第四話 公爵閣下と異世界のお勉強
「知らない天井だ」
目を覚ますと、お決まりのセリフを言ってみる。言ってみたい言葉ランキング上位を、言えたにも関わらず気分は晴れず、起きようと頭を動かすと、頭痛がする。
頭を押さえ身じろぎをすると、背中に接している地面がもふもふしていることに気づく。
いや本当にもっふもふ。何このふわっふわなベッド。低反発なんて目じゃないくらいにもはや強反発。
「ここが天国か……」
もっふもっふ。ふわふわ。
とてつもなく気持ちがいいベッドに体を預け、再び眠りにつこうとする。頭痛も段々治まってきたし、さあゴートゥーヘブン。
「坊主の天国はえらく近いな」
もっふもふ。この気持ちのいい気分に似合わない、おっさんの声がしたが無視しよう。
「おい誰がおっさんだ」
あんただよ、あんた。こちとら頭が痛いんだ。さっさと寝かせやがれ。
「ほう」
わかったか? ではグッナイ。
「ふんぬっ」ゴッ「ガッ!?」
あ、頭が、頭が割れる。
夢の世界へ羽ばたこうとした瞬間、額になにか、固いものがぶつかった衝撃が走る。
「ぬおぉぉぉぉ……めちゃくちゃ痛ぇ」
衝撃の痛みのせいで、眠気どころか頭痛すらもどこかへ飛んで行ってしまった。
痛みの原因を調べようと、目を開けると。
「おうやっと起きたか」
40代後半当たりの、おっさんの顔がドアップで映りこんできた。
「うおおお!? だ、誰だよっ」
危ない。大切なファーストキスを、おっさんとすることになるところだった。それぐらい近かった。
「うるせぇ、こちとら坊主が起きるまで待ってたんだ。儂から話をさせろ」
おっさんは、体を戻してベッド脇の椅子に座り、面倒くさそうにする。
なんでおっさんなんだよ。ここはさっき助けた少女じゃないのか!?あれ、そういえばなんでここにいるんだ?確か少女を助けた後頭がクラクラして……その後は。
「おい、聞いてんのか。……ちっもう一発いっとくか」
おっさんは握りこぶしを作り、ゆっくりと振りかぶり……。
「ちょっストップ! それマジで痛いから!」
その拳骨が、さっきの頭に食らったものだとしたら、二回も食らったら本当に頭が割れることになる。
「なら儂の質問に答えろ。坊主は何者だ?」
「いや唐突すぎるだろ。じゃあってなんだよ。あと何者って知らねぇよ。きっちり主語動詞、目的語を明確にし、いや本当すみません。しっかり答えますから拳に息吐くのやめてください」
謝罪が通じたのかおっさんは、フンと鼻を鳴らし頭を掻く。
「今のは、聞き方が悪かったな。改めて聞くぞ、坊主は転移者か?」
転移者? そういえばあの連中も、同じようなことを言っていたような。
「質問いいですか?」
「なんだ」
手を上げ許可を得る。
「えっと、おっさ……そっちの言う転移者が、俺が知っている言葉だと、異世界から来た人間ってことですか?」
「そうだ。唐突に現れ、人外の力を持つ人間のことを転移者という。
昔は天上人だとか、神の使徒とか呼ばれてたが、一人の転移者が名づけたみたいでな。ここ数年はその呼び名が広まっている」
天上人、神の使徒。超かっこいい。誰だよ名前変えたの、そっちの方が絶対かっこいいだろ。
「その転移者がなんで俺だと?」
「坊主、お前うちの姫を助けただろ?その姫からの話でな」
確かエルーシャって人が、少女のことを姫様って呼んでたよな。結構、酷い怪我だったけど、大丈夫だったのかな。
「安心しろ。姫は無事だ。坊主が気を失った後にな、儂が兵を引き連れて無事に保護でき、治療の魔道具を使えたおかげで傷も残らなかった」
と、おっさんは俺の顔を見てニヤリと笑う。
もしかして顔に出てたかな。少し顔が熱くなる。
「恥ずかしい話だが坊主がいなかったら儂は間に合っていなかっただろう。礼を言わせてくれ」
おっさんは、神妙な顔になり、両膝に両手をつき勢いよく頭を下げる。
「ロレーヌ王国、カインズ・ラース・ヘルナンド公爵、貴殿に何かあった時には必ず力になると誓おう」
急におっさんが神妙になるので、面を食らい、少女が無事で良かったとか、魔道具とかいう単語とか、いろいろ言いたいことはあるが衝撃の事実が一つ。
「公爵うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!?」
俺は叫んだ途端、土下座を決めた。
ベッドを飛び下りて、床に綺麗なジャンピング土下座を決めてやったよ。
「すんませんでしたあああああ! いやもうまさか公爵閣下だとは知らず、おっさんだとかいろいろ無礼な口を!」
公爵って確か、王家の血を引いてる大貴族なんだっけ?そんな人におっさんとかやばい。
なんとなく予想はできたがということは、少女もマジモンのお姫さまか。
「おい頭を上げてくれ、本来なら頭を下げるのはこっちだっていうのによ」
「で、ですけど、はいすみません頭あげます」
頭の上から、拳に息を吐く音が聞こえてきたので急いで頭を上げる。
何この人、脳と拳が直結でもしてんの?とりあえず殴っとけばいいとか思ってない?
「改めて名乗ろう。儂の名前は、カインズ・ラース・ヘルナンド。敬愛する国王陛下より、公爵の位を授かっておる」
「初めまして結城正也といいます。こっちで言う転移人です。多分」
場を仕切りなおそうと、カインズさん(様付けをしたら気に入らんと言われた)が部屋の隅から、俺用らしい椅子を引きずってきたり、指パッチンでメイドさんが出てきてお茶を入れてくれたりと、色々あったが、今は差し向かいで座っている。
話すとカインズさんは、こちらの事情を親身に詳しく聞いてくれたり、こっちの世界の情報を軽くだが教えてくれたりもした。
ひとまず異世界の情報をまとめると
【固有名詞】
・転移者
数は不明。出現する間隔は規則性なし。
来歴、種族、性格、伝承を見ても統一性はない。
古くから天上人、神の使徒と呼ばれていたが、数年前、一人の転移者が別の世界から来ていることを説明し、転移者という名を広めた(転移、転生物を知っている可能性があるのでオタクである可能性あり)。
転移者は人間離れした力を持ち、歴史上に一騎当千の実力を持つ者や、賢者と呼ばれるものが数多くいる。
必ずオリジナルの魔道具(下記記載)を持っている。
必ずしも俺の世界からではないらしく、人族以外の種族が現れることもある。伝承には知恵があり空を飛ぶ巨大なトカゲが現れたとも書かれてある。
・魔道具
オリジナルとレプリカが存在する。
オリジナルは転移者が所持するものか、古代遺跡などから発見される。価値は国宝級。
物によっては、オリジナル一つで軍対軍の戦況がひっくり返るほどの力を持つ。
オリジナルは所有者を選び、選んだ者以外は使用できない。再び選ぶのは使用者が死亡した場合。
レプリカは魔道研究により、オリジナルの能力を劣化させることによって量産可能。
オリジナルが、森一つを焼き尽くす戦術級の魔道具だとしたら、レプリカは俺たちの世界でいうガスコンロや、電灯に使われたりもする。
現在の技術では、オリジナルの百分の一の出力すら実現は不可能。
もちろん、使い方にもよるので軍事利用もされている。
追記
転移者が持っていたオリジナルは、転移者が死んだ場合、能力の劣化が起こる。
それでもレプリカと比べれば圧倒的である。
・ロレーヌ王国
現在国。
その中の現在、カインズさんが治めている公爵領に滞在している。
現国王で6代目、初代は転移者だったらしい。
気候は穏やか。
比較的亜人族を差別しない国であり、国の重鎮にも幾人か亜人族(下記記載)が付いている。
しかし比較的であり、差別意識は存在し、他種族を強制的に奴隷にする国も存在する。
・魔力
上記にもあるが総量は種族によって異なり、魔道具を動かすための燃料になる。
魔力を使い過ぎると貧血に似た症状が起き気を失う。
【種族】
・人族
現在最も繁栄している種族。寿命は60~100年。
人にもよるが、魔力を持ち魔道具を使える。
[亜人族]
・森人族
長寿。寿命は100~150年。
他種族と比べて魔力総量が多い。
個体数が最も少ないが魔道研究に関しては最も進んでいる。
排他的とまではいかないが、他種族にはあまり関わらない。
・土人族
寿命は人族と変わらず。
種族全員が小柄。男性はもれなく髭達磨だが、女性に髭が生えることはないらしい。
魔力は少な目だが魔道具を扱えないほどではない。
建築、土木関連に優れており、腕力に関しては男性女性ともに、平均は他種族の男性平均よりも高い。
・獣人族
個体数が人族の次に多い。寿命は50~60年。
魔力はほぼなく、獣人族の中でトップクラスの魔力を持っていたとしても例えレプリカでも魔道具を扱えるかは五分五分。
腕力はドワーフに及ばないが、人族を上回っており他の身体能力値の合計は他種族を上回る。
獣人族の中にも種族があり、代表的なのは犬人族、猫人族など。それぞれ種族固有の能力がある。
「俺の世界では亜人族や魔道具といったものはなくて、すべて空想上ってことになってます」
これ以上聞くと、話が長くなるので一旦切ることにする。
俺が倒れたのも、魔力切れが原因のようだ。他にも、魔族や魔獣といった存在もなく、魔力はあるが魔法は存在しないようだ。
魔道具や亜人族を抜きにすれば、俺たちの世界の中世頃の文化、技術レベルは同じだ。
「なるほどな。坊主の世界でそういうのがあるってことは、儂らの世界だか他の世界からそっちの行っているってこともあるな」
おっさんが難しい顔をしているが、こっちは転移物や転生物の小説をどれほど読んだか。それくらいは予想の範疇だ。
「それで、やはり思い出せんか」
カインズさんは難しそうな顔をして尋ねてくる。
「はい。友人と歩いていたことまでは覚えているんですが、それからが……なんだかこう……靄がかかっているような感じで」
そうなのだ。話の中で転移の原因について訊かれたのだが、上手く思い出せない。
欲しい本を買いに、悠馬と秋葉を歩いていたことは思い出せるのに、そこからがどうしても思い出せない。
「おかしい……あの能力で……思い……」
カインズさんが、またも難しい顔で考え込んでいる。
「カインズさんは、転移者には会ったことはないんですか?」
「この国に存在した転移者は、初代国王か、この長い歴史で一人だけだな。そもそも転移者ってのが現れること事態が、百年にあるかないかとまで言われるんだ。そうそう会えるもんじゃねぇ。
さっきの話で有ったと思うが、既に一人転移者が存在している。歴史の中で、なかったとはいわないが、二人目は相当珍しいことだ」
そりゃそうか、オリジナル一つで下手したら戦術級の価値があるんだ。ポンポンとオリジナル持ってる転移者が出てきて、死んだ後は劣化するとはいえ、オリジナルが大量! なんてことになったら、冗談じゃない。
「それに、もういないとは思うが、転移者を見つけても隠す国だってある。他国に、誘拐や暗殺でもされるなんてとんでもない。文字通り秘密兵器だな」
「あ、やっぱり俺転移者じゃな「今更遅い」ぃです……」
暗殺とか洒落にならない。異世界チートには憧れるが、俺の能力は確かに思考加速に、相手の攻撃を予測? する声。
戦闘には、向いてるかもしれないけど、戦術級とまではいかないだろうし、まず人を殺すなんて無理だ。
俺は、平和ボケな日本人の中でもさらにか弱いオタクだ。そんな生き死にに、関わるなんて御免こうむる。
「てか、俺の魔道具ってなんなんですか。身に着けているものといえば、ユニシロで買った安物の服だし、あとは絆創膏か、他にもあるけどそんな魔道具って言われても」
持ち物を改めて考えるが、ロクなものがない。
巨人がでる笛を持っているわけでもないし、一斬必殺の刀なんてものも持っているわけがない。
道具と言われてるが、もしかしたら体に出るものかな、と思い竜の紋章でもないかと額を触り、手の甲を見るとそれに気づく。
「これ…ですか?」
右手の人差し指に、青い指輪が嵌っていた。
こんな指輪いつしたのだろう。転移と同時に一緒にくっついてくるとか。やだお得。
「おう。一応、解析する魔道具みたいなのがあってな。それが、坊主のオリジナルの魔道具らしい」
解析の魔道具とか便利だ。主人公の代表的なチート能力の一つだな。
「能力とかの解析結果があるが見るか?」
「是非」
いや便利すぎるだろ。しかし、能力の詳細がわかるのは助かる。能力を知らずに、暴走だとか使いこなせないとかで死ぬのは嫌だからな。
カインズさんから、解析結果が書かれている紙を受け取り、読もうとすると扉がノックされる音が聞こえる。
「失礼します」
どこか、聞いたことのある声が聞こえると、カインズさんが突然立ち上がる。
驚いて解析結果を読むのを中断し、カインズさんの体の向きを見ると。
「ご歓談中すみません」
「いえ、来るのでしたら使いの者を送ってもらえれば、もてなしを用意したというのに」
誰だこのダンディ。と思うぐらいカインズさんは、さっきまでの砕けた態度を一変させる。しかし、ダンディ・カインズさんのへのツッコミも、返答した相手を見ると一瞬で消し飛んだ。
腰まで伸びたきらめく黄金の髪、陶器のように真っ白な肌。触れれば壊れそうな華奢な体。
白銀のドレスを身にまとい、見るもの全てを魅了するような笑みを、まさに魅了されている俺にその少女は向けた。
「今度は笑わないのですね。名も知らぬ英雄様」
へ?
王族や貴族の名前は、調べていますがもし変な点などがあったらすみません