思う。


そして町がクリスマスに染まるころ、2人のやり取りを聞きながらふと、芽衣に誰か紹介してくれと頼んでいた。

隆文もこの発言には吃驚したようだったが、凄いテンションを上げて後押ししてくれた。自分がこんなことを芽衣に頼むとは夢にも思わなかった。自然と気持ちが高まったことから生まれたことだが、それは完全に失恋から立ち直った証でもあった。


「いいよ」

一瞬の躊躇の後、カケルも恋愛したいんだね、といたずらっぽく笑って続けた。

そんなにガツガツしてたら変な女の子に引っかかっちゃうかもしんないしね。とも


芽衣は友達が多いしこれまで気付かなかったが美人の友達も多いので期待していた。

なにせ高校2年の冬だ!


しかし、結局忙しかったのだろう、クリスマスも二人きりで遊びたかったであろうし

何の進展もないまま冬休みに入り、呼ばれた初詣で久しぶりに2人に会った。


願掛けは進路そっちのけで恋愛成就である。3年にもなると流石に勉強漬けの日々になるし、

クリスマスは終わったものの、実は1年で一番苦手なバレンタインデーが控えている。

恥を忍んで頼んでから一ヶ月過ぎていたこともあり、急かしてみるとゴメンゴメン!と

軽く受け流されてしまった。

それ以上は深くも追及できなかったし、なにより女友達に頼っているという事自体、冴えない自分らしい。そんな自分を好きになってくれる女子なんかいるわけない。

早くも願掛けの効果が出たのか自分の意識が変わった。


しかし、本気で恋愛するのは簡単な事ではなかった。

人を好きになることが怖かったのもあるのかもしれない。


ただ無為に月日は流れて、大嫌いな1日を迎えることとなった。

いつもと同じように学校に行くだけなのに、憂鬱な気分とどこか期待している意識とが共存する落ち着かない。そしてその様子を悟られないようにやたらと攻撃的になる。

それを毎年の恒例行事として認識しているように、おかんは挨拶すらして来ない。

それはそれで癪にも触るのだが見透かされている恥ずかしさから文句の一つも言えない。

結局、いつもより早く家を出て1人になるしかなかった。


隆文との通学もバレンタインデーのネタだった。

彼女を紹介してと言ってからは西野の悩み相談が通学中の話題の中心になっていた。

というか、色々と聞かれたことに答えるだけだったのだが。

今日ばかりはいつもより深く、妄想チックな話になった。


誰か好きな女の子は居ないのか?どんなんがタイプなのか?

もし、誰かからチョコ貰ったらどーするか?など。


異性を意識してからチョコをくれたのは芽衣とおかんくらいだった。

バレンタインの思い出は中2の頃。呼び出されてドキドキしながら屋上への階段に行くと、

当時仲の良かったクラスメートを呼んでと頼まれたことがあるくらい。

それで決定的に嫌いになった。


でも、もし貰ったらどうするのだろう。その子のことを意識するのは間違いない。

そこまでは妄想できるが顔は思い浮かばない。


付き合うかもな…というと、それでこそ、健全な高校生だ!と

さっきまで元気がなかったことに気付いていたのか隆文はやたらと西野を盛り上げた。


そんなこともあり、学校に着き下駄箱の蓋を開ける時にはすっかり期待している自分が居た。

しかし、妄想のように上手くはいかなかった。

隣では何やらごそごそしている隆文が居た。一応気を遣ってくれているようだったので敢えて、いいなーと悪そうな顔で茶化した。


教室に向かう途中で芽衣が待っていた。

朝の挨拶と共に隆文にチョコを渡している。そして、序でかのように隆文の半分くらい小さいサイズの袋をくれた。毎年、当たり前のように貰っていたが、今年も貰えるのは正直意外でもあった。

だが、隆文も特に反応してなかったので、逆に気にし過ぎていたことに気付いた。

ありがとう。と礼を言い、いよいよ最後の砦に脚を踏み入れた。


自分の席に着くと、ゆっくりと恐る恐る机に手を入れた。

もっとも可能性の高いチョコの隠し場だから期待も高まっていたのだが、、、

手応えはいつもと同じで、その姿を皆が見ているような気がして、誤魔化すようにそのままうつぶせになって眠ったフリをした。

期待はしていたが、想定どおりの結果だった。それでも失望感は大きくますますこの日を嫌った。

チョコレートも好きだが、嫌いになれそうなほどに。


午後にはすっかりイベントを終えた感じもあったが、そんなとき芽衣が放課後に用事があると伝えてきた。

一気に妄想が膨らんだ。

芽衣からはチョコを既に貰っているし、考えられることと言えば、いよいよ紹介女の子をしてくれるのか!と期待は膨らんだ。

その後の授業は耳に入るわけもなく、ただただ時計を眺めて時間が早く過ぎるのを祈っていた。


HRが終わり、成果のない男連中はあるはずもない放課後に残り少ない可能性に賭けソワソワしているのが分かったが、その中で自分は一抜けする可能性がある!とちょっとした優越感に浸ることで興奮を抑えようとしたがドキドキは収まらず、そのまま指定された焼却炉の裏に行くと既に芽衣が待っていた。


しかし、1人だ。

声をかけると、ゆっくりと振り向いた芽衣は少し曇った顔をしていたように感じた。

これから、紹介する子が来るのかと期待していたが、チョコを渡し間違えたということで

交換してほしいという事だった。


何もバレンタインデーに紹介って、自分の事を好きな子だったらそうかもしれないが、そんなわけないから紹介をお願いしている訳だし、なぜそう思ったのか自分が馬鹿に思えた。

また、勝手に期待しておきながら、それならフツーに言えばいいのに。とガッカリした気持ちの腹いせを芽衣に当たっていた。


そして渡されたチョコは隆文に渡したものと同じくらいの大きさだった。

流石に渡し間違えるか?と疑問に思ったが隆文の前では差を付けたかったのだろうと察した。

それに呼び出したのも隆文にバレたり、余計な詮索をされたりしない恋する乙女の心情なのだと。


かなり残念だったが、実際紹介されて気まずい子だったらどーしようとか悩んでいた部分もあるし、

芽衣の気持ちはうれしかった。

逆に疚しいこともないし偶には一緒に帰るか?的な感じになったのだが、流石に日が日なだけに話だけして下駄箱で別れた。だが、それで良かった。なぜなら帰りにそんな余裕はなかったからだ。


なんと、下駄箱に1つプレゼントが入っていた。


三嶋真白は中学からの同級生であまり印象はなかったが、背が低くて真面目で大人しそうなメガネっ子だった。芽衣と仲良くしていたようだが、高校になってからはどうだか分からない。話に出てきたこともないし、友達という認識はなかった。クラスが多くなって疎遠になったのだろう。


帰ると速攻で中学の卒業アルバムを引っ張り出して顔を確認した。若いとはいえ下衆な思考なのだ。しかし確かめたい衝動には敵わなかった。見るとだいたい記憶通りだが思ったより可愛かった。既に意識してしまったのかもしれなかった。そして、そこからどう変化してるか色々想像しながらチョコを頬張った。


同封されていた手紙には名前が書かれていたが、それだけだった。これに対して何のリアクションもしないのもホワイトデーまで放置するのもいかがなものか?と思ったので、次の日直接お礼を言おうと決めた。その時に雰囲気で付き合う話をするかどうかも含め判断することにして寝ようとしたが、初めての経験で動悸が収まらずなかなか寝付けなかった。


翌日、隆文にチョコはいくつ貰ったか聞かれたとき、反射的に1個と答えると、

「そっか、芽衣からだけか、見る目がない女ばっかだな!」

と、悩んでいたためトーン低く答えてしまったがために勘違いさせてしたようで更に励まされた。芽衣からもらったチョコはおかんと同じ義理だから自然とカウントからはずしてしまったのだが。完全に言いそびれた感じになり、相談しようと思っていたこともできなくなってしまった。


だが、付き合わないことを考えると、個人の名前は言いたくなかったので丁度良かったのかもしれない。

学校に着くと自然と三嶋を探していた。手紙にはご丁寧にクラスが書かれていたので教室の前を通るときにはバッタリ出くわさないかとドキドキしながら通った。結局、昼休憩までなにもできずに過ごしたのだが、時間が流れて良い事と悪い事があるとしたら、今回は悪い方だろう。日が経つとなんともアクションし難くなる。なんとか今日中に話をすべきだった。そこで偶然を装うのは辞めて直接教室に伺うことにした。


仲の良い友達は居なかったが芽衣と仲の良い女の子が居たので声をかけ、三嶋を呼んでもらうように頼むと同時に目の合った女子が居た。進学校にしては珍しい栗毛のポニーテールの派手目の女子で睨んでいるように見えた。

スッと立ち上がるとこちらに近づいてきた。

「ちょっとこっち来て」

そういわれたとき、この子が三嶋だということにようやく気付けた。


振り返らず進む彼女の後ろをついて行きながら、どんな顔だったか思い出していた。印象が違ったため近づいてくる彼女は見ていたものの、目の端では昨日見た写真のイメージに近い女の子を探していたためハッキリと顔を思い出せないのだ。少しふわふわと落ち着かない気分のまま日中はほとんど使われることない図書館前に差し掛かった時ようやく止った。


そして振り返った時、思わずこちらの息も止まった。


一瞬キツそうに睨んだかと思うと、すぐに目を伏せた。その恥じらった姿に全身が脈打ちだした。

明らかに西野の言葉を待っていることは分かったがなかなか言葉が浮かんでこなかった。


メガネもコンタクトに変えていて、髪形も違ったので印象とは大きく異なり

容姿だけでも十分惚れれる女の子の姿に見惚れたこともあってますますテンパってしまった。


何か話さなければならない!

しかし慌てても考えが纏まるわけではなかった。

もうどれくらい時間が経ったのだろう。

格好悪いし三嶋にも悪い気がした。

思ったことをそのままを声にしようと発した言葉が


「好きです!俺と付き合いましょう」


・・・

自分でも恥ずかしくなるほど意味の分からない言葉を発していた。

彼女も予想外の言葉だったのだろう。顔を覆ってしゃがみこんでしまった。

でも笑っているのではなさそうだった。


どーしていいか分からなかったが、思考を放棄することだけはやめて、

あの、そのとか、大丈夫?とか声を掛けるが動きはない。


変なこと言ってゴメンというと、そのままの姿勢で大きく首を横に振った。

午後の授業の予鈴が鳴っているのが聴こえたが女の子をそのままにして立ち去るわけにはいかなかった。

しかし、居た堪れない空気の中にいるのは間違いなかった。


色々と声を掛けている最中にチョコのお礼を言うためだったことを思い出し、

ありがとう、とか美味しかったとか、後先あべこべの事を言っていた。


「西野!何している」


振り返るとそこには社会科のアオヒゲが立っていた。


有無を言わせず頭に衝撃を受けた。世が世なら体罰だの暴力だと問題にもなるんだろうが女の子を泣かせていると勘違いした生活指導からすれば当然な行為なのかもしれない。

すぐに三嶋に声を掛けると、泣いてはいるがなんともないことを確認して教室に戻るように促した。


それは私から見てもヒーローだったのだが、その敵は私だったようでこってり絞られた。

なぜなら理由を上手く答えられなかったからだ。


午後イチの授業が終わったころ教室に戻るとちょっとした話題になったが、保健室で寝てたというとあっという間に注目の的から外された。

だが、隆文は分かっていたようで、本当は何があったかを聞いてきた。


元々隆文と芽衣にだけは話をしようと思っていたので事の次第を伝えた。

カッコ悪い部分を除いてだが。


流石にビックリしたようではあったが、心配して損したと言って笑顔で肩を組んできた。

まだ気が早い、ドッキリかもしんないし

そういうと、そういうところがダメだな翔は!とダメ出しされた。

それにドッキリされるほど人気者じゃないだろ!と言われて吹っ切れた。


それなら、ダブルデートしようぜ!と言い返すとニッコリ笑われた。


放課後、三嶋のクラスに行ったがすでにその姿はなく、理由を知らない数名に冷たい視線を投げかけられながら退散した。思えばチョコを貰っただけである。付き合う、付き合わないの主導権を取ったかのように考えていたが、そうと決まったわけではない。

また弱気になったが、隆文に大見得切ったのが逆に自分を強くしてくれた。こうなったら三嶋の家にまで行ってやる!しかし、実際は実行できなかった。彼女は下駄箱で待っていてくれたのだ。


そして初めて2人で下校して彼女は初めての彼女になった。


意外だったのは芽衣の反応だった。

おめでとうとは言ってくれたが、そんなにうれしそうではなかった。

所詮は他人事なんだろう。

しかしダブルデートの話を隆文が振った時、その本意が分かった。

どうやら、三嶋と芽衣は高校入ってから仲良くしてないようだった。

中学の時、仲良かっただけに余計に微妙な関係になったのだろうと推察した。

本当なら彼女が出来たら4人で仲良くしたかったのかもしれないし、

紹介しようとしてくれてた子が居たのかもしれない。


ただ、あまり深く悩むことはなかった。

恥ずかしながら人生で初めての彼女ができたことに舞い上がっていたのだ。


翌日、真っ黒な髪に戻した三嶋にまた惹かれた。

話を聞くと気付いてほしくてやってくれていたことだったらしい。

こんな冴えない自分を好きでいてくれただけでも感謝もんなのに。


話せば話すほど好きになり、また嫌われないか怖くなった。頭の中は常に彼女のことで一杯になった。

そして朝の通学話は恋の悩み相談になった。


それでも何とか仲良く、大した波も変化もなく月日は流れた。

どちらも部活をしてなかったから放課後と土日は基本的に一緒に過ごした。

毎日がドキドキの連続だった。

ピークは3回目の遊園地デートで観覧車に乗った時。


それからなんとなく一緒にいることにドキドキしなくて済むようになった。

だが、気持ちはますます三嶋に惹かれていた。


短い春休みに入るとラインしない日は一度たりともなかった。

時間があればいつも会っていた。

友達も少なかったので依存率はかなり高かっただろう。


そして、春休みも終わりに近づいたそんな時、再び三嶋の誘いで遊園地デートした。

初めてキスしたあの観覧車で再び唇を重ねた。

こんな幸せな時間が世の中にあるのだと、時期通りの春を満喫してきた。


その翌日、久しぶりに芽衣から連絡があった。

ちょうど三嶋と遊ぶ予定が無かったので了解した。


待ち合わせは公園で、そこから昼ご飯にファミレスに行って長話。

いつものパターンだった。


ただ、内容はいつものソレではなかった。


隆文と別れたい…


久しぶりに会った芽衣は明らかに元気がなかったのだが、それに気づいたのはその言葉を聞いてからだった。満腹になるまで食べたウニマヨカルボナーラが胃から飛び出しそうになるほど吃驚した。


何故なのかを問い正すが、特に嫌いになった訳ではなさそうだった。

しかし明確な答えはなく、ただ別れる方法を考えてほしいと言ってきた。

理由が分からないと答えられないと言い返すと暫く俯いて僅かに口を動かしたが聴こえない。


だが、言いにくそうなことを言っていることだけはその素振りから判った。

もう一度、といい目を瞑って全神経を耳に集中した。


・・・・

その言葉が微かに耳に届くと胃の内容物はなくなった。吐き出したわけではない。感覚的に、である。

そして頭の中では芽衣のつぶやきが反芻していた。


病気なんだって。私、死んじゃうんだって。病気なんだって。病気。死んじゃう。びょう…


何も言葉が出なかった。


私が理解したのを分かったようで芽衣は話を進めた。

思考を止めた脳みそは不思議と話を理路整然と吸収した。

これから闘病生活に入るのに隆文から受験で大切な時期を奪いたくないという理由だった。

病気のことを知れば別れてくれないかもしれないから、違う理由を作って私を忘れてほしいということだった。そして、その方法としていいアイデアがないのであれば…と言うと暫く黙り込んでしまった。


ようやく事態を飲み込んで、うーんと唸るしかできないでいると、

俯いたままで話を途中で留めていた芽衣はゆっくりと顔を上げた


カケル、私と付き合ってくれないかな?


再び吃驚した。その言葉にもだが、芽衣は笑っていたのだ。


その無理して笑っている姿が痛々しく、そしてこの上なく美しかった。

三嶋に抱いたトキメキとはまた違う。華やかさはない。高揚感もない。

ただ、可憐で触れると壊れそうな、生まれたての子猫に抱くような愛しさだけが溢れた。


分かった。


即答だった。

何も考える余地もないほどに芽衣の力強い意志が心を掴んで離さなかった。


今思ってもこの気持ちに応えるのは当然のように思える程、完璧な告白だった。

冷静だったとしても、この手から逃れる術は何処を探したってなかったろう。


それから何度もありがとうとごめんねを繰り返し聞いた。


今日は良いけど明日から言ったら怒るから、と言うと困った顔をしたので思わず笑うと、ツラれて芽衣も笑いだし、シリアスな空気だったのが嘘のように一緒に笑った。


家に帰ると、早速三嶋に電話した。

三嶋の事は好きだったので躊躇が無かったわけではなかったのだが、意外なほど淡々と別れ話を切り出すことが出来た。芽衣と付き合うことになったと伝えるとそのまま電話は切れた。

これでも立派な失恋だった。本当に辛かったのは三嶋の方であるのは当然なのだが。


そして、翌日が最も憂鬱だった。

無理やり隆文を公園に呼び出すと単刀直入に話を切り出した。

激高した姿を見たのは初めてだった。

胸倉を掴まれると本気なのかと何度も問われた。

そのたびに頷くと、一度だけ殴らせてくれ、と力いっぱい殴られた。

痛いと思うより、少し嬉しくなった。

好きだったらそれ位するし、それぐらい好きじゃなければ芽衣と付き合う資格はないと思っていた。


もう、お前とは話さない。


近くの樹木を殴ると唯一の親友は立ち去り消えて行った。

後悔はない。それでもその場に尻餅をついたまま隆文を見送った。姿が見えなくなっても暫くは動かなかった。恋と友情。青春時代に最も大事なものを2つも失ったのだ。衝撃がないわけがない。

それでも、自分は芽衣にとって唯一の理解者なのだからと自分を奮い立たせることで、ようやく歩いて帰る気力が湧いた。


3年になると神の恵みか隆文や三嶋とクラスは離れ離れになり、芽衣とは隣のクラスになった。

芽衣は出来る限り病気のことを隠したいと普通に通学した。

いつ異変があっても対応できるように行きも帰りも一緒だった。

もともと仲が良かっただけに自然に振る舞えたが、次第に三嶋と別れて付き合ったことが知れ渡ると周りの反応は冷たく、陰口には心を痛めることも少なくなかった。


親友の彼女を略奪した男と両天秤にかけた女。

それでも芽衣はいつも笑っていた。自分が落ち込んでいたら責任を感じるかもしれないと思い西野も自分を鼓舞した。


その後、隆文と三嶋とは廊下ですれ違う事も、同じ空間に居ることも度々あったがお互いが意識して気付かないフリをして絡むことはなかった。

芽衣は学校を休むことが時々あったが、重い病気であることに気付かれることもなく通院生活が続いていた。辛いはずなのに病院に行く帰りの道も、それ以外の時も西野と居る時にはいつも笑っていた。


そして無事に夏休みを迎えた2日後、入院したという連絡が芽衣のお母さんからあった。

夏休みまで通院で過ごしたのも無理があったが、それが普通であるかのように錯覚していた。

それほどまで芽衣は気丈に振る舞っていたのだ。


計画的な入院ではあったのだが、流石に凹んだ気分で病室を訪れた。

しかし、顔を合わせると芽衣はいきなり笑い出した。


変顔しないでよ!


思わず吹き出してしまった。

その一言でいつもの空気感になっていた。

楽しくて面会時間ギリギリまで居座りたかったが、お父さんが来ると笑って話せる雰囲気ではなくなり、また来るね!と逃げるように立ち去った。


そして夏休みはいつも病院に通った。雨が降っても前の日夜更かししても朝食が終わるころには訪れた。

しかし、1週間も経たないうちに、受験勉強しないとダメだよ!と1日置きしか会わないと言われた。


結局、言われるがままにしたが、会えない日に勉強するのは自分だけ将来のことを考えているようで卑しい気分になってすぐ携帯に飛びついた。通話は禁止されているという事だったのでラインをした。しかし、決まって1日の最初と最後しか返事は来なかった。


ある日、面会が終わって帰るとき、たまたまお父さんと出会った。

ちょっといいかな、とロビーに誘われると意外なことに感謝を述べられ、できるだけ来てやってくれと言われた。話を聞くと来ていない日はいつもは塞ぎ込み気味でほとんど泣いているという。


いつも笑っていたのであまり深刻には考えないようになっていたが、冷静に考えれば当然のことだった。


だが、君のような存在が居てくれてよかった。許されるなら最後まで一緒にいてやってくれ。と


その言葉を聞いて正直悩んだ。

やはり、好きな人と一緒にいるのが幸せではないのか?と。

確かに病気のことを話せば隆文の人生は大きく変わるかもしれない。

だが、それが自分だと良い理由は分からなかった。

ただ、悲しい気分にならずに済む気楽な関係が良かったのかもしれない。

幸せだと失うことが怖く、また激しく落ち込むことになる。

これ以上悲しまないためにちょうどいい存在が自分だったのだろうか。


思えば友達が少なくなった原因は芽衣にあるように感じていたが、ずっと傍にいてくれたのは芽衣だった。

誰か犠牲になるのであれば、それは自分しかなかっただろう。


散々考え、結局芽衣が選んだ道を黙って付き合ってやることがベストだという結論に達した。


次の面会に行くと、そこにはいつも通りの芽衣が居た。ただよく見ると運動量も少ないし、クスリの副作用か病気の進行かややヤツれていた。気付かないふりしたが、芽衣に演技は通じず、頑張ってるんだけど仕方ないよね。と寂しい表情にさせてしまった。

何か楽しい話をしようとしていて、つい翌日に控えた花火大会の話をしてしまった。


すると、イジワルだなーと言った後、罰として明日付き合いなさい!と言われた。

強引に話を進めるのは芽衣らしい。

そして花火に行くことを約束させられた。


看護師さんにそれとなく聞いてみると、担当医の先生の許可がないと認めることはできないという話だった。ただ、その看護師さんも左程年齢が変わらない人で同情してくれたのか、せめてご家族の意志として相談して、と言ってくれた。


お母さんが仕事を終えて面会に来るとすぐその話をした。お父さんに相談してからだけど私は賛成との了承を得た。面会時間までにお父さんが来なかったので翌日出直すと、病室から大きな声が聴こえた。

お父さんの声だった。怒られていると思って慌てて入ると、お父さんは土下座して担当医に頭を下げていた。


自殺行為を許可する医者はいません!担当医はハッキリと断言すると止めるように説得し始めた。

しかし、一通り話をすると、これは一般論として言うのですが、と前置きして独り言を言うように語り始めた。


退院するのを止める権利は病院にはありません。それにうちの病院は一時退院のシステムがあり、退院中はご家族・ご本人の自由ですから。


そんなシステムがホントにあるのかどうか分からなかったが好意なのだけは分かった。

お父さんはすぐさま一時退院の手続きをと言っていたが、口頭で受け付けましたというと立ち去って行った。その姿の奥に、昨日の看護師さんがこちらに向け親指を立てていたのが見えた。


会場はごった返したような賑わいだった。この町の夏の一大イベントだから当然である。学校で見たことある顔もいくつかすれ違った。

芽衣は久しぶりにオシャレをしたのが嬉しかったようだったが、口にはマスクをしていたし、握る手は細く歩くのも時間がかかった。多少迷惑そうにする雑踏に、何も知らないくせに仕方ないんだよ!とイライラしていたが隣で目を細めている顔を見ると優しい気分になった。


芽衣を周りから守りながら人混みをかき分けるのはなかなか大変だったが居場所を見つけ花火を愉しんだ。それでも次第に高まる熱気にただ内心は倒れたりしないかビクビクしていたが、次第に無邪気そうに楽しむその姿に見惚れていた。


クライマックスの花火に目を遣り、残り火がパラパラを音を奏で終わると芽衣がこっちを見ていることに気付いた。


ねぇ、私たちって付き合ってるんだよね?との問いに、うん、と応えると、

マスクがなかったらキスできたのにね。と言った。


ドキっとしながらも、からかわれていると思って、しててもできるもんね!といい顔を近づけると、唇にわずかに触感があった。


吃驚した。付き合っているのはあくまで名目上ですべては親友としての行為だったはずである。


しかも、自分は振られて隆文と付き合っていた。

その隆文と別れたいがための芝居だったはずだ。


混乱した頭で放心していると、あの先生が怒られるかもしれないから早く帰ろう!と小走りに手を引っ張られた。相変わらず力はなかったが暖かかった。照れていたのかもしれない。

時間が経つごとに心臓はドキドキしてきた。病院が見えるころには診察を受けなければならないのは自分のような気分になるほどだった。


病院に入ると、彼氏はここまで!といって看護師さんに停められた。あの看護師さんではなかったが、どうやら病院の看護師さんは事の次第を知っていて協力してくれていたようだった。


家に帰ると、明日は会わない日だね!というLINEが来たので、残念と返し、その翌日に病院を訪れると芽衣は集中治療室に入っていた。

昨日、朝から体調が悪かったらしく、それを花火の所為だと思われるのが嫌で我慢していたらしい。夕方に高熱が出て大変だったがカケルには連絡しないでと嘆願していたということだった。


やはり花火の影響なのは間違いなかった。自分の愚かさ加減に腹が立ち、悪いのは自分なのになぜ我慢したのかと、目を覚ましたら怒ってやろう!と思い見守っていたが、目を覚ました時には、良かった・・・、としか言えなかった。

だが、動く元気もないほどに疲れているようだった。それでもガラス越しに目が合うと笑った。

分厚い窓で仕切られてまともに話が出来る状態ではなかった。それでも何かを喋ろうとしていた。

人差し指を立てて、もう一度言ってくれることを催促し耳を窓に当て言葉を待った。


・・・ありがとう。


確かに聞こえた。今まで聞こうとして聞いた言葉は全て残酷なものだったが、今回は違う意味で涙が頬を伝っていた。それでも精一杯の笑顔で何度も何度も頷いた。


そして、それから一言も交わすことなく芽衣は旅立った。

不思議と取り乱すことはなかった。なんとなくだがそういう予兆を感じていたからだ。


家族と自分だけの寂しい葬儀だった。

どこか、現実と虚ろが把握できないところがあったが、お棺の顔を見たとき自然と涙が溢れた。

火葬場に入って行くときには現実逃避できず、喉が枯れるほどの大声で叫んでいた。


家までお父さんに送ってもらったのだが、車内は無言だった。

それでも家に着くと、ありがとうと言われた。そして、自分の人生を大切にしてくれと言われ、ただただ頭を下げた。

こちらから発する言葉を見つけることは出来なかった。

それでもお父さんは再びありがとうといい行ってしまった。


新学期が始まると芽衣の訃報にどよめきと哀愁のある視線を感じた。

誰もが腫れ物に触れるような態度をとってくれたのは面倒くさくなくて良かった。

しかし、その放課後思いがけないことがあった。

隆文が話しかけてきたのだ。


芽衣の事なのは明らかだった。

反射的に怒られるのだろうと思っていた。

すると、俺にも墓参りさせてくれと言ってきた。


教室が一瞬静まり返った後、私も、僕もという声が教室中で上がった。

本当の友達もいるだろうが、空気に飲まれた連中もいただろう。

結局、上手い予定を組めなかった奴も含めた大所帯で芽衣のお墓に行った。

その中には三嶋も居た。


詳しい話を聞きたがる奴等も居たが、あまりしつこくなると隆文が一喝し、場が静まり返ると、

やや遠かったこともあって帰ろうかということになった。

最後は隆文と二人で帰った。


いつ以来だったろう?あまりに話してなかったから緊張したのも気まずさもあって黙っていると、

ごめんな。と謝ってきた。


すかさず、謝るとしたら自分の方だと訂正すると、仕方ないよなと妙に納得していた。

しかし、殴ったのは悪かった。と更に謝ってきたので、仕方ないよなと返すと妙な違和感がなくなった感じがした。

その後もしきりに大変だったな、とか、羨ましかったとか、芽衣の本意を知らずに語る隆文に真相を語ろうかと思ったが、それは大学受験が無事終わってからにしようと、それが芽衣の本意だったことを思い出して考え直した。


だが、不思議に隆文は芽衣が死んだことに動揺があまりないように感じていた。

すると、誰でも死ぬ前に嘘はつきたくないもんな、と言い出した。

病気のことを聞かされたときは流石に動揺しただの…意味が分からなかった。


さっきからところどころで話がかみ合わないことを不思議に思い尋ねると、お前なんか思い違いしてないか?と逆に不思議がられた。


そこから聞いた話はこうだ。


バレンタインデーの暫く過ぎた頃、治らない病気に罹った。

その時、最後に一緒に居たい人が居るから別れたいと。

けど、その事を伝えることが怖い。

それに周りに傷つける人も居る。

でもやっぱり・・・


カケルの事が好きなのだ


と。。。


嘘だと思うなら日記見てみろ!あーまた翔を殴りたくなった、いや殴らせろ!と笑いながら言っていた。

半分は本心なのは判ったが、動揺の為かうまくリアクションは取れなかった。


隆文と別れるとすぐ芽衣のお母さんに電話した。

芽衣の日記を見せてくださいとお願いするために。


お母さんは困ったとしきりに言っていたが了承してくれた。

なんでも自分が無事大学受験終わったら日記を渡してほしいと頼まれていたらしい。


日記は中学校の卒業式の日から始まっていた。

芽衣に告白した日だ。

案の定、その事が書かれていた。


なんと嬉しかったらしい。

小学校の時いじめらていた時に助けてもらって以来

芽衣は自分の事を好きだったようだ。


そんなことあったことすら西野は覚えていなかった。


さらに告白されたとき1人だったら絶対付き合っていたと記されていた。

そしてその時一緒に居たのが三嶋真白だった。


三嶋はその頃から自分の事を好きだったらしい。

友達の前で友達の好きな人と付き合うことを宣言することはできなかったようだ。

だが、女の勘は鋭く、誤魔化すことができなくて気まずい関係になってしまったという事だった。


その後もそれとなく気のあることをアピールしたけど伝わらないこと。

城戸君と付き合ったらと言われて悲しくなったこと。

思わせぶりなことをされて期待していたら城戸君の告白に連れていかれたこと。

城戸君と付き合ってから疎遠なこと。

それでも一緒に遊びたくてプレゼント買うことを理由にしたこと。

友達を紹介してといわれて心底嫌だったこと。

思い切ってバレンタインデーで気持ちを伝えたこと。


勘違いしている部分もあるが、全て思い当たる節はあった。


真白ちゃんと付き合って、自分を好きだったことが再認識できたこと。

病気になったこと。

もう自分の気持ちに嘘はつかないと決めたこと。

城戸君に気持ちを伝えたこと。

真白ちゃんに本当のことを伝えて暫くの間、カケルを借りる了承を得たこと。


隆文だけでなく、三嶋も知っていたのだ。

それで最後のデートに思い出の遊園地を選んだのだとやっと分かった。


その後も知らないフリを決め込んで、疎遠になってからもそんな素振りすら見せなかった。

二人の覚悟と友情には驚嘆するしかなかった。


それからはどうやって悲しくならないように付き合えるかを考える描写が綴られていた。


辛いとこは見せたくないので1日於きに会うことにしたこと。

悲しいけど、今が一番幸せなこと。

我慢できずにキスしてしまったこと。

カケルにはずっと覚えといてほしいけど幸せになってほしいこと。


一番近くに居ながら、一番何も知らなかった。

ただ芽衣の気持ちは素直に嬉しかった。

どういう感情か分からないが、涙を止めることが出来なかった。


病気になって最悪だったけど、病気になって良かったと・・・



その後、隆文とは再びよく話すようになったが、三嶋とは疎遠のままだった。

こちらからアプローチする気になれなかったし、向こうも似たような気持ちだったのかもしれない。

それに勉強しないと芽衣に怒られると思って必至こいて勉強した。



隆文も三嶋も第一志望に受かったが、自分は志望校全て落ちた。

現実はそんなに簡単ではなかった。それに3年の秋に進路を変えた影響もあっただろう。

ごめんと謝り、それから一年間それこそ寝る間も惜しんで勉強した。


その甲斐あって翌年には晴れて大学生になれたのだけど…。




西野君!何してるの?


振り返ると婦長が立っていた。もう午後の診察が始まっているのだという。

ごめんなさいと謝り、病院に向かって走り出した。


因みに私は看護師さんに君づけで呼ばれることはなく他の婦長も先生と呼ぶ。

ただ、この婦長にだけはあの花火の日から頭が上がらない。


今日だっけ?


そうです。


だったら早く仕事終わらせないとね。


そう、それがあってあの樹に報告しに来たのだった。あの樹は芽衣が好きだと言った樹だった。

大きな木の脇で力強く、また大きな木を引き立てるように凛と佇む姿が自分のイメージと被ったらしかった。


脚を止めると振り向き直ってその樹に呼びかけた。


今日、隆文と三嶋が結婚するぞ!


右手でポケットから招待状を取り出し高く掲げた


二人は卒業後の芽衣の命日に芽衣の墓で偶然出会ったらしい。

その時に思い出話となり、隆文は三嶋の一途な心に、三嶋は隆文の男らしさにそれぞれ好意をいだき徐々に付き合いだしたらしい。


それで3人で話したんだけど、今度ダブルデートしようぜ!



はじめて小説らしきものを書かせていただきました。

小説の体をなしていないなどご指摘されることもあるかと思います。

如何様なるご意見でも結構ですので頂戴できれば幸いです。


内容については、悲運で感情を揺さぶるのは抵抗があったのですが、まだまだ発想が貧困でこのようなストーリーしか描けませんでした。それでも処女作として完成したこの作品には納得しております。

また、話はいくらでも膨らませれたのですが長い文章を読んでいただけるだけの自信が無かった為、このようなスタイルとなりました。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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