古屋の新事実
「お疲れさま、純子ちゃん。気を付けて帰ってね」
「私より先輩の方が危ないですよ。ほんと気を付けてくださいね」
はは…。
十歳も下の子に心配されると、なんか自信無くすなぁ…。
「じゃあ、後はよろしくね。レジはそのままだから、店長が来たらそう言っておいて」
夕方になり、夜中までのシフトの二人と交代する。
今日もお疲れさまでしたよっと。
奥で着替えて手を上げ出ようとすると。
「黒崎さん。黒崎さんって出身どこでしたっけ」
夕方から入る後輩のバイト仲間に呼び止められる。
ああ、もうそれ今日で二回目。
「石川県、能登町だよ」
「あっ、それ今日ニュースでやってたんですけど……」
「ああ、知ってる知ってる。殺人だろ? 知ってるよ。じゃあな」
ちょっとめんどくさく話して店を出た。
まったく、庶民ってのはズカズカ入り込んでくる。
あっ、いけね。
まただ。
あんまり人の悪口は言いませんように……。
コンビニの前に停めてある自転車にまたがり、家に向かってこぎだした。
夕飯どうしよっか…、昨日の残りでいっか。
早く食わないと腐るしな。
――――――キキーっとハイツの前で止まり、自転車の足回りを確認する。
油切れてんのか、変な音するな…。
「あら、おかえりなさい。あっ、そう言えば今日ね、ニュース見てたらね、あなたの出身だっけ、能登町。殺人事件があったのよ」
はい、三回目。
近くに出身者がいて良かったですね、噂話しが出来て。
「怖いわよねぇ」
「あぁ、そうっすね。あっちは田舎だから、結構話題になってるかもですね」
「そうよねぇ、田舎だからねぇ」
「あの……、ちょっと疲れてるんで、今日はもう家に閉じこもりますね」
「あら、ごめんなさい。亡くなった方、お知り合いだったの?」
……なんだよ、まだなんか話したいのか。
疲れてるって言ってるだろ。
「ああ、まあ、ちょっとした知り合いみたいなもので……」
「あらあら大変。お葬式とか行かないで大丈夫?」
ああもう……、だからほっとけって。
「あ、大丈夫だと思います。じゃあ」
カンカンと鉄製の階段を駆け上がって、噂好きのおばさんから避難する。
まて、俺は心を入れ替えたんだ。
もう昔の俺じゃない……。
201号室。
鍵を財布から出して扉を開けた。
ふ~っと一息ついてベットに倒れ込む。
ベッドの横に置いてある低いテーブルの上の時計は午後六時半。
ビールまだあったかな…、帰りに買っておいたほうが良かったかな…。
とりあえず飯食うか…。
ツードアの小さな冷蔵庫を開け、昨日の残りの肉じゃがを取り出した。
これだけじゃ足りないな。
肉じゃがはビールのつまみで、レトルトのカレーでいいか……。
電子レンジ台の戸棚を開け、レトルトカレーを取り出した。
ナベに水を入れてポチャンと落とす。
コンロの上に置いて火をつけた。
ああ、そういやさっき、まだあったな。
もう一度冷蔵庫を開け確認する。
奥にビール二缶残っていた。
一缶取り出し、カシュっと開けてコンロの前で飲みながら沸騰するのを待つ。
「古屋幸一……か。どんなやつだったかな……」
大した興味も無いのに口から出てくる名前。
俺も適当だな……。
ぐつぐつと湧いてくると、炊飯器から昨日炊いて残っていた白飯を平皿に盛って、使ってない方のコンロの上に置いた。
コンロの火を消し、サッと取り出して皿の上の白飯にドロっとかける。
見た目こそ良くないが、まあ好きなカレーだ。
……そういや古屋の好物もカレーだったな……。
まあ二十年も前の話だ。
小学校を卒業して中学校も一緒だったのかな?
覚えてないけど中学の時は話した記憶が無い。
別の中学に行ったんだったか……。
カレーが盛られた皿と飲みかけのビールを持って、狭い部屋の中にある小さなテーブルの上に置いて胡坐をかいた。
テーブルの上の箸入れからスプーンを取り出し、口へかきこむ。
味変わった? 所詮はレトルトか。
……なんだ俺、今朝から変じゃないか? いちいち反応してばかり。
レトルトだっていいじゃないか! 味変わっても美味しいんだから……。
グビっと残っているビールを飲み干すと、寝転がりながら冷蔵庫を開け、残っていたビールを取り出した。
夜、飲もうと思ってたけど……、今晩また買いに出かければいいか。
プシュっと開けて出てくる泡に口を付ける。
夕飯が終わって台所に皿と、カラになったビール缶を昨日飲んだのを合わせ、四缶放り込んだ。
中を水で洗わないと、変な虫が来ちゃうんだよな。
まあ、あとでいっか。とりあえずビール買いにいこ……。
アルコール入ってるけど、近くのコンビニまで走っていくか……。
くしゃくしゃになったランニングシューズに足を通し、キュっときつく縛った。
玄関の扉を開けると、少し薄暗くなっている。
鍵を閉め、鉄製の階段を音を立てない様に下りてからの猛ダッシュ。
近くのコンビニなら走って二分もかからない。
予定通り、二分で着いてビールを三缶。二缶は明日の分。
今度は走らずゆっくりと歩いて帰る。
「あっ、先輩!どうしたんですか?こんなところで」
ん~、この声って。早く帰って、またビール飲みたいけど……。
後ろからの声にゆっくりと振り向いた。
「どうしたの純子ちゃんこそ、こんなところ……で?」
誰もいない。
……あれ、ビール飲んで全力で走ったから廻ったかな。
でも確かに聞こえた筈なんだけど……。
手に持つビールの入ったビニール袋が、突然の突風に吹かれてバタバタと音を立てる。
なんだよ気持ち悪い……。
――――――五分ほど歩いてハイツの前まで戻ってきた。
また音を立てずにゆっくりと二階へ上がる。
鍵を開けて中に入ると、何か空気が違う気がした。
冷蔵庫を開け、二缶を入れて代わりに昨日の肉じゃがを取り出し、レンジの中に入れてスイッチを押す。
ジーっと電子音。
もうこの電子レンジも古いな……。
小学校時代から使ってる年代物の中を見ると、オレンジ色に光っている。
……まだ使えるか。
チンっと音がし、アツアツになった小皿を取り出し、素早くテーブルの上に置いた。
パタンとレンジの扉を閉め、テーブルの前に胡坐をかいて座る。
ラップをはがすと美味しそうな湯気。
缶ビールを開け、グビっと一口。
美味い~、たまんないね、この味。
箸を取って肉じゃがをほおばる。
ビールに肉じゃが、やっぱり合う。
そういや今日まだテレビ見てないよな…。
なんとなくリモコンを手に取り、テレビに向けて電源ボタンを押した。
『私は今、殺人事件があった石川県能登町に来ております』
……なんだよ、殺人事件って全国どこでもやってるだろ?
そりゃ言い過ぎか。
でも朝、純子ちゃんがニュースで見たって言ってたし、下のおばさんはどう考えても見たのは昼だよな。
朝には何も言われなかったし。
そんな大きな事件なのか?
『この奇妙な事件の裏側に、一体何が隠されているのでしょうか』
ああ? 奇妙? ただの殺人事件じゃないのか?
『被害者の男性は、小学校の授業中に行方不明になっており、そして家出なのかどうなのかは定かではありませんが、何十年ぶりに帰って来た家の前でご両親と再会する事なく、誰かに後ろから鋭利な刃物で刺されて亡くなったのです』
……は? 行方不明だった?
『亡くなった遺体を解剖した結果、またも奇妙なことが分かったのですが』
なんだよ、奇妙な事って。
リポーターは、話しの途中でディレクターらしき人から一枚の紙を渡された。
『只今、最新の情報が入りました。ちょっと理解しがたい事なのですが、この亡くなった方。実は…三十一歳という年齢にもかかわらず、体の中、つまり内臓がですね……、え~と……』
テレビの中のリポーターも理解しがたいと言った顔で報道していいのか、という顔をしている。
なんだよ……、そこまで言ったなら言えよ。
『あの……、この男性の内臓年齢は十台前半。まるで小学生から歳をとっていないような……、ってこれほんとに合ってるの?』
テレビの中のリポーターは、何やら一緒に取材した人に向かってか、カメラ目線ではない方向を向いて話しをしている。
『あの、失礼しました。被害者の体の中から異物が発見された模様で、折りたたまれた紙だったそうです。何か書かれているらしいのですが、血に汚れてまだ何が書かれているのかが分からないと』
なんだよ……。
内臓年齢が十台前半で、体の中から紙?
気味悪いな……。ビールが不味くなる。
まだ続いているニュース番組をチャンネルを変えてドラマにする。
……なんだ、紙って……。
明日ってバイトだったか、…休みだな。
もう一本いっとくか。
寝転んで冷蔵庫に手を伸ばし、扉を開いてもう一缶取り出した。
残っていたビールを一気に飲み干し、新しく取り出したビールをまた、カシュっと開ける。
テレビでは青春ドラマが流れていた。
……あぁ、人間なんてそんな上手く生きられるかよ。
所詮作られた物語なんてリアルじゃないんだ。
そのままの人生歩めれば幸せもんだな。まあ、ありえないけど。
また、何かを皮肉っている。
なんだこれ、俺ってこんなやつだった?
まるで昔の俺みたいな……。やめよう。
あ、そういや、外したコンタクト。
バイト先に忘れてきちゃったな。
電話したら誰かいるか、とりあえず捨てられない様に言っとくか。
スマホを取り出し、バイト先の後輩の番号を探し、電話をかけてみる。
プルルルルっと二回鳴り。
「はい、どうしたんすか?先輩」
「あ~、海斗君?そっちにさ、俺、コンタクトレンズ忘れてると思うんだけど……」
「あ~、ありましたよ。丸い小っちゃい入れ物ですよね、白い」
「ああ、それそれ。俺明日休みだからさ、どこか捨てられない様なところに置いててくれない?」
「あ~、はい。分かりました。……あとですね先輩」
「うん?」
「純子ちゃんって連絡取れます? 明日純子ちゃんシフト組んでるんすけど、連絡しても出なくて」
純子ちゃんが電話に出ないって珍しいな……。
何よりも真面目な子なのに。
そういやビール買いに行った帰りに声を聞いた様な……。
「あの……、先輩、聞いてますか?」
「あ、ああ、ごめんごめん。聞いてるよ。一応俺からも連絡しておくから」
「そおっすか、じゃあお願いしますね」
後輩との通話を切り、スマホの画面で純子の名前を探す。
ピっ、プルルルル、プルルルル。
二回、三回、四回、五回とコールしても出ない。
もう寝てんのかな、でもまだ十時前だし……。
いい加減、何度もコールしても出ないので切ってしまった。
着信に海斗君と俺のが入ってるから、見たら電話返してくるだろ…。
あ~、風呂。
まあ明日休みだから、今日はもうこれ飲んだら寝るか。ちょっと早いけど。
手に持っているビールの缶を揺らし、ちゃぽちゃぽと音を聞いてにやりとする。
あ~、歳とっても何も良い事ないな~。楽しみってこれくらいか。
缶を口に付け、一気に飲み干した。
「くあ~、美味い!、一人でも一気飲みってサイコーだな」
独り言を言った後、手に持っていた缶をぽとっと落とし、立ち上がってベッドに倒れ込んだ。
今日はバイトまあまあ忙しかったし、ビール飲んでから走ったからなぁ……。
まだ十時だけど眠いな。寝るか……。
掛け布団を上手く足でバタバタと広げ、首元に手繰り寄せて体に被せた。
お休みなさい……。
――――――トントンと肩を叩く感触。
「拓也君、寝ちゃってる?起きてない?」
「ん……、なんだよ小春。眠いんだよ、ほっとけ」
「あ……、ふっ、ふん! んもう。次の時間は体育だよ。起きないなら勝手にすれば?」
「あ~、うるせえな。体育だな。分かりましたよ、いけばいいんだろ?」
「……あんたなんか起こすんじゃ無かったわ。気持ち悪い……」
なんだよ……。
起こしておいて気持ち悪いとか……。
「あ~ら、小春ちゃん?なに怒ってるんでちゅか~?」
「なによ今日子、その言い方。あんたあたしに喧嘩売ってんの?」
「別に~? あんたなんかに喧嘩売っても、勿体無いだけだしね~」
「あ~、そう。好きにすれば?あたしはもう更衣室行くから」
金田ってガキっぽいな。
いや、小春が大人っぽいのか……、なんか俺と似てるよな、あいつ。
「な~んだ、つまんないな~。小春おちょくるのが楽しいのに」
……ガキっていうより性悪だな。
「なあ金田、聞きたい事あるんだけど」
「うん? 何?」
「小春の事、嫌いなのか?」
「あ~、嫌いっちゃ嫌いかな~。でも面白いからね~、おちょくると」
……やっぱガキだな。
「おい黒崎。体育始まるぜ!いかねえの?」
古屋、カッコつけて語尾、ぜっとか言っちゃってるけど、お前の体系と顔じゃ逆効果だからな。
気持ち悪いんだよ。
「ああ、いくよ」
体操着が入っている袋を持って教室から出た。
前に古屋と雑賀。後ろに浜中と金田。
体育館の中、入ってすぐのところに更衣室があり、小学四年生からは、ここまで移動して着替える。
めんどくせぇなほんと。
大人が作ったルールに従ってるだけだ。
六年三組の隣は空き教室なんだから、どっちかが移動すれば楽なのに。
更衣室の入り口まで来ると。
「ああ! 俺帽子忘れちゃった。ちょっと取って来る」
「あ~、幸一君、帽子なんてもういいんじゃない? 体育の授業始まっちゃうよ」
「うるせえな、忘れて怒られたくないんだよ俺は。誰かさんと違ってな」
あ~、そうですか。
雑賀もよくこんなのと付き合ってるよな。
「とりあえず黒崎、雑賀、体操服に着替えよう。雑賀、心配しなくてもすぐに古屋は帰ってくるよ」
浜中、なんでこいつが仕切ったような口きいてんだ?
まあいいか。
こいつ嫌いだけど、まだマシなほうだし。
――――――みんな着替え終わってグランドに集まると、校舎から出て来た先生が指差しで生徒の確認をしだす。
声出さないで分かるのか? 適当にやってんじゃないの?
「うん? 古屋がいないな。誰か古屋が何してるのか知ってる人は?」
「あっ、先生!」
「雑賀? どうした。知ってるのか?」
「古屋幸一君はちょっと忘れ物したみたいで……、あの……」
忘れ物したってちくったなって後で言われるぞ、雑賀。
「ふぅむ、分かった。じゃあ古屋が来るまでみんなでストレッチでもしてるか」
クラスメイト全員が、は~いと一声。
先生の号令に合わせて同じ様にストレッチをする。
そして古屋は忘れ物を取りに行ったまま、帰って来ることは無かった。