第三十九話 ドワーフ兄妹
前話にて、短剣の情報を記載していなかったので、前話の後書きに記載いたしました
「よし、今日はこれで終わりにしよう」
「あ、ありがっ、とうございました。はぁはぁ……」
日が傾き、空が赤くなり始めると、訓練は終了だ。
暑さに加えてかなりの運動量のため、汗だくである。
肩で息をしながら、呼吸を落ち着かせる。
この二か月、エルーシャからの訓練を受けているというのに、一向に体力が増えた気がしない。
スポーツをしている連中からしてみれば、たった二か月なんだろうが、全くスポーツや運動なんてしない俺からすれば、二か月もこうしてるのに今だ体力が続かない。
少しはマシになってもいいんじゃないだろうか。
武器を扱う才能がからっきしだとしても、持久力と短剣を振る程度の筋力はつけておきたい。
エルーシャは、少々、脳筋が見え隠れとするところがあるが、しっかりと休憩を挟んでくれるからありがたい。
倒れるまでやり続けろ! 水など摂るな、気合だ! などと言うことはない。一般の兵士たちの訓練はまさに想像通りらしい。
転移者という都合上、俺は他の兵士に混ざることが出来ないため、エルーシャから訓練を受けている。俺は、他の兵士よりはマシらしく、エルーシャも訓練相手というか、運動相手のような人が欲しかったところらしかったから都合が良かった。
さらに、エルーシャを除いた近衛騎士は、先の森での襲撃時に命を落としている。なので、仮のようなものではあるが、騎士である俺を鍛える必要もあった。
その話を聞いたときのエルーシャは、吹っ切ったような顔をしていたが、どこかつらそうな気がした。お姫様にはこのことを聞くな、とエルーシャに強く言い聞かされた。それでも、どう感じているかは想像に難しくない。
汗を服で拭っていると、数人の足音が近づいてくる。
「エルーシャ、マサヤ様、お疲れ様です」
一人は、腰まである金色の髪を、夕日の反射して美しく輝かせながら歩いてくるお姫様だ。
「ご苦労様ですっ」「ご……ご苦労様です」
お姫様の後ろには、大きな声を張り上げた少年と、小さく声を発したまだ幼いともいえる少女が並んで立っていた。
少年は、汗だくの俺とエルーシャを見ると、素早く懐の布を取り出し、それぞれに渡す。
「ありがとな、アルド」
「いえっ自分の務めですから!」
俺にアルドと呼ばれた少年は、お礼を言うと勢いよく頭を下げる。そして素早い動作で、お姫様の後ろに戻る。
「どうぞ……」
お姫様の後ろにいた少女は、アルドと同じように、俺とエルーシャに水筒をおずおずと手渡す。
これも同じようにお礼を言うと、アルドとは正反対に静かに頭を下げて元の位置に戻る。
「姫様、そろそろ。それではマサヤ、また後でな」
汗を拭ったエルーシャは、そう言ってお姫様を促す。
お姫様は、俺に体を向けて別れの言葉を言うと、エルーシャを連れて立ち去る。
残されたのは、俺と少年と少女だ。
「それじゃ、俺たちも戻るか」
「はいっ!」「は、はい」
俺の言葉に、二人はそれぞれ正反対の大きさの返事をする。
∽
二人を連れて自室に着く。
現在の部屋の広さは六畳ほどで、もう一つ、元の部屋と同じ広さの部屋が繋がっている。
部屋の中に入り、まず腰の短剣を外す。外した短剣は、駆け寄ってくるアルドに渡す。
「他に何か御用はありますか?」
受け取った短剣を、普段からしまっている収納にしまうと、またもや駆け寄ってきて尋ねてくる。
「何もないよ」
「しかしっ」
「そういうの苦手だって言っているだろ」
少し言い方をキツくすると、アルドはすぐに身を引く。こちらの物言いに気分を悪くした様子もない。
大分こいつの扱いも慣れてきた気がする。
息をついてベッドに腰かけると、アルドとは違い、大人しかった少女が俺の膝の上に腰かける。
「おい、リーゼ。マサヤ殿に失礼だろう」
「……」
アルドが膝の上の少女、リーゼに怒鳴る。
リーゼはそんなアルドを無視する。存在すら認識していないのか、と思うぐらいの無視である。
「アルド、落ち着けよ。いつも言ってるだろ、知り合いの息子と娘に、そんな畏まられたらこっちが気まずいって」
俺の言葉に、アルドは口をつぐむ。
アルド・カーリーとリーゼロッテ・カーリー。
苗字からわかる通り、二人はルッカさんの子供だ。
俺が転移者だとバレたことで、俺を狙う組織や国は増えた。
ここは公爵閣下の城だ。当然、警備に抜かりはない。インスティントの時は、計画のために一時的に隙を生んでいたらしいが、今は元も警備に戻っている。が、完璧はない。
そこで、カインズさんが寄越したのがこの二人だ。
二人は勿論ドワーフだ。
アルドが百四十センチ、リーゼが百十センチほどの低身長。年齢も、ルッカさんのように外見詐……見た目が若すぎるというわけでなく、アルドが十四歳、リーゼが十二歳だ。
二人とも、人族の同年代の子に比べれば小さい。それでも、リーゼですら俺より力は強い。
俺に力がないのではなく、ドワーフという種族の筋力が強すぎるのだと思いたい。
いくら力が強くても戦えるのか、とも思ったが、クラウディオの取り巻き程度なら余裕で勝てるぐらいの実力を持っていた。
これまた、この二人が凄いのか、ドワーフという種族が凄いのか。
取り巻き相手に必死だった俺にとっては、少し泣きそうになったのは秘密だ。
「ルッカさんにはけっこうお世話になっているんだ。だからあんまり固くなられると、こっちが困る」
二人は、俺の護衛役&世話役として任命され、隣の部屋で生活している。とはいえ、元の世界での一人暮らしの経験と、一週間の異世界生活の経験で、大体のことは一人でできるようになっている。
小心者の日本人の俺としては、あまり砕けた態度もあれだが、少年少女に身の回りの世話を押し付けるのは心が痛い。
「ですが、マサヤ殿は、あの伝説の転移者ということではないですか! さらには王女殿下を助けた英雄! そんな方を相手に無礼な態度など……」
まともに戦ったら、アルドの方が強い。それでもアルドは、俺を尊敬しているようだ。
あんなのはただの運が良かったに近い。カインズさんの手のひらで踊らされていたようなものだしな。
「マサヤさん、早く……」
一先ず、熱くなっているアルドをスルーし、視線を膝に座っているリーゼに向ける。
アルドがこうなるのはいつものことだ。
「さて、何にするか」
リーゼは、アルドとは全くの正反対の性格をしている。
人見知り、口数が少なく感情表現が少ない。
アルドに関しては、あちらが歩み寄ってくれるどころか走り寄ってきたのでよかったが、リーゼが難しかった。
アルドとの仲は悪くはないが良くもない。アルドを介しての話も一苦労だった。
一応、護衛や掃除などの仕事をしてくれるのは良かったが、アルドが抜けるときがあると非常に気まずい。
そこである夜、アルドが抜けた時に、ここに来た初日に考えたことを思い出し、意を決して話しかけた。
最初は警戒していたが、「記憶の引出」を使って、元の世界のたくさんの童話などの話を思い出して語り聞かせると、リーゼは面白いように食いついた。
この世界では本は貴重だ。絵本の様にページ数が少なくても、けっこうな値段がする。
なので、子供に聞かせるような童話は、親から子へ受け継がれるようなのが多い。しかしそれでは、同じ物語しかない。
ちょうど、この年齢で、親と離れることの寂しさもあったのだろう。娯楽が少ないこの世界で、新しい娯楽を与えることは、少女の警戒心を解くのには十分だったようだ。
今ではこうして懐かれ、話を聞かせることが日課になってきている。
膝に座る少女は、人形の様で、とても可愛らしい……が、俺はロリコンではない。さらにはお世話になった人の娘である。そういう気持ちは一切ない。
「わかった。でもこの後、用事があるから短いの話だぞ」
リーゼは、コクリと小さく頷く。
アルドとリーゼを足して二で割れば、ちょうど良さそうなんだがな、と毎回心に浮かぶ。
今だ、不満そうなアルドを無視し、「記憶の引出」を使用する。
新しい立場に環境、同居人、新しい異世界の生活は始まっていた。




