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蛇の奇道  作者: 巻大 
10/13

勝利

コンビニから出た道路から二人で、充てもなく歩く。高くそびえ立つビルの隙間から漏れる光が、空に浮かぶ雲を真っ赤に染めている。道端では会社帰りのサラリーマンが、急ぐ様に二人を追い抜き歩き去ってゆく。カラカラと鳴る車輪の音が、何気に大きく感じられる。ハンドルを持って自転車を押す黒崎は、隣の女子大生に不安を感じていた。

「ねえ…、翔子ちゃん。まだなんか俺のこと疑ってたりしてる?」


「…」

 歩きながら何の表情を作らず、何も喋らない翔子に黒崎は、別の話を切り出す。

「あの…、ほら、新しく入った新人君って翔子ちゃん会った?、俺まだ会った事ないんだけど」

 すると翔子は一瞬眉を(ひそ)め、唇を震わせながら言った。

「その…、今先輩が言った新人ってあたしの元彼なんすけど…」


「えっ、そうなの?、じゃあ知り合いなんだ」


「…」

 またも黙ってしまう翔子。…なんだよ、なんかマズい事言ったか?

「あのさ、知り合いなら今度紹介してよ。バイトで一緒になる事もあるだろうし」


「…先輩ってデリカシーないんすか…、もういいっす。殺してくれって言ったのは忘れてください」


「あの…、だから俺殺人犯じゃないって。だいたいおかしいでしょ、水死体なんて」

 すると翔子は何かを想い返す様に黙った後、急に笑顔になり。

「そおっすよね…、おかしいですよね」

 その笑顔は黒崎から見れば、完全に作っている様に感じた。なにか腑に落ちないが、こちらの目的の為には翔子には一時的でも、殺人犯だと思わせないように話をする必要がある。まだ半分疑っるかもしれない翔子に一抹の不安を感じながらも話を進めた。

「それでさ翔子ちゃん。朝言ってた事ってお願い出来るのかな~って」


「…いいっすよ、それくらいなら。話にのっちゃったし、別に苦でもないし」


「おおっ!、ありがと翔子ちゃん。苦でもないなんて俺に気があったりして!、お礼にハグしてあげよっか」


「気持ち悪いっすよ先輩、近寄らないでください」


「気持ち悪いって酷いな~、一応これでも高校生の時はモテたんだけどな~」

 気持ち悪い…か。小春みたいな事言うな。最近夢に見る小学生の時の事を想い返しながら、いつもの様に冗談交じりで話しをする。だがこれで準備は整った。

「じゃあさ、俺の行きつけの店行こうよ。結構有名でさ、観光客も結構くるんだ」

 明日は二人ともバイトは休み。デートに誘うには最適な日。もちろんただのデートではなく、すべてをひっくり返すに値する貴重なアリバイを作れる。

「じゃあそこで…。ここから遠いんすか?」


「いや、近いよ。すぐそこ」


 ――――――二人が前に立つと、スーっと自動ドアが開き、中から肉が焼ける美味しそうな(にお)い。月に一回は来る、雑誌にも載っている有名な都内のハンバーグ屋。店の中に入ると、デミグラスソースの香りが漂っている。客は夕飯時(ゆうはんどき)とあって、ほぼ満員。店員に誘導されて奥へ。その誘導されている間も黒崎の目は食べている客に向けられ、黒崎の耳は客の喋る声に敏感に反応していた。テーブルに着くと、立て掛けてあるメニューを手に取り、翔子に渡して喋りかける。

「何でも好きなの頼んでいいよ。デートに誘ったの俺だし、今日は俺がおごるから」

 何か少し躊躇(ためら)いながらもメニューを見る翔子に、気付かれない様に目だけ動かし周りを見渡す。すると、目当ての一人だった男がカウンター席から立ち、奥へと移動するのが見えた。すかさず翔子に話しかける。

「あっ、ごめん。ちょっとトイレ行ってくるね」

 立ち上がって男をつける様にトイレに入った。ここはよく来る店。トイレの中も把握している。中に入ると、区切られた洋式便器が一つ。ドアは開いていて誰も入っていない。その前には小便器が二つ。トイレの中には、先に入った男と黒崎だけ。誰かが入って来る前に、すぐに行動しなければならない。黒崎は小便器の前に立って用を足そうとする男の尻めがけて、軽くヒザで蹴りを入れた。

「ああ?、何すんねんいきなり」

 関西弁で喋る男をわざと作り笑いの顔で通り過ぎ、一言。

「あ~、なんかウザくて」

 黒崎の人を観察して見る目は鋭く、尻に蹴りを入れられた男は通り過ぎた黒崎の肩を掴み殴りかかろうとした。ゾクゾクとした悪寒が黒崎の背中に走る。

「えっ…ひっぃ…」

 男の声を聞いた黒崎は、振り返って男が消えたのを確認すると、あらかじめコンビニで用意していたハンカチをスボンのホケットから取り出し、少し高めに設置してあるトイレの窓の鍵をハンカチ越しに掴んで()け、窓も手をハンカチで覆いながら全開に(ひら)いた。高い位置にあるが、無理をすれば大人一人通れる窓。すぐにハンカチをポケットにしまい、トイレから何も無かった様な顔をして出た。人が消えるから出来る完全犯罪。無銭飲食をされても、人気店だからこそ営業中は警官が店の中まで入ってくる事はない。こういう店は、人目を気にする事まで計算に入れていた。翔子が座るテーブルに着くと、笑顔で語りかける。

「どう?、もう決まった?」


「あっ、はい。あたしこのジューシーハンバーグ定食で…」


「おお、それお勧めだよ。すっごく美味しいから」


「そおっすか…、じゃあご馳走になります」


「じゃあ決まりね。俺はいつも注文するの決まってるから。あっ、すいません。このジューシーハンバーグ定食と、チーズハンバーグ定食で」

 店内を歩いていた店員を呼び止め注文する。あとは、ここで食べながら時間を潰すだけ。たった今、人を殺したにも(かか)わらず、何も感じず何も畏怖しない。むしろ楽しい。自分が持っている得体のしれない力に完全に酔っていた。…これで昨夜消えた警官が家の前で発見される。さらに銭湯で殺した男は今朝発見(けさはっけん)されたけど、警察は俺と男がグルだという線も考えてたはず。その男が住んでた地域は、スマホのニュースで確認済み。家はそれほど遠くなくて、ハイツを見張ってる警官を殺して隠し、銭湯で行方不明になっていた男をころして遺体を家の前に捨てたなんて事を警察は考えかねない。だが、警官の遺体が出た今、俺は翔子と食事中。どこからか遺体を移動させることなんて、物理的に不可能。トリックもなにもあったもんじゃない。警察は俺の協力者を探すかもしれないが、そんな者はこの世にいない。警察の捜査なんてものは、地道な聞き込みと証言。俺の協力者が見つからない限り、俺に疑いが掛かる事もない…。

 また、この計画に翔子を誘ったのにも理由があった。微かな疑いを持つ翔子が、自分といる間に遺体が発見されれば疑いが晴れるはず。さらに翔子は金田ともつながりがある。上手くいけば、金田にも自分のアリバイが伝わる。

「お待たせしました。ジューシーハンバーグ定食と、チーズハンバーグ定食です」

 用意されたフォークとナイフを手に取り、刻んで口に入れながら思った。もうこれで怖いものはない。あとは食事を済ませ、ハイツに帰って昨夜、俺の叫び声がどうなったか確認して、柔軟に対処するだけ。


 店に入って一時間が過ぎようとしていた。すでに食事は済まし、黒崎の手には二杯目の生ビール。翔子の前には、飲みかけの酎ハイがテーブルの上に置かれていた。飲みながらも二人の会話はあまり無く、翔子はスマホを指で弾いていた。すると翔子の指が止まり、スマホの画面を食い入る様に眺めて言った。

「…先輩、警官の遺体が発見されたって、水死体で…」


「えっ?、そうなの?」

 勝った…!


「先輩って、違ったんですね…」

 目の前の男が殺人鬼と違うと分かった表情とは思えないほど、暗い表情。…ん? 何これ。普通安心するんじゃないの? おかしくないか?

「あの…、翔子ちゃん?、どうしたの?」


「なんでもないっす」

 浮かない顔をする翔子に疑問を感じながらも、手に持つビールを一気に飲み干し言った。

「じゃあ、そろそろ帰ろっか。ごめんね今日はデートに付き合ってくれて。ほら、言ってたお返しは何がいいか考えてて」


「いいっすよ。おごってもらうのに」

 相変わらず、何か疑問が残る様な気力の無い声。すると翔子はおもむろにカバンから可愛い手帳を出すと、中に挟んでいた名刺をテーブルに置き言った。

「これ…、金田さんの名刺っす。先輩が持っててください」


「えっ?、何で?、翔子ちゃんが持ってれば?」


「いいっす。もう先輩が違うって分かったし、別の事で相談した時は相手にしてくれなかったんで」

 別の事? 翔子が言った事を分からないでいたが、テーブルに置かれた金田の名刺を取り、深く話しをすることもなく店を出た。

「ありがとうございました先輩。明後日(あさって)またバイトで」


「ああ…、また…」

 少し離れて手を振る翔子に、こちらも軽く手を振って自転車にまたがる。何か腑に落ちない感情を殺し、ハイツへと向かった。


 ――――――キキッと止まる自転車。ハイツの前には何人もの警察官が、ハイツの住人に聞き込みをしていた。自転車置き場に自転車を停め、何知らぬ顔で警官に話しかける。

「どうしたんですか?、なんかいつもと違うみたいだけど」

 すると警官は、黒崎の顔を見るなり疑いの顔を浮かべ、少し低めの声で左手に持つ手帳、右手に持つボールペンを隠す様にして言った。

「201号室の黒崎さんですね。昨夜変わった事はありませんでした?」

 大声で叫んでしまった事を、ほかのハイツに住んでいる人が聞いていたのか。それを確かめる前だったが、黒崎には確信があった。

「そう言えば昨日、夜中叫ぶ声が聞こえましたね。びっくりして飛び起きちゃいましたよ」

 隣の202号室は空き室。そして消えた警察官は、午前5時過ぎとあって、周りに気を使い声を低くして喋っていた。203号室までは聞こえないはず。さらに一階に住む若い夫婦は、まれに夜中でも喧嘩をして叫び声を出す事も知っていた。もちろん夫婦は昨日叫んではいないが、ハイツに住む人で起きた人は、叫び声が聞こえた当時、いつもの夫婦の喧嘩だと思ったかもしれない。さらには、夫婦の喧嘩じゃなかったとしても、自分も聞いたと言う事によって、消えた警官の叫び声という事にする事もできる。当時起きたハイツの住人は、誰が叫んだかなんて、起きていたとしても聞き分けるのは難しいはず。叫び声で起きたなら尚更(なおさら)。自信満々に叫び声を聞いたと言うほど、自分に対する疑いが無くなる事を分かっていた。どうせ警官が発見された時には、自分は翔子と一緒にいた。この発言は、おまけの様なものだった。

「…そうですか。では失礼ですが、先ほどまでどこで何をされていました?」


「バイト仲間と食事してたんですけど…、どうしたんですか?ほんとに」


「ああいえ、別に疑っている訳ではありませんが、一応どこで…」


「バイト先の近くのハンバーグ屋ですけど…、あの、俺仕事終わって疲れてるんですけど。調べたいならハンバーグ屋の位置とか教えますけど。あと、一緒に食べたバイトの友人も」

 少し機嫌を悪くした様に言った。自分を偽る黒崎には簡単な事。すると警官は態度を改め。

「えっと、すいません。じゃあ、ハンバーグ屋の名前だけで結構です。すいませんね、お疲れのとこ」

 黒崎はハンバーグ屋の名前を言うと、警官が上げたテープの下をくぐり、ゆうゆうと階段を上がって財布から鍵を取り出し、鍵を開けて中に入った。完全勝利。黒崎の頭の中にその言葉が浮かび、作っていた表情は歪み、ニタニタと声を出さず笑う。…これで俺に疑いが掛かることは無い。元々水死体が家の前に現れるという奇妙な事件。犯人を特定するのも難しいのに加え、現代科学じゃ決して分からない殺せ方。最強だ…。

 玄関から歩いてベッドに腰かけ、ニヤつく顔をしながらリモコンを手に取りテレビをつけた。そしてこの後、黒崎は信じられない情報を目にする。テレビでは、連日起こる東京での水死体事件に加え、石川県で起こった奇妙な事件についても触れていた。

『さて、続きまして石川県で起こった事件です。東京で今起こっている事件に非常に似た事件なんですが…、今日、石川県能登町で、水死体となった男性の遺体が自宅の前で発見されました。亡くなった男性は先日まで刑務所に服役していた平良正義73歳とみられ、この男性についても東京の事件と何か関連性が無いか、警察は調べているもようです』

 ・・・え?


 先ほどまで勝ち誇っていた男の姿はそこには無く、手足が震え、背中が寒くなる感覚。(かたき)だった先生が死んだ事を悲しむ余裕は無く、恐ろしい思いが頭の中で廻っていた。…俺と同じ(ちから)

 ブルブルと震える足を太ももから両手で必死に押さえつけ、冷静になる様に深く深呼吸をした。

 

 

 

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