ちかくてとおいひと。
私は恋をしている。
小さく空から水が舞い、目映い光が濡れた雲を裂いていく。
そして7つの色が空をまたぐ。
二階の窓から眺める夏の終わりの昼空は、思った以上に広かった。
背中の向こうではあの人の声が響いている。
休憩時間にもかかわらず、たくさんの人たちに囲まれて笑っているあの人。
私は窓の外を眺めている。
あなたには興味はありませんって顔をして、平静を装って、心では、どうした?って、名前を呼んで欲しくて、気にかけてほしくて、他の子たちといっしょになんてされたくなくて、空を見る。
こんな自分はひとりよがりでただの臆病者だと知っている。
背中越しに聞こえてくる楽しそうな声に、反発したいだけ。
わたしだけを見て欲しいなんて、言えない。言えるはずがない。
無邪気に笑いかけてくれるあの人を、どうした?っていつも誰より先に頭を撫でてくれるあの人を、みんなを平等に愛してくれるあの人を、自分のなかの計り知れない苦しみをすべて隠し通して笑っているあの人を、私は愛おしくてたまらない。
たくさんのなかのひとり。
わたしがあの人にとってそんな存在だとしても。
「空なんか眺めて、どうした?」
あなたは目を細めて、柔らかに笑って。
その温かい手のひらで私の頭を撫でる。
「空が綺麗です、せんせい。」
先生のまつげに光が透く。
わたしはいま、笑いかけてくれるこの人をとても愛しい。
fin.