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遥か高みへ至る者  作者: 英明孔平
第二章
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第五十一話 すれ違い

 本館と別館は、一つの細い通路によって繋がっている。

 普段は、それぞれの館から扉の鍵が閉まっていて、それぞれの館に用がある場合は一度外に出る必要がある。流石にお姫様と同じ建物、というわけにもいかないから、ある意味別の建物として扱っているわけだ。


 だけど今回はエルーシャの言う通り、普段は閉まっている扉が開いていた。

 ちょっとの時間を省略させるとは、これは相当怒っているのか……? 急いだ方が良さそうだ。


 本館の一番奥に位置する部屋の前にたどり着く。

 やはり広すぎるな。初日に、迷ってしまったという恥ずかしい思い出も存在する。


 意を決して、扉をノックする。

 

「結城正也です」

「どうぞ」


 扉の向こうからお姫様の声が聞こえる。

 

「失礼します」


 一言断ってから扉を開ける。

 部屋に入るとお姫様が部屋の奥に立っていて、外の面しているテラスへと手招きしていた。内心身構えていた俺は、面食らい拍子抜けしてテラスへと歩いていく。


「王女殿下、先ほどは……」

「今は二人だけです。お忍びの時のような喋り方でお願いします」


 今度は立場を忘れないように話しかけてみたんだが、逆効果だったようだ。

 テラスには、純白の小さなテーブルと椅子が三つ置かれている。お姫様はその内の一つに座り、残り二つの内一つには荷物が置かれているので、俺は残りの椅子に座る。


「それで、何の用です……だ?」

「まずはこれをどうぞ」


 そう言って、もう一つの椅子に置かれている荷物を持ち上げてテーブルの上に置く。荷物はお姫様でも抱えられるほどで、木の板を編み込んだバスケットだった。


「大丈夫です。もうこの前のような失敗はいたしませんから」


 お姫様が少しむくれた表情になる。


 お姫様の騎士になることを決めたあの日の数日後、お姫様は張り切ってしまったのか大量のサンドウィッチをお見舞い品として持ってきた。もちろん大量の草入りで。

 持ってきてくれと約束したのは俺なわけだし、律儀にそんな約束を守ってくれたことが嬉しかった。

 ちなみにサンドウィッチをしっかりと食べきった後で、ハーブは入れないようにと、注意しておくのも忘れない。お姫様の愕然とした表情は心が痛かったが、下手を放っておく方がお姫様のためにならない。あと俺のためにも。


「いただきます」


 バスケットからサンドウィッチを一切れ取り出し、口に含む。以前の様に草の味はせず、やわらかいパンと瑞々しい野菜の食感が美味しい。

 元々サンドウィッチの調理は簡単で、ハーブ類を入れるという行為だけが問題だっただけだ。


「どう、ですか?」

「うん、美味しい」


 生憎俺の咄嗟の語彙力では、そんな言葉しか思いつかない。それでもお姫様は嬉しそうな顔をするのだから、何とも気恥ずかしい。


「そういえばルイが、早く来てサッカーの続きを教えろ、と言っていたそうですよ? 私は現在、外に出ることが出来ないので、エルーシャからの報告ですが」


 事件の後に聞いた報告で安心できたことの一つで、ルイたち孤児院の子たちはシスター含め、全員無事だとのこと。


「それ二か月前から言ってる気がするんだけど」

「ふふっ、お礼が言いたいんですよ、きっと」


 俺としても、自分の目で確かめたいんだが、そう外には出られなし増してや孤児院は街の大分外側だ。許可が出るかどうか。

 そんなことを考えながら、もう一切れを口に含む。


「ところで、何故お兄様のお話を受けたのですか?」

「ごふっ!」


 咽た。


「あの状況で、マサヤさんから切り出されたおかげで、私には断る口実が無くなってしまいました」

「ごほっごほっ……逆に聞くけど、何で断るんだ?」

「決まっているじゃないですか。危険だからです」


 お姫様の表情は真剣そのものだ。


「危険も何も、王子殿下とカインズさんは、安全は確保するって言ってたじゃないか」

「でもそれは絶対ではないですよね?」

「それはそうだけど……」


 絶対じゃないってことぐらいは頭に入れている。

 それでも、今回の件は受けるのが一番、じゃないけれどマシだと思ったから受けたんだ。


「そこまで心配しなくても……」


 お荷物でも、俺一人ぐらいなら平気なはずだ。そこまで心配をしていたらキリがない。


「恐らく信じてもらえないと思いますが、実は昨日、夢で言われたんです。マサヤさんに何か危険があると」

「危険?」

「はい、マサヤさんがもしかしたら死んでしまう危険があるかもしれない、と」


 お姫様に責任がなく見てしまう夢とはいえ、余りいい気分ではないな。


「申し訳ありません……ですが、そのことを教えてくれた声に聞き覚えがあったんです。あの時、マサヤさんが敵の魔道具の効果を打ち消した時にも――」

「――っ、もしかしてその声の主って、お姫様と同じような金色の髪の男じゃなかった!?」

「い、いえ、残念ながら声だけが頭に響いてくるような感じで、男性か女性かわからないような、不思議な声でした」


 ……あれ以来、あのおっさんが夢に出てくることも声が聞こえてくることもなかった。あのおっさんのおかげかはわからないが、タイミングよく「魔道支配」が発動した以上、妄想で片づけるのも難しかった。


「マサヤさんもですか?」

「俺は、お姫様と出かける前日に男が夢に出てきたんだ。その時はただの夢かと思ったけど、俺があの時操られている時に、声が聞こえてきたんだ」

「私は、他の方が報告していたことと違い、意識がほとんどありませんでした。ですが、声が聞こえたと思ったら、意識が急に戻って……そしたらマサヤさんが私を呼ぶ声が聞こえたんです」


 流石に偶然や妄想とは思いたくないな。ついでに【誘惑する者】には、俺の「予測」したこと以外の能力がある可能性があることもわかった。知ることが出来て良かった情報だが、同時に聞きたくなかった情報だ。


「あの時私は、訳が分からず意識が戻って混乱しました。ですがマサヤさんが私を呼ぶ声が聞こえて、どうにかしなければ! と考えたら声の主が、マサヤさんにもらった髪飾りに魔力を込めろ、と」


 あの時髪飾りが光ったのはそういうことか。あのおっさん、口だけ自由にしてどういうつもりかと思ったけれど、一応考えはあったらしい。

 しかしそうなると、髪飾りで能力が発現したって事か? 


「……ちょっとその髪飾り貸してくれるか?」


 普段から身に着けてくれているお姫様から髪飾りを受け取り、そっと魔力を流し込む。すると髪飾りが桜色の光を発し始める。

 さらに流し込む魔力量につれて、髪飾りの桜色の輝きが強くなる。


 目を瞑って、「魔道支配」が発動したときの様に声が聞こえるかと思い集中する


「……どう、ですか?」


 お姫様がおずおずと尋ねてくる。


「駄目、だ、特に変わった調子はないみたい。【幸運の髪飾り】って名前からして、具体的な能力が思いつかないんだよな……」


 具体的なことがわからないから「予測」もできない。

 

「これを他に使ってみたことは?」

「えっと、一度使ってみたことはあるんですが特には……あ、そういえばエルーシャが、掘り出し物の剣を買えたと喜んでいた記憶があります」


 何とも微妙な。

 お礼を言って髪飾りを返す。


 やっぱりあの時のは、夢のおっさんが力を貸してくれたということか? だとしたらあのおっさんはいったい……元の世界に帰るという目的が同じだと言っていたから転移者の可能性もある。

 しかし既に現在、俺も含めて二人も転移者が存在する。カインズさんの話では、転移者なんて滅多に現れないと聞いている。

 

「マサヤさん、やはり私としては行ってほしくはありません」


 正直俺だって行きたくない。けれど、行かなければお姫様や、一応カインズさんの立場上の問題がある。俺自身も、滞在している国に信用されないのは何かと問題が起きそうだ。


「俺としても面倒くさい肩書のせいで、変な疑いを掛けられるのは嫌だからな」


 お姫様の立場云々のことは告げない。お姫様自身も気づいてはいるだろうけど、俺がそれを口にすればこの変に優しいお姫様のことだから、背負わなくていい責任まで背負ってしまうだろう。

 

「そのことなら私がお父様やお兄様たちに頼めば!」


 俺は無言で首を振る。

 この二か月でわかったことだが、お姫様にはあまり政治に対する権力はない。女性ということもあるし、お姫様は争いには向かない。

 裏で色々とやっているカインズさんが止められずに、今の状況になっているのだ。

 今更どうもできない。

 

 お姫様自身が、ではなく王族の親類に頼むのが何よりの証拠だ。

 何も悪いわけじゃない。むしろそれが正しいだろう。


「申し訳ありません。もう決めたことですので」


 傲慢だとは思うが、俺はお姫様にその手段を取らせたくない。


 頭を下げて椅子から立ち上がる。

 お姫様は何も言わずこちらを見ているだけだ。瞳が潤んでいるような気がする。


 今すぐ謝りたい衝動に駆られるが、そんなことをしたら固めた決心が揺らぎそうだ。


 お姫様から目を逸らし、廊下への扉へ歩き出す。


「……結局、名前を呼んでくれませんでしたね……」


 言葉は、扉が閉まる音にかき消された。


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