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蛇の奇道  作者: 巻大 
6/13

始まる

 角を曲がって、ハイツへはもう一本道。シャーと音を立てながら、自転車で家へと急ぐ。するとハイツの前に、遠目でも分かるいくつかの赤い光が、キラキラ輝いている。まさか、ほんとに?

 ペダルをこぐ足に、さらに力を込め、ハイツの前まで来て、キキっとブレーキを握ると、何人かの野次馬の先に、青いビニールに覆われた人ほどの物が担架に乗せられ、救急車の中へと運ばれている最中だった。…まさかが当たった…。見に来ていた野次馬の一人にワザとらしく声をかける。

「あの…、何かあったんですか?」

 うん?、と自転車と俺の顔を見た男の人は。

「ああ、事件だよ事件。なんか、このハイツの一階に住む人が亡くなったって」


「そうですか…、ありがとうございます」

 顔を作って一礼すると、ハイツの自転車置き場に自転車を停め、野次馬の中に紛れ込んで様子を探る。すると、刑事らしき人の携帯が鳴り、ポケットから取り出して何か喋った後。

「なんだと?、今度は男の水死体?、裸で?、分かった。ここが済んだらそっちに向かうから、一応伝えといてくれ」

 そう言った後、鑑識(かんしき)らしき人と何やら話している。ハイツの前に貼られた黄色いテープにギリギリまで近づき、耳を凝らして聞くと。

「また水死体だってよ。まったく、どうなってんだ。この辺りで連続三回目だぞ」


「ほんと不思議な事件ですよね。水も無いのに水死体なんて。あと、初めの女子大生なんですが、胃の中の水が…、あっ」


「あん?、なんだよ」


「あ…、これって知りませんでした?、警視庁だけへの報告だったかな…」


「ああ?、そこまで言ったんなら話せよ。警視庁も警察署も同じだろうが」

 少し乱暴な言葉で、執拗に何度も聞く警部らしき男。すると、遠くからファンファンとサイレンが聞こえ、次第に音が大きくなると、ハイツの前にキキッと止まった。車は赤いスポーツカーで、どうやら覆面パトカー。両方のドアが開き、黒い服を着た女と、その後に若い男が出てきて野次馬の後ろに立ち。

「警察です。道を開けてください」

 先ほどより多く集まっている野次馬の間を通り抜け、黄色のテープをくぐって中に入る二人を見ると。えっ、金田? …どうしよ、見つかったらなんか、顔で何か判断されそう…。少し後ろに下がって様子をうかがう。

「あっ、これは警視庁刑事殿。ここはうちの管轄なんですが、何か?」

 太々しく煽る様に言う男に対して、金田は。

「あなた確か、警部補よね飯島さん。ここは警視庁が預かります。とりあえず遺体を見せてもらえないかしら?」

 ケっ、とした表情で救急車を指差し、男は嫌そうに。

「遺体は救急車の中ですよ。あと、警部補って呼ぶのやめてくれませんかねぇ。一応先月で警部になったんで」


「あらそう、ごめんなさいね飯島警部。じゃあ、遺体を見せてもらうわね」

 軽くあしらった様に話し、救急車の中に乗り込んで遺体を確認している。救急車の窓から見える金田の顔は、遺体を見た瞬間、少し真剣な顔で眉をひそめている様に見えた。あしらわれた警部は、またもケっとした表情で、また鑑識と喋っている。救急車から出て来た金田に、一緒に車から出て来た若い男が。

「どうでした?、共通点は見つかりました?」


「さあ…、今のところ、なんとも言えないわね。とりあえず、設備の整った鑑識で見てもらわないと…」

 …何調べてんだ。それより…、確実におばさんを殺したのは俺だ。どうやったかなんて分かんないけど。でも、死んだ遺体はその遺体の家の前に出る。純子ちゃん、そして救急車の中で死んでるおばさんも。…もしかして小学校の時、行方不明になった古屋と木下も俺がやったのか…? ふふっ…。顔がニヤけるのを必死で両手で隠す。…完全犯罪じゃないか! 理屈は分かんないけど、この力を上手く利用すれば、あいつに復讐できる…! 俺の親友を殺したあの、エセ教師に…。

「そういえば金田さん。T地区で、同じ様な遺体が上がったそうです。今度は裸の若い男の様で…」


「…、じゃあそっちに移動するか。警視庁に連絡を入れて、ここに来る様に伝えて。鑑識のデータも、忘れず取る様に言っておいて」

 車に移動しながら二人は、呼吸のあった行動でスタスタと歩く。若い男が運転席に乗り込み、助手席のドアを開けてもう一度現場を見た金田は、狂気の顔を、両手で隠しながら笑う男を見逃さなかった。

「どうしたんですか?金田さん。何かまだこの現場で調べたい事が?」


「あっ、いや、なんでもないわ。急ぎましょう」

 すっ、と乗り込み、窓から顔を両手で隠す男を見ながら車は、何メートルか進んだ後、サイレンを鳴らして走り去っていった。その後、後ろのドアを閉められた救急車も、ゆっくりと歩道から車道に出て、そのままサイレンを鳴らす事なく走っていった。救急車を見送ると、集まっていた野次馬が、一人一人と、その場からいなくなってゆく。少し息を整え、ニヤける顔を戻し、黄色いテープの端まで寄って。

「あの…、ここの二階に住んでるんですけど、ここ、乗り越えて入ってもいいですか?」

 メガネをかけた優しそうな鑑識のお兄さんに声をかけた。すると、さっき軽く金田にあしらわれた警部が俺に向かって。

「おいっ、お前。ここに住んでるって本当か?、何か身分を証明出来る物は?」

 片手をクイクイっと俺に向けて、偉そうな態度で言う。なんだこの警部、ほんとに警部か?、警察も堕ちたもんだな…。不機嫌な顔で見ると、さらに偉そうに。

「あん?、なんだ、文句でもあるってか?、早く身分を証明出来る物を出せよ」

 ムカつきながらも、財布から免許書を取り出し、警部に見せると、不機嫌そうな顔で言葉を濁し。

「…201号室に住んでる黒崎拓也だな。一応、ここに住んでる住人はみんな調べてる。悪かったな。入っていいぞ」

 謝るなら初めから入れろよバカ警部。その歳で先月まで警部補だったのも納得だな…。見た目、五十歳を過ぎている警部の手から免許書を返してもらい、警部が黄色いテープを手で上に持ち上げた下をくぐって中に入る。その間、警部の目は、俺の顔をジっと見つめていた。少し不安を感じながら、階段を二階へと上がる。財布を開けて、鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで鍵を開ける。その動作も、階段の下からジッと警部は見つめていた。…なんだよ、気持ち悪いな…。ドアを開け、中に入ってすぐ、ドアノブの下に付いてる鍵を閉め、さらにチェーンロックをして靴を脱ぎ、ベッドに腰かけると、我慢してた笑いがこみ上げてくる。

「くっくっ…、俺の親友を殺した先生…。先生のせいで、俺、小学校卒業するまで化け物扱いだったんですよ?」

 テレビのリモコンを手に取り、電源を押して付けると、まるで運命かと思われるかの様に、東京で起きた連続水死体事件が流れていた。リモコンをそっとテーブルに置き、自分が係わっているニュースを見ながら。

「親友を殺して悲しませておいて、俺に罪を擦り付けるなんて…、これ、殺されても文句言えませんよね」

 小声で、ぽつりぽつりと独り言。

「先生…、待っててくださいね。…もし、俺を邪魔するやつがいたら…、邪魔するやつはみんな吞み込んでやる!」

 その言葉の後、笑いを堪えながらも、くっく・・・と、低く笑いがもれる。その夜はベッドに横になりながらも眠ることが出来ず、朝を迎えた。


 ――――――午前七時半すぎ。201号室の扉が、キィっと音を立てて開く。髪を綺麗に整え、服もキチっと着こなした男は家のドアの鍵をかけながら思った。まずは、どういった条件でこうなったのか、それを確認しないとな…。音を立てずに階段を下りると、二人の警察官が黄色いテープの外で、周りをダルそうに確認しながら立っている。そっと後ろから近づき。

「おはようございます。外、出ていいですか?」

 すると、声に気付いた警察官は、振り返って下から俺の足元、胸、顔と見て。

「ああ、ここに住んでる方ですね。お仕事ですか?、ちょっと待ってくださいね」

 喋りながら、片手で黄色いテープを上に持ち上げ、残った手で、クイクイっとここから出るように、ゼスチャーで誘導する。テープをしゃがみながらくぐると、警察官の顔をうかがいながら言った。

「いや、仕事っていうほどのもんでもないですよ。ただのバイトです。警察の方たちは大変ですね。夜中もずっと立って見張ってたんですか?」


「ああ、いや。交代で任務につくので。…あの一応、何号室に住まわれているか、確認を取りたいのですが…」


「201号室の黒崎です。それじゃバイトがあるのでこれで…」

 胸ポケットから手帳を取り出した警察官は、男の喋った事をノートに書き写しながら一言。

「お気を付けて行ってください」


 ハイツの前に停めてある自転車にまたがると、ゆっくりと笑みを浮かべながらこぎだした。遠ざかる男の姿を、ハイツの脇から見つめていた飯島警部が出てきて、男と喋っていた警察官に近寄る。

「おい、あの男。なんて言ってたんだ?」

 さっき喋った内容。201号室、黒崎と書いた手帳を胸ポケットにしまいながら、警察官は。

「えっ、何号室か聞いただけですけど」

 ぼんやりと答える警察官に、飯島警部はグッと近寄り。

「ばかやろう!、何年警察官やってんだ!」


「えっ、ええ⁉」

 大声で叫ぶ飯島警部にしり込みしながら、おどおどと答える。

「ちゅ、駐在所に勤務して4年になります…」

 警察官が言った、勤務4年と聞いて、ふんっ、と啖呵を切った後。

「あの男、注意しとけよ。俺の長年の感がそう言ってんだ。かならず何か隠してる」

 男が自転車で走っていった道を見ながら、独り事の様に呟いた。


 ――――――バイト先のコンビニの前で、キキっと、止まる自転車。窓から青い制服を着た女の子と数人の客を確認して、本を置いているのが見える場所に、後輪のスタンドをカシャンと下すと、ピンポーンと音と共に、元気よく中に入る。

「おはよ~、翔子ちゃん。今日も早いね。家、近くなの?」

 レジで夜中の売り上げを確認しながら、チラっと一回こっちを見た彼女は、少し気怠(けだる)そうに言った。

「…先輩がいつも遅いだけっすよ。早く着替えてもらえますか?、お客さんいるんで」

 カウンターの下をくぐりながら、いつもみたく、おどける様な態度で翔子の問に答える。

「ごめんごめん、すぐ着替えるから」

 奥に入ってロッカーを開け、中に掛けてある制服を取り出しハンガーを外すと、頭からグイっと通して着こむ。ハンガーをロッカーに戻して、軽い扉を閉めると、タイムカードを手に取って機械へ通した。ジジっと音がなって、奥からカウンターを見ると、翔子が不思議そうにこちらを見ている。うん?っと首をかしげながらカウンターへ出ると、翔子は、ふっと客側を見直して言った。

「先輩、なんかいつもと違うっすね。髪、綺麗だし、タイムカードも後から押すし」


「あっ、そうかな?、髪綺麗?、なんか褒められてる?、いや~、照れるなぁ」

 前を向きながら横目で翔子を見て思う。…あぶないあぶない、なんかいつもと違う事って慎んだほうがいいな。いくら完全犯罪を手に入れたとしても、疑われるような行動は避けないと…。いや、もう疑っているのか俺を、この女は。どうやって消えるのか、まだ分からないけど…、疑いが強くなる前に消すべきか。

 恐ろしい考えが、平常心の様に頭に浮かぶ。

「翔子ちゃん。最近ここいらで起こってる事件って知ってる?」

 何かを確認する様に聞くと、レジの売り上げを確認し終わった翔子は、隣に立つ男の顔を見ながら言った。

「知ってるっすよ。純子の事件から立て続けに起こってますよね。それと昨日、先輩テレビに映ってましたよ、事件現場のテープくぐるとこ。あそこに住んでるんすか?」

 一定の速度と声で喋る翔子に、少し焦り気味な気持ちになる。中学校でも高校でも、こんな喋り方をするやつはいた。そんなやつは決まって、頭がいいし、勘もいい。…いや、分かるはずがない。そんな事を考えていると、ピンポーンと音が鳴り、スタスタと迷わずレジに向かってくる女が。

「黒崎君。ちょっと聞きたい事があるんだけど」

 カウンター内にいる翔子に黒い手帳をかざし、金田今日子が話かけてきた。うっ、と一瞬、翔子を横目で見て、気持ちを整え、少し不機嫌そうな顔を作りながら体をカウンターに寄せて、小声で。

「バイト中だよ。何かあるなら、後で答えるから」

 すると、顔をうかがいながら、同じ様に顔を寄せて、小声で。

「後じゃダメなの。あたし今日、東京発(とうきょうたつ)つから。出張で、(れい)の石川県にね」

 石川県に?、なんで…。戸惑いを見せる俺に、翔子は軽くうなずく様なしぐさを見せ。

「先輩。奥で二人で喋ってきていいっすよ。店はあたしが見てるんで」


「いや、でも…」

 翔子の言葉に、じわっと額に汗がにじむ俺に向かって、金田は。

「五分でいいわ。すぐ終わるから。それとも、言えないような事があるのかしら?」

 真剣な顔から少し笑顔になり、カウンターに手を付きながら言う。…金田に何か悟られちゃマズい。ここは平常心で、自分に嘘を付きながら金田の質問に答えるしかない。自分を作るのは得意だろ?、大丈夫だ。何も問題は無い。

「じゃあ、カウンターくぐって奥に入って」


「ありがと。すこし邪魔するわね」

 先に歩きながら金田を誘導する様に、奥の控室へと歩いた。


 

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