第四十一話 親の想い
「うう……ルッカ殿~」
「あらあら、そ大変ですね」
あれから小一時間、エルーシャは見事に酔って、愚痴を漏らすエルーシャとそれを聞くルッカさんの構図が出来上がっていた。。
あれだけ強い酒が飲めるのだから、てっきり酔いにくいとでも思っていたのだが。
それでも、途中から数えるのをやめたが既に十杯は超えているはずだ。むしろ酔わなきゃおかしい。
「おい、マサヤ。聞いているのか」
「聞いてる聞いてる」
大学の飲み会時の先輩よりウザい。
「さ、エルーシャさん、もう一杯いきましょう!」
「はい!」
ルッカさんもルッカさんで、エルーシャに負けず劣らず飲んでいる。
違うところと言えば、酔っている風には全く見えないことだ。顔が赤くなってすらいない。
ルッカさんはさすがは地元といったところか、安くて美味い酒や俺でも飲めるぐらいの強さの酒を知っていた。俺はそれはチビチビと飲んでいる。
そりゃ、俺もできるならイッキにいきたいところだが、そこまで強くないこととエルーシャがこの様なため、酔い潰れない程度に酒を飲んでいる。
ルッカさんのおかげでいい酒を見つけられたし、感謝したい。が、これ以上エルーシャに飲ますのはやめてほしい。
十杯以上の半分ほどはルッカさんに乗せられて飲んでいた。
「お、なかなかガキにしてはいい飲みっぷりじゃねえか」
隣の席で飲んでいたムキムキのおっさんたちが、こちら側に身を乗り出してくる。
「あら、ダリオさん。お隣にいらしたんですか」
「おお、スパーダさんのところの奥さんじゃねぇか。そっちの二人は連れかい」
「はい。元同僚の方と、友人です」
知り合いだったらしく、ルッカさんはおっさんたちに俺とエルーシャを紹介する。
「赤い方はいい飲みっぷりだが、こっちは随分とみみっちくやってんな」
「ほら、これ飲め!」
持っていた杯を奪い取られ、ジョッキサイズの倍はあろうかという容器を両手でしっかりと握らされる。
「俺、お酒はあんまり強い方ではないんですが……」
酔っぱらいの人に言っても無駄だと言うことはわかっているが、一応遠慮の言葉を言っておく。
「んなもん関係あるか! 男なら思いっきりいけ!」
当然聞いてはくれない。
よし、こうなったら俺も男だ。
唾を飲み込み、重さで震える腕を持ち上げる。淵に口をつけて、いざ傾けようとすると
「はい、飲めない人に無茶はいけませんよ」
ルッカさんが俺の手から容器を軽々と掴み取り、自分の口に近づける。そして、一気に傾けたかと思うと、大きく喉を鳴らす。
思わずおお……、という声が俺だけではなく、おっさんたちからも漏れ出る。
数秒すると、ルッカさんが容器を口から遠ざけてテーブルに置く。
テーブルに置かれた時の音は、容器の重さ以上のものを感じさせなかった。
ルッカさんは息を一つつくと、おっさんたちに体を向ける。
「ダリオさん、こういうのは飲める人だけにやるものです」
「ルッカさんだって若いころ、初めての酒の時に同じことやったじゃねぇです……か……!?」
ルッカさんの小さな手のひらが、おっさんの顔を正面から掴む。
「い・ま・も・若いですよ?」
ルッカさんの表情は、こちらからだと見えない。ただ、アイアンクローを決められているおっさんの顔はヤバい。苦悶の表情を浮かべて、ルッカさんの数倍は太い両腕で何とか離そうともがいている。
俺が軽く引いていると、エルーシャが酒瓶を片手に近くに寄って来る。
「さすがはルッカ殿だ」
手を顎に当てて一人で頷いている。そして酒瓶を口につけ、垂直に傾ける。
「エルーシャ、俺は明日からお前の見る目が変わりそうだよ」
「そうか? 照れるな」
褒めていない。人は酒が入るとここまで駄目になるのか。
エルーシャは普段頭が固い分、ストッパーが外れた時の落差が激しいのかもしれない。
「それで、さすがって?」
これ以上エルーシャの残念部分を見たくない俺は、先ほどのエルーシャの言葉を思い出して話題を変える。
「うむ。当時は私も幼かったため、資料や人伝に聞いた話ではあるが、あの方は昔に軍に所属していてな。今はご結婚されて軍を退役したが、その昔は『血に塗れた女神』とまで言われるような方だったらしい」
何その聞きたくもなかった二つ名。
「夫であるスパーダ殿が、このグランで鍛冶を営んでいたこともあり、退役した後は閣下に文官として用いられているというわけだ。毎回、姫様と共にここに訪れるときは、お会いできることに胸が躍っていたぞ」
できれば聞きたくなかった話だったが、色々と納得がいった。
お忍び時にルッカさんの家を使ったのは、ルッカさんが人物としてだけでなく、実力的にも信用が置けるからといわけか。
俺が前の職場だったのも、パトリックさんだけでなく、ルッカさんの存在もあったからだと思う。
「一先ず、そんなことよりもお前も飲め。今日は礼のために来たと言うのに、全く飲んでいないではないか」
自分としては飲んでいるつもりなのだが。
「ほら、これも飲め!」
通りすがりのウエイトレスの女性に新しい杯を持ってこさせ、それに自らが持っている酒瓶の中身を勢いよく注ぐ。
「あ、ありがとう。ほら、エルーシャもグッといきなよ」
頬を引きつらせながら杯を受け取る。
このまま無理やり飲まされては堪らないと思った俺は、先ほどと同じウエイトレスの女性に新しい酒を頼み、それをエルーシャに渡して煽る。
「では! 乾杯!」
何杯目かわからない酒がエルーシャの喉を通る。
そして俺はその間に席を立ち、外の空気を吸いに行くことにした。
「あー、クラクラする……」
店先にも座席はあり、客層や騒がしさは大して中と変わらない。
逃げてきた俺は、店先のちょっとした段差を見つけて、適当に土を払ってから腰かける。
別に、ああいう雰囲気は嫌いではない。好きというわけでもないが。
今はあんな感じになってしまってはいるが、ここに連れてきてくれたエルーシャには感謝している。
俺としては、彼女は気のいい男友人のようなものであると思っている。が、それを表には出さない。
男女の友情が成立するのかはわからない。けれど、今のところはエルーシャのことを異性としては見ていない。
彼女の多少強引なところや、あけすけなところは悠馬に似ている。もう、会えない可能性がある親友の代わりなどとは思っていないが、懐かしさを感じるのは事実だ。
そんなことを想いながら、エルーシャから渡された酒をほんの少し口に含む。
「……美味いな」
ルッカさんから教えてもらっていた酒よりも強い酒であったが、最初の時の様に飲めないほどでなかった。
ルッカさんと飲んでいた時は、相当に強い酒を飲んでいたのにな、と酔っぱらっていても彼女なりの気遣いがあることに苦笑する。
「あら、ここにいたんですか」
一人で飲んでいると、後ろから声が掛かる。振り返ると、先ほどまで大の男を締め上げていたルッカさんが立っていた。
「何でこんなところに?」
「それはこっちの台詞ですよ。気づいたら、エルーシャさんがお一人でおろおろとしていたので探しに来たんですよ」
流石に何の断りもなく抜けたのはまずかったか。けど、断ったからと言って、易々と抜けさせてくれるとは思えない。
「駄目ですよ、女性を放っておいちゃ」
「だからそういうんじゃないんですけどね」
メッと指で制され、俺は苦笑で返す。
外の空気を吸って、一息つけた俺は立ち上がろうとすると、段差の空いている部分にルッカさんが座り込む。
「よいしょっと。エルーシャさんは今、ダリオさんたちを飲み比べをしているから平気ですよ」
まだ飲む気か。
「少し、世間話をしませんか? あれ以来、マサヤさんは王女様の騎士になっちゃって、こうやって会うのは久しぶりですから」
「いいですよ。俺もまだ、お世話になったお礼も言ってませんでしたし」
「お礼だなんて、私もマサヤさんがいてくれて助かったこともありますよ」
ルッカさんは微笑み、そして話題を変える。
「ところで、二人はどうですか? アルドは頭が固すぎて、リーゼなんてまだ幼くて人見知りで、大丈夫か心配で」
「まぁ、多少ルッカさんの言った通りですが問題はありません。むしろ二人とも、充分すぎるくらいですよ」
俺がそう言うと、ルッカさんは安堵の息をつく。
「それにしても、アルドはともかく、リーゼはまだルッカさんと一緒にいたほうがいいんじゃないですか?」
能力的には問題はなくともリーゼはまだ幼い。大人と認められる歳が、元の世界より比較的に若いこの世界でも、十二という年齢はまだ子供だ。
「マサヤさんに私が軍にいたことは話しましたっけ?」
「ルッカさんから聞いてはいませんが、さっきエルーシャから聞きました」
「なら説明は特に必要ありませんね。知っている通り、こう見えて私はけっこう凄い兵士だったんですよ? 生まれが貴族でないことと、ドワーフであるということから、階級はあまり高くありませんでしたけどね」
この二か月間、様々なことを学んだ。
二か月前、土人族や森人族の亜人族の二種が、魔道具について必要な種族であることは、はお姫様から教えてもらった。俺が元の世界に帰る方法として、魔法もないこの世界では、魔道具に頼るのが当然と考えた俺は、二種について調べた。
その二種が、自国以外で活動する場合は二つに分けられる。
大抵のエルフとドワーフはそれぞれの国から派遣されて様々な国に滞在している。
そしてもう一つは
「私の両親は“はぐれ”です」
“はぐれ”、自国を出て、好きに生きるエルフとドワーフをそう呼ぶ。
その数は、エルフは余り多くなく、ドワーフに多い。別に、蔑称というわけではないが、その意味合いで呼ぶ人も多いのが事実だ。
“はぐれ”に関しては、二種も二国も関与することはない。蔑まれることはないがその代り、助けるということもしない。
何故かわからないが、どの二種も絶対に魔道具の製造に関しては話さない、いや、話せないらしい。同種か二種同士以外で話したり、何らかの方法でも明かそうととすると、体が痙攣し、最悪死ぬということもあったようだ。
自国の生命線である、技術が漏れる心配がないのなら、特別気にすることもないというわけだ。
“はぐれ”というのは、それぞれの国からの技術提供を必要とするため、派遣の二種には下手なことはできない。かといって、国を出た二種を捕まえたとしても、秘密を探れもしないという、やっかみから人族がつけた名称だ。
「両親はこのロレーヌ王国に住み、鍛冶屋を経営していたらしいですが、私がまだ幼い時に二人ともなくなりました。病気だったようです。ドワーフとはいえ、幼い私では、鍛冶はできませんので、どうにか生活費を稼ぐために軍に入ったんです」
そんな重い話を大したことがない、という風に語る。
「幼いだけでなく、女の私でしたが、ドワーフ特有の腕力はありましたからね。簡単に入れました。それから聞いた通りです。幸い、戦いの才能のようなものがあったようなので、何とか生き残ることが出来ました」
「大分時が経ちますけど、知っている人は知っているらしく、私の噂を聞いた二人は、リーゼまでも私を真似て軍に入ったんです。けっこう美化された噂みたいで、憧れてくれたの嬉しいですけど、親としては複雑ですね。夫はいい人なのですが、職人気質で……放任主義なのがまた……」
ルッカさんは俺に体を向けて、頭を深く下げる。
「マサヤさん、どうか二人をよろしくお願いします」
いきなりの重い話に、深く頭を下げられた俺は思わず面食らう。
「よろしくも何も、助けてもらってばっかですし、二人とも俺より強いですよ」
それに、既に二人とも、俺の中ではお姫様やエルーシャと同じく、大切な人間? だ。
異世界に来て、流されるだけだった俺を押し止めてくれたお姫様とエルーシャ。少なくとも、この二人に何かあった時は流されないことを決めた。
それから、生活するに当たっての様々なことを助けてくれたアルドとリーゼ。
元の世界では、友人は余り多くなかった俺。異世界では交友関係は、お姫様とエルーシャを除けば、皆無だ(ルッカさんとパトリックさん、カインズさんは友人とは何か違う)。
それで約二か月も一緒に生活するようになれば、自然と二人はなくてはならない存在になる。
俺がどこまでやれるかはわからないが、何かあった時は流されないようにする。
「その、二人の実の親に言うのもなんですが、二人とも弟妹みたいな感じです。言われずとも、です」
俺の言葉にルッカさんは安心したように、幼い外見からは予想できないような、大人っぽい笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます」
書類仕事の時もそうだったが、見た目とのギャップがとんでもないんだよな……。幼い見た目で大人の雰囲気とか反則だろ。
「すまない、マサヤ。礼のつもりが迷惑をかけてしまうとは」
城までの大通り、俺はエルーシャと歩いていた。
街を囲う城壁で見えないが、朝日が昇っているのが城壁の上から漏れ出る光でわかる。
「い……いいよ。俺もけっこう楽しめたし……ただ、今日は訓練を無しにしてもらっても……いい?」
頭が非常に痛い。寝不足もあるが飲み過ぎた。
あの後、戻った俺は、飲み比べをしてすっかり出来上がっていたエルーシャとおっさんに囲まれて、まぁ、お察しだ。
「わ、わかった」
頭を押さえる俺とは反対に、エルーシャは普段とは何も変わらず歩いていた。
曰く、毒の耐性のため、酔いづらいらしい。悪酔いの悪癖があるが、耐性のためか、酔いがさめるのは早くて二日酔いなどの症状もないらしい。
時折ふらつき、エルーシャに支えられながら、部屋に戻ることになった。




