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蛇の奇道  作者: 巻大 
13/13

4人

「まったくどうなってるのよ!、こんなの聞いた事もないわ!」


「かっ、金田刑事、落ち着いて…」


「落ち着け?、こんなふざけた事件でどうやって落ち着けって言うの?」


 石川県警会議室で、会議の指揮を取る金田が数人の警部、警官達の前で机を叩きながら立ち上がった。それを隣にいた景山が、宥めるようにして話す。

「金田さん、とりあえずは遺体で見つかった飯田一輝の家へ行きましょう。現場には昨日から、現地署の矢倉警部(やくらけいぶ)が付いて、不信な人物がいないか見張ってくれています」


「…そうね…、じゃあ私達は現場に行くから、あなた達は周辺の聞き込み、あと東京の本庁からの連絡も忘れずに聞いておいて。東京の事件との関連性を探るのよ。分かったら行動開始して、いいわね!」


 東京から来た刑事の言葉に軽くうなずく警部達。反応を見るなり金田と景山は、会議室のドアを勢いよく開けて警察署内の廊下を歩きだす。署の受付に軽く右手を上げて外に出ると、停めてある車に向かいながらとなりで歩く景山に独り事の様に話す。

「はぁ…、こういう立場って、あたし向いてないのよね」


「そうですか?、僕は結構向いてると思いますけどね、金田さん」


「茶化さないで…、まあ、上からの命令だし、仕方ないけどね」


 二人で車に乗り込むと、昨夜水死体が見つかった現場へと車は走り出した。周りの景色が住宅街から畑へと変わり、走っている車も少なくなってゆく。窓から海が見える道を走って能登町へと入ると、坂を上って砂利道に入り、山の中腹辺りにある一軒の家の前で止まった。家を囲う塀も無く、外壁のいたるところでひび割れがある家の周りには、数人の鑑識班と地元の警官、そして矢倉警部の姿。左手でハンドブレーキを引いて、右手でエンジンを切りながら言う。

「この家です。周りは何もないですね、ここ」

 すると、助手席のドアを開けて外に出ながら金田が返す様に言った。

「亡くなった飯田一輝は、一人暮らしであまり人とも話さない性格みたいだったから。田舎じゃ珍しいけどね」

 二人は家の玄関の前まで歩くと、難しい顔でこちらを見る矢倉警部に話しかける。

「ごくろうさま矢倉警部。ごめんなさいね、来るのが遅くなって」

 話しかけられた矢倉警部は、面倒くさそうに金田を見て言った。

「あ~、まあ、別にいいんですけどね。現場見に来るなら、連絡くらい欲しかったね」


「…そうね。悪かったわ」


「まあ、いいんですけどね。…ああ、調べるならちょっとあっちでタバコ吸ってますんで。用がある時は呼んでください」

 そう言って、そそくさと家の裏へと歩き出す警部。景山は、はぁ…と溜息をついて金田に話しかけた。

「僕らってあまりこの辺りじゃ歓迎されてないですよね」

 すると畑の先にぽつぽつと見える家を見ながら。

「気にしたら負けよ。こんなのどこにでもある事だから…。じゃあ景山君は鑑識から直接変わった所は無いか聞いて。あと遺体発見者に話しを聞いた矢倉警部にも、その時会った人の情報を聞き出して。あたしはこの辺りの家を回って話しを聞くから」

 景山に言った後、まずは一番近くに見える家を目指して歩く。…道は細い砂利道。辺りは山といっても大きく切り開かれており、眺めもいい。もし誰かが遺体を車なりに乗せて運んだなら、目撃されている可能性は十分ある。それに遺体が発見された家は道の行き止まりにあり、簡単には引き返す事は出来ない…。今まで培ってきた捜査能力をフル回転させて考える。5分ほどで初めの家に着き、玄関の横に取り付けられたインターホンを鳴らす。中から出て来たのは、年老いたおばあさん。

「警察の者です。ちょっとお伺いしたいのですが…」

 怪しい人影を見なかったか。最近あまり見ない車などは無かったかなどを聞き込むが、事件に纏わる情報らしき事は得られず、次の家を目指す。インターホンを鳴らすと、出て来たのはまたも年老いたおばあさん。先ほどと同じ質問をするが、情報は得られず。また次、また次へと家を回る。

 

 ――――――遺体発見現場に着いてから6時間が経ち、時刻は午後5時を過ぎようとしていた。相変わらず事件の真相にたどり着ける様な情報は得られず、金田は聞き込みをしていた周辺の家から現場へと帰る。まるで空に浮かぶ雲を掴む様な不思議で奇妙な事件。手を伸ばすも、ゆうゆうと流れ去ってゆく雲を見つめながら、自分の無力さに不満を覚え溜息。ふぅ~と一呼吸置いて現場に近づいてくると、一人の男性が景山と話しているのが見える。気を取り直して、早歩きで現場へと向かう。

「どう景山君。何か事件に纏わる情報は得られた?」


「あっ、金田さん。いえ…、鑑識からも何も出てきてないです。ああ、それよりこの人が金田さんと話したいって言っていますが」

 景山の隣に目を向けると、少しやせ細った男性が笑顔で金田を見つめている。その笑顔は金田の目から見れば、どこか悲しそうにも見えた。歩き回って乱れてしまった上着を両手で軽く整え、男性の前に立って言った。

「どなたでしょうか。ここは今、警察関係者以外は立ち入り禁止となっております。関係者の方ですか?」

 すると目の前の男性は片手で頭を一掻きした後、一歩前に出て話し出した。

「ひさしぶりだね金田さん。まさか刑事になってるなんてね」


「えっ、失礼ですが…」


「ああごめんなさい。小学校を卒業した以来だからね、覚えてない?」


 優しい口調と顔つき。昔を想い返す。…まさか…。

「雑賀くん…?」


「あっ、思い出してくれた?、20年ぶりだからね」

 久しぶりに会う友人は、幼かった顔も大人になっていて凛々しい。体こそ()せてはいるが、その立ち振る舞いは、小学校当時には無い大人の風格が漂っている。最近よく見る夢の中の雑賀とのギャップに、少し驚きながら話す。

「ほんとに雑賀君⁉、なんかすごくカッコよくなったじゃない!」


「あはは…、カッコいいなんて…。金田さんもすごく綺麗になったよね」

 少し羽目を外す様に話すと同時に、隣で立っている部下の景山の視線を感じ、上司として気を改めて姿勢を正し雑賀の顔を見た。

「ごめんね雑賀君。久しぶりだけど今忙しいの。昔話はまた今度しましょ」

 すると雑賀はコホンと一息ついて裾を正し。

「いや…、別に昔話をしに来た訳じゃないんだ」


「ん…、そういえばそうね。なんであなたが遺体発見現場にいるの?」


「ああ、実は僕今、市内の新聞社に勤めててさ、新聞記者なんだ。たまたま現場に来たらさ、品川ナンバーの車があったからもしかしてと思って。ああそう、金田さんが刑事になってこっちに来てる事も昨日知ってさ、ちょっとお邪魔して取材させてもらえないかなって」


「なるほどね~、でもごめん。何も話せないわ。この事件関連の情報は、完全に機密情報なの。それにさっき言った様に、ここは警察関係者以外立ち入り禁止だから…」


「そっか…、まあ普通そうだよね。じゃあ僕も仕事があるから…、あっ、これ僕の名刺」

 胸ポケットから名刺入れを出し、一枚取って差し出される。片手で受け取ってすぐズボンのポケットにしまった。

「ありがと」


「じゃあまたね金田さん。こっちにしばらくいるなら電話して。空いてる時間とかに飲みにいこうよ。その時話したい事もあるし…」


「そうね。空いてる時間があれば、こちらから連絡入れるわ。じゃあね」

 停めてある車に歩いてゆく雑賀。その後ろ姿を見ながら、小声で景山が金田に呟く。

「金田さん、あの男。何か隠してますよ」


「…あなたもそう感じた?、ならそうかもね。一応石川県警に連絡して雑賀哲郎に尾行付けといて…」

 優しく、少し臆病な雑賀の少年時代を思い出して、心を詰まらせながら景山に命じた…。


 ――――――ピンポーンっと響く店内。

「おつかれさまっす先輩」

 夕方から夜中までの班長をしている海斗が、片手をあげながら店の中に入って来た。

「ああ、海斗君おつかれさま。夕方から海斗君一人なんだってね」


「そおっすね…、でも先輩も一人だったんですよね。店長から聞きましたよ」

 カウンターの下をくぐりながら少し怠そうに言う海斗に、背を向けないようにしながら言った。

「あ~、今朝連絡があってさ。ちょっと昨日の事で揉めたんだけどね…」


「あっ、聞きましたよっ。朝から先輩と喧嘩したって。先輩もなかなかやるっすね」

 ほんと、店長来なくて良かったよ…、来たら絶対殺してる。これ以上身近なやつが死ぬと、さすがにマズいからな…。

 

「じゃあ先輩。交代っす」

 控室で着替えていた海斗が、カウンターへ出て来て言った。それに軽く頷いて控室へと入る。先にタイムカードを機械に通し、ロッカーを開け、着ていた青い制服を脱いでいると。ピロロロロ、ピロロロロ、ポケットのスマホが鳴った。取り出して確認すると、昨日登録したばかりの金田の文字。

 …なんだよ。今日俺ちょっと機嫌悪いんだけど…。

 通話ボタンを押して一言目、わざと怠い声で。

「もしもし…、なにかようか?」


「…なに?その反応。あたしの事嫌いなの~?」


「ん~、まあ。好きではないな。お前俺の事疑ってるし」


「あらそう…、でもそれは許して。そういう職業だから仕方ないの」


「…んで、なんのようだよ。何もなくて俺にかけてこないだろ?」


「ん~ちょっとね。声が聴きたかっただけなの」


「はぁ?」


「それだけ。久々にこっちで2人にあったらね…、なんかあんたの声も聴きたくなって」


「…」


「懐かしいわね、4人で遊んだりした事、今でもはっきり覚えてるわ。小春にも声聞かせてあげたら?」


「…ばーか。死んだやつが聞けるかよ」


「ふふっ、あなたらしいわね」


「まあ…、小春に一言言っててくれ。天国で会おうって」


「あら…、あなたは地獄いきかもよ?」


「まあ…、そうかもな。じゃあな」


「ええ…」


 ぴっっと会話を切って金田は目の前の墓石をまじまじと見る。『緑川家ノ墓』

 揺らぐ気持ちを抑えながら、携帯電話をポケットにしまい墓石に語り掛ける。

「だってさ~小春。あいつ変わってないよね~。東京で初めに会った時はなんか違ったんだけどね。ちょっと優しくなったなって…。まあ、人ってそんな簡単には変わらないか…」

 何も言わない墓石に向かって話すも、当たり前のごとく何も返ってこない。

「…ねえ、どう思う?、東京の事件とこっちでの事件…、あたしは小春に悪いんだけど…、東京は黒崎君だと思うの…」

 夕暮れの中、空の飛んでいるカラスのカ~っと鳴き声だけが木霊する。バケツに入った水を尺ですくい、墓の上から優しくゆっくりとかける。つぅ~と伸びる水の柱が夕日に照らされキラキラと輝く。ポケットからライターを取り出し、さっき買ったばかりの線香に火をつけて屈み、墓の台座に挿して合掌。またゆっくりと立ち上がって。

「小春…、ごめんね。わたしだけ生き残って…、でも小春が助けてくれたから…」

 そう呟き、バケツの僅かに残る水を細い水路に流して、車で待っている部下の元へと向かった。

 助手席のドアを開けて乗り込むと、墓参りをする金田を待っている間に買ってきたのか、景山が金田に缶コーヒーを手渡す。

「どうぞ、飲んで下さい」

 手渡された缶コーヒーを開けて一口飲み、窓から空を眺めて言った。

「…まあ、人生いろいろよね」


「そうですね。いろいろです…、まあ何があったか聞きませんけど」


「…そうね、聞かなくていいわ。じゃあ署に戻りましょう」


「はい…」

 傾いた太陽は、淡いオレンジ色の光で墓地全体を優しく照らしている様に見える。金田は走り出した助手席の窓から、離れゆくかつての親友の墓を眺めながら思った。最近良く見る小学生の夢。夢の中では、必ず小春が出てくる。もしかしたら…、あなたが見せてくれているの…?


 それと同時に、立石詩織が言っていた『蛇の卵』という昔この辺りで流行っていた遊びを想い出す。

 それは遊びというには恐ろしく、とても残酷だが願いが叶う。そんな遊びだった。

「呪い…か…」



 



 


 





 

 

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