第四十四話 コミュニケーション(物理)
大きく息を吸って吐き、腰に下げている短剣を抜く。
心臓に意識を集中させる。
正確には、心臓付近に力を溜めるようなイメージをし、溜めた力を右肩、腕、手のひらと流していくようなイメージをする。
そして手のひらに送ると、握っている柄へと吸い出されていく感覚が生じる。
すると、体が僅かに軽くなったような気がする。
初めて、【遥か高みへ至る者】以外の魔道具を使ってみた感想は、面倒くさいの一言だ。
良く考えてみたら、魔力の存在しない異世界から来た俺が、いきなり魔力を使えると言うのも変な話だ。
エルーシャからこの短剣を渡された時、早速身体能力上昇を試そうとするが、体の調子や動きなどは何も変わらなかった。
ひょっとしてしょぼい!? と思ったが、魔力残量を声に聞いた所、魔力残量を「予測」した消費分以外は減っていないことが判明した。
嫌な予感がしながらも、エルーシャに尋ねてみたところ、魔力操作にはある程度の修練が必要だと、何を言っているんだ? みたいな顔で返された。
どうやら、オリジナルは発動と念じるだけで発動可能。レプリカは一々、魔力操作をしなければいけないらしい。
慣れれば、タイムラグなしで発動可能だ。
転移者とオリジナルの資料など、機密扱い&情報不足のため、オリジナルを使っていた俺が魔力操作できないことは思いもよらなかったそうだ。
その後はエルーシャから教えてもらったり、「予測」を使ったりなどで、何とか今は多少のタイムラグだけで発動可能だ。
「マサヤ殿、準備はよろしいですか!」
前方のしばらく離れた位置にアルドが、身の丈ほどのハンマーを両手で構えている。
魔道具ではなく、普通のハンマーだ。普通と言っても、アルドの身の丈ほどはあるので、けっこうな大きさだなのだが。
柄が長く頭が大きい。並の人間なら、道具に使われてしまうことは間違いない。
それを可能にするのが、ドワーフだ。
ドワーフ特有の筋力ならば、振り回されることなく扱える。
リーチも広く、威力も大きい。ドワーフならばそれを自由自在に扱える。
ドワーフが人族と不可侵を結べたのは、ここら辺も影響しているかもしれない。
エルフに関しては、ドワーフからしてみれば自分たちの道具への付与の製法を持っている種族だしな。エルフと人間の不可侵にも、ドワーフの影響があったのかもしれない。
「大丈夫だ。問題ない」
俺の言葉と同時に、アルドが俺目掛けてスタートダッシュを切る。
人とは比較にならない筋力による走りだ。当然、あっという間に距離が縮まる。
アルドと俺の距離が、最初の地点の半分を切る。
手のひらに滲む汗で滑らないよう、短剣を強く握りしめてから「思考加速」を行う。
急速に距離を縮めていた速度が、遅くなる。
焦る気持ちを押えて、ゆっくりと迫ってくるアルドの動きを見る。
地面を力強く踏みしめている足の歩幅が、僅かに縮まる。ハンマーを握る腕が微かに後ろに動く。体全体の重心がほんの少し後ろにズレる。
「思考加速」を使って、俺の体が反応できるギリギリまでアルドの動きを見続ける。
そろそろ動き出さなければ避けられない、といったタイミング。アルドの動きを見続けていた視界に、三本の赤い線がアルドのハンマーの槌部分から、右脚、胴体、右肩それぞれに走る。
アルドが一歩進む。
『前方より、ハンマーによる打撃 2.3秒後』
声が聞こえてくると同時に、三本あった赤い線の内、胴体に走っていた赤い線が濃くなり、残りの二本は薄くなる。
アルドがさらに数歩進んで、右足を前に出して踏みしめ、ハンマーを横にして大きく後ろに振る。
その瞬間、「思考加速」の速度を引き上げる。そして、小さく一、二歩と後ろに下がって、赤い線から体を外す。
さらにゆっくりとなった世界にて、アルドが振るハンマーが、胴体に走っていた赤い線をなぞるように横なぎに振られる。
先ほどまで俺がいた位置を、ハンマーが風を起こして通り過ぎる。
当たったらただではすまない速度と重量だが、手は抜かれない。
(ここからっ――)
大きく空振らせたからといって安心はできない。一メートル半ほどあるハンマーの重量は、とてつもない。普通ならば、大きく振って空振った直後など、よろけるか、振り過ぎないようハンマーを止めるかで、隙ができる。
だがアルドは、空振ったハンマーを握っている手首を捻り、棒切れでも振り回すかのようにもう一度横に振る。
再び視界に赤い線が走る。今度は右脚に一本だけだ。
『前方より、ハンマーによる打撃 2.6秒後』
一本だけならば迷う必要はない。ゆっくりと、しかし勢いを感じさせながらハンマーが右脚に振るわれる。
左足に重心を乗せて、右足を後ろにズラす。そしてズラす前に脚があった位置を、ハンマーが通り過ぎる。
まさに生きた心地がしない。
「ありがとうございました!」
「あ、ありがとうございました……」
先ほどのような攻防を三十分ほど。
そこにはすっかりバテた俺と、嬉しそうなアルドが立っていた。
この三十分、俺はアルドが振るハンマーをひたすら避け続けていた。
俺からは攻撃しない。それがエルーシャと、訓練時に決められたルールだ。
曰く、武器を振る才能もなく、武器を相手に向けられないのなら、相手の動きを避け続ける動きをし続けろ、ということらしい。
しかしそれでは決め手に欠けるし、俺の体力が持たないと言ったところ、
「お前が一人で戦う場合、能力を使えば、エンツォたち程度なら素手でも応戦できる。が、インスティントという男ほどの実力差がある相手と、一人で応対した時点でお前の負けが確定している。ならば相手の動きをよく見ることだ。それに、お前一人で戦うことなどそうないだろうしな」
などと言われてしまった。まさに正論だ。
体力の方は鍛えろと言われた。
そのおかげか、一週間ほど前から「予測」の声と一緒に、武器が振るわれる位置に、赤い線が視界に映るようになった。
おかげで大分、回避が楽になった。ただし、相手の動きによっては複数の線が映る。
相手が予備動作に移れば移るほど、「予測」の精度も上がるため、線の赤みが濃くなりそこに武器が振るわれる、というわけだ。
一見便利だが、弱点も存在する。所詮は、俺の経験からの予測なため、高度なフェイントなどをかけられると、引っかかってフェイントの位置が濃くなってしまうこともある。
楽にはなったが、鵜呑みにすると、避けたと安心した無防備な体勢で攻撃を食らう危険もある。
エルーシャほどの実力者ならば、直前で攻撃位置を切り替えたりもできるため、相手の力量と避けるタイミングを見極めなければいけない。
相変わらず、チートなのかチートではないのか微妙なラインだ。俺の力量不足のせいなのだが。
ちなみに、前の件の時に発動した「魔道支配」に関しては、今のところ、なんとも言えないため保留だ。
「さすがはマサヤ殿ですね! 自分の攻撃など歯牙にもかけない動き……感服しました!」
アルドが俺に近づいてきたと思うと、勢いよく頭を下げながら大声で言う。
俺とは違って汗はかいているものの、息切れは起こしていない。
もしあのままやっていたら、俺は体力が切れて負けていたと言うのに。
小柄でありながら、人族とは比較にならない筋力。
ドワーフは、エルフと比べれば数は多いが、獣人族よりも少ない。
もし数が人族とはいかなくても獣人族と同じぐらいだったなら、人族よりも優位に立っていたかもしれない。獣人族と違って、魔力を持っていることも大きい。
幸いというか何というか、二種はさほど領土欲が強くないせいもある。
「避け続けていただけなんだけどな」
「いえいえ! ご謙遜を!」
アルドの俺を見る視線がキラキラとしている。嬉しい気持ちはあるが心が痛い。
これはますます、尊敬度が上がった気がする。
別に下げたいわけではないのだが、あまり上に見られると、気軽に接することが難しくなるからなぁ。




