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蛇の奇道  作者: 巻大 
5/13

何が・・・。

「きったないわね~、ちゃんと掃除してる?」

 狭い玄関でヒールを脱ぎ、部屋の中を見渡しながら言った。


「男の一人暮らしなんて、こんなもんだよ。コーヒーでいいか?」

 台所で古びた白いコップに手を伸ばし、軽く振り返りながら言うと。

「ああ、気にしないで。コーヒー飲みに来た訳じゃないから」

 小さなテーブルの前に、すっと胡坐をかいて座った。


「まあ、とりあえず入れるわ。コーヒーとかクリープとか、全部入ってるやつだけど、いいよな」

 バイト先に置いてある、インスタントコーヒーの小袋を二人分引き出しから出し、サラサラとコップへ注ぐ。電気ポッドの解除ボタンを押して、お湯を注いで両手に持って振り返ると、テレビ台の下のDVDを手で掻き分けながら見ている。

「…何してんの…?」


「あっ、いや、エロDVDとかさ、どこに隠してるのかな~って」


「テレビの横の、三段ボックスの一番下の本の裏に、いくつかあるよ」

 テーブルにコーヒーのコップを置いて、金田が左前に見える位置に、座りながら答えた。


「あら、そう。簡単に答えてくれるんだ?」


「…俺達もう三十路(みそじ)だよ。そんな高校生みたいなノリに、いちいち突っ込まないよ」


「ふぅん…、言葉は優しくなったけど、理屈っぽいところは変わってないわね」

 ほっとけ…。

 テーブルに置いたコップを手に取り、一口飲んで金田を見ると、同じ様にコップを手に取り、軽く匂いを嗅いでから一口。…なんも入ってないよ…、ただのインスタントコーヒーなんだけど。


「…それで…、俺の家に来た理由は?純子ちゃんの事?」

 少し警戒しながらコップをテーブルに置き、金田の顔を見ながら聞くと。

「まあ…、その事もあるんだけどね…」

 …なんだよ。純子ちゃんの事以外に聞く事あんのか?


「ほら、能登町で起きた事件、知ってるでしょ?、テレビでも結構やってるし」


「古屋と木下の事だろ?、ん?…じゃあ、わざわざ石川県から来たの?」


「ぶっぶー、不正解。石川県警の刑事がわざわざ東京まで来て捜査とかするわけないじゃん。出来ない事もないけど、他県で捜査する場合は、いちいち書類とか書かなくちゃいけないし」

 刑事…、結構昇進してんな。って事は東京に住んでんのか。


「んで…、なに聞きたいんだよ。殺人は石川県で起きたんだろ?、俺は東京にずっといたし、アリバイなら、俺がバイトしてる店長に聞けばすぐ分かるよ」

 置いたコップをもう一度手に取り、口に付けながら言った。

「まあ、石川県の事件はね~…。でも葛西純子(かさいじゅんこ)の件はノーガードよね?」

 口に含んだコーヒーをブっ、と吐きだし、ゴホゴホと咳き込む。…なんだよ、結局何が聞きたいんだ。


「なんだよ…、俺が疑われてんの?、純子ちゃんとはバイトが終わってから会ってな…!」

 そういやコンビニでビール買った後、純子ちゃんに声掛けられた様な…、でも振り返って誰もいなかったし。

「あら、当たり?、何か知ってる顔ね」

 顔つきが変わった金田を見て、冤罪だと分かっていても、怖い、取り調べ、刑務所、といった考えが頭の中を支配してゆく。ふうぅ…、と息を吸った瞬間。

「ははっ、どうしたの?、何も逮捕するとか言ってないでしょ」


「えっ、あっ、そうか。なんか金田の顔が迫力あってさ、ちょっとビビった」


「何それ、褒めてるの?」

 ふうっ、と一息つき、持っていたコップをテーブルに置く。…でもなんか今、背中に違和感を感じた。なんだ気持ち悪い…。


「聞きたい事はね、いろいろあるんだけど。何から言えばいいかな…」


「古屋と木下の事なら、俺の知ってる限りなら答えるよ」


「ん~、そうねぇ。古屋君の事ってテレビでしか知らないでしょ?」


「まあ、そうだけど…。検視して内臓が十代の内臓だったとか…」


「あ~、それなんだけど。内臓って言うか、肉体そのものが十代って言ったら信じる?」


「あ?、肉体がって。ありえる訳ないだろ。氷漬けにでもされてたのかよ」


「ん~、まあ。発見された時は、何十年も水の中にいた様な、ぶくぶくになってたんだけどね。おまけに体の関節もほとんど外れた状態で」

 金田の言った事が信じられなくて、少し疑いながら目を細めて。

「…冗談か?、一応俺、大学出てんだよ。水の中にいたなら肉が腐って魚のエサだ。骨だけになるはずだけど?、あとテレビじゃ、内臓が十代って言ってただけで…、まあ、それも信じられないけど」


「そう、不思議でしょ?、まあ、内臓が十代ってのは鑑識(かんしき)から漏れて、メディアが発表した事なんだけどね。メディアって怖いよね~」

 あっけらかんと話す金田に、ちょっと茫然とする。金田ってこんなやつだったっけ…。


「あっ、今、あたしってこんなやつだったって思った?」


「あっ、いや…」

 心を見透かされて、目を金田の顔から逸らす。


「まあ、警察官やってるとさ、人の顔見てある程度、何考えてるか分かっちゃったりするから。職業病ってやつでさ。あっ、今は何か探ろうとしてる訳じゃないから」

 すっげえ能力…。俺もそんな能力ほしいよ…。後ろの床に手を付きながら、そんな思いがよぎる。


「それで…、体の中の紙ってのは?、知ってるのか?」


「ああ、それね。それが聞きたくて寄ったんだけどね。体の中ってより、喉の奥に丸めて突っ込まれてたんだけど。直接の死因は、喉に突っ込まれた紙で窒息死。背中の傷は、深いけど、死に至るほどじゃなかったって聞いてる」

 …結構喋るな…、一般人の俺にそこまでバラしていいのか? ちょっと残酷な死因をペラペラと喋る金田を横流しに見て立ち上がった。


「どこいくの?、トイレ?」


「うっ…、そう、トイレだよ。ちょっとだけ我慢してたの!、考えてる事よむなよ」


「ふふっ、トイレに行きたいって、別にあたしじゃなくても分かるわよ」


「あ、そう…」

 なんか恥ずかしくって、少し赤くなりながらトイレに向かった。小便を済まし、トイレから出ると金田は玄関で靴を履こうとしていた。なんだ、帰るのか…、聞きたい事あったんじゃないのか。


「帰るのか?俺に聞きたい事は?」

 履いたヒールのつま先を玄関の床でトントンと鳴らし、俺の方を見て。

「あ~、だいたい分かったから。バイトの後輩の子は残念だったわね、元気だしてね」


「そう、それならいいんだけど」

 耳の穴に小指を突っ込みながら、どこを見る訳でもない目をしていると、金田はドアノブを掴んだ手を放して振り返り。

「あっ、そうそう、黒崎君。小学五年生の時の事件って覚えてる?、あなたの友達の」


「んあ…、覚えてるよ。あれ中学になってから犯人捕まったから。俺、小学校卒業するまで、なんかクラスメイトからいろいろ言われたからな…」


「あっ…、そうだったわね。ごめんね、辛い事思い出させて」


「いや、いいよ。それで、その事件がどうしたの?」


「犯人の平良正義が先日刑務所から出たんだけど、出所した日に行方不明になってるのよ。しかも出所した日と、古屋君が発見された日が一緒なの。なにか思い当たる事ない?」

 思いあたるって言われてもな。…でもそうか…、あの男、刑務所から出てたんだ…。

「その感じじゃ、何も分からないってことね。オッケー、ありがと。コーヒー美味しかったわ」

 玄関のドアを開けると、夕方を過ぎて少し暗くなり始めた外の景色が金田越しに見える。パタンと閉められた玄関のドアのシミを見ながら、ふと思う。…風呂、入りに行くか…、腐ってても仕方ないし、ビールもついでに買っとこ。帰って来た時に台所の隅に置いた、カバンを手に取り、ポケットに財布と携帯があるのを確認して靴を履き、玄関のドアを開けて外に出た。財布から鍵を取り出し、ドアの鍵をかけると、ゆっくりと階段を下りて停めてある自転車にまたがる。キ~コと音を鳴らしながらこぎ出すと、昨日行った銭湯の方角へ前輪を向けた。


 ――――――銭湯の横の細い路地、脇道に入ると。

「あれ?、おばさんの自転車。今日一回も会ってないけど」

 独り言を呟いた後、昨日と同じ場所に同じ様に停めてある自転車に疑問を(いだ)く。動いてない?、自転車そのままで、どっか行ってるのか?

 前カゴからカバンを取り出すと、のれんをくぐって中へ。財布から小銭を取り出し、男湯のガラス戸を開け、おばちゃんが座っている机の上にチャリンと置く。

「ごくろうさま。今日は仕事、遅かったのね。タオルとシャンプーは持って来た?」


「ああ、持って来たよおばちゃん。昨日はありがとね。今日は全部持って来たから」


「そう、じゃあ、ゆっくりしていきな」


「ありがとおばちゃん」


 一声お礼をして脱衣所へ歩く。ロッカーを開け、脱いだ服を放り込むと、一度風呂場に入り、積まれている桶を一つ取って戻り、カバンを開けて、シャンプー、リンス、ボディーソープとタオルを桶に入れると、右手に持ち、風呂場の戸を開けて、中に入ってもう一つ桶を取ると、ゆうゆうと湯船を目指す。客は俺だけ。ザバっと何度か湯を被り、湯船にゆっくりと浸かった。温かい…、気持ちが安らぐな…。

 すると、大柄の若い男が湯船からお湯を桶ですくい、立ちながらザバっと体に湯を被せた。なんだよ、座って湯浴びしろよ…。もう一度すくって、またも立ちながら豪快に頭から湯を浴びる。ジャバジャバと跳ねた湯が、俺の頭や顔に浴びせかかった。

「…ちょっとあんた。座って湯浴びすれば?、あんたが浴びた湯が中に入ってんだけど」

 説教するつもりではないが、マナーの悪い男にむかつき、少し声を低くして、どう見ても自分より年下の若い男を睨むと。

「あ?、なにおっさん。俺に文句でもあんの?」

 その声に反応して、脱衣所から入ってきたもう一人の男が、髪を掻き毟りながら。

「どうしたの、そのおっさんに何か言われたの?」

 おいおい、二人かよ…。言ってしまった事を後悔する前に、大柄の若い男は湯船に飛び込む様に入り、俺の横に座って、俺の肩に腕をのせ。

「ごめんねおじさん。俺達、育ち悪いから、おじさんの言ってることわかんねぇわ」

 明らかに脅すような態度。その威圧ぶりに、股間がチジまるような感覚を覚え、グイっと寄って来る男の目を見ない様に逸らした。喧嘩とかまずいよな・・・。バイトもあるし、銭湯のおばちゃんにも世話になってるし…。怖い感情を、何か別の事を考えて逸らし、元々喧嘩する勇気も無いクセに、喧嘩とかまずいと思っている自分に少し幻滅する。すると若い男は調子にのって。

「おじさん俺、最近ちょっと金欠なんだよね~。風呂出たらさ、ちょっとだけお金貸してくれない?」


 その言葉を聞いて。まずい…、俺今たかられてる…。ここは逃げるしか…。湯船の若い男がちょっと目を逸らした瞬間に、ザバっと勢いよく立ち上がって湯船から上がろうとすると、もう一人の男が前にたちはだかって腕を掴み。

「おっさん、何逃げようとしてんだよ!」

 掴まれた腕を振りほどこうにも、力が強く、振りほどけない。すると、立ち上がった拍子に腕を払われて、どこかにぶつけたのか、湯船の若い男が足を掴み。

「痛って~、何すんの?、おじさん。俺、怒っちゃうよ」

 腕を足を掴まれ、怖い、うざい、痛い、…苦しい…。苦しい?

「えっ…、ひっ…」

 声にならない叫び声が聞こえ、ジャバっと音と共に足を掴んでいた手が離れた。後ろを振り向くと、若い男の姿が無い。

「ひっ、ひぃ、ばけもの!、ひぃ…」

 前で腕を掴んでいた男の手が離れ、何事かと思い、前を向くと、もう一人の男の姿も消えていた。あっ…、なに…? 何が起きてるんだ。今まで感じた事のない恐怖が全身を貫き、湯船に浸かっていた片足を抜くと、持って来た風呂セットを忘れ、よたよたと脱衣所を目指す。ガラス戸に手をかけようとすると、ガラっと開いて、うわっ、っとびっくりする。脱衣所側から開けたおじさんもびっくりした表情だったが、心を落ち着かせ、入れ違いに脱衣所へと出た。俺にからんでた男達が消えた…、何で…。到底考えても分からない事態に、またも恐怖が襲いかかる。ロッカーを開け、カバンからタオルを取り出すと、何かに憑りつかれた様に体を拭き、素早く服を着てカバンを手におばちゃんが座っているその先の出口へと向かう。

「あら、ちゃんと体洗ったの?ちょっと早いけど…」

 おばちゃんの話が耳に入ることはなく、無言で出口のガラス戸を開けて出た。靴を履いて、のれんをくぐって、脇道に入ると、自転車の鍵を取り出し、震える手で、なかなか入らない鍵にイラつきを感じると、銭湯に入る前に置いてあった、ハイツの一階に住むおばさんの自転車が目に入る。…まさか…。

 カチっと自転車の鍵を解除すると、よしっ、と頷き、勢いよく自転車をハイツに向けて走り出した。



 

 

 


 







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