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蛇の奇道  作者: 巻大 
2/13

古屋の新事実

「お疲れさま、純子ちゃん。気を付けて帰ってね」


「私より先輩の方が危ないですよ。ほんと気を付けてくださいね」


 はは…。

 十歳も下の子に心配されると、なんか自信無くすなぁ…。


「じゃあ、後はよろしくね。レジはそのままだから、店長が来たらそう言っておいて」


 夕方になり、夜中までのシフトの二人と交代する。


 今日もお疲れさまでしたよっと。


 奥で着替えて手を上げ出ようとすると。


「黒崎さん。黒崎さんって出身どこでしたっけ」


 夕方から入る後輩のバイト仲間に呼び止められる。


 ああ、もうそれ今日で二回目。


「石川県、能登町だよ」


「あっ、それ今日ニュースでやってたんですけど……」


「ああ、知ってる知ってる。殺人だろ? 知ってるよ。じゃあな」


 ちょっとめんどくさく話して店を出た。

 まったく、庶民ってのはズカズカ入り込んでくる。


 あっ、いけね。

 まただ。

 あんまり人の悪口は言いませんように……。


 コンビニの前に停めてある自転車にまたがり、家に向かってこぎだした。


 夕飯どうしよっか…、昨日の残りでいっか。

 早く食わないと腐るしな。


 ――――――キキーっとハイツの前で止まり、自転車の足回りを確認する。


 油切れてんのか、変な音するな…。


「あら、おかえりなさい。あっ、そう言えば今日ね、ニュース見てたらね、あなたの出身だっけ、能登町。殺人事件があったのよ」


 はい、三回目。

 近くに出身者がいて良かったですね、噂話しが出来て。


「怖いわよねぇ」


「あぁ、そうっすね。あっちは田舎だから、結構話題になってるかもですね」


「そうよねぇ、田舎だからねぇ」


「あの……、ちょっと疲れてるんで、今日はもう家に閉じこもりますね」


「あら、ごめんなさい。亡くなった方、お知り合いだったの?」


 ……なんだよ、まだなんか話したいのか。

 疲れてるって言ってるだろ。


「ああ、まあ、ちょっとした知り合いみたいなもので……」


「あらあら大変。お葬式とか行かないで大丈夫?」


 ああもう……、だからほっとけって。


「あ、大丈夫だと思います。じゃあ」


 カンカンと鉄製の階段を駆け上がって、噂好きのおばさんから避難する。


 まて、俺は心を入れ替えたんだ。

 もう昔の俺じゃない……。


 201号室。

 鍵を財布から出して扉を開けた。

 ふ~っと一息ついてベットに倒れ込む。

 ベッドの横に置いてある低いテーブルの上の時計は午後六時半。


 ビールまだあったかな…、帰りに買っておいたほうが良かったかな…。

 とりあえず飯食うか…。


 ツードアの小さな冷蔵庫を開け、昨日の残りの肉じゃがを取り出した。


 これだけじゃ足りないな。

 肉じゃがはビールのつまみで、レトルトのカレーでいいか……。


 電子レンジ台の戸棚を開け、レトルトカレーを取り出した。

 ナベに水を入れてポチャンと落とす。

 コンロの上に置いて火をつけた。


 ああ、そういやさっき、まだあったな。


 もう一度冷蔵庫を開け確認する。

 奥にビール二缶残っていた。

 一缶取り出し、カシュっと開けてコンロの前で飲みながら沸騰するのを待つ。


「古屋幸一……か。どんなやつだったかな……」


 大した興味も無いのに口から出てくる名前。

 俺も適当だな……。


 ぐつぐつと湧いてくると、炊飯器から昨日炊いて残っていた白飯を平皿に盛って、使ってない方のコンロの上に置いた。

 コンロの火を消し、サッと取り出して皿の上の白飯にドロっとかける。

 見た目こそ良くないが、まあ好きなカレーだ。


 ……そういや古屋の好物もカレーだったな……。

 まあ二十年も前の話だ。

 小学校を卒業して中学校も一緒だったのかな?


 覚えてないけど中学の時は話した記憶が無い。


 別の中学に行ったんだったか……。


 カレーが盛られた皿と飲みかけのビールを持って、狭い部屋の中にある小さなテーブルの上に置いて胡坐(あぐら)をかいた。

 テーブルの上の箸入れからスプーンを取り出し、口へかきこむ。


 味変わった? 所詮はレトルトか。

 ……なんだ俺、今朝から変じゃないか? いちいち反応してばかり。

 レトルトだっていいじゃないか! 味変わっても美味しいんだから……。


 グビっと残っているビールを飲み干すと、寝転がりながら冷蔵庫を開け、残っていたビールを取り出した。


 夜、飲もうと思ってたけど……、今晩また買いに出かければいいか。


 プシュっと開けて出てくる泡に口を付ける。


 夕飯が終わって台所に皿と、カラになったビール缶を昨日飲んだのを合わせ、四缶放り込んだ。


 中を水で洗わないと、変な虫が来ちゃうんだよな。

 まあ、あとでいっか。とりあえずビール買いにいこ……。

 アルコール入ってるけど、近くのコンビニまで走っていくか……。


 くしゃくしゃになったランニングシューズに足を通し、キュっときつく縛った。


 玄関の扉を開けると、少し薄暗くなっている。

 鍵を閉め、鉄製の階段を音を立てない様に下りてからの猛ダッシュ。

 近くのコンビニなら走って二分もかからない。

 予定通り、二分で着いてビールを三缶。二缶は明日の分。

 今度は走らずゆっくりと歩いて帰る。


「あっ、先輩!どうしたんですか?こんなところで」


 ん~、この声って。早く帰って、またビール飲みたいけど……。


 後ろからの声にゆっくりと振り向いた。


「どうしたの純子ちゃんこそ、こんなところ……で?」


 誰もいない。


 ……あれ、ビール飲んで全力で走ったから廻ったかな。

 でも確かに聞こえた筈なんだけど……。


 手に持つビールの入ったビニール袋が、突然の突風に吹かれてバタバタと音を立てる。


 なんだよ気持ち悪い……。


 ――――――五分ほど歩いてハイツの前まで戻ってきた。

 また音を立てずにゆっくりと二階へ上がる。

 鍵を開けて中に入ると、何か空気が違う気がした。

 冷蔵庫を開け、二缶を入れて代わりに昨日の肉じゃがを取り出し、レンジの中に入れてスイッチを押す。

 ジーっと電子音。


 もうこの電子レンジも古いな……。


 小学校時代から使ってる年代物の中を見ると、オレンジ色に光っている。


 ……まだ使えるか。


 チンっと音がし、アツアツになった小皿を取り出し、素早くテーブルの上に置いた。

 パタンとレンジの扉を閉め、テーブルの前に胡坐(あぐら)をかいて座る。

 ラップをはがすと美味しそうな湯気。

 缶ビールを開け、グビっと一口。


 美味い~、たまんないね、この味。


 箸を取って肉じゃがをほおばる。

 ビールに肉じゃが、やっぱり合う。

 

 そういや今日まだテレビ見てないよな…。


 なんとなくリモコンを手に取り、テレビに向けて電源ボタンを押した。


『私は今、殺人事件があった石川県能登町に来ております』


 ……なんだよ、殺人事件って全国どこでもやってるだろ? 

 そりゃ言い過ぎか。

 でも朝、純子ちゃんがニュースで見たって言ってたし、下のおばさんはどう考えても見たのは昼だよな。

 朝には何も言われなかったし。

 そんな大きな事件なのか?


『この奇妙な事件の裏側に、一体何が隠されているのでしょうか』


 ああ? 奇妙? ただの殺人事件じゃないのか?


『被害者の男性は、小学校の授業中に行方不明になっており、そして家出なのかどうなのかは定かではありませんが、何十年ぶりに帰って来た家の前でご両親と再会する事なく、誰かに後ろから鋭利な刃物で刺されて亡くなったのです』


 ……は? 行方不明だった?


『亡くなった遺体を解剖した結果、またも奇妙なことが分かったのですが』


 なんだよ、奇妙な事って。


 リポーターは、話しの途中でディレクターらしき人から一枚の紙を渡された。


『只今、最新の情報が入りました。ちょっと理解しがたい事なのですが、この亡くなった方。実は…三十一歳という年齢にもかかわらず、体の中、つまり内臓がですね……、え~と……』


 テレビの中のリポーターも理解しがたいと言った顔で報道していいのか、という顔をしている。


 なんだよ……、そこまで言ったなら言えよ。


『あの……、この男性の内臓年齢は十台前半。まるで小学生から歳をとっていないような……、ってこれほんとに合ってるの?』


 テレビの中のリポーターは、何やら一緒に取材した人に向かってか、カメラ目線ではない方向を向いて話しをしている。


『あの、失礼しました。被害者の体の中から異物が発見された模様で、折りたたまれた紙だったそうです。何か書かれているらしいのですが、血に汚れてまだ何が書かれているのかが分からないと』


 なんだよ……。

 内臓年齢が十台前半で、体の中から紙?

 気味悪いな……。ビールが不味くなる。


 まだ続いているニュース番組をチャンネルを変えてドラマにする。


 ……なんだ、紙って……。


 明日ってバイトだったか、…休みだな。

 もう一本いっとくか。


 寝転んで冷蔵庫に手を伸ばし、扉を開いてもう一缶取り出した。

 残っていたビールを一気に飲み干し、新しく取り出したビールをまた、カシュっと開ける。

 テレビでは青春ドラマが流れていた。


 ……あぁ、人間なんてそんな上手く生きられるかよ。

 所詮作られた物語なんてリアルじゃないんだ。

 そのままの人生歩めれば幸せもんだな。まあ、ありえないけど。


 また、何かを皮肉っている。


 なんだこれ、俺ってこんなやつだった?

 まるで昔の俺みたいな……。やめよう。

 あ、そういや、外したコンタクト。

 バイト先に忘れてきちゃったな。

 電話したら誰かいるか、とりあえず捨てられない様に言っとくか。


 スマホを取り出し、バイト先の後輩の番号を探し、電話をかけてみる。

 プルルルルっと二回鳴り。


「はい、どうしたんすか?先輩」


「あ~、海斗君?そっちにさ、俺、コンタクトレンズ忘れてると思うんだけど……」


「あ~、ありましたよ。丸い小っちゃい入れ物ですよね、白い」


「ああ、それそれ。俺明日休みだからさ、どこか捨てられない様なところに置いててくれない?」


「あ~、はい。分かりました。……あとですね先輩」


「うん?」


「純子ちゃんって連絡取れます? 明日純子ちゃんシフト組んでるんすけど、連絡しても出なくて」


 純子ちゃんが電話に出ないって珍しいな……。

 何よりも真面目な子なのに。

 そういやビール買いに行った帰りに声を聞いた様な……。


「あの……、先輩、聞いてますか?」


「あ、ああ、ごめんごめん。聞いてるよ。一応俺からも連絡しておくから」


「そおっすか、じゃあお願いしますね」


 後輩との通話を切り、スマホの画面で純子の名前を探す。

 ピっ、プルルルル、プルルルル。

 二回、三回、四回、五回とコールしても出ない。


 もう寝てんのかな、でもまだ十時前だし……。


 いい加減、何度もコールしても出ないので切ってしまった。


 着信に海斗君と俺のが入ってるから、見たら電話返してくるだろ…。

 あ~、風呂。

 まあ明日休みだから、今日はもうこれ飲んだら寝るか。ちょっと早いけど。


 手に持っているビールの缶を揺らし、ちゃぽちゃぽと音を聞いてにやりとする。


 あ~、歳とっても何も良い事ないな~。楽しみってこれくらいか。


 缶を口に付け、一気に飲み干した。


「くあ~、美味い!、一人でも一気飲みってサイコーだな」


 独り言を言った後、手に持っていた缶をぽとっと落とし、立ち上がってベッドに倒れ込んだ。


 今日はバイトまあまあ忙しかったし、ビール飲んでから走ったからなぁ……。

 まだ十時だけど眠いな。寝るか……。


 掛け布団を上手く足でバタバタと広げ、首元に手繰り寄せて体に被せた。


 お休みなさい……。


 ――――――トントンと肩を叩く感触。


「拓也君、寝ちゃってる?起きてない?」


「ん……、なんだよ小春。眠いんだよ、ほっとけ」


「あ……、ふっ、ふん! んもう。次の時間は体育だよ。起きないなら勝手にすれば?」


「あ~、うるせえな。体育だな。分かりましたよ、いけばいいんだろ?」


「……あんたなんか起こすんじゃ無かったわ。気持ち悪い……」


 なんだよ……。

 起こしておいて気持ち悪いとか……。


「あ~ら、小春ちゃん?なに怒ってるんでちゅか~?」


「なによ今日子、その言い方。あんたあたしに喧嘩売ってんの?」


「別に~? あんたなんかに喧嘩売っても、勿体無いだけだしね~」


「あ~、そう。好きにすれば?あたしはもう更衣室行くから」


 金田ってガキっぽいな。

 いや、小春が大人っぽいのか……、なんか俺と似てるよな、あいつ。


「な~んだ、つまんないな~。小春おちょくるのが楽しいのに」


 ……ガキっていうより性悪だな。


「なあ金田、聞きたい事あるんだけど」


「うん? 何?」


「小春の事、嫌いなのか?」


「あ~、嫌いっちゃ嫌いかな~。でも面白いからね~、おちょくると」


 ……やっぱガキだな。


「おい黒崎。体育始まるぜ!いかねえの?」


 古屋、カッコつけて語尾、ぜっとか言っちゃってるけど、お前の体系と顔じゃ逆効果だからな。

 気持ち悪いんだよ。


「ああ、いくよ」


 体操着が入っている袋を持って教室から出た。

 前に古屋と雑賀。後ろに浜中と金田。

 体育館の中、入ってすぐのところに更衣室があり、小学四年生からは、ここまで移動して着替える。


 めんどくせぇなほんと。

 大人が作ったルールに従ってるだけだ。

 六年三組の隣は空き教室なんだから、どっちかが移動すれば楽なのに。


 更衣室の入り口まで来ると。


「ああ! 俺帽子忘れちゃった。ちょっと取って来る」


「あ~、幸一君、帽子なんてもういいんじゃない? 体育の授業始まっちゃうよ」


「うるせえな、忘れて怒られたくないんだよ俺は。誰かさんと違ってな」


 あ~、そうですか。

 雑賀もよくこんなのと付き合ってるよな。


「とりあえず黒崎、雑賀、体操服に着替えよう。雑賀、心配しなくてもすぐに古屋は帰ってくるよ」


 浜中、なんでこいつが仕切ったような口きいてんだ?

 まあいいか。

 こいつ嫌いだけど、まだマシなほうだし。


 ――――――みんな着替え終わってグランドに集まると、校舎から出て来た先生が指差しで生徒の確認をしだす。


 声出さないで分かるのか? 適当にやってんじゃないの?


「うん? 古屋がいないな。誰か古屋が何してるのか知ってる人は?」


「あっ、先生!」


「雑賀? どうした。知ってるのか?」


「古屋幸一君はちょっと忘れ物したみたいで……、あの……」


 忘れ物したってちくったなって後で言われるぞ、雑賀。


「ふぅむ、分かった。じゃあ古屋が来るまでみんなでストレッチでもしてるか」


 クラスメイト全員が、は~いと一声。

 先生の号令に合わせて同じ様にストレッチをする。


 そして古屋は忘れ物を取りに行ったまま、帰って来ることは無かった。

 

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