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蛇の奇道  作者: 巻大 
7/13

脳裏

 灰皿がテーブルの上に置かれている二畳ほどの空間。周りはずらっとロッカーに囲まれている。ドアの無い部屋からは、カウンターの翔子か見え、翔子からもこちらが見える。金田は控室の中を確認すると、少し安心した顔になり、椅子に腰かける男の顔を見た。黒崎が座っている椅子の、隣の椅子に腰かけると、明らかに違った感じを見せる黒崎を見ながら話しを切り出した。

「黒崎君。目の下、クマが出来てるわよ。寝不足なの?」


「えっ、ああ、ほら昨日、俺のハイツの前で事件あっただろ?、金田なら知ってるはずだと思うけど?」


「そうね、びっくりしたわ。来てみたら、あなたの住んでるところだったもの」

 何気ない質問から始め、男の顔を見ながら目の動き、口の微妙な震え、頬の筋肉の動きまでも、見逃す事無く観察する。先日部屋で見た顔と何か違っているところは無いか。昨夜見た、狂気に満ちた男の顔。あの時、何を考えていたのか。優しい笑みを作りながらも、その目は鋭い洞察力で、目の前の男を見ていた。

「そうだよ。銭湯から帰ったら、パトカーと救急車が来ててさ、なんかもうびっくりしたよ」


「そうよね。…あっ、てことはさ。あたしが来てたのも見た?」

 金田なら知ってるはずだと言う男に対して、現場に来ていた自分を見たか?と返す。…さあ、どう出る黒崎君…、スポーツカーの覆面は全国的に見れば珍しくはないけど、一般人はあまり触れることはないはず。さらに車を降りてから現場に入るまで、あたし達二人の注目度は高かった。確実にあたしを見てるはず。知ってるはずだなんて、見てないって言ってるのも同じ…。言葉の誘導で、相手が嘘を言っているのか、そしてもし嘘を言ったなら、何故嘘を言ったのか。そこまで突き詰める気でいた。

「見たよ。ああ、あれって金田だったんだ。若い男の人と一緒にいたよね」


「そうよ、私の部下なの。…それで黒崎君?、あたしってそんなに目立たないかな~。ほら、あたしって自分で言うのもなんだけど、結構美人じゃない?、野次馬の中にいたらさ~、すぐ分かると思うんだけどね~」


「あはは…、いや、あの時さ、俺メガネ家に置いてて…。風呂入る前にコンタクト外して、しないで帰ってきたから、ぼんやりとしか見えてなかったんだよね」

 軽く愛想笑いをしてから説明する様に言う黒崎の顔を見ながら、昨日の事を想い返してみる。確かにメガネをしてなかった。銭湯帰りなら、風呂に入った後、面倒くさがる人ならコンタクトをしないで帰る人もいる。もちろんそれも嘘かもしれないが、暗がりでコンタクトをしているか、していないかなんて判別不可能。

「そう、それじゃあたしって分からなくても仕方ないわね」


「それで、何を聞きに来たんだよ。朝の忙しい時間に翔子ちゃん一人で店番してるし、早い事済ませたいんだけど」


「ああ、聞きたい事は二つよ。黒崎君、小学校の時、グランドに埋めたタイムカプセルの事って覚えてる?」


「ああ、覚えてるよ。埋めた後、ロマンチックね~って金田が言ってたからな」

 緊張が解けておどけた様に話す黒崎に少し、勘繰りを入れる様に話し出す。

「そうね。そんな事言ったかもしれないわ。でもね、聞きたい事は違うの。古屋の喉の奥に詰まってた紙なんだけど、検視の結果、古屋本人が二十年後の自分に充てて書いた紙だって分かったの」


「えっ、古屋が書いた紙?」

 顔を見る限り、この質問に対しての反応は、嘘を言ってる様には見えない。…難しい。元々黒崎が自分を偽って生きるタイプだって事は分かっていた。何故なら自分自身もそうだから。自分を偽る人間は、本当の自分が分からなくなる傾向にある。さらに嘘をつくのも上手い。自分の中で嘘を本当にするからだ。黒崎はその手のエキスパート。小学校の時から自分を偽っていた。

「そう、自分に充てた手紙よ。そういえば、あなたは白紙で出したって言ってたわよね」


「よく覚えてるな。記憶力いいんだな」


「あなたと同じで、使えそうな事は覚えておく性質(たち)なの」

 少し不機嫌そうな顔をした黒崎は、何か興味ありげな顔に変わり、ちょっと前屈みになって質問してくる。

「…それで、何て書いてあったんだよ」


「ふぅん…、書いていた内容は知らない様ね」


「なんだよ…」


「ごめんね、捜査関係上、内容までは話せないわ。イジワルしたみたいだけど、遺族の方達の為にもね。機密保持って事になってるの」


「…それで?、聞きたい事の二つ目は?」

 前屈みになっていた体を起こし、ヤル気の無さそうな顔を見せる黒崎に対して、金田は急に真剣な顔になり。

「黒崎君。昨日、あなたが住んでるハイツの一階の方が亡くなっていた現場で、あなた、笑ってたわよね」

 今まで話していたトーンより低い声で、黒崎の目を見ながら言った。すると黒崎は少し俯き、カウンターにいる翔子に聞こえない様に、小声で。

「ああ、笑ったな。…金田、俺の事、忘れた訳じゃないだろ?、人はいつか死ぬもんだ。あのばあさん、いつも何かにつけて話してきてさ、うざくてうっとおしくて、死ねばいいって思ってたからな」

 考えもしなかった答えに感情的になり、立ち上がって黒崎の襟を掴んで叫んだ。

「黒崎!、あんたってやつは…!」


「なんだ金田、殴んのか?、いいぜ殴って。けど警視庁の現職警察官が一般人殴ってどうなるかな~?」

 ハっとする。この流れ。完全に黒崎のペースの吞まれている。店側のカウンターからは、翔子が少し、不安そうな顔で見ていた。話の流れを黒崎に持っていかれた金田は、掴んでいた襟を放し、ふぅっと息を吐いて、そのまま黒崎に背を向けた。

「悪かったわね、バイト中におしかけて」

 スタスタとカウンターまで歩き、わざわざ黒崎に聞こえる声で。

「翔子ちゃんも悪かったわね。黒崎君が来る前に話してたとおり、奥に誘導する様に話をもっていってくれて」

 奥に座っている黒崎が、なに⁉っとした顔でこちらを見る。その顔を流し目で見ながらカウンターの下をくぐり、翔子に手を振りながら店の外へ出て行った。

 黒崎は立ち上がってカウンターへ出ると、翔子の顔を見て言った。

「翔子ちゃん、今の話って?」


「えっ、あっ、あの、先輩が来る前に、あの人が来て、捜査に協力してって言われて…」

 …なるほど。それで俺に聞こえる様にワザと…。これで翔子が行方不明になったり、遺体で発見されたりしたら、真っ先に疑われるのは俺って事か。ふんっ、俺が無駄な危険を冒すような人間じゃないって知ってるからか…、むなくそ悪いな。完全に容疑者の一人として見られてる。翔子を消すにしても、行方不明になってる時間が長くなるのはマズいな。アリバイが立てにくい。今までの経験から、一人が消えると、もう一人が消えるまで、消したやつは行方不明になる。…どっちにしろ、翔子を消すのは得策じゃないか…。

「あの…、すいませんでした。なんか突然言われちゃったから」

 さっきとは打って変わって、ちゃんとした敬語で謝る翔子に。

「ああ、気にしないでよ。捜査って言われたら仕方ないし、それを翔子ちゃんが謝る必要ないって」

 いつも話す様に、あっけらかんとした表情で、翔子の顔を見ながら笑顔で返した。すると翔子は気を取り直し、いつもの様に、普通に話し出す。

「でもびっくりしましたよ。いきなり先輩の襟元掴むんですもん。こっちは一般人っすよ。会った時は良い人そうだったのに。警察ってみんな、あんな感じなんすかね?」


「さあ、どうだろうね。それより翔子ちゃん、それ。右手に大事そうに隠し持ってるの、金田の名刺でしょ?」

 思いも寄らなかったのか、突然の俺の言葉に、ブルっと一瞬体を震わせた。やっぱり勘のいいやつ。小声で喋った煽りは聞こえてないはず。さっきの金田と俺のやり取りを見ていて、金田が正しいと見たのか。だが…、直接翔子に何かした訳でもないし、俺のこれは完全犯罪。現代科学で証明出来るものじゃない。

「どうしたの?、別に金田の名刺持ってるだけでしょ?、あいつ綺麗だから。俺もさ、先日ひさびさ会って、びっくりしたもん」


「そっ、そおっすよね~、すごく綺麗な人でしたよね~…、あっ、いらっしゃいませ!」

 何かを誤魔化す様に、レジに来た客の対応に入る。…まあ、回り道したみたいな言い方で軽く釘打ったから、変に俺の事を探ろうとかはしないだろ…。俺の事を、黒か白かって完全に分かってない翔子が、危険を冒してまで金田に通報したりする事もないだろうしな。何の得にもならないのに危険を冒す人間ってのは、バカか聖人くらいだからな…。

「ありがとうございました。またお越しくださいませ~」

 翔子と一緒に、店からでる客に頭を下げる。…しかし、金田のあたしを見た?って質問はマジ危なかった。コンタクト。銭湯入ってる時は、いつも付けっぱなしだから。目が良い金田に、風呂でメガネやコンタクトを外すか外さないかなんて、そんな判別を出来る訳もなく。白か黒ではなく、限りなくグレーに近い答え。


 ――――――夕方になり、交代の時間がきて、ピンポーンっと店長が店に入って来た。

「お疲れさま、黒崎くん、純子ちゃん。もう上がっていいよ」


「あれ、店長一人っすか?」

 シフト表を確認しながら、翔子が店長に話しかけた。

「ああ、いや。そこに載ってないけど、新しく入った子が来るよ」


「それならだいじょぶそおっすね。翔子ちゃん先に着替えてきていいよ」

 俺に、コクンと首を縦に振ると、奥の控室へと歩いてゆく。今日一日で、完全に翔子は自分の身を案じ、逆らう様子は無くなっていた。別に何かをした訳ではない。翔子が勝手に判断したのだ。翔子が着替えて出てくると、入れ違いに奥へと入り、いつもの様に、制服を脱いでロッカーにしまう。タイムカードを機械にとおし、カウンターへ出ると翔子の姿は無く、店長が何か寂しそうに言った。

「翔子ちゃん。今月いっぱいで辞めるって…」


「そおっすか。仕方ないっすね。大学生だし、勉強が大変なんじゃないっすかね」

 無理も無い。俺みたいな得体の知れないやつがいたら、俺でも辞める。まあ、すぐに辞めるって言ってない時点で、俺に反抗する気は無いって言ってるようなものだから。それに大学もあるし、この辺に住んでれば、何かあっても、後でどうにでもなる。

「そういえば店長、純子ちゃんの通夜はどうだったんですか?」


「ああ、家族の方が泣いててね…。ほんと、見ていられなかったよ…。お葬式は明日朝するみたいだけど、黒崎君は行くかい?」


「あ…、いや、すみません。遠慮しておきます。なんか会うのも辛いんで」


「そうか…」


「あの、じゃあ、俺はこれで」

 ゆっくりとした動きで店内から出る。自転車にまたがり、家へとこぎだした。


 ――――――ハイツの前に着くと、相変わらず黄色いテープの前を、二人の警察官が見張る様に立っている。自転車置き場に自転車を停めると、朝、言葉を交わした警察官へ近寄った。

「お疲れさまです。中入っていいですか?」


「ああ、201号室の方ですね。黒崎さんでしたっけ。どうぞ」

 片手で上げてくれる黄色いテープをくぐり、中へ入って階段へ歩く途中、後ろから視線を感じる。階段を上がる途中も視線。…偶然じゃない、見られてる。

 財布から鍵を取り出し、ドアを開けて中へと入る。鍵をカッチっと閉めて、もちろんチェーンロックも忘れず掛けた。ベッドに座って、やらなければいけない事を考える。完全犯罪。銭湯に忘れた風呂道具一式、…どうするべきか。昨日の銭湯の若い男達。銭湯へ行った事はもう調べてあるだろうし…。リモコンを手に取り、テレビを付けて、ニュース番組を探る。すると。

『続きまして、今、東京都内で話題になっている、変死体事件のニュースです。昨夜発見された、男性の全裸の遺体ですが、遺体が発見される前、男性の親しい友人に、風呂に行くと話していた事が分かりました。中継です、佐藤さん』

 すると画面がスタジオから切り替わり、昨日行った、銭湯が映し出された。

『はい、佐藤です。遺体となって発見された男性はですね。この銭湯に来た後、そこで行方不明となって、ご自身の家の前で、遺体となって発見されたんですね。そして新たに分かった事があるんですが、男性と来ていた友人も、行方不明になっています。また、その行方不明になっている男性はまだ、発見されていません。安否が気遣われます。あと、昨日夜、同じ様に発見された、女性の遺体なんですが、なんとですね、この銭湯に、女性の乗っていた自転車が置いてあったのを確認しました。自転車は今、警察の手によって回収されたんですが…』

 リポーターは、精力的に長々と話しをしながら報道を続けている。…今俺が聞きたいのはそこじゃない。しばらく見ていると、また画面が切り替わりスタジオへ。

『今度は亡くなった、男性の自宅前と繋がっています。現場の山下さん』

『はい、山下です。私は今、亡くなった男性の家の前に来ております』

 ここは…、豊島区。銭湯とは結構離れてるな…。じゃあ、俺のアリバイとしては成立する。人間が突然ワープでもしない限りは、ありえないからな。遺体の死亡推定時刻も出ているはず。…まてよ、俺が殺した人間って、正確な死亡推定時刻って出てるのか…?

 様々な考えが、男の脳裏を駆け巡る。…まっててよ、先生…。



 

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