第四十話 酒場
日が沈んで月が空に昇る。
明かりの魔道具を使った街灯が、ちらほらと点き始めると、騒がしくなるところがある。
「なあ、エルーシャ。本当にここか?」
「うむ、あまり貴族向けだと、お前が入りづらいと思ってな」
アルコールの匂いが鼻を刺す。
俺とエルーシャは、城を出て街に降りてきている。目的の場所は、貴族街を抜けて少し歩いたとある酒場だ。
エルーシャの服装はいつもの軍服ではないが、何故か男物の服だ。
中に入ると、THE・酒場のような雰囲気の店だ。広さはそこそこあり、それでも席一杯に客が座って酒を飲んでいる。
強烈なアルコールの匂いに騒がしい男たちの笑い声や騒ぎ声、それでも貴族街からさほど離れていないからか、荒くれ者のような存在は見当たらない。
そこかしこで騒いでいる男たちの間を、糸を縫うようにすり抜けるエルーシャの後を、何とかついていく。
どうやら、空いている席を見つけたらしい。
エルーシャは、男たちにもみくちゃにされている俺に、呆れ顔をしながら手招きする。
「やっと……通れた……」
「だらしないぞ。普段の訓練通りに動けばいいのだ」
無茶言わんでください。
空いている椅子に座ると、ウェイトレスの恰好をした女性から声を掛けられる。
「ご注文は何にしますか?」
いきなり話しかけられたことと、メニューなど知らない俺は慌てる。
そんな俺を後目に、エルーシャは女性に話しかけ、手に何かを握らせる。すると、女性は先ほどより笑みを強くし、頭を下げると器用に男たちの間をすり抜けて行った。
「マサヤ、勝手に頼んでしまったが、酒は大丈夫だったか?」
俺の分も頼んでくれていたらしい。
「酒は……まあ、強くなければ。いくら?」
お酒は、大学のコンパで散々飲まされたから、多少なら平気だと思う。
代金を支払おうと、懐に手を入れるが、エルーシャに制される。
「金はいいさ。私が誘ったことだしな」
ここは男が出すものなんだろうが、女扱いされてもエルーシャは嫌がりそうだしな。お言葉に甘えておこう。
最近、買いたいものが多くてけっこう財布がピンチだし。
だって気になるじゃないか。食べ物も、リンゴやサンドウィッチのように同じものもあるが、見たことないのもあった。それに、語学などの知識を貯め込むための、本による出費が痛い。
食べ物や本を、アニメのグッズなどに置き換える。だから彼女が出来なかったのだろうか……
そうこうしている内に、先ほどの女性がお盆を片手で支えたまま、行きと同じようにすり抜けながら戻ってくる。
「おまちどおさまでした~」
お盆から、二つの杯をテーブルに乗せる。
杯の中身は紫色だ。ワインだろうか。
「それでは乾杯しようか」
エルーシャが片手で杯を持って近づけてくる。
同じように持ち、突き出された杯に、自分の杯を近づけて軽く当てる。
するとエルーシャは、突き出した腕を戻し、杯を口につけたかと思うと勢いよく傾ける。
「ふむ、人伝に聞いた店だったが、なかなかいい酒があるな」
そう言い、エルーシャは口から離した杯をテーブルに戻す。既に杯の中身は空だった。
「どうした、飲まないのか?」
「え、あ、ああ、何でもない」
それほど強くないのか、と思い、杯の中身の液体を口に含んで喉を鳴らす。
「ブフォッ!?」
か、辛い。少ししか飲んでいないというのに、喉が焼けるように熱い。
「お、おい、大丈夫か」
「ご、ごめん、大丈夫…………エルーシャ、女性に歳を聞くのはどうかと思うけど、いくつだ?」
「? 変なことを聞くものだな。私は、今年で十八になるが」
俺より二つも下だ。この国には、飲酒の関する法律はないので問題はない。が、これを飲めるなんてどういう体の構造をしているんだ。
「ごめん、すぐ拭くよ」
一先ず、少量だが吹き出してしまった酒を袖で拭おうとすると、横から一枚の布が差し出される。
「これ、使ってください」
「へ? あ、ありがとうございま――」
突然差し出された布に驚いて、布から視線を移動させると、そこには小さな少女が立っている。
「あら、マサヤさんじゃないですか」
少じ……ルッカさんに、驚いた表情を向けられる。
「一緒にいるのはエルーシャさんですか」
「これは、お久しぶりです」
布を受け取って液体を拭っていると、エルーシャの存在に気付いたルッカさんは、ニヤニヤとした笑みを俺たちに向ける。
「あらあら、どうやらお邪魔だったようですね、後はお若い方でどうぞ」
何か勘違いしているルッカさんは、ニヤニヤとしながら立ち去ろうとする。が、エルーシャが食いつく。
「違います! これは以前、酒を飲みかわす約束をしたからであって!」
俺は何を言っているのかわからなかったが、エルーシャの焦り具合で合点がいった。
気付いていなかった俺が言うのも何だが、鈍くはないと思う。
エルーシャをそういう感じでは全く見れないからだ。最近では、訓練で斬り合いから取っ組み合いのようなものまでやっている。
先ほどの代金や年齢のように、時々女性として考えることはあるが、異性として意識することがない。そのため、まずその考えに至らなかったのだ。
エルーシャの服が男物だったということも、それに拍車をかけていた。
エルーシャも、恥ずかしがっている感じでもないしな。
「良かったら、ルッカさんもどうですか?」
どうせなので誘ってみる。
本当にエルーシャとはただ飲みに来ただけだしな。
今までは、インスティントの件のゴタゴタが片付いていなかったから先延ばしになり、俺も約束したことをすっかり忘れていた。
最近になってやっと騒動が落ち着いて来て、お姫様もエルーシャに休みをとらせたかったようで、ちょうど良かったらしい。
このことは、パトリックさんを通じてカインズさんにも伝えられている。なので、お姫様の周りはいつもより警備を厳重にし、護衛はアルドとリーゼに任している。
ちょうど、前の職場のときにお世話になったお礼もまだだし、アルドとリーゼ、二人の事を聞いて置きたかったこともある
「あらあら、いいのかしら二人の間になんて……」
「だから違うと言っているでしょう!!」
ルッカさんの言動が完全におばさ……下世話な人だ。
エルーシャも面白いように突っかかっているな。
何となく、さすがはパトリックさんに遠い目をさせる人だな、と心の中で頷いた。




