第四十六話 新しい用件
握手から手を離すと、クリスは視線をリーゼに向ける。
「そちらのお嬢さんは? 見たところドワーフのようだが」
クリスの言葉に、リーゼはビクリと体を震わせる。
この世界の人間は何となく、一見すると人族の子供に見えるドワーフの区別がつくらしい。元の世界で、同じアジア人でも何となく日本人と中国人などの雰囲気の違いがわかるようなものだ。
リーゼは今でこそ平気だが、基本的には人見知りだ。
ましてや、目の前の男は、俺よりも年が離れていて恐らく貴族だ。リーゼが委縮するのも無理はない。
「この子は、俺の知り合いの人の子供です。親が出かけているので、一緒に遊んでいたんです」
半分本当で半分嘘だ。クリスが俺のことを、転移者だと知っていかはわからない。
知っていなかったら一見平民である俺が、リーゼのことを護衛と言うのも変だし、知っていたら隠す必要性ぐらいはわかってくれると思う。
「なるほど」
説明するとクリスは、興味を無くした様に視線をリーゼから外す。
あからさまなその態度に、不快な気持ちを覚えるが顔には出さないようにする。
少なくとも、差別的な様子は感じられなかっただけマシか。
一応は対等という条件の不可侵を結んでいるため、ドワーフとエルフに関しては差別意識はあまり高くない。しかし、やはり自分と違うものに嫌悪感を抱くのは異世界でも共通らしく、表には出ないが差別は存在する。
「それで、何か用ですか?」
「休日に散歩をしながら、同じくのんびりとしている人に挨拶をするのは間違っているか?」
「そ、そういうわけじゃ」
「フッ、冗談だ冗談」
なんというか、パトリックさんに似た匂いを感じる。
「僕は本当に通りすがりなだけだ。普段窮屈な生活をしていてな。息抜きにちょいと抜けてきたんだ」
「それは……いいんですか?」
「いいんだよ。あいつらも僕の性格はもうわかりきっているだろうし、何よりつまらないじゃないか」
「つまらない?」
おうむ返しに聞くと、クリスはよくぞ聞いてくれたとばかりに大声で話す。
「そうだ、人はエルフのように長生きでもなければ、ドワーフのように若さを保てるわけでもない。獣人のように五感に優れて様々なことを感じ取れるわけでもない。だったら短い人生、楽しまなければ損じゃあ、ないか」
クリスは大きく両腕を広げ、高らかに言い放つ。
「まぁ、そんなわけで、面白いものがないかと探しに来たんだ」
「結果は?」
俺の言葉にクリスは薄く笑う。
「今日は様子見ってところだからな。まだ僕にとって面白くなるかはわからない」
クリスは後ろを振り返る。
「長々と話してすまなかっな。それじゃあ僕はこれで失礼するよ」
背中を向けてそう言うと、右手を上げてひらひらとさせながら去っていく。
後に残ったのは、呆気にとられた俺と不審感たっぷりのリーゼだ。
「なんというか……自由なやつだな」
「私は……少し苦手……です」
クリスが去った方向へ今だ不審の目で見続けていたので、宥めるように頭を撫でておいた。
その後もしばらくのんびりとした後、別館に戻る。
別館に戻ると、玄関先に立っている人物が見える。
そこにいたのはパトリックさんだった。
「お久しぶりです」
「やぁ、久しぶりだね。ちょうど今来たところでね、探しに行こうとしていたところだよ」
「何かあったんですか?」
正直、嫌な予感しかしない。
わざわざ探そうとするあたり、何かありそうでしかない。
「多分君の読み通りだよ。閣下から君を呼ぶように、とのことだ」
「わかりました」
要件を聞かずに、今ここで逆らったとしても得はない。
「時間とかは?」
「そうだね……時間が空いているのなら、今からが良いんだけど大丈夫かな?」
「大丈夫です」
「良かった、それじゃあ一緒に来てもらうよ。ああ、そうだ、護衛の子は残ってもらうよ」
パトリックさんがリーゼを見ながら言う。
「何でですか?」
不審そうに聞くと、パトリックさんが答える。
「ちょっとお偉いさんと話すから、その子はついてこない方がいいよ」
「私……は、マサヤさんの……護衛です。ついて……いくのが仕事です」
リーゼが俺の前に立ち、パトリックさんに向かってつっかえながらも、気丈に言葉を紡ぐ。
「その方が良いと思うよ。どちらにとっても、ね」
そんなリーゼに、パトリックさんは苦笑をする。
俺はリーゼに話しかける。
「リーゼ、大丈夫だ。いくらなんでも、取って食われたりはしないから」
「マサヤ君、何気に酷いね」
俺の言葉にパトリックさんは頬をかく。
「わかり……ました」
しぶしぶながらも引いてくれたようだ。
「それじゃあ、行こうかマサヤ君」
パトリックさんの言葉に頷き、歩き始めた彼についていく。




