第六話 憂鬱な眠り
父さん、母さんへ
私は、気づくと異世界にいました。
帰る方法はわかりませんが、きっと探し出して帰ります。
なので行方不明届を出したとしても、録画予約は消さないで、俺のPCもそっとしておいてください。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【遥か高みへ至る者】
・思考加速
念じることで、発動可能。
発動すると、魔力消費量に比例し、通常の数十倍から数百倍にまで加速可能。
使用者に危機が迫った場合には、自動的に発動される。
※加速するのは思考だけで、体の動きは通常のままである。
・記憶の引出
忘れ去った記憶でも、要求によって思い出すことができる。
過去であればあるほど、または細かい記憶ほど、魔力消費量が多くなる。
・予測
自分が知っていることや、体験したものの情報量の多さによって正確さが上昇する。
基本的に「予測」は、「記憶の引出」を使用して発動するため、魔力消費は「記憶の引出」に準ずる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
おっさんが呼んだメイドさんによって案内された部屋のベッドにて、自分の能力の解析情報が書かれた紙を眺める。
読むではなく眺める。
紙に書いてある文字が読めないのだ。
言葉は通じるが、文字は読めない。よくある話だ。
もしかしたら、元の世界に似たような言語があるのかもしれないが、日本の教育課程での英語の成績ですら赤点スレスレだった俺では確認することはできない。
読めないことについてカインズさんに相談すると、案内のメイドさんが読めるらしく頼むことにした。
オリジナルの解析情報をメイドさんに見せるのはどうかと思ったが、カインズさんの護衛も務めるぐらいの有能な部下だったらしく、スラスラと能力の詳細を読み上げてくれた。
紙は当然ながらカインズさんから、誰かに読まれない内に燃やせと言われたので、メイドさんから読み上げた紙と一緒に渡された蝋燭の火にかける。
火が、ゆっくりと紙に燃え移ったかと思うと一瞬で塵になった。
突然、紙全体に燃え広がり驚いたが、紙をつまんでいた指には火が燃える熱い感覚もなく、本当に一瞬で塵になったようだ。
恐らく、証拠隠滅のための異世界技術による紙だろう。
原理を考えられる知識も、考える気もないので指から塵を払い溜息を一つ。
割り当てられた私室は、はっきり言ってボロかった。
畳三畳ほどの木造の部屋だ。
現代日本の感覚で考える俺が悪いのかは知らないが、目が覚めた時の部屋が良すぎたのか、余計にそう感じる。
「一応は兵士? みたいな扱いになるんだから、個室扱いなのはむしろ上等なのかもな」
俺が今、どんな立場なのかは知らないが、身元不明の新兵が割り当てられる部屋としては異例なくらいだろう。
今更、考えたところでどうにもならない。
そう割り切った俺は、手に持った紙と、右手に嵌められた青い指輪を見比べる。
【】が名前らしいが、随分大仰な名前だ。
一目で「思考加速」は強力な能力とわかる。
「記憶の引出」と「予測」に関しても充分強力なのだろうが、俺じゃ宝の持ち腐れだ。
前も言ったが、俺は広く浅くだ。兵器や機械の構造なんてしらないし、武道なんてやったこともなければ、喧嘩の経験も全くない。
どんな記憶でも思い出せたり、それを使って完璧な予測を発動しようと、その元となる知識や経験がなきゃ意味がない。
思えば、連中との戦いの時に声が聞こえなかったのは、完全な殺し合いの情報量不足からだろう。
二度目の攻撃からはしっかり発動したところを見ると、「予測」の情報解析はかなり優秀だ。
しかし、身体能力が中の下である俺では、避けるのに全神経を集中させてやっと活用できる程度。
唯一、全力で発動できる「思考加速」も体が追いつかなきゃゆっくり殺されるのを見るだけの拷問になる。
「こんなのを、十全に活用できるのは、歴戦の兵士か知識の収集が趣味な変人くらいだよ」
まさに道具は人を選ぶ、だろう。その選んだのが、俺なわけだが。
ああ、読む前から予測ではなく予想はしていたけど、改めて異世界に来たというのに、チート無双ができないとなるとへこむな。
だが、折角手に入った力だ。何かに使いたいが魔力という問題もある。
カインズさんに聞いた所、魔力は生まれつき既に決まっていて訓練しても増やす方法はないという。
すぐ気絶した俺じゃ、魔力はあまり多くないだろうがせめてどれくらいかは知りたい。
測る方法がないか、会うような機会があったらカインズさんに聞いてみるか。
『現在の魔力は約95%』
「うおっっと!?」
誰かと思い、驚きで声が出てしまった。
「予測」の声か。
一人で良かった。周りに誰かいたら、変な目で見られたことだ。
せめて発動する場合は一言ほしい所だ。
……
やっぱり反応しないか。
多分、発動した理由は、自分自身の魔力総量が知りたいと思ったからか。5%は、その消費魔力だろう。
%がわかるのは一度魔力切れを体験して、俺の全体の魔力総量がわかったからだと思う。
約がついてるのはまだ情報量不足の証拠だ。
それにしても、これだけで5%か……単純計算すれば、二十回使えることになるが、使用する記憶の情報によって魔力が変動するし、戦闘中ともなれば思考加速も必要だろう。
これが多いのか少ないかはわからない。
推測だが、オリジナルはレプリカよりも魔力消費も多いのだとは思う。しかしそのレプリカの消費量や人族の平均的な魔力量もわからない。
他の人間の魔力使用を見れば、ある程度は「予測」してくれるだろうから気長に待つしかない。
折角、チート能力を手に入れてお姫さまを助けたってのに、使いこなせないようじゃチーレムどころか、連中みたいなのと戦うようなことがあれば確実に死んでしまう。
「憂鬱だな……」
とりあえず騙された感はあるが、寝床や働き口も用意してくれたおかげで、こうやって今はダラダラとしてられる。
不満はあるが、それを抑える援助と異世界への不安がある。
実に厄介だ。
「暇すぎる」
メイドさんに部屋を紹介されてから四時間、何もない。
時間はどうやら俺自身の感覚から「予測」が勝手に計算してくれるらしく、ある程度は誤差があるだろうが大体あっているはずだ。
この四時間、「記憶の引出」を使って、今まで読んだラノベの文章やアニメの映像を頭に流していた。
おかげで、魔力が残り25%になってしまったが休めば回復するので問題はない。
便利だが、暇な時に役に立つ国宝級の価値を持つはずのオリジナルの魔道具ってなんだろう。
頭の中でラノベを読みながらもどうにかできないかと考え、これだけ完璧に覚えていたら書いて出せば文豪になれるんじゃね! と思ったが、現代日本が舞台だったり、ファンタジーだとしても魔法や魔族とかの存在がないこの世界じゃ、どれくらい理解できるか。
これは名案だ、と思い浮かんでもこの世界じゃ通用しないと、すぐ考えれば頭で否定できる案ばかり。
何も進展しない状況に欠伸を一つ。
眠くなってきた。
部屋に唯一ある窓を見れば、もう空が赤くなっている。
異世界も時間の経過が同じならもう夕方だ。
退屈による眠気で、頭が働かなくなってくる。
そろそろ魔力も少なくなってきたみたいだし寝るか。
うつらうつらと意識が遠くなりながらも、一つのことを考える。
(そういえば悠馬の奴、あいつはどうなったんだろう。あいつもこっちに来てるのか?いやカインズさんも転移者はそうそういないとも言ってたしな。無事だって思いたい……)
この世界に来て二度目の意識が離れる感覚を味わう。
コンコン
扉を、ノックする音が聞こえる。
寝ぼけている頭をなんとか働かせようとするが、いかんせん寝起きは苦手だ。
コンコン
いかんまた聞こえた。
もしかしたらカインズさんかも。だとしたらまずい。
あの人を待たせたら間違いなく拳が来る。
急いで体を起こし、立ち上がって扉に向かう。
扉をそっと開けると、そこに立っていたのはむさくるしいおっさんではなく、栗色の髪をした青年だった。
「やあ、君がユウキマサヤ君だね?」
身長は俺とあまり変わらないだろう。だけど……イケメンかよ。
「そうですけど、あなたは」
見た目は爽やかそうな青年だ。
歳は、俺より少し上だろうか。
相手の立場もわからない今は、下手な対応はとれない。
「これは失礼。僕の名はアレン・パトリック、フェルナンド家に仕える騎士だ。
フェルナンド閣下から聞いてないかい?今日から君が僕の補佐役になるって聞いたのだけれど」
カインズさんのところの人か。
この人が上司か。爽やかオーラ全開で苦手なタイプだ。
「申し訳ありません。自分はこの部屋に案内されただけなもので」
「そうだったのか、あの方は細かいのは苦手だからな。いいだろうちょうど夕飯時だ。食堂に行き改めてお互いの紹介や明日からの仕事の説明などをしよう」
「り、了解しました」
パトリックさんは爽やかな笑顔でそう言いながら、俺の肩を掴み引っ張る。
おおう、意外と強引に来る。
確かに、カインズさんの部下だなこの人。
窓を見ればすでに、日は完全に暮れ外は真っ暗になっていた。
心なしか腹も減っている。
結局、パトリックさんの強引さと空腹により、食堂に向かうことにした。
やっとタイトル回収ができました
ここまでお読みくださりありがとうございます