第五話 就職
その少女は、幻想的だった。
「どうかされましたか」
「へ!? いやえっと」
少女の言葉に、茫然としていた意識が戻る。
「もしかしてあの時の?」
「はい。ロレーヌ王国王女、リリアン・クリスタ・ヴァン・ロレーヌと申します」
本物だよ。どうしよう、さっきお姫さまが言った通り、出会いがしらに思いっきり笑っちゃったんだけど。
いや、カインズさんと話した通り一応、俺は王女の恩人だ。
ここで下手な態度を、とらなければ平気なはずだ。
お姫さまから先に名乗っちゃったけど、こういうのは俺から話すものだよな。
「あの時は王女殿下とは、知らず無礼を働き申し訳ありませんでした。遅れながら、お、僕は結城正也と申します」
こんな時の礼儀なんて知るわけがない。
できる限りの敬語で、腰を直角90°に折る。
「初めましてマサヤ様。堅苦しい挨拶はなしで行きましょう。叔父様もいつも通りで、どうせ正也様にも砕けた態度をとっていたのでしょう?」
「うむ。という訳だ、坊主も緊張せず楽にしろ」
軽すぎるだろ。
後、楽にしたくてもできないんですよ。最初、気づかなかったけど、お姫さまの後ろにエルーシャさんが構えてるし。
ものすごく睨んでくるんですよ、この人。
おかしいな。この人も、助けたことになると思うんだけど。
「立ち話もなんだな。二人も腰かけるといい」
そう、カインズさんが切りだし、俺の時と同じように隅に置いてある、椅子を二つ引っ張ってくる。
「閣下のご配慮痛み入りますが、私は姫様の護衛であります。いつ何時、賊が現れたとしても対処できるようにしておきませんと」
言いながら、こっちを見るのをやめてください。
「お前は相変わらずだな。そこが長所でもあり短所なんだが」
カインズさんは、エルーシャさんの視線の方向に気づき、肩をすくめる。
円状に運んだ椅子に、お姫さまが腰かけ、エルーシャさんが後ろに控える。
カインズさんは、こちらを見ると意地悪そうに笑う。
「この坊主はリリアンの言うとおり転移者だ。証拠はまずオリジナルだな。
それと姫さんの証言、後は坊主自身と衣服や持ち物、付いていた泥などを解析したところ、この世界にはまだ発見されてないものや、技術的に不可能なものがあったってところだな」
「俺の体を解析っていつの間にそんなことをしたんですか!」
便利すぎる解析魔道具は、置いといて。
「いつも何も、坊主が魔力切れでぶっ倒れている時しかないだろ。安心しろ、解析っつってもそんな大げさな物じゃないからな」
「俺は、そういうことじゃなくて、勝手にそんなことをされているってことに抗議しているんですが」
「勝手も何も、せめて何者かぐらいは調べなきゃならんだろ。坊主が転移者って可能性もあったんだからな。
儂らは怪しい奴をのこのこと侵入させるのか。それとも気絶したまま、身寄りのない坊主を放っておけば良かったか?」
このおっさん、さっきの話で俺が何も知らないことに強気に出るか。
実際正論だし、この世界の知識やらも、全部おっさんに教えてもらってやっとわかったところだ。
金もなく知識もなく、あのまま森の中に放置されたらどんなことになるか。
「わかりました。進めてください」
不満はあるが、今のところ解析とやらの違和感もないので、これ以上食い下がりはしない。
「うむ。では坊主も納得したことだから次に進もう。
転移者とわかったことである問題が出てくる。坊主をどうするかだ」
どうするかってどうなるんだ?
このまま、この国で活動するのがいいんだろうけど、俺は元の世界に帰りたい。
能力は、思ったよりチートでもないし、転移者として戦いに駆り出されたとしても、小説の主人公のように割り切って人を殺すことに、理由も動機もない。
このまま、いたところで俺ができることはないだろう。知識チートもあるが俺の場合、広く浅くだ。
銃などの兵器についてはある程度知っているが、構造なんてさっぱりで他も同様だ。知識も技術もない。
第一この世界にはentertainmentがない。元の世界にまだ見終わってないアニメや積ゲー、積ラノベが山ほどあるんだ。
となると行き当たりばったりになるが、恩を盾に異世界の知識と資金を手に入れて、帰る方法を探すという手もある。
盗賊に関しても、能力か商団の移動に着いていけばいけるか?
「リリアン、お前はどうしたい」
これからについて考えていると、カインズさんがお姫さまに話を振る。
「私はマサヤ様が宜しければこの国に留まって頂きたいです。マサヤ様は私の恩人ですから是非お礼をしたいのですが」
お姫さまは、俺に向かって微笑みながら答える。
女耐性のない俺に、この微笑み&頼みごとはキツイ。
つい喜んで、と言いそうになってしまう。
「なるほどな。坊主はどうなんだ」
今度は俺に振ってくる。
「俺ですか? 俺は一先ず、元の世界に帰りたいですね。前の世界でやり残したことも多いですし、この世界で、俺がやれることはあまりないと思います」
ここでなんとか援助を頼み込めれば。
「そうか、となるとますますこの国に滞在しなくてはな」
はい?
「お前もさっき聞いただろう。この世界での転移者の立場を。生憎、転移者と知りながら、はいそうですか、と出て行かせるわけがないだろう。
坊主の魔道具の能力はすでにこっちも知っているしな。どうしても出て行きたいのなら、こちらにも考えがあるぞ」
えーと、これはもしかして監禁ルートとか?解析されているってことは、俺の能力も知っているわけで、つまりどんな戦い方もわかってるってことだよな。
冷や汗が止まらない。
どうする。まだ異世界について知らないことが多すぎる。金もない。
逃げられる可能性も低いし、逃げられたとしてもこの先、生きていく術がない。
俺が青い顔をしていると助け舟を出してくれる人物がいた。
「叔父様、この方は私の恩人です。物騒なことはお考えにならないでください」
おお、お姫さま天使。
「何も脅しているつもりはない。オリジナルだけじゃなく、転移者だけでも、その知識はそれだけで計り知れない価値がある。
坊主、お前はリリアンを助けるために、追手の連中と戦った際に、魔道具を使っただろう。恐らく、連中もそれに気づくはずだ。確信はないにしても、我々の庇護下になくなった時、お前に何かしらの接触はあるはずだ」
例え、少ない知識でも、異世界の知識だ。もしかしたら文化レベルを引き上げられたり、兵器に使える知識もあるだろう。
さらに、転移者にはオリジナルがある。
あの連中や、他にも何かの拍子に転移者だってことがバレたら、とんでもないことになるだろう。
お姫さまもそれをわかっているのか、浮かない顔になる。
「本来なら、坊主を捕まえておくのは簡単だ。だがこっちには、坊主に絶大な恩がある。坊主がこの国に滞在してくれると言うのなら、儂らはできうる限りのことをすることを約束しよう」
他の国は俺をどうするかわからないが、少なくとも、自分らの国にいるなら保護してやるってことか。
オリジナルを渡したところで、俺自身にも価値があるというのなら、どうしようもない。
まず、能力もない状態じゃ、唯の一般人である俺に身を守る力がない。それに俺が生きている限りオリジナルは使えない。つまり、俺を解放する意味もない。
どの道、恩は使うつもりだったのだ。
下手に逆らうよりおとなしくするのが一番いい。
わざわざ俺の前で、こんな物騒な話をするところも恐ろしい。全然隠す気がないってところも。
「わかりました。遠慮なく、恩を受けることにしますよ」
俺の言葉に、カインズさんはわかっていたかのように薄く笑い、エルーシャさんは苦い顔になり、お姫さまは、申し訳なさそうにしながらも、笑顔になる。
「それでは、坊主の扱いは決まったな。さっそく働いてもらうとしよう」
働く? 客人対応じゃないの?
「何を呆けた顔をしている。当たり前だろう。
お前が転移者だってことは、ここにいる三人と、少数の信頼できる者しか知らないからな。
陛下には報告しなくてはならんが、他の連中への説明はどうするんだ。説明もなしに、身元不明の輩を客人対応など不可能だ。坊主が転移者ってことは国家機密に入る事柄なのだからな」
「申し訳ありません、マサヤ様。私も悩みましたが、正也様が、転移者と他の国に知られる危険を考えますと……」
「大丈夫だ坊主。できる限りの仕事や、生活面での優遇はしよう。連中が転移者と疑わない程度にだがな。
この国はいいところだぞ?飯もうまいし空気もいい。仕事もやりがいがあるしな。きっと坊主もこの国に骨を埋めたくなるだろう」
おっさんはものすっっっごいいい笑顔で言った。
ああ、うん。
逃げ道もないが、これは充分好待遇だろう。客人扱いではないにせよ、収入も得られることのなった。さらには、ある程度の優遇も約束された。
だけど、おっさんのこの笑顔が無性に腹立つ。
何にせよ、元の世界に帰るため、異世界での生活が始まる。