第五十四話 会議
ミーノに連れられてきたのは、天幕を張っている場所で中心に位置し、一回り大きい天幕だった。
「殿下。ユウキ殿をお連れいたしました」
天幕の出入り口の前で、そう言って中に入る。
俺もそれに続いて中に入る。
「カノーヴァ男爵、ご苦労」
中では五人ばかりの男たちが、大きな机を囲んで椅子を並べて座っている。鎧を着こんだ厳めしい顔つきの男性から、青年の騎士まで様々だ。奥には、カルロが頬杖をつきながら座っている。
しかし、共通していることが一つだけある。皆一様に、俺を見つめている。
「安心するといい。ここにいる人間は皆、お前の正体を知っている」
それは安心、できるのか? できるから話したのだろうけど。
不安な気持ちのまま、ミーノに案内されて何故かカルロの隣に座らされる。
ミーノはその反対側だ。
席に着いた後は、どこぞの誰という男たちの紹介を聞き、行軍の日程や予想される山賊の数とその対処法を話し合う。意外なことにカルロは、馬車の時の様に軽い態度を取らずに静かに男たちの報告を聞き、それについて深く尋ねたりをしていた。
正直俺自身は、真面目に聞いてはいたが、半分も理解できていないと思う。それでも、いざとなったら「記憶の引出」と「予測」がある。
魔力消費の問題があるから、できれば自分の素の暗記力で覚えたいが、如何せん専門用語と知識が多すぎる。
一応、出征前に戦関連の本を読み漁っておいて心底良かったと思う。そうでなければ、半分も理解できたか怪しかったところだ。
時々意見を聞かれることもあったので、内心焦りながらも「予測」を使って受け答えをする。
この場には、転移者である前に、お姫様の騎士という立場に置かせてもらっている。下手な真似はできない。
その後もつつがなく会議は進み、カルロがお開きを告げる。
夕飯については、会議中に食事が運ばれてきたので、会議を続けながら食べた。しかし、これがまた何とも言えなかった。
机に置かれた皿の上には、見たことが無い魚や緑のイボイボのある野菜(恐らくゴーヤ)などが大量に乗っかっていた。
わかっていると思うが、カルロの趣味だ。
流石にミーノたちも唖然としていたが、王族が出した料理を口にしないのは不味いので、意を決した表情で食べる。が、口に含んだ途端、目を丸くし二口目を食べ始め美味しいと言う。
お世辞かと思って食べてみたら意外な事に美味しかった。
男たちが立ち上がり、天幕を出て行く
「マサヤ殿。お送りします」
ミーノも立ち上がり、俺を促す。
「別に男爵自ら行かずとも、俺の兵に送らせるが?」
「いえいえ、殿下の御手を煩わせるわけにはいきません。私個人としても、彼には興味がありますので」
ミーノは、カルロの申し出をやんわりと断る。
さっきの怒りは治まっていても、ミーノ自身にあまりいい印象を持っていない。俺としては、その兵に送ってもらいたいところだ。
とはいえ、露骨に態度に出さない。
これからどうなるかわからないんだ。これ以上何もなければ、俺から対立する気はない。
「行きましょうか」
天幕を出て行くミーノについていく。
外は既に暗い。兵が野宿している個所や天幕に、ちらほらと明かりが見える。
この世界では、明かりの魔道具がある分、俺がいた世界での中世付近より夜が遅い。
蝋燭もあるにはある。だが、多少の経年劣化はあるらしいが、魔力さえあれば半永久的に作動する明かりの魔道具が、この世界には存在する。
そのため、街から離れた地点でも真っ暗闇にならない。
天幕の明かりは会議の人達だろう。兵士も、大半が行軍による疲れで寝ているだろうから、見張りの兵士かよっぽど丈夫な脳筋連中だろう。
「ユウキ殿」
ミーノから声が掛かる。
「何ですか?」
「実は、先ほどのことをお詫びしようかと思いまして」
「先ほど、ですか?」
「ええ、先ほどの従者二人へのです」
ミーノの言葉に、思わず目を丸くする。
「まさかドワーフが従者だとは思いもしなかったもので。少々面を食らってしまいました」
その言葉に、ミーノへの怒りが少し薄くなる。
そういえば、生真面目だとカルロが言っていたな。
二種族への差別は少ないと言っても、存在する。貴族ならなおさらだろう。
生真面目なら、融通は利かないこともあるはずだ。
差別を詫びることを、こうして認めるんだから多少はマシなのかも――
「わざわざ、他種族を召使などではなく従者にするというのは、いささか酔狂に過ぎますからね」
「は?」
「どうかしましたか?」
「どうしたも何も……」
「当たり前でしょう。あんな化け物共が、何故存在しているのでしょうね」
「――っ」
意識せず頬が引きつる。動こうとする右手を押え、握りしめる。
「何故、化け物だと?」
「考えてもみてください。人並み外れた膂力に老いを感じさせない外見。エルフに至っては、人族よりも遥かに長命です。気味が悪い」
気味が悪い、その言葉が俺の胸を抉るように感じた。
俺の周りは、ルッカさんがいて二人もいた。それにカインズさんもパトリックさんも、お姫様にエルーシャ、今まで交流を持った人たちは、差別するような行動や言動が無かった。
以前、鈴に出会った時が初めてだったが、あの時はまだ鈴とは完全な他人だったし、あの男たちはほとんど嫌味やからかいがほとんどっだった。
ミーノの言葉は、本心からの拒絶に感じた。それも、親しい間柄の人たちに対しての言葉だ。
差別が少ながらず存在するのは知っていた。ただ知っていただけだ。経験は存在しなかった。
「いくら何でもそれは……」
「おっと、もう着きましたね。私はこれで失礼します」
流石に我慢できなくなり、反論しようと口を開いた途端、ミーノは俺に向けて頭を下げてから踵を返す。
「待っ――」
「そうだ、ユウキ殿。此度の討伐はお互い気を付けましょう、ね」




