第四十七話 クリスティアン
パトリックさんに連れられてきた場所は、城壁内の中央付近に位置する一番大きな建物だった。
城壁内の広さがけっこうあるこの城で、俺の行動範囲は相変わらず狭くて何があるのかわからない所がほとんどだ。
それでも、中央に位置して、さらにひときわ大きい建物があれば大体の予想はつく。
ついでに言えば、森で倒れた後に目覚めた場所がここだ。あの時は色んなことがあり過ぎて、そんなことを考える余裕がなかったんだ。
建物の門付近に近づき、建物を見上げる形になる。
城壁を見上げた時よりも首が痛くなりそうだ。
パトリックさんは門の傍に立っている兵に軽く手を挙げて挨拶をする。
「アレン殿、そちらの方は?」
「閣下のお客人ですよ。怪しくはないので大丈夫です」
やはり一般の兵士には、俺の存在は教えられていないようだ。
一応、お姫様を助けた人間という噂が広まっていたらしいが、写真もないこの世界じゃ詳しい人相なんて余り広まらないだろうしな。
「そうでしたか。どうぞお通りください」
兵士の人は脇にそれながら頭を下げる。
一瞬面食らうが、パトリックさんが先に進んでいくので急いで後を追いかける。
「結局、何の用なんですか?」
「焦る気持ちはわかるけれど、アレ関連だから余りそこらじゃ話せないんだ。それに王女殿下にも来ていただいているから、まとめて話した方が良いからね」
言っていることは正しいので反論できない。
それにしても……お姫様も一緒、か。またお姫様を巻き込むんじゃないだろうな。
しばらく歩いたり階段を上っていると、徐々に高級感が漂ってくる内装に移り変わっていく。
もちろん門から入った内装も、前に暮らしていた宿舎や仕事場に比べれば段違いだ。
高級感と言っても、豪華絢爛というわけではなく、注意してみるとわかる程度に廊下に敷いてある布、扉に使われている木材や装飾。それらが素人の俺でもわかるほど高級感を漂わせていた。
パッと見は簡素に見えるが、見ればきちんとわかるというセンスの良さがにじみ出ていた。
これがあのおっさんのセンスだとしたら、流石は公爵だ。
さらにしばらく歩いた後、今までの扉よりも一回り大きい両開きの扉の前でパトリックさんが立ち止まる。
軽くノックをしてから直立不動の姿勢をとり、大きすぎず小さすぎず、響き渡るような声を上げる。
「閣下、失礼しますっ」
声を上げてから、一秒もしない内にゆっくりと片側の扉が引かれる。
開けたのは以前会ったことのあるメイドさんだった。
メイドさんは、扉を引いた後に脇に立ってから手を前に置きお辞儀をする。
ここでつい、こっちも頭を下げてしまうのは日本人の悲しい習性だ。
入る直前に、パトリックさんが頭を下げたので俺もそれに倣う。
「ユウキマサヤ殿をお連れ致しましたっ」
部屋の奥には執務机が置かれ、執務机の椅子にカインズさんが座っている。
「ご苦労」
カインズさんがそう言うと、パトリックさんはまた頭を下げてからメイドさんと同じように脇に立つ。
「久しぶりだな、マサヤ」
「……お久しぶりです」
「そう固くなるな。そこに座るといい」
執務机の前に配置され向かい合っているソファを顎で指す。
少し躊躇いながらも、ソファに腰を下ろす。
するとカインズさんも椅子から立ち上がり、向かい側のソファに移る。
「まずは元気そうで何よりと言ったところだな」
「ええ、おかげさまで特に不自由なく暮らしていますよ」
「それは何よりだ」
「……それで、ただの世間話ってわけでもないですよね?」
カインズさんが目を細める。
「そうだな、そろそろリリアンたちも――っと噂をすればだな」
カインズさんの視線が扉に向けられる。
耳を澄ますとノックの音が聞こえた。
そしていつの間にか移動していたメイドさんによって、同じように扉が引かれる。
「失礼いたします」
凛とした声で入ってきたのはお姫様だ。後ろにはエルーシャも控えている。
「フェルナンド公爵。お久しぶりですね」
「王女殿下もご機嫌麗しく」
一通り、貴族の挨拶が交わされる。
「マサヤ様、ごきげんよう」
「あ――っ、し、失礼いたしました」
いつも通りの挨拶をしようとして、後ろに控えているエルーシャの視線で気づき、慌てて立ちあがる。
「ふふっ、大丈夫ですよ。叔父様も、堅苦しいのは無しにしましょう」
そうだった。最近毎日のように顔を合わせたり、この前の相談のように普通に話すのに慣れてきたが、彼女は王女だ。さらに俺は、彼女の騎士という立場だ。そこを忘れてはいけない。
「そういうわけだ。マサヤも慌てるな」
カインズさんがお姫様に向かい側の席を勧める。
必然的に隣に座ることになるのだが、ソファは四人は座れるほど大きいので距離が近すぎるということはない。
それでもお姫様が隣に座って、お姫様の後ろ、つまり俺の斜め後ろにエルーシャが座らずに立っているのが気になって仕方ない。
それを察してくれたのか、エルーシャが少し腰を折って小さく耳元で囁く。
「安心しろ。今日のお前は姫様の騎士ではなく、転移者という立場だ。そう気負うことはない。それと、以前のようにお前が信用できないわけではないからな」
最後の部分を強調するように囁かれた。
やっぱり目覚めてからお姫様と初めて対面した時は俺を警戒していたのか。
とはいえエルーシャの気遣いは嬉しいが、気になるものはしょうがない。
そんな俺に気づいているのかいないのか、カインズさんが話を始める。
「さて、わざわざ来てもらった理由を話そう。リリアン、カルロが来た」
「お兄様が?」
お兄様? ってことは王子殿下というわけか。
兄がいたのは初耳だが、そりゃ王様の子供が王女一人なわけないだろうしな。
「何故突然……あ」
お姫様が首を傾げてから、何かを思い出したような顔をする。
カインズさんが頷き、俺を見る。つられてお姫様もこちらに顔を向ける。
そして俺が後ろを振りむくが誰もいない。
「マサヤ様の存在ですね」
「ああ、カルロのやつが、転移者に興味を抱かないなんてありえないからな」
ですよね。俺ですよね。
ええ、わかってましたよ。
「その、カルロ、王子殿下が何故俺を?」
「まず、最初に説明しよう。今回のカルロが来たのは、事件の真偽とお前の危険性についてだ」
「危険性、ですか?」
事件について調査をするのはおかしくない。むしろ遅すぎるくらいだが、この世界での移動手段が馬車ということと、お役所仕事による手続きを考えればこれもおかしくはないだろう。
だが危険性。危険性も何も、そこにいるエルーシャかメイドさん一人にも勝てる気がしないんですが。
「お前の能力の詳細とその他は報告したが、やはり直接確認しにきたようだ」
まぁ、慎重に越したことはないからな。
「そう考えると、お兄様はある意味適任ですね」
「うむ、あいつは変な美学を持っているからな。賄賂など「面白くない」の一言で済ますだろう」
全くカルロという人物がわからない。
「そ、その王子殿下ってどんな人なんですか?」
「「変人」ですね」
カインズさんとお姫様がピッタリとハモっていた。
お姫様に変人とまで言わせるとは……
「ベルナルドもそれをわかっていて送ってきおってからに……」
ベルナルドという人物については、お姫様が教えてくれた。
王様の子供は全員で三人。ベルナルドという人物が第一王子、話に出ているカルロが第二王子。お姫様が一番歳下で唯一の王女だそうだ。
全員腹違いだそうだが、カルロ本人が王になる気はないと継承権を放棄していてお姫様も争いを嫌うため、面倒くさい継承権争いはないようだ。
「それで今回の内容についてマサヤ本人の話を聞きたく――」
ノックの音が聞こえる。
「む、誰だ」
話を遮られたカインズさんは、怪訝そうに眉を顰めながらノックに答える。
「僕だ」
扉を超えて、くぐもった声が聞こえてくる。
聞こえてきた声にカインズさんが露骨に顔を顰める。
「入ってもいいかな?」
再び聞こえてくる声にカインズさんは溜息をつく。そして片手を軽く上げる。
すると、メイドさんがまたも同じように扉を引く。
開かれた扉から、一人の男が入ってくる。
「久しぶりだな叔父上、リリアン。そして……先ほど振りだな、ユウキマサヤ」
くせっ気のある金色の髪を弄りながら、男は名乗る。
「改めて名乗ろう。カルロ・クリスティアン・ヴァン・ロレーヌだ」




